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例えどんな理不尽な世界だとしても

魔剣士ですか?

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「あの、ハルトさん。おめでとうございます……でいいのかな? ギルドランクがDからBランクに上がりましたー!」

 例の大災害より三日後、ギルドに顔を出すと受付でせかせかと冒険者の対応をしていた職員の女性がすっ飛んできた。もちろん、飛べるわけもないので、飛ぶように一目散に来て、ランクが上がったことを教えてくれた。
 特にクエストの完了などもしていないので、十中八九ギルドマスターの仕業だろう。あえてBランクで止めてあるのは、まぁ経験を積め、ということなのだろうか。期待しているだの、経験が足りないだのと色々言われたが、ハルトにしては珍しくポジティブに命を大事にしろ、と言われたという風に思っている。
 率直に言ってしまえば、街のために体を張るなんて大層なことは、たぶんできない。いや、絶対に無理だ。

 職員の女性が大声で話してしまったせいもあって、ギルド内は明らかにざわつきを増した。視線が嫌にでも集まってくる。
 基本的には小声でひそひそと話す冒険者が多いが、やはりそんな中でも威勢のいい人たちが、わざわざハルトに聞こえるように嫌味をぶつけてくる。ギルドマスターやライズさんたちに媚びを売ったのではないか、魔剣士なのにBランクなんて、なんかの間違いだなど、色々と言われるが、最近では逆にお礼を言われることも増えてきた。
 
 大災害の時は、意図して助けた人も、意図せず助けた人も多くいた。そのせいなのか、どうなのか分からないが、一昨日から街を歩いていると、度々声を掛けられる。
 
 職業柄、嫌味などは慣れているが、感謝や嫉妬などをぶつけられることは慣れてなく、何だかこそばゆくなる。

 とりあえずギルドに居ては罰が悪いので、入り口付近で待機させている仲間の元へと足早に向かう。

「おっそーい! 早くクエスト行こうよ!」

 マナツが大袈裟に手を広げて、上下にぶんぶんと振っている。
 マナツの左右に控えるユキオとモミジもハルトを見て、軽く頷いた。どういう意味だろ、それ。

「そういうと思って、マナツの大好きなデッドフロッグのクエストを持ってきました」

 ぺらぺら―と手に持ったクエストの用紙を、さも見せびらかすようにする。
 デッドフロッグの名前を聞いた瞬間、マナツの顔から血の気が引いた。

「な、なな、なんでデッドフロッグ……! バカ! アホ! カエルは苦手っていったじゃん!」

「ハルトって、もしかしてドS?」

「落ち着けって、めぼしいクエストがこれくらいしかなかったんだって」

 ド直球なユキオの指摘もあり、受注した手前、少しマナツに申し訳ないことしたかなと思ったりもしたが、これしかないものは仕方がない。
 モミジがもじもじと手を組んで、視線を向けていることに気が付いた。

「モミジ、どうした?」

「え……っと、なんか、こういう雰囲気いいなぁって思って……うん」

「モミジぃー! あなた、そういうクッサいこというタイプじゃなかったじゃない」

「クサい……かな? でも、ちゃんと言っておこう……と思って」

 マナツは「むふー」という変な声を出して、モミジの手を取る。

「あれれー!? ハルトっちじゃーん! 奇遇じゃーん! おひさー、おひさー、おひさしぶりっちー!」

 じゃらじゃらとやかましい音を立てながら、スミノが声をかけてくる。
 マナツが露骨に嫌そうな顔をした。たぶん、わざとだ。スミノの空回りすぎる感情を知ってしまったこともあり、少しだけ彼が可愛そうになった。いや、自業自得だけども。

「今からクエスト? いーねいーね! そだそだ、今夜一緒に僕とパーリィナイトしない? あー、マナツも来たいなら、しょーがなく同席許しちゃうけど?? けどけど??」

「うっさい。いかない……」

 ……やっぱり自業自得だわ。

 スミノの熱烈な協力してくれアピールを躱し、ギルドを後にした。ディザスターに向かうために、最近何かと縁のある南門へと足を運ぶ。

「おっ、ハルトたちか……」

 ライズさんたちに声をかけられた。
 彼らはギルドマスター直々のクエストで、ここより南に位置するソーサルという街に出向いていたが、先日の大災害でこの街が心配になったとかで、急いで帰ってきたらしい。まぁ、まだクエストは続いているので足早にソーサルに帰るようだ。
 
 さも、クールに装っているがライズさんは案外、根は熱いというか、クールの裏に思いやりが透けて見える気がする。

「そういえば、ハーピィーに襲われていたのを助けた、あのパーティーと道すがら会ったが、あいつらはソーサルに向かうらしいぞ」

「なんでも、長期クエストを受けるだとか……はい、すいません」

「テトラたちが? なんでだろ……」

「いやー、あれは何かを決意したようなアッツい目をしてたぜ。元祖アツい漢のヤヒロ様の漢センサーにびびーっときちまった」

「そうかねぇ。確かにあの子たち、道中だってのにやけに真剣な目をしてたねぇ。まぁ、私に見惚れてただけかもしれないけど」

 この人たちはぶれないなぁ。

 ライズさんたちと別れ、馬車に乗り込みディザスターへの片道四時間の小旅が始まった。
 馬主は運ぶ相手が魔剣士だらけだと知るなり、嫌そうな顔をしたが、仕方がない。現在のこの世界は、ディザスター以外だろうと、イレギュラーに魔物が現れる。もし、そのようなイレギュラーにぶち当たった場合、やはり馬主としてはあくまで強い冒険者のパーティーの方が心強いであろう。

 けど、まぁ四人そろっていれば、そこらへんのパーティーよりかは馬主さんを護ってあげられますよ?
 心の中でそう語りかけておくにとどめた。

 馬車に揺られ、揺られ。周りには見渡すばかりの草原だ。もう街が豆粒みたいに小さくなった。
 空は雲一つない快晴である。

 空を見上げるたびに、あの龍が脳裏をチラつくが、執拗に考え込まないことにした。それよりも、今は他にやらなければならないことが山積みだ。

「いやぁ、こんなにもいい天気だと、何かもう、この前みたいなことは夢なんじゃないかって思えてくるよね!」

 ふいにマナツが何となく呟いた。
 あれ、あれれ。どうしてだろうか。急に鳥肌が立ってきたぞ?

「マナツ……それってフラグだとおも――」
「うわぁぁぁぁぁぁああっ!!」

 モミジが言い終える前に、馬主の悲鳴とも絶叫とも言える大声が響いた。
 瞬間的に腰にぶら下げた剣の柄に手をかけて、馬車を飛び出す。

 馬主は馬車から転げ落ち、尻餅をついている。馬はばふばふっと息を荒立てて、毛が逆立っているようにすら見えた。

「ひぃぃぃい!!」

 先に飛び降りたマナツが、ぴょんと大きく飛びのいた。青ざめ、両手を体の前でガードするようにして縮こまっている。
 もしかして、そんなにヤバい相手なのか? と若干、いやかなり焦ったが、その心配は存外杞憂なものであった。

 全長三メートルはあるかとされる巨大なカエル。なんというか……カエルだ。テカリのある紫色の体と、口からばしゅばしゅと定期的に鋭い勢いで飛び出す長い舌。――デッドフロッグだ。
 杞憂とは言ったものの、一応Cランクの魔物である。油断でもしようものなら、一瞬でその舌にからめとられ、喰われ、強力な毒の消化液で跡形もなく溶かされるだろう。

 ディザスターにたどり着く前にクエスト目標の魔物に出会ってしまった。青天の霹靂とはまさにこのことだろう。

「お、お前ら魔剣士なんかじゃむ、むむ、無理だ! 逃げろ! いや、ワシを逃がせ!」

 馬主は後ろで喚いているが、そんなことお構いなしだ。

「ほら、マナツ。しっかりして……」

 モミジがマナツの背中をさすっている。

「だ、大丈夫よ。ふんっ! ただのカエルでしょ!」

 マナツはハルトにグイっと勢いよく視線を向ける。なんというか、熱烈だ。たぶん、後方にしろ、とでも目で訴えているのだろう。むろん、いつも通りのフォーメーションで行くため、マナツの希望には答えることができる次第だ。

「いつも通りいくぞ! 俺とユキオは前張り、モミジとマナツは魔法用意。油断するなよ!」

「おう!」「うん!」「はい!」

 三者の返事を聞くまでもなく、走り出していた。

 魔物が蔓延る、つくづくめんどくさい世界だ。
 そしてハルトたちは魔剣士。前衛も後衛も中途半端な不遇職。いやはや、本当にめんどくさい。

 でも、不遇職だろうと、良いこともたまにはある。

 例えば――パーティー追放された者同士で組んだら、全員魔剣士だったけど割と万能で強かった。とかね。

 いつもよりほんの少しだけ、気合を入れて剣を引き抜いたのであった。

 

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これにて第一章が完結となります。
強引に文庫にしたとき大体、これくらいかなぁーって具合で帰結させました。

第一章ではプロットもろくに作らず、様々な疑点が持ち越しになりました。
第二章はそこんとこを突き詰めつつ、新しい出来事を書いていく予定です。

思い付きで始めた小説ではありますが、ハルトたちの冒険はまだまだ続きます。
今後とも、ぜひご愛読いただけると、幸いです。
感想は本当に励みになります。気が向いたら、ぜひとも「イイネ!」の一言でも良いのでいただけると、今後の活力となります。よろしくお願いします。

最後に本作品を読んでくださったすべての皆さまに感謝を込めて、今日はこの辺で筆を置くとします。
これからもどうぞよろしくお願いします。
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