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痛みの王
第1話 狂乱皇子
しおりを挟む魔導都市ハルセイヌの下水道は、かつて誰かがその全貌を知り尽くしていたことがあったのかもしれない。しかし今では、その迷宮のような構造を知る者はいない。長い年月とともに無計画な工事が繰り返され、下水道は混沌と化した。浄化と秩序を求めるべき元老院も、膨大な財政難を理由にその改善を放棄していた。結果として、ハルセイヌの下には暗く深い穴が生まれ、そこは人々の手に負えない恐怖と暴力が巣食う場所となっていた。
犯罪者たちはこの闇の中に逃げ込み、そこで新たな秩序を築いた。魔導士たちは失敗作や制御不能な魔法生物を、手軽に処分するためにここへ投げ捨てた。こうして下水道は、破滅的な魔獣や狂気に満ちた存在が蠢く、魔窟と呼ばれるにふさわしい場となった。
その魔窟の一角を支配するのは、かつてエルフの高貴な血を受け継いでいたダークエルフの皇子だった。皇子は地下の王として、黒い手を伸ばしていた。彼の領地には、貧民街から逃げ込んだ者、元老院の目を逃れようとする密偵、あるいは単なる運の悪い冒険者たちが捕らわれ、そこで無残な死を迎える。
「きひひひっ、異界から呼び寄せられたオークやゴブリンたちに心を与えたという話を知っているか?」
暗闇の中で、彼の狂気と冷たさの混じった声が響く。
彼の眼下では、拷問台に繋がれた男たちが苦痛に喘いでいる。彼らの肉体はすでに限界を超えていたが、死への解放は許されていなかった。
「暴力の化身であった怪物たちに、聖女が人の心を与えたって話だ。だが、心を得たところで、大半はこの世界の無慈悲な法則に囚われたままだ。暴力、詐術、裏切り……、そんなどうしようもないものがこの世の真理だ」
ダークエルフの皇子は、歪んだ笑みを浮かべた。彼の口元から覗く鋭い歯は、自然のものではなかった。金と銀で作られた牙は、過去に彼自身が受けた拷問の痕跡だった。彼の体は長年の苦痛と憎悪によって変貌し、その精神は一度きりの痛みではなく、永遠の苦しみを味わわせることに喜びを感じるようになっていた。
「お前たち密偵から知りたいことなど何もない」
彼は囚われの男たちを見下ろし、言葉を吐き捨てた。
密偵たちから希望が消えていくのがわかる。
「だが、お前たちが苦痛に身をよじり、殺してくれと哀願してくる姿は心地よい」
囚われた男たちの一人は、声にならない悲鳴を上げ、鎖が揺れた。彼の両手両足は巨大な釘で壁に打ち付けられ、歯はすべて砕かれていた。さらに、眼球の中には不気味な生き物が這い回っている。死ぬことを許されず、ただ無限の苦痛の中で、生き続けるしかないのだ。
「くひひひ、苦しめ、もっと苦しめ。俺はその苦しみを見るためにここにいるのだ」
皇子は狂気じみた笑みを浮かべ、目の前の光景に酔いしれていた。
かつては森で鳥やリスと戯れていたエルフの皇子も、今やこの暗黒の領主となり果てた。彼の故郷が人間の軍勢に焼かれたのは、遥か昔のことだ。彼は奴隷として囚われ、拷問され、身体を弄ばれた。その屈辱と憎しみは彼を変質させ、エルフの純粋さを捨て、ダークエルフとして新たな存在へと生まれ変わらせた。乳白色の肌は漆黒に染まり、黄金の髪は死を思わせる白銀に変わった。そして、彼は牙と怪物の瞳を手に入れ、かつての自分を忘れることで生き延びてきた。
そんな彼にとって、人間たちの苦しみと絶望は娯楽となり、彼が支配する地下世界では、それが日常の一部だった。
「皇子、お楽しみのところ悪いけど、次の獲物がかかったよ」
声をかけたのは、同じダークエルフの一人だった。彼もまた、かつての仲間と同じく、エルフとしての誇りを捨て去った者だ。今や彼らは暗黒と邪悪に身を委ね、血と暴力の中でしか生きられない。
「ひひひっ、そうか。では、今の奴らは放っておいて次の獲物を見に行くとしよう。しばらく苦しみの中で放置するのも、絶望をより深くさせる」
皇子は密偵たちの痛み、苦しみ、嘆く姿に満足し、今度は新たな犠牲者を迎えに向かう。彼の領域に足を踏み入れた者は、生きて帰ることはない。死すらも彼の手によって遠ざけられ、永遠の苦しみが与えられるのだ。
地下の深淵を進んでいく皇子は、次なる拷問の準備を進めながら、かつての自分を思い出すことはなかった。彼の心は、今や闇そのものだった。
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