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召喚される者、召喚した者

リリーです?

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「リリーというのです。よろしくおねがいしますです!」

 ハルトに突然の告白をした少女リリーは、その大きな眼でハルトを見上げている。少しでも身長を高く見せようと体を上下に揺すっている様子は、まるで野うさぎが耳をピクピクと動かしているようなイメージを受ける。

 フードを被っていた時はわからなかったことがある。頭のてっぺん。頭頂部からピョコッと長い髪が半弧を描いて癖っ毛となっている。
 低身長、童顔。もはや少女にしか見えないが、彼女は続けてこう言ったのである。

「リリーは、今年で十六なんです。あの、だから、成人済みです!」

 ……まごうごとなき少女であった。確かに十六で成人を迎えるとはいえ、二十に差し掛かったハルトからすれば四歳も年下。子供である。

「いや、あの……あ、はい……。ハルトと言います。こちらはパーティーメンバーのモミジ」

 何を思ってか、つられて敬語になってしまった。

「……よろしくお願いします」

 後方から聞こえてくるモミジの声は、やけに不機嫌そうでいつもより声のトーンが低い。
 なんででしょうか……。後ろを振り向くのが怖いですね……うん。

「そ、それで、なんで俺たちの後をつけて来たのかな……?」

「えっ、ハルトさんのことが好きだからです。ラブです」

「……うん?」

 リリーはぽかんとしている。おそらく、彼女からすれば、後をつけるという行為が、良くないことだという認識がなさそうだ。

「……ハルト君。魔法……」

 ボソッとつぶやいたモミジの声はもはや冷徹。明らかにやばいオーラをぷんぷんに放っている。
 いや、ってか魔法……がなに? 怖い、怖い……!

 生唾を飲み込み、意を決して振り向く。モミジの目は完全に冷え切っており、魔力を解放しすぎて髪が浮きだっている。身につけたローブすら、バサバサと波打っている。

「お、落ち着いてモミジ……! なんでそんなに怒ってるの!?」

「えっ……私、怒ってないですよ。ええ、怒ってないです」

「怒ってなかったら、……と思う。っていうよね!? と、とにかく魔力抑えて!」

 モミジはしぶしぶといったように解放寸前であった魔力を離散させる。バフッと風圧がのしかかる。
 ハルトとモミジのやり取りを見ていたリリーは頬をぷっくりと膨らませ、両手を体の前に持ってきて外套をぎゅっと下げるように握りしめていた。

「むー。ハルトさんを惑わす悪魔め! リリーはあなたを許しません!」

 体を反って、片手を腰に当てて、もう片手でモミジをビシッと指差しているリリーの姿は、やはりどこからどう見ても少女そのものであった。しかし、体をそらしたことでわかったことがある。胸部は明らかに少女ではないということに……。
 モミジやマナツと比較しても明らかに大きい。いや、だから何だというのだけれども……。

「……女狐」

 モミジがボソッと呟いた。
 あぁ、怖いよ。なんだこの板挟み……。

「ちょ、ちょっと待って。あの、初対面でいきなり、その、ラブとか言われても、理解が追いつかないというか……」

「むむっ、リリーは初対面ではないですよ。魔軍侵略のときにリリーはハルトさんに命を救われました。中央広場で、魔物に襲われてたリリーの元に颯爽と駆け寄り、敵を一刀両断したあのお姿……。まさに胸を奪われたというやつです」

「あー……確かに冒険者の黒髪少女を助けたような、助けてないような……」

「むー! 覚えていてくださらなかったのは悲しいですが、ぜひこれからリリーと共にあゆむのですから、いっぱいリリーを見てください!」

 なんか、勝手に話が進んでいる気もするが、どうしよう……。だんだん、めんどくさくなってきたぞ。いや、最初から振り切るほどめんどくさいのだけれど。

「んっ……? ということは、リリーは冒険者?」

「はい、そうですよ。勇者の印、見ますか?」

 そういうとリリーは外套ごと服をめくり出した。

「ちょ、ちょ、ちょっ! 待って! なんで……!?」

 リリーの白い素肌が目に飛び込み、勢いよく視線をそらした。その際、モミジと目が合ってしまい、彼女の呆れるような目が突き刺さった。精神的ダメージがすごすぎる。

 リリーは腹上で服をまくる手を止めた。

「えっ、だってリリーの印は左胸にあるんです。ハルトさんが見たいっていうから……。他の人には見せないですよ、もちろん」

「いや、見ない……! 見ないから!」

 この発言は、どちらかというとリリーではなく、モミジに向けて言った発言といえよう。

「とはいえ、リリーは今年から冒険者になった駆け出しなのです。あ、ちなみに職業は、ハルトさんと同じ魔剣士ですよ」

「えっ……魔剣士?」

「はい、そうです。正直、魔剣士って弱いので嫌いだったんですけど、ハルトさんはとても強かったですし、世間で言われている不遇職ってわけでもないのかなぁって」

 ズキッと胸が痛んだ。違うんだ、魔剣士は本当は弱い職業なんだ。そう言いたいところであるが、彼女はそんな言葉に耳を貸すことはないだろう。

 いわば偽りの強さだ。誇れるものではない。

「そういうわけで、ハルトさん。子供は何人欲しいですか?」

「……おふ」

「リリー的には三人くらいがいいんですけど、どうです?」

「あのね、リリー。はっきりいうけど、俺は君のことが好きでも嫌いでもないんだよ。俺からしたら初対面だし。だからね、その、いきなり付き合うとか、結婚とかはちょっと、ね……」

 ここにマナツがいたら「はっきりしない物言いは良くないよ!」と説教をされてしまいそうだ。
 
 正直、付き合うとか結婚とか、今まで無関心すぎて、こういった状況を冷静に対処できるだけの心の余裕はハルトにはない。

「そ、そうです。ハルト君はお淑やかな人が好きなんです! だから、ダメッ……だと思います」

 それ今言う必要あるんですかね、モミジさん……。っていうか、なんか、ムキになっていません?
 でも、確かに仲間が困っていたら助け舟を出すのは自然なことだ。あくまで、仲間のため。そういうことだろう。

「がーん! ハルトさん、お淑やかな女性が好きなんですか……? はっ! まさか、もう意中の相手が……!」

 うっわ、どうしよう、この質問……。

 ハルトは両手を組み、唸るようにため息をついた。

「……好きっていうか、気になっている人なら」

 ぐぁぁぁぁぁぁぁ、穴に入りたい……! バレていないよね? 大丈夫だよな?

 恐る恐るモミジを見ると、なぜか今にも泣き出しそうに顔を歪ませている。

「もしかして……やっぱりアカメさん……」

 モミジが呟く。声が震えているのが良くわかった。

「えっ、ちょっ、はい? なんでアカメがでてく――」
「くやしーい、です! 」

 否定の言葉はリリーによって遮られてしまう。よくよく見ると、リリーも涙袋に雫を目一杯ためている。側から見れば、二人の女性を泣かそうとしている男にしか見えない。

「でも! リリーは諦めませんから! 絶対にハルトさんをラブに染めて見せます! 覚悟しといてくださいね!」

 リリーは矢継ぎ早にフードを深く被り、踵を返して走り去っていった。

 ハルトは心底疲れたようにため息をついた。モミジを見ると、がっくりとうなだれている。長い前髪がさらに顔を覆い隠すようにかぶさっている様子は、心情をよく表していて、もはや髪に意思あるように思える。

「……ほんと、何だったんだ」
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