159 / 192
50.病院
3.事件当日
しおりを挟む
事件があったあの日、病院は騒然となった。救急病棟に運ばれた陸を見て、有紀子達は事の重大さに心底身を震わせた。
レントゲンを撮った陸は、そのまま手術室に運ばれていく。テレビでよく見る光景だ。扉の上の手術と描かれた部分が赤く点灯した。
廊下の長椅子に座って顔を両手で覆った有紀子は、震えながら大きく息を吸った。
「どうしよう、陸君が死んだらどうしよう」
加奈子が肩を抱いて励ます。有紀子は嘆き続けた。
「そうだ! 私輸血してくる」
不意に立ち上がった有紀子の左手を加奈子が引っ張って制止する。
「輸血はいっぱいあるから。大丈夫だから。それに陸君B型でしょ? 有紀子はABじゃない」
「励ましてくる」
「手術中はここで励まそう」
またも加奈子が優しく制止する。
相当取り乱した様子の有紀子を見て、里美は思った。
(何で私こんなに冷静なんだろう)
里美は嫌な気分になった。こんなにも取り乱すのはどうかと思ったが、陸のために何かできないかと模索し、思いついたことを実行するという行動力は、里美には無い。問題に直面したら、それが解決するまでじっと耐える。それが里美の性格だ。
結局アメリカ時代も耐えに耐えるばかりで、その鬱憤は日本に帰って来てから曾祖母に受け止めてもらったのだ。
陸と有紀子をくっつけたいと加奈子に頼まれた時、里美はとても不満に思っていたが、陸を想って取り乱す有紀子を見て、心の底から加奈子に協力しよう、という気持ちにようやくなれた
手術が始まってしばらくして、陸の母親の奈々子が駆けつけた。その表情の薄皮一枚の裏側は、気が狂いそうなほどの心配に覆われていることだろう。だが、気丈にも平静を装い、状況の説明を有紀子に求めた。
ここにきて、ようやく有紀子は落ち着きを取り戻して、度々嗚咽しながらも途切れ途切れ事の顛末を説明した。
「お母さんですか?」手術室から出てきた医師が言った。「いま縫合手術をしました。後頭部を1か所4針縫ったんです。手術前にレントゲンを撮ったんですが、多分問題ありません」
「息子は、息子は……」
声が続かない奈々子に、医師は優しく言う。
「大丈夫ですよ、命に別状はありませんから。詳しいことはこれから精密検査をしないと分かりませんけど、たぶん大丈夫です」
その日の内にCTとMRA検査が行われた。両方とも問題なかった。脳波検査も問題ない。脳挫傷も脳内出血や腹膜下出血等もない。完全に外傷だけだという診断結果に、奈々子も有紀子たちも安堵した。
後は目覚めるだけ。だが、陸は何日経っても目覚めなかった。
レントゲンを撮った陸は、そのまま手術室に運ばれていく。テレビでよく見る光景だ。扉の上の手術と描かれた部分が赤く点灯した。
廊下の長椅子に座って顔を両手で覆った有紀子は、震えながら大きく息を吸った。
「どうしよう、陸君が死んだらどうしよう」
加奈子が肩を抱いて励ます。有紀子は嘆き続けた。
「そうだ! 私輸血してくる」
不意に立ち上がった有紀子の左手を加奈子が引っ張って制止する。
「輸血はいっぱいあるから。大丈夫だから。それに陸君B型でしょ? 有紀子はABじゃない」
「励ましてくる」
「手術中はここで励まそう」
またも加奈子が優しく制止する。
相当取り乱した様子の有紀子を見て、里美は思った。
(何で私こんなに冷静なんだろう)
里美は嫌な気分になった。こんなにも取り乱すのはどうかと思ったが、陸のために何かできないかと模索し、思いついたことを実行するという行動力は、里美には無い。問題に直面したら、それが解決するまでじっと耐える。それが里美の性格だ。
結局アメリカ時代も耐えに耐えるばかりで、その鬱憤は日本に帰って来てから曾祖母に受け止めてもらったのだ。
陸と有紀子をくっつけたいと加奈子に頼まれた時、里美はとても不満に思っていたが、陸を想って取り乱す有紀子を見て、心の底から加奈子に協力しよう、という気持ちにようやくなれた
手術が始まってしばらくして、陸の母親の奈々子が駆けつけた。その表情の薄皮一枚の裏側は、気が狂いそうなほどの心配に覆われていることだろう。だが、気丈にも平静を装い、状況の説明を有紀子に求めた。
ここにきて、ようやく有紀子は落ち着きを取り戻して、度々嗚咽しながらも途切れ途切れ事の顛末を説明した。
「お母さんですか?」手術室から出てきた医師が言った。「いま縫合手術をしました。後頭部を1か所4針縫ったんです。手術前にレントゲンを撮ったんですが、多分問題ありません」
「息子は、息子は……」
声が続かない奈々子に、医師は優しく言う。
「大丈夫ですよ、命に別状はありませんから。詳しいことはこれから精密検査をしないと分かりませんけど、たぶん大丈夫です」
その日の内にCTとMRA検査が行われた。両方とも問題なかった。脳波検査も問題ない。脳挫傷も脳内出血や腹膜下出血等もない。完全に外傷だけだという診断結果に、奈々子も有紀子たちも安堵した。
後は目覚めるだけ。だが、陸は何日経っても目覚めなかった。
0
あなたにおすすめの小説
誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
すべてはあなたの為だった~狂愛~
矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。
愛しているのは君だけ…。
大切なのも君だけ…。
『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』
※設定はゆるいです。
※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。
王妃は涙を流さない〜ただあなたを守りたかっただけでした〜
矢野りと
恋愛
理不尽な理由を掲げて大国に攻め入った母国は、数カ月後には敗戦国となった。
王政を廃するか、それとも王妃を人質として差し出すかと大国は選択を迫ってくる。
『…本当にすまない、ジュンリヤ』
『謝らないで、覚悟はできています』
敗戦後、王位を継いだばかりの夫には私を守るだけの力はなかった。
――たった三年間の別れ…。
三年後に帰国した私を待っていたのは国王である夫の変わらない眼差し。……とその隣で微笑む側妃だった。
『王妃様、シャンナアンナと申します』
もう私の居場所はなくなっていた…。
※設定はゆるいです。
愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
某国王家の結婚事情
小夏 礼
恋愛
ある国の王家三代の結婚にまつわるお話。
侯爵令嬢のエヴァリーナは幼い頃に王太子の婚約者に決まった。
王太子との仲は悪くなく、何も問題ないと思っていた。
しかし、ある日王太子から信じられない言葉を聞くことになる……。
幸せな番が微笑みながら願うこと
矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。
まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。
だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。
竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。
※設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる