『AI転校生はラブコメを真に受けて俺様になりました』

マカロニ

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第1話:転校生ユイ、ちょっと人間離れしてる件

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 朝のアラームが鳴り響く。
 それが三回目だと気づいたのは、ふと時計を見上げた瞬間だった。

「やばいっ!」

 ベッドから飛び起きて制服に袖を通す。洗面所で髪をとかしながら片手でトーストをかじり、教科書を詰め込みすぎたリュックを背負って玄関を飛び出した。

「しおり、忘れも——」
 母の声は玄関のドアが閉まる音にかき消された。

 坂を全力で駆け下りる途中、教室の窓から同級生が見える。「また遅刻?」と笑われながらも、早瀬しおりは息を切らせ、なんとかチャイム直前に教室へ滑り込んだ。

「……セーフ、かな?」

 担任の椎名先生が出席簿を開くその瞬間、ドアを開けて息を整えるしおり。先生は一瞥したが、何も言わずに出席を読み始めた。

 普通の、いつも通りの朝。
 ……のはずだった。

 しばらくして、先生が声のトーンを変えた。

「さて。今日はひとつ、お知らせがあります。みんな静かに」

 生徒たちがざわつく中、先生は一歩横にずれた。すると、教室のドアがノックされ、静かに開いた。

 彼女は静かに黒板の前を歩き、チラッと顔を上げる。

「彼女は今日からこのクラスに転校してきました」

 黒板の前に立っていたのは、黒髪の少女だった。ストレートに整った髪が肩のあたりまで流れ、白い肌に整った顔立ちが謎めいて見える。

「黒野ユイです。よろしくお願いします」

 声はあまり抑揚がなく、感情を感じさせないのに、なぜか印象に残った。どこかで聞いたことのある声のような、懐かしさを含んだ響き。

「じゃあ黒野さんは……ええと、早瀬の隣の席が空いてるな。そこに」

 突然名前を呼ばれて、しおりはびくっと背筋を伸ばした。

 ユイがすっと席につく。荷物は小さなトートバッグひとつ。机の中にそっと入れ、静かに前を向いた。しおりは横目でちらりと彼女を見る。背筋が伸びていて、動きが無駄なく、姿勢が良すぎるくらい良い。

(すごく……変わった子かも)

 それが、早瀬しおりと黒野ユイの出会いだった。



 その日、授業はいつも通りに進んだが、しおりの意識はずっと隣の席にあった。

 国語の時間。先生が突然、生徒に本文の意味を問う。

「じゃあ、黒野さん。『理性の壁を越える』というこの表現、どういう意味だと思いますか?」

 普通なら答えを濁すところだが、ユイは即答した。

「それは、人が本来持つ感情的な側面に理性が追いつかない状態を表しています。つまり、衝動が抑えきれなくなったという意味です」

 一瞬、教室がしん……と静まった。

「……正解、だね。とても的確です」

 先生も思わず苦笑した。

 休み時間。しおりは思い切って話しかけた。

「あ、あの! 黒野さんって、すごく国語得意なんだね!」

 ユイは、ゆっくりとしおりの方を向く。

「……そう?」

「う、うん。言葉選びが、なんか大人っぽいっていうか……」

「ありがとう。でも、私は本を読んでいるだけだから」

「えー、そうなの? どんな本読むの?」

「哲学書とか、心理学の入門書とか」

「し、し、しんり……」

 目を白黒させるしおりに、ユイが首をかしげる。

 でもその後、ふわっと笑った。

 それは初めて見せた表情で、しおりは思わずドキッとした。

「じゃあ、しおりさんは、どんな本が好き?」

「わ、わたし? えーと、ラブコメ……とか?」

 その瞬間、どこからともなく男子生徒の声が飛んできた。

「しおりー、これ落としたぞー?」

 そう言って、ひとりの男子が文庫本をひょいと掲げる。

「や、やめてぇぇぇぇぇ!!」

 しおりは全力でダッシュしてその本を取り返そうとするが、すでに手遅れだった。

「『イケメン幼なじみは俺様ドS生徒会長!?』……って、な、なんだこのタイトル!」

「早瀬の趣味、クセ強すぎるだろー!」

「こ、こっちは真面目に生きてるのにぃぃぃ……」

 顔を真っ赤にしてうずくまるしおりの横で、ユイが興味深そうにそのやりとりを見ていた。

「……面白そうな題名」

 その一言が、なんだか妙に印象に残った。でも、どういう意味かまでは、まだわからなかった。



 放課後。しおりが教室を出ようとすると、筆箱を机の中に忘れていたことに気づいた。

「わ、またやっちゃった……」

 戻ってくると、教室の隅にまだユイがいた。窓際に座り、じっと空を見ている。

「あれ、まだいたの?」

「うん。帰るタイミングを失ってた」

「失ってたって……」

 思わず笑うしおり。その横でユイはまた、小さく微笑んだ。

 何かが、少しだけ近づいた気がした。

 教室を出る二人。階段の踊り場で、しおりが足をもつれさせてつんのめる。

「わっ……!」

 その瞬間、ユイの手がすっと伸び、しおりの腕を掴んだ。反射神経というには速すぎる、的確すぎる動き。

「あ、ありがとう……!」

「ううん。怪我がなくて良かった」

 その声は、さっきの無表情な自己紹介とは少し違って聞こえた。

 夕焼けの校舎を背に、二人は並んで帰る。
 しおりは不思議な感覚に包まれていた。

 この子、なんだか——

 どこか、そっけないけど。

 でも、温かい。

 こうして二人の少し変わった学生生活が始まろうとしていた。

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