上 下
30 / 103
第1章

本気の本気

しおりを挟む
「アリエス!!アリエス!!しっかりしろ!起きてくれ!!」
俺は必死にアリエスに呼びかける。

小柄なメイド服姿の少女は
そのスカイブルーの瞳を見せてくれない。
(うそ…だろ?)

俺は、頭が真っ白になった。

アリエスをこんな目に合わせた悔しさと
そして何もできない自分への惨めさと

俺はそれすらも請け負いきれない。

そんな時…ふと思い出す。
アリエスの言葉を。

俺に全てを託してくれた、アリエスの言葉を。

俺は思い出した。

そして
俺は静かに抱きかかえたアリエスを地面に寝かせる。

「待っててくれ…俺が全てなんとかする。」

自分にある策はもう何もない。
何もできないかもしれない。
それでも俺はアリエスのためにも
ここは命をかけて戦う必要があった。

「おい、神崎…」
俺は俯いて暗い声を出す。

「アヒャヒャヒャヒャヒャ、その子もしかして今ので死んじゃったぁ?」
嘲笑する神崎。

「てめぇだけは許さねえ。クズ野郎が。」

「やれるもんならやってみろよ禍々見ぃぃ!!」

そう神崎が煽った瞬間
俺は神崎へと猛ダッシュした。
約1秒で神崎の目の前に到達する。

右の拳に力を込めて、ありったけの右ストレートを食らわす。

「グハッ!」
神崎が2.3歩仰け反る。
俺の右ストレートは神崎の右頬を直撃。

(なぜだ?さっきの防御力と反射速度と断然違う。俺は右腕が吹っ飛ばされる覚悟で突っ込んだ。しかし、現実に起こっていることは俺が右ストレートをぶちかます現実だった。)

(そういえば、アリエスが神崎に1発入れた時に何か言ってたな。策も成功したとか…もしかしたら、これがそうなのか?)

俺は、自覚した。
神崎が『弱くなっている』という事に。

「くっ…てめぇ、どんな能力使ったぁ?俺が吹っ飛ばされるなんて…ありえねぇ。」

俺は考える暇もなく
俺は答える暇もなく

神崎を殴りつけた。

激しく右ストレートと左ストレートの応酬を食らわせる。

先ほどとは断然違う。
神崎の強さが。

近づけもしなかったあの怪力
大鎌を振り回しても、傷1つつかなかった鎧
振り向きざまに俺を真っ二つにした、あの反応速度

俺はその全てが嘘のように
まるで、無かったかのように
まるで、衰えたように

俺は圧倒的優勢となる。

迷いなどない。
俺は全て、アリエスのために命をかけている。

その思いだけで…想いだけで打ち続けた。
一打一打に想いを込めて。

何十発も、何百発も。
俺は神崎の顔面めがけて拳を打ち続けた。



と、その時…

俺は打撃ができなくなった。

届かない。

腕が…短くなった?

気づいて両手を見ると、両腕は無くなっていた。

「うわぁぁぁぁぁああああ」

俺は先ほど、胴体を真っ二つにされた。
そこに痛みはほとんど無かった。

しかし、腕は激痛が走った。
痛みで自分が抑えきれない。

俺は地面にのたうちまわり、もがく。

多分俺の両手をすっ飛ばしたのは…

あのタウロスだ。


いつの間にか具現化している。

俺はもう1度諦めかけた。
俺がうっすらと目を開けた先には
7.8メートルくらいはありそうな大斧を
振りかざす人型の牛の姿があった。

俺は悔しかった。
アリエスから託されたこの使命を果たしきれないことが。

俺は…両腕を失った。
心では抵抗したくても、体が言うことを聞いてくれない。

痛みが、心に絶望を与えてくる。
目の前に振りかざされる大斧が、喪失を与えてくる。

もうだめだ。
アリエス…すまない。
みんなも…ごめんな。
俺が弱すぎるせいで。
俺が不幸すぎるせいで。

俺はそう心で思いつつ、大斧を受け入れた。


「待てコラァァァァア!!」
遠くの空から聞き覚えのある可愛らしい声…とは言えない、けたたましい怒号が空から鳴り響く。

そしてすぐに、上から降ってきた少女は黄金の右腕を牛の顔面めがけて突っ込んだ。

「グモォ!!」
黒い雄叫びと共に、金に光る右腕を持つ少女が駆け寄ってくる。

「アツキ!!大丈夫か?遅れてすまない!」
俺はもうどこかに行きそうな意識を
どうにかして固定する。

俺の視界にはアッシュブラウンのポニーテールの少女…ハマルが俺を抱えている。

「ごめん…ハ…マル…」

「アツキ…その腕…おい!お前、ここで諦めんなよ…頑張れ!頼むから!!」
ハマルの泣く姿が見える。
俺は忘れないようにそっと瞼に焼き付けた。
(ここから先は俺には記憶が無い。)

「ハマル、お待たせしました。私が治療します。それより、奴らを。」

タキシード姿がよく似合う
白髪とヒゲを生やした爺さんが駆けつける。

と、すぐに緑の魔法陣のようなものが
爺さんを中心にとりまく。

そして、爺さんの両腕は無くなってしまった
アツキの両腕の近くに添える。

そこからピンクのオーラのようなものが激しく光る。

『超回復』
ダールの能力。
個人の持つ回復力の増大。
外部からの治癒と治療。
即死でない限り、ダールの能力は時間をかければ、ほぼ元通りになる…とんでもない能力。

しかし、その行きすぎた回復には代償がある。


自分の命を削る、という代償が。


「お前ら!よくもアリエス様とアツキ…それにメサルもやってくれたな…ウチはカンカンだぞ!」

「なんだ?コイツぅ。それより右手眩しいんですけどぉ。」

「あ?これか?ほれ!」

そう言って眩しいと言っている神崎に対して、眩しさを一層増し右腕を差し出した。

「うっわ、だから眩しいっつってんだろ!クソガキぃ!

クソ…舐めやがって…。

タウロス…やれ。」

「了解。」

その神崎の合図と共に、タウロスは大斧をハマルに向けて振り落とす。

薪割りの要領で振り落とされた大斧からは無数の砂塵が舞う。

そして、その砂塵は雨と共に消えていく。


すると

そこには

見慣れない大影が

腕一本で大斧を取り押さえていた。





しおりを挟む

処理中です...