14 / 134
一ノ巻 誘う惑い路、地獄地蔵
第13話 謎の解法と、新たな謎
しおりを挟む考えていたとき、崇春が腕組みしたまま口を開いた。
「しかし、じゃ。本当にガーライルの奴が正体なんか?」
「ガーラ……何?」
眉を寄せた渦生にかすみは言う。
「何ていうか、あだ名です。賀来さんの、崇春さん独自の」
納得したようにうなずき、渦生は言う。
「それなんだが。連絡を受けて俺も調べてみた。賀来留美子……前歴、非行歴無し――ああ、こりゃ俺の独り言だ。聞いたら忘れろ。個人情報流したとなりゃコレじゃ済まねえ」
自分の首を掻っ切るようなジェスチャーをしてから続けた。
「家族も同様だな、問題のあるような記録は無し。で、百見から聞いたこれのことだが。お前らも聞いてるか」
ポケットからスマートフォンを取り出し、操作した後で画面をこちらに向ける。カラベラ名義の、例のツイッター。
『おほほよかけさはわのわもすみ』『しむぬすけかあがせよめをばなさがゆ』『よこさけお とのうわてずを』
「俺も最初は何かと思ったが。こいつの頭がおかしいってわけじゃないようだな。ある意味こりゃあ、ちゃんとした文章だ」
また酒を注ぎ、一口飲んでから言う。
「これの連絡と一緒に、百見がいくつか解法の例を挙げてくれた。時間がないから俺の方で試してみてくれってな。その一発目でいきなりビンゴだ。シーザー暗号、っつったら分かるか?」
崇春が首をひねる。
「シーザー……サラダ? あのカリカリしたパンと粉のチーズが載った美味い――」
その先は聞き流したが、かすみには覚えがあった。昔のミステリー小説なんかで聞いたことがある。確か古典的な暗号の作り方で――
「シーザー暗号、だ。ROT13、とかも呼ばれるな。古代ローマ皇帝ジュリアス・シーザーが考えたといわれる暗号で、アルファベットを何文字か――ROT13では十三文字――後ろにずらして文を作る。で、こいつの場合。かな文字でそれをやってる、十三文字後ろに」
渦生がポケットから出した紙を広げる。そこに書かれたひらがなの列は、ツイッターの内容を十三文字後ろにずらしたものだろう。
『よちちのられわすましまにんて』『をとこんれらめがあのなみばくわがね』
「……ん?」
かすみの眉が思わず寄る。ずらしたとしても、全然文章になっていない。
「逆から読んでみろ」
「……『て、んに、ましますわれらのちちよ』『ねがわくばみなのあがめられんことを』」
また酒を口にしてから渦生が言う。
「『天にまします我らの父よ』『願わくば御名の崇められんことを』新約聖書、マタイ伝の六章九節。……実家の影響じゃねえが、俺も若い頃はオカルト系にハマってな。ツチノコとかネッシーにムー大陸……いや、そりゃいいが。こういうのがあるとか聞いたことがある。特定の人物を呪う呪文として、マタイ伝六章九節以下を逆に唱える。たとえば悪魔の象徴として、十字架を上下逆にした逆十字ってのもあるしな。逆さまに唱えることで神を貶め、悪魔に助力を求めるって儀式なんだろう」
「……」
かすみが黙っていると、渦生は紙を裏返した。そこには書かれていた、暗号を解いた続きの文が――
『よれわろの みずかまやしき』
――『呪われよ 岸山一見』。
「むう……!」
崇春が歯を噛み締めた。
渦生は言う。
「この書き込みが今日の午後。で、それ以前にも同じ内容の書き込みがある……名前のところを別の生徒に置き換えたものが。百見から聞いた、倒れた生徒の名前とも一致する。谷﨑かすみ、お前の名前もある。書き込まれた日付も、それぞれ倒れた日、襲われた日と同じだ」
かすみはつぶやいた。
「つまり……確定、ってことですか」
渦生は無言でうなずいた。
「百見さんは……どうするんですか」
「どうせ後一日の話だ、このまま寝かせとく。必要な面倒は俺が見るが、一日ぐらいは食わなくても大丈夫だ。約三週間までは絶食しても人は死なねえ。水分は要るが」
「そう、ですか」
百見の方に目をやる。表情は普通に眠っているみたいで、何の違和感もない――そう思ったが、何かが違う。
そう考えて気がついたが、眼鏡がない。確かさっき崇春が吹っ飛ばしたままだ。
靴を脱いで上がり込み、部屋の中を見回す。隅の方に落ちていた眼鏡はすぐに見つかった。そして、その脇に置かれていたものの存在にも気づいた。学生鞄と、タイトルのないハードカバーの本。
「これって」
渦生が答える。
「ああ、そいつの荷物だ。倒れてた所に落ちてたから拾ってある。他には何もなかったはずだ」
「これ、百見さんがメモみたいに使ってた本です。……何か、書いてませんかね」
かすみは本を拾い上げた。確かに見覚えのある――覚えているのは崇春を叩いているところばかりだが――本だ。百見なら何か書き残してくれているのではないか。敵の正体だとか重要な情報を、倒れる前に。
そう考えると妙な重みを感じ、手が震える。しかし、勝手に見ていいものだろうか。
渦生が靴を脱ぐのももどかしく部屋に上がる。足早にかすみへ近づいた。
「なるほど、ダイイングメッセージってことか。貸せ」
引ったくるように本を取り上げ、手早くページを繰る。その手が止まり、視線が本の上を走る。
「……ダメだな、俺らが知ってる情報までだ。倒れる間際に書かれたようなもんはねえな」
本をこちらに向け、ページの内容を示す。左側のページには賀来の名前と自称――とその外国語の添削――、倒れた生徒の名前や家族から聞いた話のメモ。右側のページにはその続きが半分まで書かれ、残りは白紙となっていた。
本を受け取り、念のために前のページや、続きのページも繰ってみる。が、それらしき内容は見当たらない。
崇春が首をひねる。
「むう……ダイビング……メッセージ?」
潜ってどうするんだ。そう言いたかったがやめておいた。
眼鏡を拾い上げる。本の上に載せ、百見の傍らに置いた。
百見は本当に眠っているようだった。適当にかけられた毛布の下で小さく胸が上下し、呼吸しているのが分かる。けがもなく、特に苦しんでいるような様子はない。それでもその精神は今、あの地獄のような場所に囚われているのだろうか。他の生徒たちと同じく。
そう思い、かすみは小さく唇を噛む。
渦生が言う。
「まあ死んだわけじゃねえし、ダイイングメッセージなんて言うのも、縁起でもねえな。どうせ明日にはケリがつくんだ、二人とももう帰れ」
「うむ……」
崇春は何か考えるような表情でうなずく。
かすみもうなずいて、再び百見に目をやる。毛布から肩と肘がはみ出しているのが気になり、毛布を持ち上げてかけ直した。
「ん?」
そのときに見えた。毛布に隠れていた百見の右手、その甲。そこには黒々と、横一文字に線が引かれていた。ペンなどで書かれたのではない、おそらくは太い筆の跡が。
「何ですかね……これ」
崇春が言った。
「こりゃあ……広目天の、筆跡か」
百見が喚び出していた神仏は、確かに筆を操っていた。
渦生が不精ひげの目立つあごに手をやる。
「だとして……何でこんな所に。何で、自分で書いた」
これはつまり。百見のダイイングメッセージということだろうか。
かすみはつぶやく。
「でも、何を伝えようと……そもそも横一文字? 実は縦棒? あるいは記号とか、本来何か続きがあるとか――」
そこまでで三人とも、うつむいたまま黙った。
崇春がつぶやく。
「むう……こんなとき、百見さえいてくれりゃあのう」
確かに、パッと答えを示してくれそうだが。その本人が残したメッセージで、当人は目の前で寝ている。
かすみは小さく息をつき、もう一度百見の手を見た。黒々とした筆跡は手の甲の端から端まで、くっきりと同じ太さで続き、ぴったりと途切れていた。
「むう?」
崇春が目を瞬かせる。
「どうしたんです?」
「いや、なんちゅうか。広目天の筆跡にしちゃ、なぁんか妙な気がしての」
「何か、って?」
「むう……」
巻いた布越しにばりばりと頭をかき、崇春はそれきり黙ってしまった。
渦生が大きく息をつく。
「ま、しょーがねえ。何にしろ正体は分かってるし、明日は二人がかりでやる。問題はねえよ」
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜
黒城白爵
ファンタジー
異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。
魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。
そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。
自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。
後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。
そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。
自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
唯一無二のマスタースキルで攻略する異世界譚~17歳に若返った俺が辿るもう一つの人生~
専攻有理
ファンタジー
31歳の事務員、椿井翼はある日信号無視の車に轢かれ、目が覚めると17歳の頃の肉体に戻った状態で異世界にいた。
ただ、導いてくれる女神などは現れず、なぜ自分が異世界にいるのかその理由もわからぬまま椿井はツヴァイという名前で異世界で出会った少女達と共にモンスター退治を始めることになった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる