15 / 33
自宅介護
しおりを挟む
2社目のお弁当は、1社目と大分印象が異なった。
器が小さくて食材がこんもり盛られていたため、見た目のしょんぼり感はなかった上、食材の水っぽさが無い。高齢者用ではなく、ランチメニューといった様相だ。
「私は、こっちの方が好きだなぁ」
半分近くがご飯であったため、おかずの量は1社目と比べて少なかったが、千里が選んだお弁当のほとんどが炊き込みご飯であったことと、炭水化物が多かったため、味的に満足できたようだ。
今思うと、1社目は本当に体の弱った高齢者向けのケア弁当だと感じた。今回のお弁当と違ってのど越しがよく、若い2人のあごならほとんど咬まなくても呑み込めた。さらに、食材や調味料の特性を生かして、少しとろみがついていたように思える。今回のお弁当には、そのような要素は感じられない。
「そうだ、久しぶりに、下目黒のインド料理食べない?」
唐突に千里が提案してきた。
「ん~、そうね、いいかも」
2社目の4食目を千里の家で食べている今日の時点で、連日5食、土日を飛ばして、連日4食の計9食が健康弁当では、さすがの佳代も舌が飽きてくる。
このあたりも大分変ってしまった。2人が東京に出てきたときには、再開発は既に始まっていたが、いまだに続いている。
東急の駅ビルなど今風の建物が建ち始める中、まだほとんどは昭和の雑居ビルといった町並みで、まだまだおしゃれといった風ではない。
下目黒に行ったのは、カレーを食べた3回だけだったが、千里の話によると、多くの建物が建て替わり、道路の拡張工事をしているので、既に大部様相が変わっている。
「本当は私、あっちの方に住みたかったんだよね」
5丁目の方には大きな森のような公園があり、スタイリッシュなマンションが立ち並ぶ閑静な地域だ。千葉時代に見たドラマの主人公が住んでいたマンションにあこがれた千里は、そこが目黒であることをネットで突き止め、いつか上京したらそこに住むと決めていたらしい。
大学を卒業して、目当てのマンションの傍にある不動産屋に問い合わせたが、残念ながら満室であった。仮に満室でなかったとしても、千里の初年給で借りるのは困難な家賃だ。その周辺のマンションも内覧したが、気に入ったところは家賃が高く、あきらめるしかなかった。そもそも、千里が探していた間取りが2LDKだから、もともと借りるのは無理がある。
次に千里が考えたのは、佳代と連絡を取り合いやすい場所であったが、目黒に住みたいという思いを捨てきれず、今のマンションに落ち着いた。
「千里のも私のも、朝食向きじゃないね」
5日目の朝食、2社目の最後のお弁当は、佳代が鮭フライ、千里がステーキ弁当だった。
高齢者向けのお弁当にステーキとは驚きだが、実際食べてみると、成型肉なのか、歯ごたえはほとんどなく、簡単にかみ切ることができた。味はそこそこ美味しかったが、1社目や施設の料理と比べて味が濃いように思える。
普段、7時半くらいまで起きない千里であったが、前夜にワインを飲んで早くに寝てしまったこととアルコールの影響で眠りが浅かったせいで、5時に起きた佳代に合わせて5時半にベッドから出てシャワーを浴び、7時前に朝食を食べることになった。
鮭フライの方はというと、ごく普通の味であった。コンビニのより小ぶりだが、厚みがあるようだ。グリンピースごはんが鮭の塩気を程よく散らし、時折箸を伸ばすヒジキと切り干し大根がうまく口直しをしてくれる。厚焼き玉子も甘くなくて美味しい。
ステーキ弁当には、ほうれん草の胡麻和えとパセリのかかったじゃが芋、ステーキの下にナポリタンが少量敷いてある。
この会社のお弁当は、比較的元気な高齢者向けのように思えた。更に、忙しいお母さんが子供に食べさせても違和感がない。
2人とも、食べた感想は2社目の方が美味しいと言うことで一致した。しかし佳代としては、介護が必要な高齢者向けのお弁当を知りたいと試したものだから、1社目の方を評価している。
だが、介護が必要にならないためには健康寿命を延ばす必要があり、健康寿命を延ばすためには、作る手間を省き簡単に食卓に乗せられて、目で楽しめて食べておいしい栄養豊富なお弁当が必要だ。結局食べる高齢者の身体状況次第で、どのお弁当が優位か変わる。
不意に、千里はピコンとおでこに電球が灯ったような笑顔を見せた。
「おじいちゃんには1社目のを食べてもらって、その間に私が2社目のを食べるのはどう?」
ケラケラ笑いながら千里が言った。それも一つ真をついた言葉だ。
介護職に対して、ふんわりと高齢者のためになる仕事とイメージしていた。しかし、だいぶ異なっていることに気付いた。想像できているつもりだったテレビや本で知っていた介護の辛さも、全く想像できていなかった。百聞は一見にしかずと言うが、確かにその通りだ。
家庭で介護をするのであれば、主に主婦がすることになる。家事や他の家族の世話をして更に介護をするとなれば、とても大変なことだ。その中で、美味しいお弁当という楽しみがあったほうが、大変な介護作業のストレスを楽しいランチタイムが相殺して、少し気持ちを楽にしてくれるかもしれない。
佳代はふと思った。
「私もいつかは、お父さんやお母さんの介護をするのかな」
まだ60代の両親が介護を受ける姿など、全く想像できなかった。
器が小さくて食材がこんもり盛られていたため、見た目のしょんぼり感はなかった上、食材の水っぽさが無い。高齢者用ではなく、ランチメニューといった様相だ。
「私は、こっちの方が好きだなぁ」
半分近くがご飯であったため、おかずの量は1社目と比べて少なかったが、千里が選んだお弁当のほとんどが炊き込みご飯であったことと、炭水化物が多かったため、味的に満足できたようだ。
今思うと、1社目は本当に体の弱った高齢者向けのケア弁当だと感じた。今回のお弁当と違ってのど越しがよく、若い2人のあごならほとんど咬まなくても呑み込めた。さらに、食材や調味料の特性を生かして、少しとろみがついていたように思える。今回のお弁当には、そのような要素は感じられない。
「そうだ、久しぶりに、下目黒のインド料理食べない?」
唐突に千里が提案してきた。
「ん~、そうね、いいかも」
2社目の4食目を千里の家で食べている今日の時点で、連日5食、土日を飛ばして、連日4食の計9食が健康弁当では、さすがの佳代も舌が飽きてくる。
このあたりも大分変ってしまった。2人が東京に出てきたときには、再開発は既に始まっていたが、いまだに続いている。
東急の駅ビルなど今風の建物が建ち始める中、まだほとんどは昭和の雑居ビルといった町並みで、まだまだおしゃれといった風ではない。
下目黒に行ったのは、カレーを食べた3回だけだったが、千里の話によると、多くの建物が建て替わり、道路の拡張工事をしているので、既に大部様相が変わっている。
「本当は私、あっちの方に住みたかったんだよね」
5丁目の方には大きな森のような公園があり、スタイリッシュなマンションが立ち並ぶ閑静な地域だ。千葉時代に見たドラマの主人公が住んでいたマンションにあこがれた千里は、そこが目黒であることをネットで突き止め、いつか上京したらそこに住むと決めていたらしい。
大学を卒業して、目当てのマンションの傍にある不動産屋に問い合わせたが、残念ながら満室であった。仮に満室でなかったとしても、千里の初年給で借りるのは困難な家賃だ。その周辺のマンションも内覧したが、気に入ったところは家賃が高く、あきらめるしかなかった。そもそも、千里が探していた間取りが2LDKだから、もともと借りるのは無理がある。
次に千里が考えたのは、佳代と連絡を取り合いやすい場所であったが、目黒に住みたいという思いを捨てきれず、今のマンションに落ち着いた。
「千里のも私のも、朝食向きじゃないね」
5日目の朝食、2社目の最後のお弁当は、佳代が鮭フライ、千里がステーキ弁当だった。
高齢者向けのお弁当にステーキとは驚きだが、実際食べてみると、成型肉なのか、歯ごたえはほとんどなく、簡単にかみ切ることができた。味はそこそこ美味しかったが、1社目や施設の料理と比べて味が濃いように思える。
普段、7時半くらいまで起きない千里であったが、前夜にワインを飲んで早くに寝てしまったこととアルコールの影響で眠りが浅かったせいで、5時に起きた佳代に合わせて5時半にベッドから出てシャワーを浴び、7時前に朝食を食べることになった。
鮭フライの方はというと、ごく普通の味であった。コンビニのより小ぶりだが、厚みがあるようだ。グリンピースごはんが鮭の塩気を程よく散らし、時折箸を伸ばすヒジキと切り干し大根がうまく口直しをしてくれる。厚焼き玉子も甘くなくて美味しい。
ステーキ弁当には、ほうれん草の胡麻和えとパセリのかかったじゃが芋、ステーキの下にナポリタンが少量敷いてある。
この会社のお弁当は、比較的元気な高齢者向けのように思えた。更に、忙しいお母さんが子供に食べさせても違和感がない。
2人とも、食べた感想は2社目の方が美味しいと言うことで一致した。しかし佳代としては、介護が必要な高齢者向けのお弁当を知りたいと試したものだから、1社目の方を評価している。
だが、介護が必要にならないためには健康寿命を延ばす必要があり、健康寿命を延ばすためには、作る手間を省き簡単に食卓に乗せられて、目で楽しめて食べておいしい栄養豊富なお弁当が必要だ。結局食べる高齢者の身体状況次第で、どのお弁当が優位か変わる。
不意に、千里はピコンとおでこに電球が灯ったような笑顔を見せた。
「おじいちゃんには1社目のを食べてもらって、その間に私が2社目のを食べるのはどう?」
ケラケラ笑いながら千里が言った。それも一つ真をついた言葉だ。
介護職に対して、ふんわりと高齢者のためになる仕事とイメージしていた。しかし、だいぶ異なっていることに気付いた。想像できているつもりだったテレビや本で知っていた介護の辛さも、全く想像できていなかった。百聞は一見にしかずと言うが、確かにその通りだ。
家庭で介護をするのであれば、主に主婦がすることになる。家事や他の家族の世話をして更に介護をするとなれば、とても大変なことだ。その中で、美味しいお弁当という楽しみがあったほうが、大変な介護作業のストレスを楽しいランチタイムが相殺して、少し気持ちを楽にしてくれるかもしれない。
佳代はふと思った。
「私もいつかは、お父さんやお母さんの介護をするのかな」
まだ60代の両親が介護を受ける姿など、全く想像できなかった。
0
あなたにおすすめの小説
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
フッてくれてありがとう
nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」
ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。
「誰の」
私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。
でも私は知っている。
大学生時代の元カノだ。
「じゃあ。元気で」
彼からは謝罪の一言さえなかった。
下を向き、私はひたすら涙を流した。
それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。
過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる