伏喰童子

七転ヤオキ

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神隠シニ非ズ

食欲

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【キョウside】
 最後の銃弾を発砲し終えた銃を投げ捨てる。おもちゃに飽きた子供のようにつまらなさそうな顔をしている少年姿のジキル。彼は、余った袖を邪魔くさそうに引っ張っている。
「坊ちゃン。お呼ばれしている身で、はしたないですヨ」
「うるさい、黙れ。お兄さまはどこ?」
小福シャオフーなら大丈夫デスよ」
 困った雇い主の子供(雇い主本人)は、「ふん」とわざとらしく鼻を鳴らして、後ろに控えていた私の襟首を掴み引き寄せる。私は下に引っ張られて腰がグチと嫌な音が鳴った。
 小さくなったジキルこと、エドワードは私をぎょろりと大きな瞳で睨みつけている。
(昔、SNSにこんな顔つきした子猫の写真が流行った気がする……いや、猫はいつの時代でも流行るか)
 エドワードは夜の凶悪な顔で、私の顔面を引き寄せる。
「坊ちゃン。このキョウを困らせるのはやめテくれませんか?」
「執事、お兄さまはその呼び名を嫌がっていた。今すぐやめて」
「おやおや、お優しいことで。『彼』を慕う人なんて、きっと泣いて喜びますね」
 エドワードは私の頬を殴りつけた。変なところに入ったらしい。顎の噛み合わせが悪い。
「な、なんなんだ! お前たちは!!?」
 口をもごもご動かしていれば、忘れかけていたルイソン医師が私を見て喚き散らしていた。なんだかバケモノを見るような目に違和感を覚えつつも、相手を落ち着かせるように語りかける。
マァまァまあまあおひふいへ落ち着いて……はェあれ?」
 口が動かなくて、うまく喋れない。歯に硬いものが喋るたびにカチカチと硬いものが当たる。それが邪魔でじゃべれないらしい。
(何か……挟まっている?)
 困って、望み薄だったがエドワードに助けを求める視線を向けた。裾を捲ったエドワードと視線が合うと、彼は仕方なさそうにルイソン医師に話しかけた。
「ルイソン先生、おとなしくお兄さまの居場所を教えてください」
(口がどうなってるのか教えて欲しかったンですが……。)
 私の状態など興味なさげなエドワード。だがルイソン医師が私とエドワードを恐怖の顔で交互に叫んだ。
「いや、アンタ! あ、顔、痛くないのか?!」
かヒョ?」
 (顔に何かがあるのだろうか?)
 私は言われるがままに顔に手を当てる。すると頬に硬いものが指先に触れた。急いで持ち歩いている鏡で確認すれば、頬にナイフが貫通しているではないか。
「……ホ、ヒャん坊ちゃん?」
 エドワードを睨みつければ、彼は生意気に目を逸らす。叱っても無意味だ。諦めて雑に、頬に刺さったナイフを引っこ抜いた。
「ヒィッ!」
 ルイソン医師が青ざめて腰を抜かすのを見て、彼自身に戦闘力はないとすぐに見て取れた。
 私は腰を抜かしている彼のそばに詰め寄り、ねっとりと血で汚れたナイフをこれ見よがしに見せびらかした。
「アー、ルイソンさま、見ての通リ、我々は普通じゃありマせん」
 私はナイフを自身の胸に突き立てて、わざとらしく笑う。若干の喋りづらさはあるが、仕方ない。
「ですが、私たちは貴方が攫った子供を返していただければ、あなたを無傷で解放するとお約束いたしマス」
 何か言いたげなルイソンに対し、隣で黙っていたエドワードがこちらを見て顔を顰めた。
「あなたが死のうがどうでもいいけれど、お兄さまの手がかりを失うようなことはしないで」
「坊ちゃんが刺したんですよ?」
 そこ、忘れていませんか?
「そんなことより」と、エドワードは私の顔に穴が空いた話を逸らした。

「あの女の子は何? 銀弾に当たっても部屋から逃れる子とお兄さまの組み合わせは嫌な組み合わせなんだけど」

【side フクチーム】

 閉じられた鉄の扉の向こう側で、何人かの人間が右から左へと足音が通り過ぎる。先ほどの銃声に釣られたようだ。
「……向こうも動いたようです。いきましょう」
 小白シャオパイが振り返り、合図をする。扉のノブを掴んだ手を捻って扉を思い切りよく開ける。
「小白、もう少し静かに開けるべきだ。こちらは今、人質を抱えているのだから」
「……失礼いたしました」
 フクの背後を守っていたルクスが、小白を嗜める。彼女は子供四人を背負っていると思えないほど、優雅に頭を下げる。
 今、フク、小白、ルクスの三人は身軽ではない。三人で十数人の子供を背負って歩いているのだ。一人当たりの重さは大したことはなくても、それが数人となるとかなりの重労働だ。悪魔退治に加えて人命救助も普段から行なっているルクスでさえ、子供六人を背負うのはかなりの重労働のようだ。何回も背負い直している。
「フク、重たくないか?」
「……」
 同じように子供を二人も背負っている、彼らと同じ背丈の少年フク。彼はじっ、とルクスを見た後にフルフルと顔を左右に振った。彼はあれから一言も話していないが、小白が代わりに受け答えしてくれるためなんとなくなっている。
「上で騒ぎを起こしているうちにいきましょう。いつルイソン医師がこちらにくるとはわかりません」
 フクは小白の言葉に反応せず、扉の先を見た。
 (美味しそうな匂い……)
 ここ久方嗅ぐことのなかった、腐臭を焦がしたような苦味ある匂いがフクの食指を揺らす。下顎が痺れ、唾液がジュワジュワと溢れてくる。
「フク……?」
 フクの様子に気がついた小白が、声をかける。だが彼の体はわずかに開いた扉から滑り抜けるように駆け出していた。
 静止の声を上げたのが小白なのかルクスなのかはわからない。だが、フクの足と涎が止まることはなかった。
 匂いを頼りに廊下を抜け、階段を上り、部屋のある場所へ辿り着いた。
「ここに……」
 監禁部屋とは違って、木の温もりのある色の扉を備えた部屋。ジキル邸とは違って落ちついたものではなく、家族との団欒を過ごせるような部屋。そんなありきたりな部屋の中からフクの大好物である黒煤の匂いが溢れているのだ。
 背中に子供がいることも気にせず、フクは目の前の扉を開ける。犬のようにハァハァと呼吸を荒げて、頬を釣り上げる。おやつを待ちきれない子供のようだ。
「伏喰童子さま、くるにしても、タイミングがあると思うのですが」
「ホアーピーちゃん、さっきぶりだね」
 部屋の中央には、先ほどフクと対面した画皮は、ショートクリームのように可愛らしい少女だった。だが今の彼女の服装はボロボロに穴が空いており、ところどころ焦げている。そして何より異様だったのが、彼女の左腕から少女のものと似つかわしくない異形の腕が生えていたのだ。
 部屋の中央に設置された布のかかったものの前で、画皮は小さな少女の腕で体を抑えている。彼女の姿に、フクは楽しそうに顔を歪ませた。
「さっきより、趣味が変わったね。イメチェン?」
「……まさか。あなたの弟さんが私に何発も撃ち込んだんですよ」

「弟?」
 『弟』と言われて、すぐに思いつくのはジキルの半身であるエドワードだ。だが、彼がここに来ているわけがないと思ったフクは、消去法である男を連想した。
「……ああ、キョウさんか。あの人は僕の先輩だよ」
「へぇ……随分可愛らしい先輩ですこと」
「あの人を可愛らしいとか……ホアーピーちゃん趣味悪いね」
 勘違いが誤解を生んでいるが、そのことを訂正する人物はいない。画皮が若干変な顔をしたが、すぐに笑みを浮かべる。
「ところで、あなたさまは何をしに?」
 彼女が当たり前のことを聞くので、今度はフクの方が笑みを浮かべた。
「目の前にご馳走があるんだよ……? なら食べるよね?」
「!」
  画皮が一歩後ずさる。背後のものが背をついて邪魔をしているので、それ以上下がることはできない。
「フク!」
 フクの背後から自分を呼ぶ男の声が響く。
「あれ? ルクスお兄ちゃん?」
 背後を見れば、ルクスが背中に子供を積んだまま現れる。フクを追っかけてそのまま来たらしい。若干乱れているが、さすがに息切れはさほどしていない。
「ふ、フク」
 後から小白が遅れてやってきて、こっちを見ると、彼女の目が大きく開かれた。
「あれは、画皮ホアーピー……? いえ、それよりもあの後ろのは……」
 小白が表情豊かに驚く。彼女の先にいるキョウが操っているのだとわかると、フクがくいくいとスカートの裾を引っ張った。
「ねえキョウさん、何かわかったの?」
「いや……いえ、やっぱりはっきり言います」
 彼女は背中の少年たちを背負い直すと、息を多く聞く吸い込んだ。
「画皮、その背後のモノは」
 キョウが画皮の背後にあるそれを指をさす。指摘されたモノを画皮は苦し紛れに笑った。
「ええ、そうですわ。どこの誰とは存じ上げませんが、あなたと同じ素材でできてますの」
「やっぱりですか」
 メイドはすぐにフクの手を引く。
「フク……ここは引きますよ。今の我々が対処できる相手ではありません」

『誰に、指図しているの……?』
 突如、小白の目の前、フクの手を引いていた腕ごと空間が喰われるような寒気に襲われた。それは今エドワードたちと離れた場所にいるキョウに伝わったのだろう。彼女にかけられている術が途切れたように見えた。
「!」
 水をかけられた猫のように飛び退いた小白が何度も手を開いたり、握ったりしている。
(可哀想なことしちゃった)
 少し罪悪感が湧いてしまった邪悪なざしきわらしは、慌てて小白に駆け寄って謝罪をする。
「ごめんね、ごめんなさい小白」
「……いいえ」
 本当に術が切れたのか、キョウさんのような胡散臭い話し方をやめている。小白はただの人形と大差ない。だが背負った子供を落とすようなことはしなかった。
「小白、僕たちが背負ってるみんなは、僕の友達だからちゃんと守ってね」
「……かしこまりました」
 彼女は小さく頷いて、子供たちを背負い直す。フクは伝わったと安堵して、再び画皮に向き直る。
「画皮ちゃん、ごめんね」
「私は得に何も困っていませんので、いいってことですわ。ですが、このまま私を見逃してくれるのでしょうか?」
陶器が割れる直前のように、少女の顔にヒビが入っていく。少女の右腕が押さえ切れなくなるように、鬼の腕は肩口から右半身、中身が飛び出していた。
 フクは困ったように笑った。
「ごめんね、僕も」
 フクは右手で口元を隠す。だが隠した口の代わりに指先からチョロチョロと蛇のように舌が現れた。
『——お腹が空いているんだ』
 ぽた、と地面に涎が垂れる音がやけに大きく聞こえた。
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