猫のモモタ

緒方宗谷

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モモタとママと虹の架け橋

第二十七話 ミーナが信じかったもの

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 イタチを携えたキキは、応援していたモモタたちのそばの柿の木にとまりました。強者の貫録を見せつけるように、堂々とした風格でイタチを食べ始めます。

 キキは、向こうに見えるしょんぼりとしたミーナが飼い主のもとに帰っていく様子を見ていました。

 しばらくすると、ミーナを連れた飼い主が、ゆっくりと歩み寄ってきます。そして、モモタたちのそばに立って、黙ってキキの様子を見はじめました。

 キキがミーナに向かって言い放ちます。

 「どうだい? 僕の方が空の王者に相応しいだろう。僕は知らなかったけれど、確かにオオタカの“オオ”は“蒼”からきているのかもしれないけど、そんなこと関係ないさ。僕がオオタカの“オオ”が“大”だと言ったら、“大”なのさ」

 「スピードで敵わないのは分かっていたわ。あなたもそう言っていたし、わたしも認めていたでしょう? だから、わたしに勝ったなんて思わないでほしいわね」

 「なにを強がりを」とキキがくちばしを鳴らします。

 ミーナが、続けて言いました。

 「どうしてあなたが王者だって言えて? こんな弱々しいごはんを従えていい気になっているのが、いい証拠よ」

 キキの羽が少し逆立ちました。

 「従えてるって言うな。モモタたちは僕の友達だ。ごはんを見るような目で見るのはやめろ」

 「でも、美味しいごはんだわ。分かるでしょう?」

 「猫は知らない。ネズミは――確かに美味しいな」

 チュウ太は、自分の方を微睡むように見るキキに、「揺らぐな! 友情と食欲の狭間で揺らぐな!」と叫びます。

 咳払いしたキキが、ミーナに訊きました。

 「ミーナ、君はなぜそんなふうに思うんだい?」

 「なぜって、強いものは強いものとだけ群れるものよ。この猫をご覧なさい。わたしたちと同じくらいの大きさだけれど、その牙はわたしたちのくちばしほど大きくないし、その爪もとても小さいわ。はっきり言って、一匹でいたらカラスたちに囲まれてすぐ食べられてしまうんじゃないかしら。
  ネズミや蝶々に至っては論外よ。わたしだったらすぐに食べてしまうわ」

 「あはははは」とキキが笑います。「ミーナが言っていることは、ある意味間違っていないよ。弱い者たちは弱い者たちで群れる。カラスも結局は弱々しいスズメの親戚さ。たくさんでいないと僕たちには敵わないから、集まって暮らしているんだ」

 キキは、モモタたちを見て「でもね」と言って続けました。

 「強いからこそ、弱い者と一緒にいられるんだよ。考えてごらん。ミーナが言った通り、僕がいなかったら、モモタもチュウ太も向こうにいるカラスに食べられてしまったかもしれない。でも、僕がいるからこそ食べられずにいるんだ。
  それに、君はどうしてお腹を空かせているのに食べるのを我慢しているんだい?」

 「それは・・・」

 ミーナは言葉に詰まりました。

 キキが続けます。

 「ミーナが、モモタたちをすぐにでも食べてしまおうって言うのは、お腹がすいているからだろう? 僕が食べないのは空いていないからさ。僕は、モモタたちを食べなくても、常にお腹いっぱいでいる自信があるし、空いても常に満たせる自信がある。現に今だってイタチを捕まえてお腹いっぱい食べているよ。

  でも君はどうだい? お腹を空かせているにもかかわらず、せっかくのうさぎを人間に渡してさ。自分が貰えるのはほんのちょっと? 弱い人間に恵んでやるならいざ知れず、捕った自分が恵んでもらうってどういう理屈さ。しかもスズメみたいな肉片を。そういうのは奴隷っていうんだ」

 「この人は、わたしのご主人様じゃないわ。それに弱くはない。鷹匠といって、タカの主として認められた人間なのよ」

 キキは驚きました。

 「タカの主? 誰が認めたって言うのさ。タカの主はオオタカさ。他の誰でもないオオタカさ。君は人間に従っているのに、なぜ自分が空の王者だって言えたんだい?」

 「だから、わたしは子分じゃないわ。タカすら従わせる鷹匠を子分にしているのよ。わたしが空の王者って言うのは、鷹匠がわたしのことをそう言って褒めてくれるからよ。鷹匠がそう言うくらいだから、本当にそうなのよ」

 「それは、ミーナを従わせるために言ったウソなんじゃないか? 考えてごらんよ。君は言っただろう? 弱い者は弱い者と群れるって。こいつは弱いのさ」

 ミーナが言い返します。

 「そんなことないわ。鷹匠は強いわよ。強いからこそ、このわたしに付き従うのを許しているのよ。わたしたちは、お互いを狩人として認めあっているの。
  それに、ウサギだって、先に食べたのはわたしの方なんだから。実質わたしがご主人様よ」

 「どういう経緯で戦友になったのさ」

 「どういうって、ヒナの時に貰われてきて育ててもらったからよ」

 キキが言い放ちました。

 「それは戦友ではないぞ。赤ちゃんだったから育ててもらわざるを得なかっただけさ。君は飼われているんだ。この人間は、君の気をよくするために、先にウサギを食べさせたし、いくらでも褒めてくれるのさ。君はいい気になっているようだけれど、常にお腹をすかせているし、どうせ普段は狭い鳥かごに閉じ込められているんだろう?」

 ミーナは、負けじと言い返します。

 「ウソよ。勝手なこと言わないでちょうだい。
  わたしは、お腹がいっぱいになると狩りの目が鈍るから、常に空腹でいられるようにしてくれているの。鷹匠がわたしのことを想ってしてくれているのよ。

  それに、わたしにはちゃんとお家があるわ。鳥かごになんかに閉じ込められていない! そこいらの鳥のお家のような雨風にさらされるような枝を絡め組んだお家じゃないわ。雨も風も入ってこない立派なお家よ」

 キキは、お肉を食みながら聞いていました。食べるところをミーナにこれ見よがしに見せつけて。キキは気がついていました。羨ましそうに、キキの獲物をチラチラ見ていることを。そして、敢えて見ないようにしていることも。キキは、自分が王者であることを誇示しているのです。 

 二羽が言い争いをしている最中、鷹匠はジッとキキを観察していました。

 (このオオタカ、まだ子供か。羽の具合からミーナと同じ年頃だと思うが、少し小ぶりだな。でもあの俊敏性はなかなかだ)

 そう思いながら、モモタの様子を窺いました。自分がかすかに動くたびに、モモタがピクリと反応して、チラリと見てきたからです。

 鷹匠は、モモタが自分の存在が気にならなくなるまで、根気強く空気のような存在で居続けました。そして、ついにモモタから警戒心を完全に失わせて、ゴロリと寝そべらせるまでに至りました。

 モモタとしても、この人間はミーナのご主人様ですから、悪い人ではないのだろう、と高をくくっていました。だって、空高く飛んでしまえば、鷹匠にはミーナを捕まえる術がないからです。それなのにミーナを繋いでいないのだから、良い人だと思えたのです。

 アゲハちゃんも鷹匠のことを気に留めていません。経験から、アゲハ蝶に興味を持って捕まえようとする人には見えなかったからです。

 チュウ太は、モモタの陰にいましたし、ネズミ嫌いの人間がまさか自分を捉えたりしないだろう、と思っている節が常々ありすから、警戒するそぶりは見せません。そもそも、ミーナに警戒していますから、人間になんて気を割けません。

 ですから、ゆっくりと柿の木に近づく鷹匠に、誰も警戒の目を向けませんでした。

 キキも、誰も警戒しない人間に警戒の目を向けていません。ミーナとの会話に夢中でしたし、何より美味しいご馳走を頬張っている最中でしたから、人間が自分に興味を持っていることに気がつけていませんでした。

 そっぽを向いて、キキに気のない素振りを見せていた鷹匠が、突如としてキキに襲い掛かりました。

 意表をつかれて両足を鷲掴みにされたキキは、慌てて翼を羽ばたかせますが、後の祭りです。イタチをほっぽりだして暴れますが、タカの扱いになれた人間の手さばきには敵いません。

 幾度となく喰らいつくキキでしたが、鷹匠に全く痛手を負わせることが出来ません。鷹匠は全く痛嘆を感じていない様子です。鷹匠の腕には、くちばしや爪から肌を守るための鹿革で作られた長手袋が装備されていたからです。

 キキは、そのままワゴンに積まれた銀色のオリにミーナと共に入れられて、どこかへ連れていかれていきました。

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