闇の胎動

雨竜秀樹

文字の大きさ
37 / 42
痛みの王

第3話 慈愛の会

しおりを挟む


 ダークエルフの皇子が魔導都市ハルセイヌを暗黒の支配下に置く準備はすでに整っていた。彼は魔導技術の精髄とも言えるルーン・ゴーレムの制御権を完全に掌握していた。元老院の議員たちが最後の砦として頼りにしていたその強大な守護兵器も、今や皇子の手駒に過ぎない。

「お前たちの時代は終わりだ。きひ、ひひひひっ」

 皇子は冷酷な微笑を浮かべながら、手を軽く一振りする。その合図で、ルーン・ゴーレムたちは一斉に元老院の議場へと進撃した。元老院の魔導士たちは恐怖に震え、次々に呪文を唱えて応戦しようとするが、すでに遅かった。ゴーレムたちは圧倒的な力で彼らを制圧し、逃げ場を失った元老たちは一人ずつ拘束されていった。
 その後、ダークエルフの皇子は元老院の議員たちを全員、自らの拠点へと招待した。だが、それは礼を尽くしたものではなく、血で染まった宴の始まりだった。

「ひひひっ、どうだ、元老院の諸君。都市の民から巻き上げた税金で、随分と豊かに暮らしてきたな。老いたブタのようだ」

 皇子は軽蔑に満ちた声で議員たちを見下ろした。議員たちは椅子に縛り付けられ、無力な状態で皇子を睨むしかできなかった。彼らの中には、かつて民衆の声に耳を貸さず、自らの欲望を満たすことに汲々としていた者たちも多い。

「心配するな。私がその脂肪を少し削いでやろう。キヒヒヒヒッ!!」

 皇子の声が響くと、彼の手下たちが静かに動き出した。
 市民からの税金で肥え太った議員たちの脂肪を減らす手伝いをするのは、ダークエルフの拷問師にとっては造作もないことで、元老院たちは血の涙を流して喜んだ。脂肪だけでなく、臓腑も取り出しては、別のものに取り換えていった。ダークエルフたちにとっては、人間の肉体など簡単なパズルであり、そのピースを弄ってバラしても、きちんと元通りにすることはできるのだ。
 元老院の議員たちは、一刻も早い死を願ったが、無慈悲なる闇の種族に聞き入れられることはない。ダークエルフの皇子にとって、これはほんの序章に過ぎなかった。彼が本当に望んでいたのは、力による支配ではなく、恐怖と絶望による支配だった。
 ルーン・ゴーレムたちの調整を行いつつ、影の兵力として隠した。

 一方で、ハルセイヌの支配構造は急速に崩壊していった。

 元老院が消滅したことで、都市の秩序は完全に失われ、残された魔導騎士たちは権力の空白を埋めようと主導権争いを始めた。各騎士団は己の力を誇示し、内部での対立が激化する中、ダークエルフたちはその混乱に暗殺や破壊工作を加えた。不信感は都市全体に広がり、誰もが敵対者を恐れ、疑心暗鬼の渦に巻き込まれていた。

「このままでは我々も終わりだ!」

 魔導騎士団の一人が焦燥感をあらわにして叫んだ。
 だが、それに対して別の騎士は冷笑を浮かべる。

「今こそ力を示す時だ。弱者を排除し、都市を掌握する。そうすれば、我々が新たな元老院を築くことができるのだ」

 騎士たちの会話は、もはや都市の混乱を鎮めるためのものではなく、ただ権力のために争うものへと変質していた。その結果、都市はさらに混沌を極めていった。
 路上には殺害された者たちの死体が放置され、ネズミや野犬がそれを貪る光景が日常となっていた。強盗や殺人は増加の一途をたどり、まともな商人たちは都市から姿を消していった。
 経済は停滞し、交易は途絶え、ハルセイヌはゆっくりとその命脈を絶たれつつあった。
 魔導都市ハルセイヌの暗黒時代に、奇妙な組織が現れた。

 その名は<慈愛の会>。この新興宗教団体は、元々は教会の分派であったが、今では「慈愛の母」と呼ばれるカリスマ的な人物が主導していた。彼女は貧困と苦しみにあえぐ人々に希望を与え、癒しをもたらすと謳っていた。

「我々は苦しむ者たちに救いを与える」

 慈愛の母の演説は、衰退していく都市の民たちにとって一筋の光となった。彼女の信者たちは、傷ついた者や病に倒れた者たちに食料や医療を提供し、荒廃した都市にささやかな安らぎをもたらした。

「私たちが都市を救うのです」

 信者たちは慈愛の教えを忠実に守り、慈悲の心を持って行動した。彼らは暴力を嫌い、争いを避け、ただ人々の痛みを和らげることだけを目的としていた。それゆえに、慈愛の会は都市の荒廃においても少しずつ支持を集め、存在感を増していった。
 だが、皇子はそんな慈愛の会を見逃すはずがなかった。

「あの組織は厄介だな。人々に希望を与えるなど、私の計画には邪魔でしかない。きひひっ、今までと同じように潰してしまえ」

 彼は側近たちに命じ、慈愛の会に対しても徐々に圧力をかけ始めた。慈愛の母はそれを察知していたが、表立って抵抗することはなかった。彼女は静かに、しかし確実に信者たちと共に都市を再建しようとしていた。

「我々は戦わない。慈悲の心でこの都市を癒すのです」

 その言葉は、次第に多くの人々の心に響き渡り、慈愛の会は都市に広がり続けた。
 その言葉に邪念がないことに気づいた皇子は、腐敗した傷口に触れられたような不快感を覚え、より直接的な手段として暗殺者を送り込んだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

処理中です...