かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~

木下望太郎

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二ノ巻  闇に響くは修羅天剣

二ノ巻8話(前編)  居合練剣

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 日も落ち、柔道部、剣道部とも部活が終わった後。かすみたちは渦生と再び合流した。
 道場の端、傍らに竹刀を置き、積まれた予備の畳に腰かけて。ジャージに着替え、タオルを首にかけた渦生は言う。
「今日は悪かったな、実際。先に知ってりゃ、いいようにしてやれたのによ」

 百見が長く息をつく。
「まったくです。……だいたい、さっきのだって止めるべきじゃなかった」

 というと、崇春と平坂との勝負のことか。

 眼鏡を押し上げ、百見は続ける。
「『怪仏は執着する』――怪仏とは『ごう』、すなわち『執着』そのもの。正体である人間自身がその影響を受けることは往々にしてある。以前斉藤くんが、怪仏・閻摩天えんまてんの干渉を受けていたように」

「……っス」
 斉藤は身じろぎし、視線をうつむけた。
 賀来も同じく身を震わせた。気づかうような視線を斉藤に向ける。

 百見は気にした風もなく言う。
「あの神社で、おそらく竹刀で木を切り倒していたことから見るに。今度の敵は少なからず、剣――あるいはそれに関連する何か――への執着が感じられる……。もう少し続けていれば、何らかのリアクションを引き出せたかもしれない」

 考えてみればそもそも、そのために剣道部へやってきたのだった――その方法については、かすみや賀来に一言も相談はなかったが――。

「や、だからまあ、悪かったってよ!」
 渦生は苦笑し、ぼりぼりと頭をかいた。汗と、鼻に残るおこうのようなにおい――道着や小手に使われる、藍染あいぞめのにおいか――が辺りに散る。

 不意にその手を止める。表情を消して百見の目を見た。
「だが、よ。俺たちにも『執着』がある。そいつは分かるな……俺と同じく、守護仏を使うお前なら」

――『ぶっちゃけるが。怪仏だよ、これは』――そんな風に言っていた、百見は自らの守護仏について。『彼――斉藤――と僕との違いは、怪仏に使われていたか、怪仏を使っていたか。ただそれだけでしかない』

「……」
 百見は口を引き結び、視線をそらした。

 渦生が大きく息をつく。居並ぶかすみたちの目を順に見据えた。
「今回の件だが。奴が、平坂が正体ってんなら。一つ、俺に任せてくれ……お前らは手出しすんな」

 百見が口を開く。
「いえ、ですが。そもそも確実に――」

 さえぎるように渦生は言う。
「なあ、さっき止めたこともだが。怪仏を何とかする、そのために調べる、それはもちろん大事だ。だがな、俺は一応指導者なんだよ……剣道部の。あいつのことも含めて、な」
 傍らの竹刀を取ると、音を立てて杖のようについた。そこに両手を載せる。
「あいつが正体だってんなら。俺がなんとかする。仏法者としてじゃなく、武道家の端くれとしてな」
 そこでまた頭をかき、苦笑する。
「要は、部の指導者として俺にもちったぁ責任が――嫌な言葉だぜクソが――あるかもな、ってこった。だから、ま。俺に任せろ」

 崇春が言う。
「むう! 渦生さんがそこまで言うなら、任せるんがおとこの道っちゅうもんじゃの」
 深く頭を下げる。
「よろしくおも申しますわい」

 百見は何か考えるように曲げた指をあごに当て、黙っていたが。小さく息をつくと言った。
「言いたいことは分かりました。……よろしく、頼みました」

 渦生は二人を順に見、深くうなずいた。
「おう。くれぐれも、お前らは手を出すなよ」




 東の空はすでに黒みを帯び、学校の中庭に灯る街灯は、ぼやけたような光を漂わせている。そんな中をかすみは、崇春と百見と共に帰っていた――賀来と斉藤は帰る方向が別だった――。
 錫杖を手に、崇春が大きく伸びをする。
「いやぁしかし、今日はええ運動になったわい! こりゃあ晩飯が美味そうじゃの、のう百見!」

 百見は眉を寄せる。
「と言っても君ね。食事を用意してくれてる家族がいるわけでもない、帰ってから作り始めるんだが……主に僕が」

 かすみは言う。
「百見さんがご飯作ってるんですか? 料理とかできるんですね」

 確か、二人は都合で――この斑野まだらの町、いや斑野高校で。奇妙にも頻発ひんぱつしている怪仏事件、その解決を渦生から頼まれて。家族から離れ、アパートを二人で借りて暮らしているのだった。
 そういえば崇春は以前、ポテトサラダだとか言って生のじゃがいもを――よりによって芽の部分を――かじろうとしていた。それを思えば、料理はとても無理そうだ。

 百見は目頭を押さえる。
「いや、できるというほどでは……ごく簡単なものを作るだけだ、作り方の表記どおりにね。カレーとかシチューだとか、鍋の素を使って鍋料理とか」

「へえ……じゃあ今度、ご飯作りに行きましょうか?」
 ――賀来さんより先に――そう思って、かすみは内心で小さく笑う。

 崇春は屈託くったくなく笑った。
「おう、本当か! そりゃありがたいわい!」

 百見が言う。
「いいのかい、本当にありがたいね……ときに、得意料理などは?」

 言われて言葉に詰まり、少し考えて言う。
「野菜……炒め? や、肉野菜、肉野菜炒めです! あとチャーハンと、カレー!」
「そうか、意外と近いね……レベル」

 百見にそう言われ、慌ててつけ足す。
「それにその、パスタというか……ナポリタンとか! それと……みそ汁! みそ汁はちゃんと、出汁だし取って作れますから!」
 賀来のやり方を聞いて何度か作ってみたし、家族にも好評だった。
「他にはほら、豚汁――それはほぼみそ汁か――、しっぽくうどんと、お好み焼きと……ハンバーグ! オムライス! この前作ったポテトサラダ! あとほら、鍋の素なくても作れますから、すき焼きとか! 鶏むね肉だと安くていいですし――」

 百見が大きくうなずく。
「なるほど、それはいいね。経済的なメニュー、自炊暮らしにはありがたい」

 かすみは胸を叩いてみせる。
「ええ、どーんと任せて下さい! 庶民的なメニューなら!」
 大きくうなずきながら思った。帰ったら、安上がりな料理をお母さんに聞いてみよう。あとネットで調べよう。

 そうこうしつつ歩くうち。中庭で、妙な音が聞こえるのに気づいた。
しゅらり、しゅらり、と何かがこすれるような。その合間に時折、ぱん、と、小さくぜるような――まるでそう、かすみと賀来が怪仏の影を見たときの音。それを小さくしたような――。

 そのことを二人に告げて。木々に隠れた中庭の向こうへ、そろりそろりと三人で近づく。まるで昨晩と同じように。

 立ち木の間から透かし見たその先。薄く植わった芝の上、一際大きな木の下に、道着の平坂円次がいた。足元はスニーカーを履いている。
 袴の帯には鞘に納めた木刀を差していた。そのまま何をするともなく、両手を垂らして立っている。何を見るともない目を宙に向け、ただそこにいる。

 何してるんでしょうね、かすみが小声でそう言いかけたとき。
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