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召喚される者、召喚した者
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全身を突き刺す恐怖が徐々にその濃度を増していく。
脳が今すぐに逃げろと警音を鳴らし続けるが、体は一歩も動かない。人は圧倒的な負のオーラを前にすると、金縛りになってしまう。その経験をハルトはこれまで幾度となく体験してきた。
そして、今回の街全体を包み込む負のオーラの正体をハルトはよく知っている。辺りを漂う冷気もハルトが確信を得たものの一つだ。
どうやら、シェリー以外は気が付いているようだ。マナツ、モミジ、ユキオに限らず、他の冒険者たちも過去を思い出しているのだろう。
以前の襲来から月日が少し経ち、自分たちは心身共にそれなりに強くなったと思っていたが、どうやらこの敵を相手にするのはまだ少しだけ早いらしい。
手足は大袈裟なほどに震え、いつの間にか息も上がっていた。
また冒険者が気を失ってばたりと倒れた。それを皮切りに次々と金縛りが解けたように膝を折っていく。シェリーもその一人であった。ペタンと両ひざを床につき、茫然と空を見上げている。
無理もない。彼女はまだ、これほどまでの圧倒的な恐怖を体感したことがなかったのだから。今、膝を折らずに立てている者も、前回の襲撃を目の当たりにしていなければ、今頃二足で立っていることは不可能だっただろう。
かろうじて動く視線を左右に揺らし、モミジ、マナツ、ユキオと視線を交わす。どうやら、誰一人としてこの金縛りが解けそうな者はいないようだ。
瞬間、体の芯を震わせる風が一瞬だけハルトを撫でた。
湧き出す恐怖と死の明確なイメージ。
動かなければ死ぬという本能的な感情が、恐怖を追い抜いた。
弾かれたように金縛りが解ける。
モミジとマナツ、ユキオもほぼ同時に体を動かした。
ハルトは前方で茫然と座り込んでいるシェリーを強引に抱きかかえ、背へと回した。
脳裏に浮かぶ龍の姿。奴が一度だけ、翼を羽ばたかせた。そのあとの光景をハルトは十分に覚えていた。
とっさに魔法を展開する。薄緑色の膜がハルトとシェリーを包み込む。その瞬間、暴風が吹き荒れた。ギルド内は荒くかき乱され、宙をテーブルやら人が乱雑に舞っている。その光景はまさに地獄絵図だった。目の前で全てが凍てつき、砕けていく様を眺めることしか出来ない。
もっと早くに動けていたなら、おそらくこのギルドの一室を囲むくらいのシールドを展開できた。しかし、結果的にハルトが護れたのはシェリー一人だけだ。
悲鳴と風の荒ぶ音がぐちゃぐちゃに混ざり合い、シールドを突き抜けてハルトの耳に刺さる。
シェリーが背中から力強く抱きしめてくる。その体は小刻みに震え、顔も背に埋めているようだ。今、彼女がどんな顔をして、何を思っているのかわからない。それでも、恐怖に必死に抗おうとしていることだけは伝わってきた。
周りを見渡すと、モミジとマナツ、ユキオもそれぞれシールドを展開している。ユキオに関しては二人の冒険者を背に寄せていた。まあ、その二人は例外なく気絶してしまっているのだが。
前方、ギルドの外がキラッと光った。何かが光を反射したようで、視界一面がきらきらと輝きだした。
ハルトが剣を引き抜くよりも早く、シールドを巨大な氷柱が突き破った。氷柱はまるでドリルのように高速で回転し、シールドから本体を半分突き出した位置で煙を噴いて静止した。
氷柱がギルドの壁を突き破って次々と内部に降り注いだ。建物の削れる音。人の悲鳴。何か柔らかいものを突き破って潰れる音。
瞬く間にギルドは蜂の巣状態になり、その惨劇は見るに堪えないほど悲惨なものであった。総勢五十人はいた一室に、人影はもはや半分ほどしか見当たらない。どうやら、半数は暴風の際に外に飛ばされてしまったようだ。既に息絶えている者、かろうじてピクリと動く者、運よく重傷を免れた者。そして、唯一動くことのできたハルトたち。
しかし、あと少し、ハルトのシールドの強度が弱ければ、今頃はハルトとシェリーは仲良く串刺しになっていただろう。思わず喉を鳴らした。
前回と一緒だ。たったの一振り。龍からしたら攻撃と意識しないほどの自然な翼の上下だけで、街は再び半壊へといざなわれた。
「い、一体何が起こっているんですか……?」
未だに震えの止まらないシェリーが振り絞るように声を出す。ハルトは一瞬たりとも気を抜かずに、手だけを後ろに向け、シェリーの頭を軽く撫でた。まるで、本当にそこに彼女がいるのかどうかを確かめるように。
「……龍だ。氷の龍……」
「りゅう……?」
シェリーは息を呑んだ。空想上の生き物だと思われた龍が、今この街を襲っていることに対する現実味はやけに薄い。しかし、現状のこの惨劇を目の当たりにしては、嫌でも信じざるおえない。
「ど、どうするんですか……? 逃げる、とか?」
「……無理だ。あいつから逃げるなんて、不可能だ。……だから、やらなくちゃ」
ハルトは仲間たちと視線を交わす。皆、覚悟を決めて即座に頷いた。ハルトもそれに呼応するように大きく頷く。
体の震えはいつの間にか止まっていた。
「シェリーはなるべく街の北側、あの龍と反対方向へ逃げるんだ」
「い、嫌ですっ!」
とっさにシェリーが顔を上げた。その瞳に映るハルトが困惑を示す。
「わ、私も……一緒に行きます」
「……駄目だ。まだシェリーの相手にできる敵じゃない。もちろん、俺達だってたぶん、敵わない。だから、言うことを聞いてくれ」
「わかってます……。今の私では足手まといになることくらい。それでも……もう誰かの後ろを追いかけるのはやめたいんです。……だって、私は勇者だから!」
シェリーがハルトの前に躍り出る。そして、決意のこもった眼差しをハルトに向けた。拳をぎゅっと握り、震えを強引に抑え込んだ彼女の姿は、ハルトにはとても大きく見えた。
考えている時間は無い。こうしている間にも、氷龍は雲の上から悠然と街並みを眺めているだろう。そして、いつ姿を現すかわからない。
結局、根負けしたようにハルトは頷いた。
「……わかった。でも、その代わり本当に危険だと分かったら、俺たちを見捨ててでも逃げてくれ。俺はもう、誰かが傷つくのを見たくない」
緊迫した状況の中、シェリーはやれやれといったようにあきれ顔で首を振った。
「それは、こっちのセリフです!」
「それもそうだな。とにかく、足掻いてみよう」
マナツ、モミジ、ユキオの三人は、既に立ち上がって二人を待っていた。
「さあ、行きましょう!」
シェリーから差し出された手をハルトは迷いなく取る。シェリーの震えは、既に止まっていた。
「よし! 龍退治だ!」
脳が今すぐに逃げろと警音を鳴らし続けるが、体は一歩も動かない。人は圧倒的な負のオーラを前にすると、金縛りになってしまう。その経験をハルトはこれまで幾度となく体験してきた。
そして、今回の街全体を包み込む負のオーラの正体をハルトはよく知っている。辺りを漂う冷気もハルトが確信を得たものの一つだ。
どうやら、シェリー以外は気が付いているようだ。マナツ、モミジ、ユキオに限らず、他の冒険者たちも過去を思い出しているのだろう。
以前の襲来から月日が少し経ち、自分たちは心身共にそれなりに強くなったと思っていたが、どうやらこの敵を相手にするのはまだ少しだけ早いらしい。
手足は大袈裟なほどに震え、いつの間にか息も上がっていた。
また冒険者が気を失ってばたりと倒れた。それを皮切りに次々と金縛りが解けたように膝を折っていく。シェリーもその一人であった。ペタンと両ひざを床につき、茫然と空を見上げている。
無理もない。彼女はまだ、これほどまでの圧倒的な恐怖を体感したことがなかったのだから。今、膝を折らずに立てている者も、前回の襲撃を目の当たりにしていなければ、今頃二足で立っていることは不可能だっただろう。
かろうじて動く視線を左右に揺らし、モミジ、マナツ、ユキオと視線を交わす。どうやら、誰一人としてこの金縛りが解けそうな者はいないようだ。
瞬間、体の芯を震わせる風が一瞬だけハルトを撫でた。
湧き出す恐怖と死の明確なイメージ。
動かなければ死ぬという本能的な感情が、恐怖を追い抜いた。
弾かれたように金縛りが解ける。
モミジとマナツ、ユキオもほぼ同時に体を動かした。
ハルトは前方で茫然と座り込んでいるシェリーを強引に抱きかかえ、背へと回した。
脳裏に浮かぶ龍の姿。奴が一度だけ、翼を羽ばたかせた。そのあとの光景をハルトは十分に覚えていた。
とっさに魔法を展開する。薄緑色の膜がハルトとシェリーを包み込む。その瞬間、暴風が吹き荒れた。ギルド内は荒くかき乱され、宙をテーブルやら人が乱雑に舞っている。その光景はまさに地獄絵図だった。目の前で全てが凍てつき、砕けていく様を眺めることしか出来ない。
もっと早くに動けていたなら、おそらくこのギルドの一室を囲むくらいのシールドを展開できた。しかし、結果的にハルトが護れたのはシェリー一人だけだ。
悲鳴と風の荒ぶ音がぐちゃぐちゃに混ざり合い、シールドを突き抜けてハルトの耳に刺さる。
シェリーが背中から力強く抱きしめてくる。その体は小刻みに震え、顔も背に埋めているようだ。今、彼女がどんな顔をして、何を思っているのかわからない。それでも、恐怖に必死に抗おうとしていることだけは伝わってきた。
周りを見渡すと、モミジとマナツ、ユキオもそれぞれシールドを展開している。ユキオに関しては二人の冒険者を背に寄せていた。まあ、その二人は例外なく気絶してしまっているのだが。
前方、ギルドの外がキラッと光った。何かが光を反射したようで、視界一面がきらきらと輝きだした。
ハルトが剣を引き抜くよりも早く、シールドを巨大な氷柱が突き破った。氷柱はまるでドリルのように高速で回転し、シールドから本体を半分突き出した位置で煙を噴いて静止した。
氷柱がギルドの壁を突き破って次々と内部に降り注いだ。建物の削れる音。人の悲鳴。何か柔らかいものを突き破って潰れる音。
瞬く間にギルドは蜂の巣状態になり、その惨劇は見るに堪えないほど悲惨なものであった。総勢五十人はいた一室に、人影はもはや半分ほどしか見当たらない。どうやら、半数は暴風の際に外に飛ばされてしまったようだ。既に息絶えている者、かろうじてピクリと動く者、運よく重傷を免れた者。そして、唯一動くことのできたハルトたち。
しかし、あと少し、ハルトのシールドの強度が弱ければ、今頃はハルトとシェリーは仲良く串刺しになっていただろう。思わず喉を鳴らした。
前回と一緒だ。たったの一振り。龍からしたら攻撃と意識しないほどの自然な翼の上下だけで、街は再び半壊へといざなわれた。
「い、一体何が起こっているんですか……?」
未だに震えの止まらないシェリーが振り絞るように声を出す。ハルトは一瞬たりとも気を抜かずに、手だけを後ろに向け、シェリーの頭を軽く撫でた。まるで、本当にそこに彼女がいるのかどうかを確かめるように。
「……龍だ。氷の龍……」
「りゅう……?」
シェリーは息を呑んだ。空想上の生き物だと思われた龍が、今この街を襲っていることに対する現実味はやけに薄い。しかし、現状のこの惨劇を目の当たりにしては、嫌でも信じざるおえない。
「ど、どうするんですか……? 逃げる、とか?」
「……無理だ。あいつから逃げるなんて、不可能だ。……だから、やらなくちゃ」
ハルトは仲間たちと視線を交わす。皆、覚悟を決めて即座に頷いた。ハルトもそれに呼応するように大きく頷く。
体の震えはいつの間にか止まっていた。
「シェリーはなるべく街の北側、あの龍と反対方向へ逃げるんだ」
「い、嫌ですっ!」
とっさにシェリーが顔を上げた。その瞳に映るハルトが困惑を示す。
「わ、私も……一緒に行きます」
「……駄目だ。まだシェリーの相手にできる敵じゃない。もちろん、俺達だってたぶん、敵わない。だから、言うことを聞いてくれ」
「わかってます……。今の私では足手まといになることくらい。それでも……もう誰かの後ろを追いかけるのはやめたいんです。……だって、私は勇者だから!」
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考えている時間は無い。こうしている間にも、氷龍は雲の上から悠然と街並みを眺めているだろう。そして、いつ姿を現すかわからない。
結局、根負けしたようにハルトは頷いた。
「……わかった。でも、その代わり本当に危険だと分かったら、俺たちを見捨ててでも逃げてくれ。俺はもう、誰かが傷つくのを見たくない」
緊迫した状況の中、シェリーはやれやれといったようにあきれ顔で首を振った。
「それは、こっちのセリフです!」
「それもそうだな。とにかく、足掻いてみよう」
マナツ、モミジ、ユキオの三人は、既に立ち上がって二人を待っていた。
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シェリーから差し出された手をハルトは迷いなく取る。シェリーの震えは、既に止まっていた。
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