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スノー・スノー・グッバイ

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 ――冬が嫌いだった。私にとって、冬は別れの季節であったから。

 最初の別れは、小学校の友人。年末に引っ越してしまった彼女とは毎日一緒に遊ぶ程の仲で、別れの日、彼女は言葉も出ないほどに大泣きをしていた。私はそれを宥めるのに必死だったから、結局私は泣けないままにお別れをした。
 
 二番目の別れは、初めて出来た恋人。子供心にこの人とずっと一緒にいるんだ、なんて思っていたのだけれど、クリスマスに向こうが浮気をして、最後は喧嘩別れになってしまった。お互いに殴る蹴るの大喧嘩で、悔しさと怒りが勝った私は、この時も最後まで泣かなかった。

 三番目は、私を可愛がってくれた祖父。胃癌を患い、最後は病院のベッドで眠るように亡くなってしまった。辛くても笑顔を絶やさない、優しい人であった。彼が悲しそうな顔をしなかったから、こちらも最後まで笑顔でいようと思って、私は泣けなかった。

 彼等との別れは全て冬、雪が舞う頃。だから私は冬が嫌いだし、同じくらい雪も好きではない。雪が降れば別れが来る。そういうものだと身に染みていた。

 ――だから、そう。その連絡が来た時も、「あぁまたか」と思ってしまったのだ。

『コハルが死にました』

 実家の母親から一言だけ送られてきた、そのメッセージ。コハルとは実家で飼っていた白猫の名前で、私が小学生の頃から一緒に暮らしていた、人間だと百歳を数えるような高齢の猫だった。

 その子が、死んだ。

「……また、この季節」

 私はポツリと呟いて、母に『明日帰ります』とメッセージを打つ。悲しいとか寂しいとかそんな感傷よりも先に、まるで私が殺してしまったかのような、謂れのない罪悪感に背筋が震えた。

 どうして別れは冬なのだろう。
 ……どうして私は、いつも冬に誰かを見送らなければいけないのだろう。

 唇をキツく噛み締める。眼裏に浮かぶ愛猫の姿に鼻がツンとしたけれど、やはり涙は流れずに。私は一つ溜息を吐くと、大きく深呼吸をしてスマートフォンを鞄にしまった。


♢♢♢♢♢


 そうして半年ぶりに帰省した実家は、まるで火が消えてしまったかのように静かで、陰鬱としていた。常であれば姦しい母も目を真っ赤に腫らして項垂れ、平日の昼間だというのに定年間近の父までが家にいた。聞けば、コハルは今日の夜に火葬場へ連れて行くのだという。それまでは出来る限り共に、ということらしかった。

 痛々しい笑顔で話しかけてくる母に、コハルはどこ、と問いかける。母は一瞬躊躇った後、私を連れて二階の一室へと入った。

「ここって……」
「そう、あなたの部屋だった場所」

 目を丸くする私に、母は静かに頷く。家具を全て運び出したため今は物置となっている部屋の中、日当たりの良い窓際に、小さなペット用のクッションに寝かされたコハルがいた。その姿はいつも伸び伸びと体を伸ばして寝ていた姿勢のまま、今にも起き上がりそうにすら見える。私は思わず呼びかけそうになるのをぐっと堪えると、母に顔を向けてキツい声で言った。

「ねぇ、どうしてコハルをこの部屋に? こんなところに一人でなんて、絶対に寂しいのに」
「……そうねぇ。あなたには言ったことがなかったけれど、コハルはたまにこの部屋で寝起きしていたのよ。それも決まって、あなたから愚痴の電話がかかってきた日でね」

 電話越しでも分かるのね、あなたが落ち込んでいること。そう言って落とすように母は笑う。私は続ける言葉をなくして、また窓際の白い姿を見つめた。

 ――コハルは、随分とプライドが高い猫で。滅多に撫でさせてもくれなかったのに、思えば、いつも私が落ち込んでいるときに限って側に寄ってきていた。
 
 ――友人が引っ越してしまった時も。彼氏と喧嘩別れをした夜も。祖父が亡くなった日も。気が付けば、側には。

「……あ……」

 ジワリ、目尻に熱いものが込み上げてくる。それが決壊して溢れ出すのと同時、私はコハルに駆け寄ると、冷たい体を抱きしめて声を上げて泣いていた。

 ――そう、いつもコハルが側にいて。だから私は泣かないで済んでいたのだと、今になってようやく気が付いた。

 コハル、と何度も呟く。コハル。コハル、ごめんね。最期に側にいれなくて。なかなか帰って来なくて、電話しても愚痴ばっかりで。ごめんね。

「……コハル、ありがとう……」

 白い毛並みに落ちてしまった涙を拭いながら、私は小さく笑う。あぁきっと、こんな風に泣いているのを見たら、コハルは一声鳴いて私の足元で丸くなるのだろう。そういう寄り添い方をしてくれる子だった。そういう家族だった。

 ふと顔を上げる。日差しが差し込んでいたはずの空にはいつの間にか雲がかかり、白いものがちらつき始めている。

 ……きっとこれからは、冬の別れであっても泣けるのだろう。そう思って、私はまた涙をこぼした。
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