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アタナス領主編

第24話 山賊退治

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 ニルヴィリアに連れられる形で酒場に入ると、昼間っから人相の悪そうな連中が酒を飲んでいる。

 (凄い人数が居る…。それにしても、この人達全然冒険者に見えないな…)

 すぐに市場調査にて確かめてみる。
 
 【市場調査】
 Q:酒場の中の人間の職業は?
 A:山賊 88%、店主 4%、冒険者 4%、無職 4%

 数字を見て、改竄かいざんしたんじゃないか?と疑いたくなるくらいあからさまだった。少し笑いそうになる。

 全部で客は22人。そのすべてが山賊だという事が判明した。

 市場調査の結果を、小声でアルティアとニルヴィリアに共有すると…。

 「アッハッハ!傑作やなぁ」

 「ちょっと…。ニルヴィリアさん…」

 急にニルヴィリアが大声で笑い始めたので、私は焦って止めようとするが遅かったようだ。

 「なんだ姉ちゃん。何か面白い事でもあったのか?」

 入口近くに座っていた山賊Aが不機嫌そうに言ってきた。

 「新手の子連れ冒険者ってやつかー?」

 「ママー!お腹すいたー!ってか?ガハハハハ!」

 山賊Aに続いて、山賊BとCが我々に嘲笑を向けてきた。

 「てめえら静かにしろ!酒が不味くなるだろ!なぁ姉ちゃん、同じ冒険者同士仲良く飲もうや」

 最後に一番奥に座っている男が、今更冒険者の振りをしてくる。よく見るとこいつの風貌がサンブンさんが言っていた冒険者に一致する。

 (こいつが多分犯人だろう…。そして態度からするとこいつがこの中で一番立場が上のようだ)

 私は、冷静に対処すべくこの後どうすべきか考え始めた。…が

 「いやー、おもろすぎて笑ってもうたわ。雑魚の山賊が群れをなして冒険者の振りをするとか笑うに決まってるやろ?」

 ニルヴィリアが、山賊たちを挑発し始めた。

 (……この人無茶苦茶だ…)

 「なんだと!」

 山賊たちが一斉に立ち上がった。

 「姉ちゃん、どうやら痛い目を見たいらしいな。テメエらやっちまえ!」

 ボス山賊がそう言うと次々と襲う態勢に入りはじめる。

 「一旦外に出るで!坊ちゃん、お嬢ちゃん、ごめんな。おもろすぎて我慢できひんかったわ」

 「ハハハハ…(絶対わざとだ…)」

 「大丈夫!私もあいつらを見てて、殴りたくなってきたところだったから!」

 (ティアも楽しんでそうだ…。最近会う女性はデビアスさんと言い、過激な人が多い…)

 お店に迷惑をかけないように、一旦外にでて、私を守るように二人が前に立つ。

 「お嬢ちゃんも下がっててええで!」

 「ううん、全員私が相手してもいいよ!」

 「へぇ~。言うやんか。じゃあどっちが多くしばけるか勝負しようか!」

 (二人とも余裕だ…。勝負し始めるらしい…)

 私たちを追いかけ、すぐに山賊たちが店の外に出て遅い始めたが、結果は哀れなものだった。

 もぐら叩きのように店から出た山賊は、早い者勝ちと言わんばかりに次々と無力化されていく。

 ニルヴィリアは、軽戦士と言われるような戦い方で武器は突剣だった。いわゆるレイピアである。

 ジェイグよりも速度では劣るが、多彩な突き攻撃と軽い身のこなしで、山賊に何もさせず倒していく。

 それよりも、凄まじかったのはアルティアであった。

 以前ピンチを救ってもらった事はあったが、あの時は一瞬だったので、アルティアの戦い方を見るのは初めてだった。

 まずスピードは速すぎて目で追えない。明らかに消えているように見える。山賊たちも何が起こっているのか分からずにただ、店から出て気絶するのを繰り返していた。

 インパクトの瞬間だけ姿が現れるのを見て、私の目にはまるで花火のように美しく映っていた。


 その後わずか、1分ほどで22人もいた山賊は、ボス山賊を残すだけとなった。

 「これは一体…?」

 ボス山賊が、ゆったりと酒場から出てきたが、目の前の後継が理解できていないようだった。

 「あんたら弱すぎるわ…」

 「………。ヒィーーーー!バ、バケモノー!!」

 少し時間を置き、状況が把握できたのか、ボス山賊は怯み逃げ出そうとした。

 「あほやなー。逃げられへんよ」

 しかし、すぐにそれを察知し、ニルヴィリアが真正面に回りこみ、首元へレイピアを突き付ける。

 「あんたにはあそこの坊ちゃんが用があるんや。この惨状はあの子が1人でやったことやから、粗相したら痛い目見るで」

 レイピアを段々と首に食い込ませながら、私に向かって指をさす。

 (え…私…?)

 「ヒィーーー!ごめんなさい!ごめんなさい!なんでも言う事聞きますから命だけは!」

 ボス山賊は恐怖でパニックを起こしていた。

 尋問の結果、サンブンの荷物を奪った犯人で間違いなかった。冒険者ギルドで依頼を見てこのマッチポンプを思いついたとの事だった。

 【市場調査】で嘘を言っていない事を確認してから、冒険者ギルドにも事件の概要を報告する。。

 「ニルヴィリアさん、今日はありがとうございました!」

 「気にせんでええよ。うちは大した事してないしな。殆どお嬢ちゃんが倒してたからなぁ。それと(ゴニョゴニョ)」

 最後にニルヴィリアが、何やらアルティアに耳打ちし怒らせていた。

 「余計なお世話です!」

 (何を言ったんだ…)



 
 ニルヴィリアと別れ、サンブンの元に戻ってきた。山賊が盗んだ荷物のお金は一部は取り立てる事ができたが、全ては戻らなかった。

 今回の事件を契機に、1つシステムを作ってみようと思っていた。

 それは、保険である。

 前世と同じで、怪我などの不測の事態はこの世界でも起こり得てしまう。

 日本の保険は、大数の法則と収支相当の原則という2つの原則から成り立っている。

 簡単に説明すると、大数の法則とは確率論の事である。大人数から死亡率やケガをする率を算出し、それに基づいた金額を保険金とするという原則だ。

 収支相当というのは、全員の支払い合計と全員の受け取り合計が概ね一致するというものである(経費は除く)

 中世のようなデータベースの無い時代は、普通はこの大数の法則を確立する事ができない。それはこの世界でも同じだ。なんせ死亡率も分からないし、年齢の管理すらされていないのだから。

 しかし、私のギフト【市場調査】があればそれを可能にする。もう一つの収支相当の方は、お金に強い商人の協力があれば簡単にクリアできるだろう。

 明日にでも、パルポロムさんに相談する事にしようと思う。


 

 事件解決と視察が終わり、館に戻ってきたのは夕方に差し掛かったころだった。

 「ティア、今日もありがとう。すごく助かったよ!」

 「ううん。私は大した事してないよ。それに対してラフィは立派だよ…。領主様になった後も変わらずみんなの為に尽くしてくれてる。どんどん遠い存在に感じちゃう」

 「そういってくれるだけで更に頑張れるよ!みんなの笑顔が私の原動力だしね。でも今日のティアはすごかった!どんな修行でそこまで強くなれるの?」

 「うーん、日々の鍛錬はそこまで特別な事をしてはいないよ。お父さんからよく言われるのは、攻撃の時に拳に力を伝えるのではなく、拳の1つ離れた先に全身の力を伝えるようにしろって。例えば…」

 そう言いながら、実演して見せる。

 素人の私には、そこまで違いは分からなかったが、キレというものだろうか?後者はそれを感じる。

 「拳までしか力を伝えないと貫通力が生まれないし、次の技への繋ぎもワンテンポ遅くなるんだ」

 「なるほど…(わからん…)」

 しかし、拳の先の空間と聞いて私の中で閃きが生まれた。もしかして、魔力の伝達にも言える事なんじゃないだろうか?

 無意識のうちに、魔導書の文字に伝えるのではなく、指先で止めるようにしていたかもしれない。

 試しに、目を瞑り指先の何もない空間に魔力を伝えるイメージをしてみる。

 すると…。指先がジリジリと熱を持ち始めたような気がした。

 (もしかすると…できたかもしれない!)

 「それでさ…。えーとラフィは、私みたいな力の強い女って嫌だったりしないの?」
 
 (早く実際の魔導書で試したい!この感覚を忘れないようにしないと…)

 「ねぇ…ラフィ聞いてる?やっぱり私の事嫌だったりするのかな?」

 「あっ…ごめん!全然嫌いなんかじゃないよ!むしろ好きだよ!」

 「えっ…?」

 (やばい…聞いてなくて、焦ってまずい答え方をしてしまったかもしれない…。でもティアに好意があるのは間違ってないしな…)

 「それでは、ティアまた次の視察の時もよろしくね!」

 恥ずかしくてまともに顔を見れず、その場を逃げるように私は立ち去った。

 「………」
 
 アルティアは何も言わず茫然と立ち尽くしたままだった。


 ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※


 アルティアは自室に帰るなり、ベッドに突っ伏した。

 (はぁ…。ラフィのバカ…。逃げるように帰るなんて…)

 自分が一番最初にラフィアットに好意を持っていると感じたのはもう何年も前の事だった。

 最初のうちは手伝いと言っても、助けてもらった恩返しのため義務的に手伝っていた。

 しかし、居住区の住人を助け、嬉しい時は自分のように喜び、悲しみには真剣に立ち向かっていくラフィアットを見るにつれ、この人を助けたい、この人の役に立ちたいという思いが次第に強くなり、すぐに恋心に発展したのだった。

 (あの好きってどういう好きなのかな…)

 山賊退治の事は既に頭の中にはなかったが、その後の館前でのやり取りが頭から離れない。

 (はぁ…でも領主様だもん…。私なんて釣り合わない…。ただ喧嘩が強いだけの女だし…)

 アルティアは物事に対してハッキリと自分の気持ちを表現する性格だったが、身分の差と自分への自信の無さから長年言い出せずにいた。

 「おーい!アルティア!帰ったのかー?」

 考え事をしていて、父親が呼びかけていた事も気づかなかった。 

 ガチャッ

 「なんだ。部屋にいるじゃないか?今日の護衛は大丈夫だったのか?…ってどうしたんだ!?顔が真っ赤じゃないか?」

 「もー!勝手に入ってこないで!」

 「なんだ?毒を食ったのか?ラフィアット様は無事なんだろうな!?」

 ラフィアットの名前を出され、今日の出来事を鮮明に思い出してしまう。すると、アルティアの顔は更に赤くなった。

 「更に赤くなってるじゃないか!なんか…ちょっとタコみたいだぞ…プッ」
 
 父親なりに元気を出そうとしたのか、全く空気を読まない発言に対して、即座にアルティアはキレた。

 ドガッ!

 父親も武術の達人である。並大抵の打撃には耐性をつけている。一部を除いては…。

 その一部。局部をおもいっきり蹴り上げられ、父親は1つのたまを失ってしまった。その後、2週間働く事ができなくなった。

 ちなみに、この後保険制度がラフィアットにより作られたが、アルティアの父親には適応されなかった。
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