猫のモモタ

緒方宗谷

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モモタとママと虹の架け橋

第百三十三話 鍵穴の中に詰まった絶望

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 亜紀ちゃんは岸壁を回っていって、灯台へと続く防波堤の根元に立ちました。みんなには、防波堤がとても遠くに感じられて仕方ありません。晴れていたとしても、六歳の亜紀ちゃんにとってはとても長い道のりでしょう。

 右側で砕ける波の飛沫は、亜紀ちゃんの背丈くらいありました。とても危険だと思ったモモタが、亜紀ちゃんのレインコートをかじって後ろに引っ張ります。

 亜紀ちゃんがそれを左手で引っ張り返しました。そして走り始めようとしました。その瞬間です。大きな波が防波堤の根元までやってきて、岸壁にぶつかり砕け散りました。砕けた波が地面を這って広がってきます。亜紀ちゃんのくるぶしは水に浸かってしまいました。

 流れる海水の勢いに足をすくわれて転んだ亜紀ちゃんは、そのまま小さな競売場がある建物のほうに流されていきます。しばらくすると、引いていく波によって海の方に引きずられてきました。 

 引き波の何と強いことでしょうか。転ばなかったモモタは、波が寄せてきた時以上に力を入れて踏ん張りましたが、耐えきることが出来ずに海の方に引っ張られていきました。

 地面を這い広がった波が弱くなるのを見計らって起き上がった亜紀ちゃんは、急いで防波堤へと走っていきます。

 その勇敢な姿に、モモタたちは息をのみました。小さな女の子が持ち得る勇気だとは、とても思えません。ですが、同時に悲痛な必死さが伝わってきます。亜紀ちゃんを助けてあげないと、と思ったみんなも後に続きます。

 亜紀ちゃんが防波堤の真ん中あたりを走っていた時に、再び大きな波が襲ってきました。防波堤の上を洗い去る波は、いとも簡単に亜紀ちゃんの足をすくい上げて、海の中へと引きずり込もうと引っ張ってきます。

 しりもちをついた亜紀ちゃんに、モモタが駆け寄りました。伸ばされた手がモモタの首にまわされます。モモタは必死に踏ん張りましたが、一緒に引きずられていってしまいました。

 体の大きなカンタンにくわえてもらって、ようやくモモタは留まることが出来ましたが、息をつく暇はありません。すぐに別の大波がやってきて、カンタンも一緒に流されてしまいました。

 「モモタっ!」舞い上がったキキが叫びます。モモタたちは、波消しブロックの隙間に吸い込まれていきました。

 這う這うの体(てい)でカンタンが羽ばたいて出てきます。そのくちばしにモモタと亜紀ちゃんはくわえられていませんでした。

 いくらペリカンが人間並みに大きな鳥だからといっても、くちばしと首の力だけで亜紀ちゃんを支えられません。防波堤から落ちた拍子に、くわえていたモモタも放してしまったようでした。

 雨風に翻弄されてバランスを崩しながらもなんとか旋回するキキは、必死にモモタを探しました。渦巻く波間に目を凝らします。

 幸いモモタたちは海に飲み込まれてはいませんでした。波消しブロックから這い上がってきた亜紀ちゃんが、なんとか防波堤へと飛び移ります。そしてすぐに走り出しました。

 灯台はもうすぐそこ。とても小さな灯台でしたが、そばまで来ると異様な大きさに感じられます。

 薄い黄土色のレンガで作られた四階建ての灯台は、荒ぶる大波に襲われながらも悠然と立っていました。今は灯器が消灯してしまっていますが、もし煌々とした光の筋を伸ばしていたのなら、とても心丈夫に思えることでしょう。

 見上げると、塔の大きさとは裏腹に、開口部はほとんどありません。長方形の小さな窓が縦に3ッつ並んでいて、最上階に円筒形の灯室があります。最上部に玉ねぎのような形の灯篭が被せてありました。そして、その上にも小さな玉ねぎが乗っていて、玉ねぎ親子のように見えます。

 吹き荒む強風の中で更なる強風が吹き荒れました。その風にもみくしゃにされたキキは、飛び続けることが叶いません。堪らず息も絶え絶えのモモタのそばに下り立ったものの、翼を畳んでいることが出来ずに風に飛ばされていきました。

 「キキー!」モモタが叫びます。すかさずカンタンが飛び立ちました。その間も、亜紀ちゃんは走り続けます。

 台風の勢いは衰えることを知らず、ますます強くなっていきました。

 モモタは、キキたちを心配しながらも走って亜紀ちゃんについていきます。

 キキは、なんとか風に乗れたようでした。翼を広げたまま滑空しながら木の葉の様に舞っています。Uターンしきってモモタたちの方を向いた時に、キキが何かを叫びました。風と波の音に耳を塞がれていたモモタには聞こえませんでしたが、必死に危険を知らせているように見えました。

 モモタがそれに気がついて、キキの視線の先を見ようと後ろを振り返ると、今までにないくらいの巨大な波が頭をもたげています。あたかも妖怪海坊主が襲いにやって来たかのようでした。地震で発生した津波が押し寄せてきたのです。

 「モモちゃん!」アゲハちゃんが、モモタの胸に顔をうずめます。

 波の高さは、灯台の高さを優に超えていました。

 「きゃぁぁぁぁ」

 亜紀ちゃんが悲鳴をあげました。

 モモタが、「亜紀ちゃん急いで!」と叫びます。

 砕波して崩れる波が防波堤に当って爆裂し、うごめく大量の触手を伸ばして強襲する手のひらの如く、波しぶきを叩き下ろしてきました。
 波のトンネルを走り抜ける亜紀ちゃんは、迫りくる波の壁と飛散する波粒が当る衝撃でよろけました。転びそうになった瞬間、なんとか飛来することに成功したカンタンが、転倒する亜紀ちゃんの左わきに頭をくぐらせます。

 亜紀ちゃんは、カンタンに支えられながら体勢を立て直して、走り続けました。飛行してきたカンタンの勢いも相まって、とても速い速度で走っていきます。

 大量の波粒が降り注いできて、亜紀ちゃんたちを打ち付けます。波粒といっても軟式野球のボールくらい大きなものばかり。波球(はきゅう)と言っても過言ではありません。その身に波球が当るたびに、重い衝撃が足へと響きます。

 右から波の壁が迫って来て、亜紀ちゃんはだんだんと左の端へと押しやられていきました。それでもなんとか、獲物を捕らえようとする触手のように襲いくる海坊主の手の下を潜り抜けた亜紀ちゃんは、完全に波が崩れ落ちてくる前に出入口に辿り着きました。

 「開かないっ!」亜紀ちゃんが叫びます。何度押しても引いても開きません。ノブを回す音だけが虚しく響きます。

 崩れた波が防波堤の上を走り、亜紀ちゃんたちに押し寄せます。

 キキが何度もモモタに叫びかけていましたが、どうしようもありません。堪らずカンタンが飛び立ちました。仕方がないことです。カンタンの力では、亜紀ちゃんたちをくわえて飛ぶことは出来ません。それに、モモタを喉袋に入れる暇もありませんでした。

 ついに波は灯台まで到達し、その一階部分をなめ尽くします。そして、波が去った後、そこには誰もおりませんでした。


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