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第11話

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 エドネア。
 陽光のように明るい豊かなウェーブヘア、爽やかな空のようなスカイブルーの瞳、長身で、手と脚がスラっと伸びて、肩のあたりの筋肉が引き締まっている。戦士としての力強さを感じさせながら、女らしさは少しも失われていない魅力的な体つき。

 彼女は元々はどこかの人間の国に仕えていた騎士だ。だいたい5年くらい前だろうか、人間の騎士団が、俺たちの集落を攻め滅ぼそうとしやがった。なんでも宮廷とかいう場所で発言力を高めるために、俺たちを倒した武勲というやつが欲しかったらしい。
 とんでもないことを考える奴らだと思ったが、指揮官が馬鹿だったのか、連中は俺たちのことを甘く見ていた。がむしゃらに突撃してくるだけで、他の集落の戦士を集めて戦争の準備を整えていいた俺らに、連中は完敗することになる。

 二度と舐めたマネができないように、全集落の戦士総出で、逃げる奴らの追撃をした。ところが、押し寄せる俺たちに立ちふさがったのが、エドネアの率いる騎士団だ。
 なんでも人間の国には騎士団がいくつもあるらしく、その中では下位に置かれていたらしい。人間どもは頭がおかしいと思う点は多々あるが、その中でもこの話は一番驚いた。なにせ、エドネアの率いる騎士団は、彼女の指揮のもと勇敢に戦い、俺たちが蹴散らした奴らよりも遥かに頑健に抵抗した。
 そんな奴らが下位に置かれているなんて、何かしらの罪を犯した罰かと思っていたが、後でエドネアから聞いた話では、下級騎士や平民出身の成り上がり者が多かったからだというのが理由らしい。これまたとんでもない理由だった。いやまあ確かに俺たちトロールも、強い奴の子供には相応の敬意を払う。だがそれはあくまで、その子供も強くなるという考えからだ。もしも成長して、そいつが力を示せないのならば、当然ながら下位に置かれる。
 だが人間たちの社会は、生まれた時には上下関係が決まっており、余程のことがなければ、その関係は覆らないというのだ。
 そんなので、一体どうやって社会を運営しているのか不思議で仕方ない。

 まあともかく、エドネアは連中が逃げる時間を稼ぐ「殿(しんがり)」の役目を全うした。俺たちトロールも、逃げている連中を追うよりも、エドネアの率いる騎士たちと戦うことが楽しくなり、そっちを優先したのだ。

 人間はおかしな連中だと言ったが、いくらか気の利いた文化も持っている。
 そのうちの1つが、一騎打ちという決闘方式だ。
 互いに名乗り合い、誇りと名誉、命を懸けて戦う。これは俺たちトロールも取り入れているし、同胞が揉め事を起こした時の解決方法としても使われている。

 追撃戦での足止めを受けた俺たちはの数はエドネアの率いる騎士団よりも多かったが、勇敢な彼女たちの戦いに敬意を評して、10回の勝ち抜き戦を申し出た。
 トロールの勇士10人とエドネアの騎士団10人で戦い、俺たちが勝利すれば、大人しくエドネアの騎士団は捕虜となる。その代り、俺たちが敗北すればエドネアの騎士団が退却するのを黙ってみている。

 そしてエドネアは、その条件を飲んだ。

 最後の決闘者であったエドネアが現れるまで、こちら側は3人のトロールがやられたが、逆に相手側はエドネアを除く9人が倒された状態だった。このままいけば、最後に控える俺の出番はないと思っていたのだが、なんとエドネアは連戦連勝して、トロールの勇士を5人も殺して、1人に瀕死の重傷を与えた。

 もちろん1回の決闘が終わるたびに、魔法や薬などでの回復や武器や防具を手入れしたり、交換する時間は与えたが、それでもいずれも名のある戦士たちで、エドネアの戦い方を見物していたのだ。戦うたびに、エドネアの弱点と思われる箇所を攻撃して、返り討ちにあう。

 そして最後に挑むトロールの勇士は、俺だった。
 あの時の緊張感と興奮は……筆舌に尽くしがたい。
 この女が人の形をした竜のように見えて、なんとしてでも戦い、勝利して、蹂躙したいと魂が燃え上がったのだ。

 エドネアの剣が何度も俺の体を切り裂き、貫いた。
 俺の拳は何度もエドネアを吹き飛ばし、叩きつけた。

 一進一退の戦いは続き、互いに疲労の極地に達したが、ついに俺はエドネアを捕まえて、締め上げることに成功する。そう、俺の勝利が確定した瞬間、誇り高い戦いは、人間どもの裏切りで汚された。

 エドネアが敗北した瞬間、騎士たちは決闘の掟を破り、俺たちに襲いかかってきたのだ。特に男の騎士たちは、エドネアを取り返そうと、死に物狂いで挑みかかってくる。むろん、その裏切りを同胞たちが黙ってみているわけがない。

 神聖な決闘を侮辱された怒りは、裏切りを働いた連中が支払うことになる。

 戦士であれば、たとえ人間であろうとも、敗北した者には苦痛なき死を与えるが、卑劣な裏切り者であれば話は別である。エドネアを失った騎士団は、それでもかなり強かったが、最終的には敗れた。彼らは家畜奴隷よりも更に下位の犯罪奴隷として、死すら許されない悲惨な末路を迎えることになる。

 だがエドネアは正当に戦った者であり、決闘の結果通りに捕虜とするようにと、俺は各集落の長老に頼んだ。長い協議の結果、俺の提案は受け入れられて、エドネアは捕虜としての待遇を受けることになる。

 捕虜は、多分人間の使う意味とはそれほど変化はないだろう。
 長老たちは今回の突然の襲撃に関する抗議と賠償、捕虜交換の件などを伝える使者を、人間の国に送ったが、返答は使者の首と新たな軍団であった。

 まあその軍団も片付けたわけだが、未だに正式な謝罪もなく、戦争状態は続いている。だが連中も流石に懲りたのか、それ以降は軍勢ではなく、戦闘に長けた冒険者を送り込むようになった。若いやつの中には、人間の国なんて潰してしまえという奴らもいるが、俺は今ひとつ乗る気じゃない。
 人間の国いる奴らが全員戦士なら問題ないんだが、戦えない連中も大勢いるらしい。
 いくら野蛮な連中だからって、戦えない奴らを無差別に殺すんじゃ、ゴブリンなんかと変わらねぇ。
 たとえ弱くとも、最低でも敵意を持って向かってきてくれなきゃな。そういう意味じゃ、コボルドやゴブリンなんかは弱いが全員戦士だ。こうして叩き潰すことに迷いはない。
 まあ戦争の話なんかは、俺みたいな戦士じゃなく、長老の役割だ。今のところ、こちらから手出しする必要な無いと言っているので、俺もその意見に乗っかっておこう。

 ああ、そうだ。
 エドネアの話だったな。

 捕虜としての時期はすぎて、エドネアは家畜奴隷になることが決定した。
 まあ仕方がない。理由はどうあれ、エドネアの所属する国は彼女を切り捨てたんだ。
 それから1年間、エドネアは、俺らの子供を孕み、産んで、または孕んでは産むことを繰り返した。だいたいの女はこの1年で潰れる。
 肉体的に、あるいは精神的におかしくなって、家畜としての一生が終わる。しかしエドネアは潰れることはなかったので、長老たちがトロールの教えを伝授する。
 見込みありという強い女には、俺たちトロールの従属者としての地位が与えられることがある。そのために必要なのがトロールの教えであり、簡単に言えば俺たちと同じように考えて、俺たちと同じように生きるための教育だ。
 洗脳だとかいうやつもいるが、それを言ったらこの世界で洗脳を受けていない連中なんか1人もいない。誰もが生まれながらに、生まれた場所での教えを受けるのだから。

 まあ1年間耐え抜いた女でも、この教えに適応できずに壊れる者もいる。

 もちろん、教えを受けている以外の時間も家畜奴隷としての仕事はしてもらう。
 そしてさらに2年の月日が流れて、エドネアは従属者になる儀式を受ける資格を得た。トロールの教えを守り、トロールの掟に従い、トロールを上位者として敬うことを、古今の神々と祖霊、そして魂に誓い、人の価値観を捨てる試練を乗り越え、従属者の証を身に刻む。
 そうすることで、彼女はトロールの同胞として認められたのだ。

 従属者になってから2年間、エドネアは俺らの集落に多大な貢献をしている。トロールの子供や捕虜、家畜奴隷の世話や躾などを始めとして、若い奴らに戦い方や戦士の心構え、女の扱い方を教えたりなどだ。
 弟分ボルムみたいに「姐さん」と慕うやつも少なくない。

 定期的に子作りも行なっているが、回数はだいぶ減っている。
 他の家畜奴隷とは違い、従属者に子種を植え付ける名誉を得ることができるトロールは、集落でも数えるほどしかいない。もちろん、俺はその中の1人である。

 と、俺は身体の穴が塞がるまでの間、イリスたちにエドネアのことを話した。

 オフィーリアなんかは、何やら説得を試みたみたいだが、エドネアの心は俺らと変わらない。実際無駄であり、それどころか、だいぶん手酷く扱われている。

「戦姫の末裔が、こんなところにいるから何事かと思いましたが。なるほどぉ、そういう事情でしたかぁ。いや~、トロールの文化は知りませんでしたが、それはそれは興味深いですねぇ。今後の参考にさせていただきますよ」

 戦姫?
 何のことだかわからんが、イリスは1人で納得したように首を縦に振る。

「納得したか?」

 エドネアの問いに、イリスは蝙蝠翼を羽ばたかせながら、嬉しそうに飛び回る。

「もちろんですとも。貴女のご先祖様には深~い恨みがありますけど、事情を知った今では、貴女に思うところはありませんよぉ。うふふ、このまま死ぬまで、グロムさんたち、トロールの子供をじゃんじゃん産んじゃってください」
「ああ、それが従属者としての務めだし、喜びだからな」

 穏やかな笑みを浮かべて応じるエドネアに、オフィーリアが抗議するように叫ぶ。

「狂っている。狂っているわよ、貴女! それでも人間なの、トロールの子供を産むなんて! そんなこと、絶対に、絶対に嫌よ。そうなるなら、死んでやるわ」
「わざわざ宣言する必要はない。死にたいなら死ね。一応、治療はしてやるが、まあ大半が助からずに死ぬ。それでお前の人生は終わりだ」
「ッ!」

 エドネアはスカイブルーの瞳に凶悪な殺意を宿して、オフィーリアを睨みつけた。
 それだけで、女魔法使いの身体はガクガクと震え始める。

「いやまぁ、呪印の影響下にいる限り、自分の意思で死ぬこともできないですけどね」

 イリスが声だけは申し訳なさそうに告げた。


  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ようやく傷が癒えて、俺は血肉となるものを求める。
 エドネアがコボルドの食用家畜の部屋を発見していたらしく、そこまで案内してもらい、そこで飼育されていた豚と芋虫の間の子ような生き物ワーム・ピッグをさばいて食らう。
 はっきり言って美味しくはない。
 弾力はあるが、肉の味は蛋白で、殺そうとしても抵抗らしい抵抗をしない。まあ数だけは多いので、腹に詰め込む分には問題ない。
 そして3頭ほどを捕食したところで満腹になった。

 一方、エドネアとオフィーリアは果実をすり潰した物をパンに塗って食べ、木のカップに麦酒を入れて飲んでいる。会話らしい会話もなく、互いに栄養補給のみを優先しているようだ。

 イリスは周囲を飛び回り、自分と同程度の大きさの蜘蛛と何やら会話をしている。
 すげぇ、悪魔とかいうやつは蜘蛛とも会話できるのか。

 とりあえず傷が癒えたので、エルム・ホドヴェンの鍛冶場を目指すための準備をする。保存食を革袋に詰め込んで、水袋も新品のものに取り替える。コボルドの城塞には豊富な水場があるが、それもこの先続くかは不明だ。
 一応、ドワーフ王の渡してくれた知識では、この先も定期的に水場があるらしい。だが、何らかの理由で壊れている可能性もゼロじゃない。飢えて死ぬなど、戦士の死に方じゃないからな。

「それで、グロム。この先にあるという鍛冶場を目指すのか?」
「ああ、お前の話を聞いて確信したが、俺たちの集落を襲った奴はデーモン・プリンスのルベルとかいう奴で間違いないらしいからな」

 エドネアの話しによれば、ルベルが魔法の門を開き、コボルドの軍勢を率いて、俺らの集落に先制攻撃を仕掛けてきた。俺の体に穴を開けた武器――大砲とかいうものを使い、トロールたちを戦士や子供など関係なく殺戮した。死んだ中には、少なくない家畜奴隷――女たちも含まれていたらしい。
 当然ながら、トロールの戦士たちもやられてばかりじゃなかったが、ルベルは普通の武器では傷つかなかったらしく、さらに多くの戦士たちが血祭りにあげられた。エドネアもこのときに戦い、敗れたが、生きていたのでコボルドに捕らえられたのだ。
 消え去りかかる意識の中で、トロールの長老が悪魔の侵入できない結界を張って守りを固める中、ルベルは集落の中心に位置する大きな魔石を手に入れると、それを持ち上げて去ったのだ。

 エドネアはその後、牢屋で目が覚めた。
 彼女の周囲には同じように捕らえられている女たちがおり――トロールの集落にいた女たちだけではない――全員全裸でX字になるように鎖で縛られていたらしい。

 妖魔に分類される種族は同じ性別の者しか生まれないので、子供を増やすには多種族の異性を利用する。俺たちトロールやコボルドは男性しか生まれないので、子孫を残すには女性が必要なのだ。ちなみにラミアやハーピー、アラクネなどの女性しか生まれない種族は、異種族の男性に頼ることが多い。

 幸いだったのは、ゴブリンと違い、連中(コボルド)が衝動的な性欲に駆られなかったことだろう。
 連中は犯す前に注射器という品物を使い、中毒性の高い薬物――媚薬の一種を注射するらしい。

 連中の失敗は、エドネアを普通の鎖で縛っていたことだ。
 コボルドの牢番が注射器の針を刺そうとした瞬間、エドネアは鎖を引きちぎり、自由になった手で牢番を絞め殺して、鍵を奪い取る。そして、同じように閉じ込められていた女たちを解放すると、コボルドの城塞から抜け出そうと上へ上へと進んだらしい。
 同じような従属者はいなかったので、1人で行動していたとのことだ。他の女たちがどうなったのかは不明だが、まあ運と実力があれば逃げ出すことができるだろう。すでにエドネアが幸運を運んできたのだから、そいつを生かしてほしい。
 そしておそらく、コボルドの連中が纏まった部隊を俺に差し向けなかった理由はこれである。つまり、逃げた女たちを確保するのに忙しくて、上で騒いでいる侵入者にまで手が回らなかったということだ。

 う~ん、さすがはトロールの従属者だ。
 集落に帰ったら、この功績を讃えて、ガンガン孕ませるとしよう。なにせ、聞いただけでも、集落の戦士はだいぶ数が減ったみたいだからな。

 トロールは、ゴブリンやコボルドなど違い、一度に多くの子供が生まれることはない。 着床率(ちゃくしょうりつ)も高くはないし、弱い女だと難産で母子ともに死ぬことも珍しくはない。
 そして生まれた子供も、成人になるまではさほど強くはない。
 いや、はっきり言って弱い。
 再生能力も高くはなく、皮膚も硬さや分厚さが足りないので、多少剣が使える人間なら苦もなく倒すことができるだろうし、魔法使いの呪文でもあっさりとどめを刺せる。
 だからこそ、成人するまで、大人たちが守らねばならない。

 そのあたりは、どの種族でも共通しているだろう。まあ人間は不思議な種族なので例外が多いらしいが、一番不思議なのは自分の子供以外には興味のないやつが多いことだった。俺たちトロールも自分は、どの男の種だとかはあんまり気にしねぇ。だが、従属者であるエドネアの奴も、自分が産んだ息子(トロール)のことは気にかけているみたいだったからな。

 長老は何だったか、母性愛? とか、そんなことを言っていた気がするが、俺らには父性愛とかいうのが、足りていないらしい。しかし「愛」か……、目に見えないものを手に入れることはできねぇから仕方ない。
 筋肉みたいに、鍛えれば作ることができるんなら良いんだがな。

「奴に借りを返せるのなら、私も同行させてもらえないか? 奴には多くの同胞――私の息子たちも殺された」

 俺らのようなトロールが持つ単純な怒りとは別種の、ドロリとした薄暗く凶悪な憎悪の炎が、エドネアのスカイブルーの瞳に宿っている。

「かまわん」

 1人きりで戦うつもりだったが、同じ理由を持つ同胞を拒絶することなどできない。

「鍛冶場に向かい、ルベルを葬ることができそうな武器を手に入れたら、そのまま悪魔を仕留めることにしよう」
「感謝する。グロム」
「気にするな。それに逃げ出したという女たちにも興味が湧いた。もしも強い女を見つけたら、捕らえて俺らの集落に連れて帰るとしよう」

 俺に合流するまで、エドネアはコボルドに見つからぬように時に回避して、時に戦い、そして侵入者であるトロールを仕留めると向かった部隊を追跡したらしい。その間に適当な武具――鋼鉄製の棍棒と破れた皮鎧を手に入れている。
 どうやら侵入した冒険者たちも、地下深くに潜っている奴らがいるようだ。

 とりあえず、オフィーリアの仲間が持っていた魔法の長剣を渡しておく。
 人間サイズだから問題ないと思ったのだが、どうやら剣だけでは使い心地は今一つのようだ。どうせなら盾も拾ってくるべきだったが、後の祭りだ。
 エドネアは礼を言ったが、棍棒は捨てずに腰に下げたままである。
 まあ、使い慣れた武器の方が安心するというのはわからん話じゃない。

 頼りになる仲間をくわえて、俺たちはさらに奥深くに進む。



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 経験により、人は変わる。特に想像を絶する経験をしたものは、別人のように変わる。そのような事例は数多く報告されており、それが良い場合に使われることもあれば、悪い場合に使われることもある。
 英雄、聖者、大悪党、復讐者などは、このような壮絶な経験から生まれることが多い。近年では、人間社会の外側でも、そのような事例が見られる。
 例えば、オークに攻め滅ぼされた小国の姫君で、その純真さと可憐さで各国の王侯貴族を魅了していたティリア姫。国が占領された後、彼女はオークたちの家畜となり、ここには書けぬほどのおぞましい陵辱の数々を受けたのだろう。
 数年後、彼女はオークを従える凶悪で淫蕩な女帝として現れる。そして周辺諸国に宣戦布告して、恐ろしく巧みにオークの軍団を操り、連戦連勝を重ねた。
 多くの都市がオークの支配下に入り、オークを頂点とする無慈悲な法で支配されている。今は北の大国クランクールドとエルフの国リセンタルが抑えているが、その進軍はいまだに続いている。
 彼女は我々人間から見れば、恐るべき大敵だが、オークから見れば大英雄だろう。何が彼女をこのように変質させたのか、推論の域を出ない。だが間違いなく、彼女は人の身が味わう最悪の経験をして、そして不幸にも生き残ってしまったに違いない。ティリア姫のように、人間以外の種族と暮らした(生活と呼べるかは不明だが)人間が変質する事例は他にもある。
 サキュバスの皇帝として迎えられた青年貴族やラミアの将軍になった少年冒険者など、いずれも以前の人物像とは遥かに違うらしい。ただ上記の2名は悪徳貴族や落ちこぼれの冒険者として有名だった人物が改心・成り上がったパターンなので、人間社会の脅威ではない。彼らが何を思い、何を感じて、人の心を失ったのか、我々にはそれを理解することはできないであろう(人間であることを放棄すれば理解できるかもしれないが、おすすめはしない)。
 では此処から先は、人間を変質させる種族の紹介と、具体例を……。

                 ―― 賢者学院の学生論文より一部抜粋 ――



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