ホラー短編集

緒方宗谷

文字の大きさ
4 / 35
シーツの下に蠢く夜話

イボ男

しおりを挟む
 「美紀、朝ご飯よ、早く下りていらっしゃい」
 「今行くー」
 7時、女子高生の美紀は着替えていた。雑に整えたベッドの上にセーラー服を広げて、花柄のピンクオレンジのパジャマを脱いだ。
 ブラに手を通してホックを留めた瞬間、ふと窓の外を見ると、何かが降ってくるのが見えた。一瞬だったが、美紀には、それが人間だと分かった。
 ほんの一瞬だったのに、頭を下にして落ちてくる男の顔が脳裏に焼き付いていた。スローモーションのように男が落ちてくる。シワのよったワイシャツ、赤いネクタイ、濃い灰色の靴下を履いていた。
 萎れた灰色のスーツを着た、小太りの50代の位のサラリーマンだ。丸顔でバーコード頭、酒焼けしたような顔はイボだらけ。
 「やだ、気持ち悪い、目が合っちゃった」美紀はは思わず顔をしかめる。
 それからというもの、寝ても覚めても、目が合った時のイボだらけの男の顔が頭を離れない。
 考えないようにすればするほど、強くリアルに思い浮かぶようになった。
 そればかりか、絶望に打ちひしがれて自殺した男を夢にまで見るようになってしまって、気が狂いそうだ。しかも、記憶の男は、美紀を見やってニヤリとするようになった。
 ある日目が覚めて、朝ご飯を食べに1階の食堂に行って、美紀は絶句した。母の顔が、あのイボ男になっている。恐怖に胸が潰れそうだ。逃げたくても足がすくんで逃げられず、平静を装って朝ご飯を食べた。寝ぼけていることを願いながら、黙々と箸を進めた。
 「あなた、早くだべてくださいよ。新聞見ながらだなんて、行儀が悪い」
 妻の声に、箸を持つ手が止まっていると叱られた父親が新聞を畳む。美紀は、まさかと思ってみていたが、父の顔は普通だ。
 (ああ、夢だ、これは夢なんだ)
 美紀は、そう思った。
 だが、次の日目が覚めると、父もイボ男になっていた。美紀は呪われたんだと思って、学校に行く前に神社に直行した。お祈りをしようとするが、事務所の窓から見えた神主の顔はイボ男だ。美紀はダメだと思って、走って学校に逃げた。
 気が付くと、行き交う人すべてがイボ男。学校のみんなもイボ男。まさかと思って、3年生のフロアに行くと、密かに想いを寄せる男子もイボ男になっていた。
 「いや~!!」
 怖くて学校にはいられず、走って家に帰った美紀は、部屋に入るなりベッドに潜って泣き出した。
 「もう、わたし結婚できないじゃん。先輩もあんな顔だなんて」
 そう絶望絶望した美紀は、次の日熱を出した。数日寝込んだ後の朝に目が覚めると、つまっていた鼻の通りがよい。おかゆを持ってきた母の顔は、普通の顔に戻っていた。
 「気が付いた?」美紀のおでこにてをあてがい、母が笑う。「よかったぁ、42度も熱があって大変だったのよ。
  あなた、トイレで倒れていたの。便座を枕にして、気を失っていたのを見つけて、車で病院まで連れて行ったんだから」
 「うん、覚えてる。吐きそうで吐けなくて、しょうがないからおトイレで寝てたの」
 だが、ベッドにいた時の記憶が無い。スマホを見ると、3日が過ぎていた。
 (そうか、夢だったんだ。
  風邪をひいてたから、頭がおかしくなってたんだ)
 「なーに?」
 1人笑いをする美紀をおかしく思う母に、見ていた可笑しな夢を話して聞かせる。
 母は、大いに笑った。
 「何それ、変なの。でも、あんな事件が隣のマンションであったんだから、そんな夢見ちゃうのも仕方ないわよね、だってすごく怖いもんね」
 事件自体は夢では無いようだが、呪われていたわけではなかったとホッと胸を撫で下ろす美紀であった。
 母は、部屋を出るために立ち上がり、振り向いて言った。
 「病み上がりなんだから、今日は学校休みなさい」
 「うん、わかった。でも、汗かいたからお風呂に入るね」
 そう言いながらおかゆを食べた美紀は、そのまま浴室に向かった。
 (あーあ、嫌になっちゃうなー、あんな夢。先輩の顔まであんなになっちゃうんだもん)
 熱めのお湯で半身浴をした美紀は、ゆっくりと浴槽で過ごした。熱が下がったとはいえ、まだクラクラする。
 「美紀、長すぎるわよ、早く出なさい」
 「うん、分かった」
 母親の声で目を覚ました美紀は浴室から出て、脱衣室で柔らかなバスタオルで体を拭く。
 鏡に映る自分の裸体は、人並みよりも大きな胸に、綺麗なラインのくびれがある。日焼けあともくすんだ感じもしない綺麗な肌をした自慢の裸。
 (だいぶ育ってきましたねぇ、わたしも。自慢じゃないけど、小さくないし、形もいいし、いつか先輩に・・・。
  あー! もうドキドキする! その前に告白しなきゃだね。大丈夫、わたしそこそこ可愛いもん)
 美紀は、学校でも指折りの可愛さを誇る女子だ。本人にもその自覚がある。だから、告白すれば、憧れの先輩はOKしてくれるのではないかという、淡い期待を持っていた。
 (上目使いではにかみながら告白すればいけるかな? いける! いけるよ、大丈夫だよ美紀!!)
 そう自分に言い聞かせて、自分の可愛さを再確認しようと鏡に顔を上げた。
 「きゃーーー!!!」
 なんと、鏡に映っていた自分の顔は、顔中イボだらけのバーコード頭をした中年の男だった。


 「・・・さーん、美紀さーん、どうしたんですか?」
 「え? あ? わたし」
 見ると、看護士の格好をした女の人が不思議な呼吸をしながら、自分を見ている。
 「フッフッフー、フッフッフーですよ、頑張ってくださーい」
 手を強く握りしめる温もりを感じる。
 (そうだ、わたし出産中なんだ)
 美紀ははたと気がついた。可笑しな夢を見た。もう10年も前に見た変な夢を思い出した。あの後、わたしは裸で倒れているところを母に発見されて、救急車で運ばれたのだ。
 幸い、ただのぼせただけだったけれど、高熱を出した直後だったから、譫妄があったのだろうと、病院の先生に言われた。
 「頑張れ、美紀」夫の励ましが心に染みる。
 「痛ーい! 痛ーい! ん~!!」
 結局、わたしは告白せずに、当時好きだった先輩は卒業してしまったけれど、わたしは幸せだ。大学で知り合ったこの人と結婚して2年、待望の第一子を生もうとしているんだから。
 「赤ちゃんの頭が出てきましたよ」
 助産師の声に、もう一息だと頑張った美紀は、ついに元気な男の子を生んだ。
 「おぎゃ~、おぎゃ~、おぎゃ~」
 「生まれましたよ、元気な、元気・・な・・・」
 助産婦の声が途切れた。興奮に包まれた分娩室の熱気が、急速に冷めていく。
 「? はぁはぁはぁはぁ?」
 呼吸を整えようとする美紀には、事の事情が呑み込めない。夫の顔を見ると歪んだ表情で固まってる。
 元気な赤ちゃんの鳴き声は聞こえる。悪いことは起きていないはずだ。
 起き上がろうとする美紀の動きで我に返った助産婦が言った。
 「元気な・・・、元気な赤ちゃんですよ」
 腰の向こうに掲げられた生んだばかりの我が子を見ると、イボだらけの丸顔でバーコード頭をしたあの男の顔だった。
 中年太りをした下っ腹、子供とは思えないモノがぶら下がっている。 
 「ようやく会えたね、ママ。ずっとこの日を夢見ていたんだよ、目があったあの日から」
 赤ちゃんが言った。
 夢ではなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

洒落にならない怖い話【短編集】

鍵谷端哉
ホラー
その「ゾワッ」は、あなたのすぐ隣にある。 意味が分かると凍りつく話から、理不尽に追い詰められる怪異まで。 隙間時間に読める短編ながら、読後の静寂が怖くなる。 洒落にならない実話風・創作ホラー短編集。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...