Rotting March

木下望太郎

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最終話  忘れ物と、忘れ形見と

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 黒服の何人かがそちらへ銃を向ける。
 サイキは煙草を噛み潰した。
「ぁンだテメェはすっこンでろ! 葬儀屋だったな、仕事なら後でしろや。そこのクセェのと娘、いくらでも弔わせてやッからよォ!」

 ユンシュはゆっくりと煙草に火をつけた。両手を上げてみせる。
「いやいや、わしはどうもせんさ。見てのとおり丸腰だ、どうすることも出来んしな。……ときに、若いの」
 ゆるゆると煙を吐き出し、続ける。
「お前さん、随分人をバラしてきたようだが。弔ったことはあるのかね」

 サイキは音を立てて唾を吐く。
「知るか、死んだったでそンで終わりよ。後は何もあるかッつの」

 表情を変えずユンシュは続ける。
「ならいい機会だ、葬儀屋ウチの仕事を教えてやろう。そうだな、遺体防腐保全エンバーミングについてからか」
「はァ?」
遺体防腐保全エンバーミングというのは、まあ、できるだけ綺麗な形で死者と別れようって技術だが……その源流は古代の木乃伊ミイラ作りにある。その木乃伊ミイラ作りだが、まず何をするか知っとるか?」

 サイキはいっそう顔をしかめた。
「時間稼ぎのつもりかジジイ。……テメェら構うな、死体野郎の方見とけ」
 そ知らぬ顔でユンシュは続けた。
「薬液に浸けたり包帯を巻いたりもあるが。まずは、一番腐り易いところを取り除く。そう――」

 長く舌打ちをしたサイキがマーチの方を向く。
マーチは身じろぎもせず、もう構えも解いていた。残った右手でコートの前を握り締め、うつむいていた。

 サイキが黒服らを見回し、腕を掲げる。
「行くぜクセェの……挽き肉に――」

 そのとき。ユンシュの周りで、紫煙が揺らいだ。ユンシュは、肩を揺らして笑っていた。
「――取り除くのはな。脳味噌と、内臓だ。つまり――」
 マーチもまた笑っていた、口の端で。下に着た服ごと、コートをまくり上げながら。

 ユンシュが続ける。
「――つまり空っぽなのさ、そこは。忘れ物はそこに隠しておいた……マーチ。お前が持ち出し、エイミアが取り上げた、忘れ物はな」

 マーチがまくり上げた服の下には。胸から腹を引き裂くように走る、大きな傷の縫い目があった。先端を斬られた左手で服を押さえながら、マーチは右手を突っ込んだ。ぬかるむような音を立て、自らの腹の中へ。

「な……あァッ!?」
 サイキが目を見開き、声を上げる間にも。マーチは中から肉をつかみ、縫い糸を引きちぎりながら腹を裂いた。血が糸を引き、ぶらり、と垂れる肉が両側に開いた、その中に内臓は無く。

 どす黒い血と、ヘドロ色の肉にまみれた、銃があった。細長い箱を組み合わせたような小型機関銃が、二丁。

 目と口を開けていた、サイキの顔が急に引きつる。
「テメェらッ、何してる早く――」

 黒服たちが引き金を引くよりも早く。手にした機関銃をマーチが腰だめに放った。引き裂くような唸りを上げて撃たれた銃弾はサイキの左側、車から離れていた黒服たちを薙ぎ倒す。弾切れになったそれを捨て、もう一丁の引き金を引く。何発かは撃ち返されながらも、サイキの右側の者たちを打ち倒した。

「な……ンな……」
 サイキがつぶやく間にもマーチは駆けていた。わずかに残った黒服に向け、風を切る音を立てて右腕を振るう。指先で目を打ち、身を寄せて足を払い、倒れたところを蹴り潰す。裏拳で金的を叩き、肩をぶつけて倒し、地面を揺らしながら踏み潰す。
 程なく、立っているのはサイキだけとなる。

 ユンシュが声を放つ。
「観念することだな。程なく零地址リンディズゥの連中も追いつく」

 マーチはサイキの方へと歩いた。腹の中身がなくなったせいか、ふらつくような足取りで。はがれた灰色の肉を揺らし、肋骨あばらと背骨の内側を見せながら。

 頬をひくつかせながら後ずさる、サイキが歯を噛み鳴らした。
「畜生が……畜生がァ!」

 柳葉刀を振りかぶり、力任せに振り回す。
 マーチはかわし切れず、顔を体を縦横に裂かれた。いくつかの傷は骨に達したのか、刃とかち合う硬い音がした。
 下段へ走る刀が歩み来るマーチの腿を裂き、膝を割る。それでもマーチは止まろうとせず、右腕を振るった。サイキは後ろへかわしざま刀を振るう。浅く右腕を裂いたが、それでもマーチは止まらない。

 サイキの頬が歪み、震える。
「こンの……こンの、ド腐れが……」

 後ずさる足を止め、大きく身を開いて。切先が背中につくほど、大きく柳葉刀を振りかぶる。
「いい加減、死んでろッ!」
 空気を裂く音を立てて、横薙ぎに放たれた一撃は。くぐもった音を立て、マーチの首へと食い込んだ。

 ジニアは叫ぶ。
「マーチ!」

 めり込む刃が気管の半分までを断ったところで。マーチは体をひねりながら顎を引く。刀の動きはそこで止まった。そして、ひねった体を戻しながら踏み込み。繰り出したのは右の崩拳ポンチュエン

「く……!」
 その拳はサイキの左腕で、内側へといなされた。が。

 待っていたようにマーチは手を返し、サイキの腕をつかむ。自らの頭上へ掲げるように右手を引き、体勢を崩させた。

 がら空きのまま引かれる、サイキの体を待ち受けていたのは。足を踏み出し突き出していた、マーチの左腕。腐った肉の中、斬り落とされて尖った骨。それが鈍い音を立て、胸へと深く突き立つ。

「あ……ンな……あ……」
 胸から、やがて口から血を溢れさせ、サイキの体から力が抜ける。そのまま地面に崩れ落ち、動くことはもうなかった。



 ユンシュは深く息をついた。首に刀を刺したまま立ち尽くすマーチへと、ゆっくりと歩み寄る。
「終わったな」

 振り向くマーチに表情は無く、ただ、目の端だけが笑っていた。

「どうだ、一服」
 新しい煙草をくわえ、マーチにも差し出したが。マーチは指を震わせただけで、その場に膝から崩れ落ちた。

「おい……!」
 大丈夫か、と聞くのも馬鹿らしかった。見れば、片膝は前に向けて折れ曲がっていた。もう片方の脚も傷口から骨がのぞき、右腕は肘の先から折れ曲がっていた。

 車のドアを跳ね開け、ジニアが駆け寄る。
「マーチ、マーチ! だいじょぶ、じゃ、なさそうだね、けど、ねぇ、ねぇっ……」

 膝をついてすがりつくジニアへ、マーチは首を横に振る。折れてぶら下がる右腕で押しのけた。

「え……」
 口を開けたジニアを、マーチは見ようとしなかった。目を背けていた。ユンシュを見上げ、指を口元に持っていってみせる。

 ユンシュはうなずき、煙草をマーチにくわえさせた。火をつける。

 マーチは唇の端で煙草を動かし、くわえ直す。その拍子に煙草は唇を押しのけ、ぐじゅり、と肉に食い込んだ。

 マーチは立ち昇る煙を見つめ、それから静かに目を閉じた。

 ジニアは目を見開いていた。見開いたまま涙を流し、目を閉じて顔を歪ませ。それから、笑った。
「だいじょうぶ、マーチ、あたしだいじょぶだから、そういうの」
 両手でマーチの頭を抱いた。左手の指は首へ柔らかくめり込み。右手はマーチの頭を撫でた。破れる皮膚ごと、骨ごと揉むように、ごりごりと。

 そしてマーチの耳へと唇を寄せ、何か小さくささやいたけれど。これは、ユンシュには聞き取れなかった。

 マーチは濁った目を見開き、娘の目を見つめた。煙草は口からこぼれ落ち、地面で煙を立ち昇らせていた。

 折れ曲がった右手が、震えながら掲げられる。その手がジニアの頭に触れ、ゆっくりと撫でた。骨ごと揉むように。

 ジニアはうなずき、マーチは笑った。ジニアの目から溢れた涙が、マーチの目に落ちる。

 マーチはそのまま目を閉じて、動くことは二度となかった。


(劇終)


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