猫のモモタ

緒方宗谷

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モモタとママと虹の架け橋

第六十三話 王様トロル

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 モモタたちが太くウネウネとうねった根っこが露出した坂を上がったり下がったりしていると、またたくさんのツマベニチョウがいるのが見えました。先頭のほうにいる女性が一匹叫んでいます。

 モモタたちが、ツマベニチョウたちの方に向かって進んでいくと、急に森が開けました。辺りには、朽ちた果てた杉の残骸がたくさん落ちています。イチコから聞いた話では、朽ちてから一年と経っていないはずなのに、既に大部分が粉状のおがくずと化していました。あたかも、シロアリに食い荒らされた後のような惨状となっています。

 真ん中には、見上げてもその全容が見えないほど大きな杉が生えていました。屋久杉と言う名の杉だそうです。

 波打つようにうねる樹皮は、クジラの横幅を優に超える大きさです。クマでさえ何十頭も手を繋がないと、一周まわれないほどでした。

 モモタたちは、この世にこんなに大きな木があるのか、と肝を抜かれ、見上げるしかありません。屋久杉までまだだいぶ距離がありますが、見上げても見上げ足りませんでした。

 枝は力強く八方に伸び広がり、旺盛な葉をこれでもかと生やしています。その凄さといったら、梢の隙間からひと煌めきの木洩れ日も差し込まないほどの密集具合。モモタたちは、その雄壮な姿とは裏腹に、少し恐怖を感じました。周りの木々を圧倒する威圧感があったからです。

 根元の姿も雄大な姿をしていました。大きくねじうねった太い根が何層にも絡まり、立ち上がるように太い幹を持ち上げています。物語に出てくる樹木のトロルのような姿をしていました。樹木の王様だと言っても過言ではない姿です。

 その屋久杉を中心に、周りの大地はその根に覆われていました。雲海から背を出す東洋龍のような根が、波打って土から出ているのです。その一つ一つの高低差は、一メートルくらいありました。

 モモタたちは、「空からは陽が射さないし、地面は根っこに取られちゃったから、みんな枯れたんだね」と言い合います。確かにその通りでした。

 そのような環境であるにもかかわらず、辺りは真っ暗にはなっていません。なぜでしょうか。

 モモタたちにはその答えが分かっていました。木々が枯れた原因を話しながら、みんなの視線は巨大な屋久杉の根元を凝視しています。その視線の先には、青色に淡く燐光する温かな光があったからでした。

 モモタたちが、集まっているツマベニチョウたちのそばによると、何やら悲しげな眼差しでこちらを見ます。

 アゲハちゃんが訊きました。

 「こんにちは。いったいどうしたんですか? 舞いもせず、こんなところで地べたに座って」

 質問を受けた女の子が、「うん・・・」と呟いて、叫んでいる一匹の方を見やります。

 別のツマベニチョウの女の子が言いました。

 「あなた、旅行の子? 悪いことは言わないわ。早いとこ別の島に行った方がいいわ」

 「なんで?」アゲハちゃんが訊きます。

 「そのうち、この島の森はなくなってしまうの。花も草もなくなってしまうわ。残るのはたぶん、あの大きな屋久杉だけよ。

  そうなったら、蜜も樹液も葉っぱも、わたしたちが食べられるものはなんにもなくなってしまうからね」

 モモタたちは、とても信じられない様子で聞いていました。思わず顔を見合わせます。

 アゲハちゃんが言いました。

 「わたし、ちょっと見てくるわ」

 アゲハちゃんはモモタたちに先んじて、まっさきに絡み合う根に近づきました。根の間からこぼれる青色の光が何であるか確かめようというのです。

 屋久杉の巨木の枝葉が天井となっていたので、本来地上はもっと薄暗くてもいいはずでした。それなのに、お昼寝するにはちょうどいい程度の明るさです。それでいて、根から漏れる青色の光は、決して眩しいわけではありません。虹の雫だからこそ出来ることなのでしょう。

 ここに来るまでの間は、たくさんの木々が鬱蒼と生い茂った森だったのに、屋久杉の巨木の周りだけが草一本下生えしていないのが不思議です。

 綱引きの綱が絡み合ったようにうねり広がる根の大地には、苔も生えていません。イチコの言う通り、とても新しい根なのでしょう。急速に成長してきたがために、生える時間を苔に与えてこなかったのでしょう。

 都会のビルのように大きく高い木でしたが、最初に感じた恐怖は不思議ともうありません。清麗な空気に満たされた世界を作っているのはこの屋久杉かもしれない、とアゲハちゃんには思えました。

 この島の空気はとても澄んでいて、転がるように肌を撫でるのですが、特にこの屋久杉の周りは、南国であるにも関わらすヒンヤリとしていながらも寒くなく、吸い込むたびに鼻腔から咽喉、気道、そして肺の隅々までをも、綺麗に洗い流してくれるかのようです。

 アゲハちゃんが根の隙間の中を覗くと、不思議と光が中にたまっているように見えます。瞳に届く光は心地いいのに、根に囲まれた内側は目もくらむような眩しさのように見えました。

 離れたところにいたツマベニチョウたちの間で、騒ぎが起きたようです。モモタたちが後ろを振り返ると、先頭附近で叫んでいた一匹が、引き留めるまわりの手を振りほどいて舞い上がり、モモタたちのの方に向かって飛んできました。

 とても美しい蝶々です。透き通るような白皙の羽は他のツマベニチョウよりも白く、紋白蝶ですら敵わない、と思わせるほどでした。前翅のオレンジ色にくすんだところは微塵もなく、みかんの房の中の色と同じような瑞々しさ。前翅にある矢羽模様も綺麗に弧を描き、前後の羽にある斑紋もかすれることなく美しく浮き出たトゲ模様です。羽を縁取る茶褐色も線を引いたようでした。

 そんな優美なさまとは裏腹に、とても悲しそうに取り乱して、震える声で言いました。

 「ああ、わたしのさっちゃん、ママよ。お願いだから出てきてちょうだい」

 さっちゃんのママは根にとまって、洞窟のような根の奥に向かって身を乗り出し、更に叫びます。

 「お願い、もうやめにしましょう。そんな石捨てて出てきてちょうだい。外はとても大変なことになっているのよ。わたしの元に戻ってきてちょうだい」

 さっちゃんのママのことが心配で寄ってきたツマベニチョウのママ友さんが、アゲハちゃんに言いました。

 「あっちゃんの赤ちゃんがね、ある時きれいな石を見つけて、小さな屋久杉の根の隙間に隠して宝物にしていたの。だけれども、小さかったこの屋久杉がみるみる間に大きくなってしまって、みんな大騒ぎ。原因はさっちゃんの光る石だろうってみんな思って、石を取りにきたんだけれど、それに気がついたさっちゃんが、『だめー』って叫んで、中に入ってしまったの。

  それから急に強く輝きだして、眩しくてみんな中に入れなくなっちゃったのよ。それっきりさっちゃんは出てこなくて、みんなで心配しているの」

 チュウ太が言います。

 「聞くともう1年近いじゃん? とっくに死んでんじゃないの?」

 ママ友さんは、首を横に振りました。

 「あっちゃんは、赤ちゃんが生きているって言うの。そう感じるんだって。ママの感ね。わたしもママだから、よく分かるわ。理屈じゃ説明できないけど」

 他のツマベニチョウが、「中は根が入り組んでいて、翅のあるわたしたちじゃ入っていけないのよ。千切れてしまうから」と、悲しそうに眉を歪めて言いました。

 モモタが中を覗きます。

 「ちょっと狭いね。暗ければ僕見えるけど、こんなに眩しかったら目がいたくて中に入れないや」

 モモタの困った様子を見て、チュウ太が自信たっぷり言いました。

 「今こそ僕の出番だね。僕が言って取ってきてあげるよ」

 心配するモモタたちに、チュウ太が続けます。

 「僕は夜目が利かないんだよ。だから天井裏では真っ暗な中で生活してるんだ。見えてないのに走り回って遊んだよ。だから眩しくて目を瞑ってても、根っこの洞穴くらいわけないさ」

 そう言って、洞穴に飛び込んでいきました。
 










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