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第14話

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 多少の体格差であれば、魔法の鎧などは使用者にあせて伸縮するらしいが、そのあたりを差し引いても、トロールのサイズに合う防具はなかった。
 分解して、適当にケルベロスの皮鎧に部品の一部を取り付けようかとも思ったが、自分の不器用さを思い出してやめる。

 それよりも、武器だ。

 使えそうな武器は、巨大な剣、戦槌、斧槍の全部で3つ。
 いずれもトロールの俺が扱うのにちょうどいい重さと大きさの品物だ。防具とは別の場所に収められており、ドワーフ自身が使うものではなかったのかもしれない。贈り物か、あるいは、実用性を無視した趣味の産物か? いずれにしても、俺にとってはありがたいことである。

 まずは巨大な剣を振るって見る。
 その瞬間、剣から炎が吹き上がった!

「うぉ!」

 な、なんだ、いきなり炎を吹き出しやがったぞ! 不良品か?
 剣の側にあった巻物を広げてみるが……ダメだ。読めん。
 人間の使う文字なら何となく読める程度にはわかるのだが、ここに書かれているのは、ドワーフの言語だ。

「エドネア、こいつの意味はわかるか?」
「ん」

 巻物を受け取ると、エドネアはざっと目を通す。

「炎帝の大剣、魔を滅ぼす炎、『焔の鍛冶師』デムゴ作、……後は自慢話だ」

 使い方じゃないのか。
 ふむ、重量といい、奮った時の感触といい、中々にしっくりくるのだが、いきなり炎が出てくるのはな~。自分の弱点である属性を持つ武器を手にするのは、利点よりも危険が大きい気がする。

 とりあえず、次の戦槌だ。

 こ、こいつは……重い!
 持ち上げるだけでも、相当の力が必要だ。

 まるで巨人を持ち上げるような感覚に襲われて、俺は何とか一度だけ戦槌を振るうが、それだけで疲れ切ってしまう。こんな品物じゃあ、まともに振り回すこともできない。
 落とすと、そのまま床に落ちる。
 床にめり込むかと思ったが、そんなことはない。
 手にした時の重さから考えて、そのまま床を破って下の階にまで落ちていくんじゃないかと思ったんだが。

「巨人の鉄槌、善なる者のみが手にすることを許される、『正義と信念の守護者』フラング作、……後は自慢話だ」

 また自慢話かよ。
 って、手にした時の重さが魔法的なものなのだろうか? 善なる者という奴が持てば、重さを感じさせずに扱うことができるとか?
 扱えればたいした武器だが、どうやら善なる者ではない俺には無用の長物のようだ。

 最後は斧槍。
 こいつを手にして、何度か振るう。妙な炎も出なければ、馬鹿みたいに重たくもない。普通の斧槍みたいな感じだが、使い勝手は悪くない。

「王殺し、恐怖と支配をもたらす、『終末を呼ぶ者』ドギン作、……後は自慢話だ」

 何だが他の2人よりも物騒な感じだが、最後の自慢話は変わらんのか。
 しかしまあ、王殺しね。
 デーモン・プリンスを相手と考えれば、こいつは中々に気の利いたネーミングじゃないか。妙な効果はないが、そういった武器の方が、俺の好みに合っている。

 少し前に壊してしまった両手斧に近いが、こちらの方が長い。槍の穂先は鋭く、片刃斧は処刑用の道具のようである。斧の刃が付いている反対部分には引っ掛けるような鉤爪がついており、使う機会はなさそうだが騎兵などを引きずり下ろすのにも使えそうだ。

 よく見れば、大海魔クラーケンを思わせるような不気味な怪物の意匠が施されており、絡みつく触手のようなものが見える。まあ扱うのに邪魔にならなければ、この手の装飾は何でも構わない。

「エドネア、お前はどうする?」
「そうだな。いくつか試着してみる」

 薄汚れた革鎧を脱ぎ捨てて、エドネアは自分の体にあったサイズの鎧を見に行く。
 人間用の鎧兜なら、いくらか並んでいたのを見かけたので、きっと良い品物が見つかることだろう。従属者としてトロールの特性を手に入れたとはいっても、やはり体力や防御力などは劣るからな。その分、質のいい防具で補ってほしい。

 その間、俺は斧槍「王殺し」を手に馴染ませておくとしよう。


  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 エドネアが選んだのは、白銀に輝く兜付きの全身鎧だった。
 まるで人間の騎士であった時のような姿である。別に従属者であればどのような防具を着ようとも構わない。だが、トロールの技術力では全身鎧という高度な鍛冶技能が必要とされる防具を製作することができなかった。
 なので、この手の鎧を身につけるのはエドネアにとっては、俺たちに敗れて以来というところだろう。それにしても構造上1人で着るのは不可能な品物だが、そのあたりも魔法によるものだろうか?
 問いかけてみると、

「人型サイズのゴーレムがいてな。試着を手伝ってくれた」

 そう答えた。
 見てみれば、確かに間抜け面な木の操り人形が動き回っている。どうやら、こいつらに頼めば武具の試着を手伝ってくれるらしい。

「合言葉を唱えると透明化するだけじゃなく、匂いや音、気配も完全に消すことができるらしい。1日の使用回数制限はあるが、なかなかに便利そうだ。まあ戦士の武器ではないが、従属者なら問題ないだろ?」
「別に気にはしないぞ。自分にあった防具を着ればいい」

 透明化する魔法や能力を卑怯だという同胞もいるが、それはそれで戦いの知恵だと思う。俺自身は使う気はしないが、自分に攻撃が当たらないと調子に乗っているやつをボコボコにするのは、なかなかに楽しい。
 何年か前に戦った魔法使いは、透明化と飛行の魔法を使いながら上空から一方的に火球の魔法を落とし続けてきたものだ。3つの魔法を同時に使う優れた魔法使いだったが、火球を連発したことで位置を予測されてしまい、最終的に石礫(いしつぶて)の集中砲火ではたき落とされている。

「それよりも、俺は武器のほうが気になるな」
「ああ、わかるか? 良い品物が手に入った」

 エドネアは――顔は見えないが、きっと良い笑顔で、手に入れた武器を見せた。
 棘付き鉄球を振り回す武器――モーニングスター。この手の武器は騎士時代のものではなく、トロールの従属者になってから扱い始めたものだ。
 俺たちトロールでは大雑把に振り回すことしかできないものでも、人間としての技術が合わさった彼女が使えば、正確無比な死の鉄球となる。さらに腰の部分には何本かの短剣を差しており、必要な時には近接戦が行えるだろう。

「手によく馴染むし、やはり回数制限があるが魔法を吸収する力を有しているらしい」
「ほぉ」

 よく見れば鉄球部分に水晶のようなものがはめ込まれているが、なにかの目玉のような品物が見える。魔法的な力を奪い取り、より高い威力を発揮するらしい。それが真実なら、俺の着ているケルベロスの皮鎧の上位互換ともいえる。

「よし、これでデーモン・プリンスを倒すための武器は手に入ったな」
「後は見つけるだけだ」

 使わなくなった棍棒と魔法の長剣はこの場所に置いて、保管所を後にする……その前にオフィーリアに奪い取った魔法の道具を置くように命じる。

「オフィーリア。こっそりと手に入れた道具を置け」
「な、なんの……、く、くそぉ」

 イリスの言う通り、呪印の効果は結界内でも有効らしく、オフィーリアは指輪を机の上に置いた。元々嵌めていた指輪を嵌めていた指に、さらに盗んだ指輪をはめたらしい。
 涙ぐましい努力だが、無意味だ。

「炎の力が付与された指輪か」

 トロールの弱点である道具をちゃんと選んでいる。おそらくは、もっとも効果的な場面で使うつもりだったのだろう。

「これだけか?」
「……ッ」

 体を震わせながら、さらにイヤリングや靴の中に潜ませた魔法の水晶などを取り出す。チャンスを逃さずに、虎視眈々と機会をうかがう姿には感動を覚えるが、やはり無意味だった。
 いや、俺のほうが一枚上手。
 というよりも、経験の差だろうか? いずれにしても、オフィーリアがトロールの子供を孕むのに十分な素質を持っているのは嬉しいことだ。

「勝ち誇っているんじゃないわよ。このゲス野郎! 絶対、絶対に、あんたを……、い、いぎひい!」

 敗者の遠吠えはみっともない。
 そのあたりのことは、今後教えていかなくてはならん。

「どうした、エドネア?」
「いいや、なんだか昔の自分を見ているような気がしてな」

 そういって、鎧姿のエドネアは肩をすくめる。
 言われてみればそうだったかもしれない。まあ、トロールの集落に連れて来られた女のパターンは3つくらいしか無い。口汚く罵倒するか、泣き叫んで慈悲を乞うか、ひたすらに従順になるか。
 そのうち、トロールとしての生き方に慣れて適応するか、人形のように無感動になるか、幼児退行するか、完全に狂うか。

「すぐに出ていこうかと思ったが、この結界は安全らしいからな。少し休息していこう。エドネア、かまわんだろう?」
「仰せのままに、ご主人さま」

 名前ではなく「ご主人さま」という時は、女としての役割を果たす時である。
 その日はエドネア、オフィーリア、エドネア、オフィーリア、オフィーリア、エドネアの順番で、たっぷりと楽しませてもらった。
 片方は陶酔したような甘い声で、もう片方は怒りと絶望が混じった悲鳴にも似た声で、俺は征服者としての心地よさを感じながら、ゆっくりと心身の疲れを癒やす。



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 魔法の武器。
 これらの品々は大変貴重で、エルフやドワーフの失われた技術によるものか、賢者学院の高位導師以上が製作した品物以外は存在しないとされています(稀にゴブリンやオークの呪術師などが劣化品を作り出すこともあるらしいとの情報あり)。
 これらの内、賢者学院で製作されたものは、ほとんどが国に回されており一般には出回りません。
 ですので、冒険者の皆さまが手に入れる魔法の武具は、エルフやドワーフの製作した物である事が多いでしょう。エルフやドワーフ、マーフォークの大使たちは、発見者(邪悪なる種族を除く)に武具の所有権を認めるとの声明を出しています。これは滅びた都市を探索する楽しみが増えてきましたね。
 ですが、これらの魔法の武器は厳重に保管されているか、邪悪な種族の手にあることも少なくありません。妖魔に分類される種族の場合、これらの魔法の武器を効果的に扱い、予想以上に苦戦することもあるでしょう。
 ですが、それらの障害を乗り越えて魔法の武具を手に入れれば、今後の冒険がより楽になることは間違いありません。あるいは貴族や収集家などに売り払ってもいいです。高価な魔法の道具であれば、目が飛び出すほどの高額で取引されることもあるのです。
 それだけに、盗難や紛失等には十分に注意してください。
 特に最近、魔法の武具を狙った窃盗団が各地で暗躍しております。冒険者の皆様、くれぐれもご注意ください。

P.S.
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