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剣の女王
第3話 躍進
しおりを挟む「戦など、野蛮なだけだというにな」
エルビナの皇子リカードは忌々しそうに呟く。
皇子という単語から連想されるような優美さはない。税の限りを尽くした飽食の末に丸々と肥えた贅肉の塊を、絹と宝石の着物で豪華に装飾している。グラトリアが豚と罵倒した姿は正鵠を射ている。
「とはいえ、たまには威光を示さねばならぬか」
リカードはグラトリアの軍勢に目を向ける。
戦意は高そうだが、その数も装備の質も、彼が率いるエルビナの大軍にははるかに劣る。正面から戦えば、エルビナ軍ご自慢の重装兵団で問題なくすり潰せるはずだ。
「この場合、敵が取るのは本陣への強襲、あるいは補給線を絶つものだが……」
戦を野蛮と言いつつも、皇子の戦術眼は濁ってはいない。一人の戦士としては役に立たないが、指揮官としては決して無能な男ではなく、エルビナの兵士たちも皇子の指揮能力を侮らなかった。
「殿下、日が落ちる前にしかけるのがよろしいかと」
「いいだろう、全軍前に進め」
戦場は見晴らしの良い平原で、伏兵を配置できるような森や丘などはなく。まっとうに戦えば、エルビナ軍の勝利は揺るがない。
ゆえに中央でぶつかり合ったエルビナ軍の重装騎兵が撃破された報告を聞き、リカードは信じられないと目を見開いた。そればかりではなく、後詰の重装歩兵も蹴散らし、すでに本陣近くにまで敵軍が迫っている。
「バカな、何故止められん!? エルビナ軍の将兵はそれほど惰弱になったのか? 突出するグラトリアの軍勢は小勢であろう? なぜ包囲してすり潰せない?」
「敵将ルクードの率いる騎兵団の猛進すさまじく、包囲の輪を完成させられません。殿下、ここはお引きください。もはや本陣も危のうございます」
自分が死ねば軍が瓦解すると、リカードは苦渋の決断を下す。
「くっ、致し方ない。だが、ルクードとやらは絶対に討ち取れ、絶対にだ」
急ぎ安全な場所に退却しようと本陣を動かした瞬間、それを待っていたように、敵軍から歓声が上がった。
「敵軍団長、エルビナの皇子リカード討ち取ったり!」
高らかに首が掲げられて、グラトリアの軍勢は雄叫びあげる。
その歓声に、リカードは「馬鹿な」と再度怒声をあげた。
「やつら、何を言っておる。我は健在だ、我は此処にいるぞ!」
リカードの主張は、勝利の歓声に飲み込まれる。
それを覆すだけの求心力を、リカードは持ち合わせていなかった。退却を決断して、本陣を動かしたことが裏目に出た。中央を突き崩された両軍は動揺して、そこに退却した動きを本陣が見せたことで、総大将を討ち取ったという欺瞞工作に引っかかったのである。敵が出した勝利宣言は偽りのものであったが、それを嘘だと覆すにはリカード自身が軍を率いて健在であることを示さねばならない。
しかし、それをやれるだけの才覚や勇気までは持ち合わせていなかった。
「おのれ、この恨み、この屈辱忘れぬぞ」
「殿下……」
「ここで出ていっても討ち取られて、敵の勝利を確実なものにするだけ。ならば、我らは予定通り兵を退いて、敗走してきた軍をまとめる。今日の勝利はくれてやるが、最終的な勝利まではくれてやらぬ」
皇子が戦死した報は戦場を駆け巡っており、すでに収拾はつかない。いいや、リカードにはつけられないのだ。ならば無駄に騒ぐよりも、いったんは退いて軍を立て直すという判断は及第点ともいえた。
「はあ、はあ、ここまで逃げてくれば……」
「エルビナ国の皇子リカードとお見受けする」
戦場から離れた場所にまで引いた時、待ち受けていたように敵兵が現れた瞬間、ことの始まりから終わりまで、自分はすべて敵の掌の上であったことに気が付く。
「我らはグラトリア女王陛下の剣兵団。捕虜となるご意思はおありや? それとも戦士として最後まで戦われるか、疾く御返答いただきたい」
「我がここに逃げ込むまで予想していたかよ。グラトリア、戦場の女王という名に偽りは無いようだ」
自嘲気味に笑った後、リカードは部下たちに命じる。
「尊きエルビナの王族が蛮族共に虜囚となることは許されぬ、その血を絶つこともだ」
「殿下!」
「貴様らは囲みを破って、我が父に我が死にざまを伝えよ。くわえて、グラトリア侮りがたしとな! さあ、やれ」
リカードの側近は皇子の最後の命令を受領した。
すなわち、彼の命を奪い、虜囚にも敵の勲にすることも許さなかったのである。
「リカード殿下の最後、お見事! されど、貴君らを逃がすわけにいかん。剣兵団、敵は死兵となって来るぞ」
「皇子の最後のご命令ぞ、蛮族共に我らの忠義を見せてやれ!」
すでに主戦場での戦いは終わっていたが、最後の戦いがひっそりとおこなわれ、そしてすぐに決着がついた。
この戦いを気に、グラトリアの勢力はさらに大きく拡大していくことになる。
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