小説版「付呪師リゼルの魔導具革命」

清見元康

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第一章

第2話:エルフの付呪師との出会い

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 気がついたら、夜の草原だった。

「い、生きてる……」

 僕はバクンバクンと鼓動する胸に手を当て、大きく息を吐いた。

「でも、ここどこだ……?」

 どこまでも広がる満天の星空を仰ぎ見て、僕は呆然とした。
 彼方の地平線がぼやけて見える。
 少なくとも、空の彼方や海の底に転移したわけではないので一安心だが――。

「魔獣がいたら、太刀打ちできない」
 とにかく、この場を移動しなければ。
 幸いなことに、荷物はそのへんに転がっている。
 宿舎を出る間際だったのが幸いしたのだ。

「あいつめ……覚えてろよ……」

 と、恨み節を述べてみても、返事など無い。
 そして、仕返しができるほどの実力もなければ、権力もない。
 あいつと戦うということは、即ち[魔術師ギルド]と[魔法学校]双方を敵にするということだ。
 いいや、それだけでは無い。
 あのような巨大な組織を動かしてしまえる、王家の権力も敵となる。
 そして、姉はまだその国に住んでいるのだ。

「……くそう」

 僕は小さく呻き、振り返る。

 とにかく、どこか街を探さなければ。
 こんな夜の草原のど真ん中だって、魔力が少ない僕には十分危険なのだ。

「森を目指すのは……怖いな」

 魔術師の骨頂は、開けた空間での長射程魔法の撃ち合いだ。
 障害物が多い市街地や森林での戦いは不利とされる。
 まあ、僕は魔法使えないから関係無いんだけど。
 ……だから森も平原もどっちも危険なんだけど。

 仕方無しに、僕は彼方に見える森の反対側、地平線に向けて歩きはじめた。


 ※


 歩いても歩いても景色は変わらない。
 それどころか、霧がどんどん濃くなっていく。
 大声で呼びかけてみようか?
 いや、駄目だ。
 そんなことしたら、魔獣を呼び寄せるだけだ。

 歩いて歩いて、歩き続けて。
 僕は疲労で立ち止まり、ぜえ、と荒く息を吐いた。

「だ、誰か……いないのか……」

 息とともに漏れ出た声は、白い吐息となって消えていく。
 やけに、肌寒い。
 妙だ。まだこんなに寒い季節じゃないはずだ。
 ひょっとして、とんでもなく遠い場所に飛ばされたのか?
 このままでは、と、凍死してしまう。

「な、何か……暖まるもの……」

 ごそごそとかばんを弄る。
 確か、耐寒用の魔道具があったはず……。
 ふと、僕は一冊の魔導書を見つける。

「[翻訳の魔導書]――」

 努力の象徴。結晶。
 たとえ、馬鹿にされようとも、鼻で笑われようとも――。

「僕は、このためにずっと頑張ってきたんだ」

 認められなくても。卑下にされても。愛着はある。
 そう簡単に、捨てられるはずがない。
 何年も何年も、この魔導書を完成させるために――。

 嫌なことはいっぱいあった。
 けど、夢中になれる日々だった。
 僕は懐かしさのあまり、[翻訳の魔導書]のページを一枚一枚、丁寧にめくっていく。

 魔導書には、大きく分けて二つの種類がある。
 一つは、ページの枚数分だけ込められた魔法を使える使い切り型。
 一般的な書店に出回っているのは、このタイプだ。
 何せ、ページを切り取っても効果が残るので非常に使いやすく、広まりやすい。

 でも僕は、もう一つの方を選んだ。
 僕が少ない魔力を走らせると、[翻訳の魔導書]は、ひとりでにパラパラとめくれていく。
 やがて、[翻訳の魔導書]は光を放ち、全てのページがめくれ終わるとパタンと閉じ、僕の手の中に収まった。
 この[魔導書]は、契約型として作った。
 自分しか使えないのが欠点だが、その代わり回数制限が無いのが利点だ。
 ……というかこれが限界だった。
 使い切り型は、製造に高度な魔法技術が要求されるため、ちょっと僕ではまだ作れない。

 本来ならば、卒業試験に向けてここから改良を重ねてちゃんと使い切り型にしていく予定だったのに……。

 というか学生の身分で魔導書作り上げるって本当は凄いことなんだぞ。
 それをあの学長は、理解して……いいや、理解はしていただろう。
 ただそれを凄いことだと認めていないだけだ。

 だからこそ、レイヴンが呼んだのだろう。

 とは言え、今となってはこれで良かったのかも知れない。
 少なくとも、この[翻訳の魔導書]はあいつらに奪われずに済んだ。
 ここがどこかはわからないが、とにかく行動だ。
 たとえ[魔族]と遭遇したって、この魔導書があれば言葉は通じる。

 と、その時だった。

『う、おっ……人間だ』

 やけに下の方から、声がした。
 はっとして声の主を探すが、そこに人はいない。
 気配も無い。

 何だ……?
 勘違いでは無いはずだ。
 確かに声がした。
 随分と下の方からだったけど……。

 だが、下を見ても一匹の小さなバッタがいただけだ。

 そして、そのバッタが言った。

『何で人間が入り込んでんだ……?』

 は!?
 バッタが喋った!?

 いやいやいや落ち着け。
 確かに喋ったのはバッタだけれども、僕が驚くべきところはそこでは無い。

 バッタの発した何かを、僕は人の言葉として認識してしまったのだ。
 つまりそれは――。

 気がつけば、僕は寒さなんて忘れていた。
 この震えは、研究成果の、その結果の興奮から来るものだ。
 そして、想定以上だ。

 この魔導書は、[人族]や[魔族]だけではなく、あらゆる生物の言葉を[翻訳]してしまえるらしい。
 い、一応仮説としては考えてあったのだ。
 多くの言語を一つの魔導書にまとめることで、未知の言語を魔導書内の言語から継ぎ接ぎで無理やり導き出し、擬似的な翻訳が可能なのではないか、とか。
 ちなみにだいぶ前に論文に書いて発表したが見向きもされなかった。

 だが、仮説は立証されてしまった。
 しかもここまではっきりわかるとは……。

 僕は興奮冷めやらないまま、バッタに話しかけた。

「こ、こんにちわ! あいやすいません間違えましたこんばんわ! 僕はリゼル・ブラウン! [帝都]の[魔法学校]から来ま――」

『うわぁ喋ったこわぁー! 気持ちわるぅ! うわぁ! うわぁ!』

 そう絶叫してバッタはぴょいんと飛び跳ね草むらの中へと消える。

「あ、ま、待って!」

 もうバッタの姿は見えない。
 バッタの声が遠ざかっていく。

『うわぁ怖ぁ! 気持ち悪ぅ! こわぁ! こわー!』

「あ、あの、僕の、話を……」

 と言ってももう遅い。
 とうにバッタの声すら聞こえないほど遠くに逃げてしまったようだ。

 ……し、失敗した。
 確かにバッタの言う通りだ。
 いきなりは怖いし気持ち悪い。
 うん。
 これは彼(?)が正しい。

 それでも、と僕は拳は握りしめた。
 想像以上の、成果だ。
 僕は胸を張っていい。
 [魔法学校]で学んだことは無駄ではなかったのだ。

 ……まあ、破門されたけど。
 それどころか腐敗していたけど…………。

 いやいや弱気になるな。
 破門が何だと言うのだ。
 腐敗が何だと言うのだ。
 少なくとも、僕は生き残った。
 命はまだある。
 素晴らしい成果もある。
 ならば、僕にできることはたくさんあるではないか。

 虫と会話できるのなら、他の動物との会話だってできるはずだ。
 [魔獣使い]への道も開かれる。
 ならばいっそ[冒険者]になったって良いだろう。

「僕はまだ、生きているんだ。だったら! 未来は無限のはずだ!」

 まだ、希望を捨てるつもりは無い。
 僕は自分を奮い立たせる意味も込めて、高らかに言った。

「たかが[国家魔術師]への道が絶たれただけ! 国の根幹に関わったり、城務めで安定収入を得たり! その道が途絶えただけだ!」

 …………。
 僕はふらりと足元がおぼつかなくなり、膝を付きがっくりとうなだれた。

「くそう、やっぱ相当痛い……。姉さんごめん、絶対仕送りいっぱいするって言っちゃったのに――」

 冒険者は安定しない仕事だ。
 魔獣使いだって、実は餌代のほうがかかると聞く。
 ……安定した収入を得ないと、安定した仕送りは厳しい。
 ましてや死の危険性がある仕事なんて……。

 ふと、気づく。

「あのバッタは、結局話を聞いてくれなかった」

 ……少し不味い状況かもしれない。
 今回は、バッタだから良かった。
 だが、これが獰猛な肉食の魔獣だったら……。

「会話ができればって言うけど、会話する前に殺されちゃたまんないからな……」

 なんだか不安になってきた。

 というかこんな大草原のど真ん中で何をしているのだ僕は。
 街を探さなければ……。

 僕は、警戒を強めながら夜の草原をまた歩き始めた。

 漠然とした不安が歩幅を大きくする。
 そもそも、だ。
 確かに命は助かった。
 それは本当に良かった。
 で、ここはどこだ……?
 ここが[魔族]の住む大陸だったりしたら……。

 言葉が通じたバッタは問答無用で僕から逃げた。
 ならば、同じく魔導書の力で言葉が通じたとしても、[魔族]は問答無用で僕を襲うかもしれない。
 というか普通に言葉が通じるレイヴンだって問答無用で僕を殺そうとしてきたのだ。
 言葉が通じれば良いというものでは無い。
 あくまでも、この魔導書はちょっと世の中を便利にするための魔道具の一つでしかないのだ。
 過信は、禁物……。

「ってかレイヴンめ……あいつ人の命をなんだと思ってるんだ」

 と、歩きながらも僕は[魔導書]に情報を書き入れて行く。

  そもそも[翻訳の魔導書]はまだ未完成品なのだ。
 本来は言語に加えて、その土地の情報を追加で記入し、正しい知識を得て[翻訳]の精度を高めていくつもりだった。
 まあ破門されたから全部ぱあだけども。

 僕は更に歩き続けた。
 どれだけ時間がたったのだろう。
 流石に疲れてきた。
 そして一向に景色が変わらない。
 こうなると、体だけでなく心も疲れてくる。

 と、その時だった。
 人の気配がする。
 どこだ……?

 岩陰の、裏の辺りか?
 僅かな呼吸音がする。

 僕は先程の反省を踏まえ、息を殺して、そーっと近づいた。

 すると、岩陰にいた誰かが僕の存在に気づく。
 その誰かは、弱々しい声で言った。

「……だ、誰か、そこにいるのですか?」

 そこにいたのは、大怪我を負った女性だった。
 息も絶え絶えといった様子で岩に背を預けている。

 長く特徴的な耳で、女性は長命な[エルフ種]なのだと判別できた。
 だが女性の目元は赤黒く腫れ上がっており、瞳は閉じられている。
 女性の長く艶やかな銀色の髪と白いローブは鮮血で赤く染まっていた。

 た、大変だ。
 た、た、た、助けなくては。
 どうする……ど、どうする……何を、すれば良い。
 こんな酷い傷の手当、したことが無い。
 だけど、見捨てることなんて……。

「あ、あの、僕は……」

 だが、次の言葉が出てこない。
 どうすれば良い。
 僕は[回復魔法]が、使えないんだぞ……。

 そ、そうだ。鞄の中に治療用の[ポーション]が少しだけあったはずだ。
 でもそんなものでこんな大怪我が、治るのか?
 ど、どうすれば――。

 彼女は、もう目が見えていないようだった。
 ごほ、と血を吐き、ゆっくりと語る。

「姉に……ルグリア・ベリルという人に会ったら、伝えてください。不出来な妹で、ごめんなさいと――」

 姉――。

 唐突に、僕の中の怯えや迷いがかき消えた。

「……なんとかします」

 すぐさま僕は自分の荷物から、治療用の包帯とポーションの小瓶を取り出し、治療に取り掛かった。
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