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7.利益相反

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 レオンハルトは泣いていた。

「ごめんなさい」
 大きな肩を震わせて、これまた大きな手を握って、眦を拭う。何がこんなに彼を悲しくさせているのだろう。

「おかしいと思ってたんです。やっぱりこんなこと、続けちゃいけない」
「いやいやいや!」

 フランツィスカはそれを見て面食らってしまった。こんなことってどんなことだ。人を散々煽っておいて、こんなところでやめるやつがあるか。上がった心拍数と疼いている体を、早くどうにかしてほしいのに。利益相反も甚だしい。

「挿れてもらわなければ困る。できればそう、可及的速やかに!!」

 彼が泣き止む兆しはない。
 流れ落ちた澄んだ涙は、ぽつりと小さくシーツに染みを作った。

「こういうことは、ちゃんと、好きな人同士でするべきです」
 けれど血を吐くような悲痛な声に、どう返事をしていいのか分からなくなった。

「フランツィスカさん」

 抱き起こされたかと思うと、背中に回った腕はしなやかな檻のようにフランツィスカを閉じ込める。ふわりと、同じ石鹸の匂いがした。

「俺、あなたのことが好きです」
 こつんと肩に置かれた茶色の頭。突然の告白に息が止まるかと思った。

「フランツィスカさんは、どうですか」
「私は……」
 そんなことを、考えたこともなかった。

 政略結婚に好意が必要かと問われれば、フランツィスカは否と応える。

 必要なのは家と家との結びつきであり、恋愛感情は二の次三の次、まあ五番目ぐらいにあってもいいかなというものだ。なくても別にいいと思っていた。

「俺ずっと不安だったんです。フランツィスカさんは大人だし、落ち着いてて」

 落ち着いているのはそう見せかけているだけで、大して余裕があるわけではない。この容姿で舐められたくないから、そうしてるだけだ。

「ナターシャさんは『大学の頃からすっごいモテたわよ』って言うし。遠征の時も、もしも誰かに取られたらどうしようって」
「待って、どうしてそうなった」

 記憶にある限りモテたことなんて一度もないのだけれど。あいつ、あることないこと適当に吹き込んだなと親友の妖艶な笑顔が浮かんで消えた。

「俺なんかでいいのかなって、ずっと思ってました」
 抱きしめる腕の力が強くなる。荒い呼吸の合間に、嗚咽が混じる。彼はまだ泣いている。
 とりあえず、親友を詰問するのは後日だ。当面の問題はこっちである。

「……そういうことは、よく分からなくて」
 泣きじゃくる茶色の頭を撫でる。申し訳なく思う一方で、自分の腕の中にいる男のことが無性に愛おしく感じた。レオンハルトはフランツィスカの為に泣いてくれているのだ。

「法律と計算のことしか考えてこなかったんだ。だから、本当に分からない」

 できるだけ正直な言葉で応えたかった。レオンハルトは一度も、フランツィスカのことを生意気だとも小賢しいとも言わなかった。
 そして、「寂しい」と言ってくれてフランツィスカは確かに救われたから。

「けどね、朝起きた時にさ、考えるんだ。今日が君にとっていい日だったらいいなって」

 ふとした時に、レオンハルトのことを考えた。考えてもどうしようもないことを考えるのは我ながら愚かだと思ったけれど。彼のことを考えると、なんだかふわりと心が軽くなった。そうして、また会える日に思いを馳せた。

「ついでに寝る時にも考えるんだ。今日どんな風に過ごしたかなって。幸せでいてくれたらいいなって」

 レオンハルトがはっと顔を上げる。

「どうかな。これで返事になっているかな?」

 きょとんとした榛の瞳。くりくりとしたその目から、みるみる涙が消えていく。

「フランツィスカさんっ」
 強い力で肩を掴まれる。

「どうか、ツィスカと」
「ツィスカ?」
 確かめるように、レオンハルトは言う。

「近しい人はね、私のことをそう呼ぶんだ」

 リーネルト家の家族もナターシャも、みんな自分のことをそう呼んでいる。
 君はきっと、誰より私に近しい人になるのだから。

「君のことは、レオンって呼んでもいいかな」
 返事の代わりにまた口づけられた。首に回された手が、逃さないとばかりに求めてくる。舌を絡めて強く吸い上げられる。これでは名前を呼べないなと思ったけれど、それでもいいかと思えた。

「俺が言うのも、どうかと思うんですけど」
「うん」
「ツィスカさん、多分俺のこと、好きだと思います」
「そうか」

 どうやら、多分、おそらく。
 私は、君のことが好きなのか。

「じゃあこういうことをしても何の問題もないね?」
「そういうこと、ですね」
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