猫のモモタ

緒方宗谷

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モモタとママと虹の架け橋

百三十話 帰らない家族

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 火山礫に覆われた島の上空を、カンタンが何度も何度も往復しています。その下でモモタとキキがカンタンを見守っていました。いったい何をしているのでしょう。

 カンタンは、海に行っては喉袋に海水をすくってほこらの周りに撒いています。焼け落ちたほこら跡にくすぶる火の粉をなんとか消そうとしているのでした。

 長いこと消火活動を繰り返したカンタンが、お休みするためにモモタたちの所へ戻ってきて言いました。

 「ほこらの火は全部消したよ。でも、周りの地面は冷やせない。何度海水をかけてもすぐ熱くなっちゃうんだ。一瞬歩けそうになるんだけどね、すぐに下のほうから熱が上がってきちゃう」

 「そうかぁ・・・」と残念そうにするモモタの横で、キキが訊ねました。

 「ほこらには下りられるの?」

 「うん、もう火は消えたから。少し熱気はあるけど、無理しなければ大丈夫かも」

 それを聞いたキキが、モモタに言います。

 「それじゃあ行ってみようよ。虹の雫はほこらにあるんだから、周りが熱くたって関係ないじゃない。地面の上に落ちないように焦げた木の上で探せば大丈夫だよ」

 「そうだね。ありがとうキキ、励ましてくれて」

 モモタはそう言って、口を開いたカンタンの喉袋へと納まりました。

 ほこらへと下り立ったカンタンは、モモタを下ろして再び飛び立ちます。虹の雫捜索のジャマにならないようにしたのです。モモタたちが熱にやられないようにしてあげないと、と思ったカンタンは、海に言って海水を汲んできては、モモタたちにかけてやりました。

 案の定、消し炭と化したほこらの下のほうは大変熱く、簡単には掘ることが出来ません。カンタンが撒いてくれる海水で表面を冷やし、恐る恐る熱くないところを撫でるように削いで行きます。それでも、モモタとキキの足は軽い火傷を起こしました。あまり芳しくない熱を帯びたのです。

 それでも、モモタとキキは掘り続けました。とても熱中していて、心配するカンタンにわき目も振れず一心不乱に虹の雫を探します。

 カンタンが南の空を見上げました。遠くの空は灰色の雲に覆われていて、その下から海にかけて影を落としていました。あたかも開け放った障子を境にならぶ、煌々と電気の灯る部屋と消灯した二つの和室のようです。まるで違う世界でした。

 モモタたちはくまなく探しましたが、どこにも虹の雫らしきものは見当たりません。金色の美しい象嵌に縁取られたまあるい割れた鏡、青みを帯びた白い花瓶、その他神事に使う小道具ばかりが出てきます。

 風が強くなってきました。

 カンタンがやってきて、捜索を続けるモモタの首筋をくちばしで撫でて言いました。

 「嵐が来るよ。早めに亜紀ちゃんちに戻らないと」

 モモタは、南の空を見上げました。既に六つの虹の雫を持っているのです。あと一つでママに会えるのですから、残念でなりません。

 キキが言いました。

 「もう少しだけ探そう。あと少しだけなら、僕やカンタンの翼さえあれば、亜紀ちゃんちに戻れれるだろう?」

 そうしてしばらく捜索を続行しました。ですが結局、虹の雫はありませんでした。とても残念です。

 さらに風が強くなってきました。もっと強くなりそうなのは明らかです。影に沈んでいた遠くの空は、どんより黒くなった雲の下で、暴風雨に翻弄されているように見えました。波も大変高くなっていて、まだ雨の降っていない火山島の周りも、流されてきた雨が混じる風が宙を切り、海は大時化となっています。

 もう帰らなければなりません。さすがのキキもモモタに言いました。

 「嵐が来るんだ。これ以上風が強くなったら戻れなくなってしまうから、急いで帰ろう」

 火山島には、雨風をしのげる森は既にありません。大地は灼熱を放っていました。ほこらがあるところとは別の場所を見ると、赤々と燃えるマグマの川が横たわっています。一夜を過ごすには、ここは危険極まりない地でしかありません。

 モモタはおひげを引かれる思いでしたが、急いで亜紀ちゃんのお家に帰ります。亜紀ちゃんのお家について間もなく、辺りは暗闇に包まれました。

 亜紀ちゃんのお家がある漁村は、その日の漁を終えて既に港に入っていました。もともと火山の影響で遠くには船を出せません。それに、天気予報で夜海が時化ることを知っていますから、みんな無理をしなかったのです。

 雨に降られる前に帰ってきたモモタたちは、亜紀ちゃんのお家の土間でホッと一息ついて、お夕食を食べていました。みんなで明日も探してみよう、と話しています。

 「そう言えば――」とアゲハちゃんが気がついて言いました。「亜紀ちゃんたちはごはん食べないのかしら?」

 「もう食べちゃったんじゃないの?」とチュウ太が答えます。

 何かただならない雰囲気が、モモタたちのもとに漂ってきました。どうしたんだろう、と居間の奥の廊下を見ていると、そこからじいじがやって来ます。その足音を聞いて、ばあばも隣の部屋から出てきて、居間に座りました。

 「正のやつ、まだ戻ってこんのか」じいじがばあばに言いました。

 「どうしたんでしょう、心配だわ、わたし・・・」

 その声を聞いて、ママと一緒に、ママの足にしがみつく亜紀ちゃんがやって来ます。

 「お義父さん・・・」ママが言葉に詰まります。

 「大丈夫だって、どうせ船を港にあげるのに手間取っているんだ。そうだ、ちょっと俺が行って手伝ってこよう」

 すかさずばあばが言いました。

 「危険ですよ、突然の大波にさらわれて死んだってニュースをよく見るでしょう?」

 「それじゃあ、正はどうするんだ。あいつだってそうなっちまうじゃないか」

 そう言って、青い雨がっぱの上下を着こんだじいじは、「ちょっと行ってくる」と言って、止めるばあばとママの言うことも聞かずに、降り始めた雨の中を出ていきました。

 それを見ていたモモタたちは、しばらくの間何を言っていいか分からず黙っていましたが、沈んだ沼の底から浮かび上がろうとするようにカンタンが言いました。

 「パパが帰ってきていないみたいだね」

 するとキキが言いました。

 「大丈夫じゃないの? 人間はこの島から泳いで外に出ることはないんだからさ」

 それを聞いてモモタが言います。

 「パパは、お魚を捕る名人だよ。お船に乗って海に出て、イルカみたいに泳いでお魚を捕るんだよ」

 モモタたちは、漁師がどうやって魚を捕っているか知りません。泳いで捕っているものだと思い込んで、なんとなく、モモタの言うことに納得してしまいました。

 そうだとすると大変です。もしかしたら、高波のせいで帰ってこられなくなってしまったのかもしれません。

 モモタたちは慌てふためきました。ですがどうしようもありません。

 「ちょっと待って!」とアゲハちゃんが叫びます。「わたしたちがしっかりしなきゃ、亜紀ちゃんが可哀想よ。みんなで亜紀ちゃんのところに行って元気づけてあげましょう?」

 みんなで亜紀ちゃんを囲んで温めてあげます。亜紀ちゃんは、言葉なくモモタをぎゅっと抱き上げて、崩した正座のように両足の間にお尻をついて座りました。カンタンの首に左手をまわして抱き寄せます。

 「大丈夫よ」アゲハちゃんが言いました。「亜紀ちゃんのパパは、たくさんお魚を捕れる立派な人だから、すぐに戻ってくるわ」

 「そうだよ、亜紀ちゃん」今度はチュウ太が励まします。「突撃だぁーって波を突き破ってお船ごと返ってくるさ」

 みんなで代わる代わる励まします。

 それからしばらくして、雨でびしょ濡れになったじいじが帰ってきました。モモタたちは、家族みんなと一緒に玄関まで出迎えます。フードの中にも袖口の中にも雨が入ってきているようでした。そればかりか、雨がっぱのつなぎ目からも浸水していたらしく、全身水浸しです。

 じいじが言いました。

 「正の船、まだ戻っておらん」

 「そんな・・・」ばあばが悲痛な声を漏らしました。

 既に嵐は島を飲みこんでいます。

 ばあばもママもその場にへたり込んでしまいました。亜紀ちゃんが堪らず涙を浮かべます。なんとか堪えようとしますが、溢れる涙はボロボロと頬を伝って流れ落ちていきました。そして、飲み込みきれなくなった声を震わせて吐き出し、とうとう泣き始めてしまいました。

 けたたましく電話が鳴っています。ですが誰も取りに行けません。留守電になっては切れ、留守電になっては切れ、何度も何度もかかってきます。

 モモタたちは、家族の姿を見守るしかありませんでした。


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