伏喰童子

七転ヤオキ

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伏喰童子

プロローグ・事の発端

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 はっー、クシュン!!

 突然、神々の住まう天界に大きな発声音が響いた。誰しもがその大きなくしゃみに驚き、手を止める。
「いったい、誰のくしゃみだろうか・・・」
「天地がひっくり返るかと思った」
「最近、人間界のスギ花粉がここまで飛んできているから」
「閻魔様でもいらっしゃっているのかしら・・・」
 神も共に住まう鬼神も、あの大きなくしゃみの発生源について口々にする。あそこまで大きな声を出せる神はそうはいないからだ。一番可能性がありそうなのは、閻魔大王だと、みんな口々に噂した。
 だが閻魔大王がこの極楽浄土の天界に来ることはほとんどない。年に数回、正月やお盆で亡霊を管理するために来るぐらいだ。
 もし同じくらいの声量のくしゃみをするならば、たまたま遊びにきていた雷神様が有力説だ。彼は図体も大きければ、声量も大きい。あの雷を司る神だ、くしゃみぐらい天界に鳴り響くに決まっている。
 いや、もしかしたら、その弟の風神様かもしれない。彼もまた、どんな声だって風と共に声が届く。もしかしたら、先ほどのくしゃみと共に、人界に突風でも吹き荒れているのではないだろうか。
 雷神か風神か、はたまた、別の神か、鬼か・・・。
 それぞれの神々は、その優秀な頭脳を巡らせ、もしくは千里眼で予見したりと、文字通り神の力を無駄に使って、ついには賭け事までしだす始末である。
「くしゃみといえば、今は弥生か、人界・・・確か、スギの花粉症が深刻だな。前に、人界をつなぐ扉から花粉が吹き込んじまって・・・こっちにも杉の木が生えちまったんだ」
「ああ、それで何人かの神もアレルギーで、寝込んでしまった。気の毒なことよ」
「ある方は、ここから外の国の天界の方にまで避難したって話だったな」
 そんなスギによる花粉症事情について話し出す神々。
 結局、本当にくしゃみをした者を当てることはできなかったのだ。
 天界の上位にある、ある一室で御方が、シクシクと涙を流しながら、鼻を噛んでいた。その御方とは、人界にて、ありとあらゆる哲学を人々に広め、仏教の開祖である・・・
 お釈迦様が花粉症による、大きなくしゃみを天界に響かせていた。
ハックシュンッ!!

 世界は地獄、天国(あるいは極楽)、そして人界に分けられている。天界は神々が住まい、地獄には閻魔大王とその従者たちが亡者を裁き浄化し、言わずもがな、人界には人間が住んでいる。
 天国と地獄は水と油のような関係と思われがちだが、死者はともかく、神がみや鬼たちはそれなりに協力関係にある。
 というのも、彼らのそれぞれの仕事をこなすので精一杯で、歪みあっている場合ではないというのが正解だ。
 人界では人口増加で、一日の亡者の数も増加傾向である。少子高齢化のため、この頃は老人となった亡者が一気に増えた。事情聴取にもうろ覚えな部分があって地獄でも、極楽でもボケた老人の話を聞くのは、骨が折れるのである。
 地獄では事情聴取、極楽では輪廻転生の順番待ちの人々で、老人ホームと化している。しかも亡者たちは、同じ内容を何度も、何度も、何度も繰り返す。
 ある者が、「その場所だけ時間が切り取られているようだ」と言っていた。
 そんな日常に嫌気がさして、逃げ出す神官や獄卒もいた。
-こんな生活続けたら気がおかしくなってしまう!
-人間界の猫カフェにいきたい!!
-たまには若い人間と話したい!
 急激に増えた老人の亡者に、頭がおかしくなって外の国に逃げたり、人間界の秋葉原に逃げるものと様々だ。
-一年ぐらい仕事をしたくない!一年後も老人の相手などしたくはない!
 逃げた誰もがそう思った。だが、結局、あることが気がかりになり、戻ってきてしまう。
「逃げたら、『アレ』がやってくるかもしれない・・・」
 神々が恐る『アレ』。それは、『伏喰童子』という鬼だ。彼は天界も、地獄においては知らぬものはいない。人界に住まう土地神や九十九神ですら、その存在を恐れている。
 彼は名前の通り、近くに『伏し』、獲物を『喰う』鬼である。人を食らう、鬼を食らう、神を食らう、そうでないものも食らう。せいぜい、食べられないものと言ったら、石や無機物の類だろうか、いや、昔、玉藻前が封じられた殺生石のかけらを食べていたこともあったので、その限りでもない。
 何かを食らう鬼は星の数ほどいるが、彼だけ、食事に関しては特殊で、しかも偏食だった。
 彼は邪気や怨念といった悪意、『黒煤』を食らうのだ。それも、周りの誰一人、触らない、ネズミやウジがたかるようなゴミも含めて。
 彼が生まれた場所、時期などは不明で、少なくとも二千年以上前から、この日本で食事を続けている。見た目は小さく、現在では人型を取ることが多いようだが、昔は不定形であったという報告もある。
 彼の出自は簡単だ。
 というのも、鬼とは2通りの発生方法があり、一つは人から鬼になる方法、もう一つは誰かの怨念により生まれる方法だ。
 彼は後者だ。人型をとっているのは千年ほど前からだ。
 それ以前の昔は、不定形をとっていたこともあり、彼は、自然発生した鬼だとわかっている。大体そういう鬼は、小鬼から始まり、人の邪念により、大きくなっていく。
 だが、伏喰童子は大きくならなかった。彼は生まれてからひたすら、『黒煤』と呼ばれるを食べ続けていた。他の小鬼はひたすら、人に取り憑き、家畜を襲い、ときには争ったりしている中、伏喰童子だけは、周りのことに興味なさそうに、ひたすら人の営みから出てくる煤を食べていた。
 周りの鬼たちは嫌悪した。「黒煤」というのは本当に食べるものではなく、病気や厄疫、はたまた戦争を起こしうる力を持ち、なおかつ、鬼にとっては排泄物のようなものだ。
 神も同様で、誰もそんな汚物を食べる鬼に好意を持てるものはいなかった。
 ウジの沸いた、触るとヌメヌメと粘液が伸びる亡者の肉体を、美味しそうに食べる鬼。そんなふうに食べるモノを見て、どうして好意を持てようか。

 ある日、地獄で仕事をサボって遊んでいた小鬼たちは、伏喰童子を暇つぶしも兼ねてイジメに行った。
 あの、何の役にも立たず、岩に張り付いた苔のようなゴミを食べている小鬼を、ちょっと懲らしめてやろうと、彼が普段いる地獄の河辺に向かった。
 彼はいつものようにそこにいた。
 みずぼらしい、ボロ布を纏ったような格好で、臭く、ドロドロとした黒い泥のようなものを、何も気にせず口に入れている。
「おい」と小鬼たちのリーダー格が、いまだ食べ続けている小鬼を呼んだ。
「・・・・?」
 だが声をかけて、怒鳴ったり、冷たい言葉を吐いても、彼は首を傾げるだけだ。どうやら言葉の意味も、彼らが自分に接触した意味もわかっていないようだ。
 周りの小鬼たちの意図が全くわからない彼に、苛立つ小鬼たちの1人が、ついに彼の胸を足で押したのだ。
 それが、二千年以上も続く、三界の恐怖の始まりだったとは知らずに。
 それがきっかけで周りの鬼たちからの悪口、嘲笑、暴力が始まった。伏喰は全ての暴力を耐えてつつ、その場にいた全員の姿を見た。
 全員の顔が見えなかった・・・
 自分に暴力を振るう小鬼たち、全員の体から、黒い霧のようなものが立ち上っている。霧は時間が経てば経つほど、勢いを増し、同時に鬼たちの暴力も増していった。

 鬼の底辺。
 気持ち悪い。
 ゴミ食い。
 恥さらし。
 消えろ、消えろ、消えろ・・・!

 目の前の霧が、目の前を覆い尽くすのに、周りの鬼たちは全く気にしない。ただ伏喰だけが、その様子をみて歓喜した。
 思いがけなく、目の前にした『ゴチソウ』に、目を輝かせた。
 一番最初に手を出してきた小鬼が、近くにあった石を手にして、伏喰の頭に目掛けて突き出してくる。
「さっさと死んでしまえ!」
 伏喰には、目の前の小鬼エサの暴言は、彼に全く、一言も、頭に届かなかった。
「は・・・?」
 小鬼は突き出した腕と頭を、パックリと生温かい袋に包まれる。それが伏喰の口だと気づく前に、顔と体をつなぐ連絡線は、じゃくり、ときゅうりを齧るように分たれてしまった。
 うまい。
 むしゃり、むしゃり、と同族を口に入れていく姿を、残された仲間たちは、呆然とその様子を見ていた。
「ひっ!」
 誰かが、短く悲鳴をあげた。その声が合図となって、一斉に目の前の化け物から逃げようとした。
 力が足にかかる。ぱっ、と蜘蛛の子を散らすようにそれぞれが別方向に離れた。
「・・・待ってよ」 
 隣で一緒に逃げていた小鬼が、急に地面に倒れ込む。慌てて振り返ると、左肩を押さえて痛みに悶えている。そして赤い液体が流れる右手に、ある違和感に気がついた。
「お、お前、腕がッ!」
 押さえている左肩には、その先がない。
 「ひィ!!」と腰を抜かし、離れたところから歩いてやってくる、自分より小さな鬼を、視界にとらえた。
 彼の手には、焼き鳥でも食べるかのように、むちり、と血がまだ通う腕を齧っていた。彼はとても美味しそうに、ほおを持ち上げながら、まるで甘味を味わうかのように、小さな口で齧っていく。だが、途中で落とされた腕を傷口から「あーん・・・」と顎の形を変えて、丸呑みしてしまった。
 力のある鬼はその姿を獣や、人に変えられると聞くが、ただの小鬼にそんな力はない。なのに目の前のソレは、自分が食べやすい姿に変わり、ぐにゃぐにゃと骨格が、肉が動いている。
 顎は耳まで裂けたかと思ったが、ワニのように口先が細長く、牙が舌を囲うようにぎっちり生えている。その隙間には、先ほど食べたであろう仲間の小鬼の肉片が、歯と歯の隙間に挟まっているのが見えた。
 倒れていた小鬼のそばまでくると、怯える小鬼を無視して、頭のてっぺんから鼻の下まで一口でガコッと音を立てて齧りとってしまう。
 齧られた小鬼は、ビクビクと電流が走っているかのように痙攣していたが、ダラン、と急に体全身の力が抜けた。伏喰童子がワニのように、耳まで裂けた大きな顎で、彼の上半身を齧りとったのだ。
 ピピピッ、と血飛沫が自分の顔につく。すでに伏喰童子の顔は真っ赤になっているが、食欲のあまり、気にしていない。一心不乱に、生暖かい体を貪っている。
 それをずっと見ていた、腰を抜かしてうまく逃げれない小鬼は、恐怖のあまり、顔や股間をびしゃびしゃに濡らしてしまう。だが、このままだと自分まで食い殺されると思った小鬼は、震える足と腕に力を入れて獣のように逃げる。
 まさか、今まで畜生以下と思っていた相手を前にして、自分が逃げるとは思ってもいなかった。その姿は惨めで、情けないだろうが、彼にはそんなことを考える余裕はなかった。
 逃げるために動かした手足は、ざらざらと、鋭い先のある岩にひっかけ、血が滲んでボロボロだ。
 やっとの思いで、人気のある街についた。周囲の獄卒は自分を見て怪訝そうに見るが、無事に生き延びたことに安堵して、ヘナヘナとその場に腰を下ろした。
「よかった、逃げ切れた・・・」
 これからどうするのか。仲間を集めて、復讐に行くのか、それとも見つからないように遠くへ逃げ、隠れるのか。小鬼は自分に置かれた状況を嘆いた。
 こんなことなら、獄卒の仕事をサボらなければよかったと、後悔した。ちょっと疲れていたから、憂さ晴らしにあのゴミしか食べない鬼にちょっかいを出しに行っただけなのに、どうしてこんなことになったのか。いや、そもそも、あの鬼が真面目に仕事をしていれば、自分たちの仕事が楽になって、憂さ晴らしをしなかったかもしれないのに・・・。
 小鬼はだんだんとムカムカしてきて、伏喰童子のことで頭がいっぱいになった。
 だがこの小鬼にとって、転機が訪れた。
 
 この小鬼はもう、そんな苛立ちに振り回されなくて良くなったのだ。

「見つけた」
 じゃり、と後ろから、小石が踏み鳴らされる音がした。
 座っている自分の影よりも小さな影の本体が、真後ろで、口を開けてきていたのだ。

 これが、地獄の亡者と獄卒の総人口を3分の2まで減らした、大事件の始まりである。
 これは天上に住む神々を巻き込み、その被害は尋常ではなかった。天界の神々だけにとどまらず、外の神々にまでその、凄惨な事件は広まり、神々を恐怖された。
 誰が、矮小と思っていた存在に喰われると思っただろうか。むしろ、そのうちに消滅するだろうとたかを括っていたので、その事実に衝撃を隠せなかった。
 神々が、鬼神が、獄卒が、閻魔大王が、ゴミを食べるしか能のない小鬼一匹を、捕獲、もしくは討伐できなかったのだ。
 しばらくの間、人界に神々は避難していた、そのおかげで人は神々を知り、敬い、そして時には神々の力を恐れ、神は人々を弄んだ。
 伏喰童子は人界に現れたことがない、だからこそ、そこは最後の安息地であった。
 人々が繁栄する中、神々はあの鬼の陰に恐怖した。巷では、ある鬼が人間の子供を攫い、育児の糧にしているという事件があったが、そんなことは彼に比べれば問題ない。
 神々は予見していた。
 あの鬼はいずれ人界にもやってくると。
 だがいつまで経っても伏喰童子はやってこなかった。
 それどころか、新しくやってきた新人の神が、「彼はもう大丈夫」と何の説明もなく、言うではないか!
 その新人の神は厳密に言うと神ではないが、人界で暴れていた鬼神を取り押さえ、改心させ襲い喰らっていた対象の子供を守る神として敬われるようになった。この功績から彼は天界で活動することをゆるされている。
 当時こそ、不安で怯えていた神々だが、これまでの自身の怯え、自身の煩悩を見つめ直し、そのうち天界と地獄へ戻っていった。
 そしてあの伏喰童子は、噂にこそ残れど、人々に知られることはなく、神々の間にだけ話題が上がることとなった。そしてあるものはこういった。
「彼は、1人の座敷童に、その醜悪さを見抜かれ、倒されたのだ」
 口々に広まる話をよそに、一柱の元鬼の子育ての女神は、1人の男児を抱えこういった。
「なぜ、自身の虚栄心を見つめ直さないのか」
 嘆かわしい、と彼女は、腕に抱えた子供に聞こえないように呟いた。

ー時は戻って現代・・・
「あの子がどこかに行った!」
 バン、と扉を開けて入ってきたのは、美しい女神である。
 彼女は突然、釈迦の住まう部屋に入ってきたかと思えば、顔を真っ赤にして釈迦に詰め寄った。その顔は全体を真っ赤にして、顔から火が吹き出さんばかりに憤っている。普段の彼女から見られない態度だ。それだけ緊急性が高いのだろうと、釈迦は察した。
 釈迦は、ここ最近、花粉症で部屋に閉じこもり、代わりに天界の事務仕事を担っていた。他の神々には、花粉症であることを知られていないが、それも花粉症ゆえに、外に出ないからだ。
 それにわざわざ彼の仕事部屋に行かずとも、神官や小間使を送ったりして書類を送っているので、神や鬼がここにくることはない。
 だからこそ彼女の訪問は予想外だった。茶菓子とかお茶とか何にも用意していない。
 釈迦は、彼女が何に怒っているのか全く検討がつかない。
 彼女とはそれなりに長い付き合いだが、彼女がここまで自分に怒ることはこれまでに一度きりだ。
 それも一千年以上前のことだ。
 とにかく彼女を落ち着かせようと、手に持った鼻紙をゴミ箱に捨て、濡布巾で手を拭いた。
「一体どうしたのか、キシ殿。誰がどこに行ってしまったんだい?」
 釈迦は花粉症で赤くなった鼻に耐えて、ティッシュを片手に構えながらも、彼女の話を聞く姿勢に入った。
 キシと呼ばれた女人は、釈迦の座っていた机にのめり込み。釈迦をギッ、と睨みつけた。
「今日、アンタのところに、うちの子を使いにだしたのよ!この間借りた本を返しに!普段ならアタシのところにすぐ帰ってくるのに、帰るどころか、天界にも人界にもどこにもいないのよ!」
 彼女の言う『あの子』を思い出している。
 なにしろ彼女は1000人の子供を持つ母親だ。一体誰のことを指しているのだろうか。正直、思いつかない。
 そもそもなぜ、私のところに来たのだろうか。くるところを間違えている。
「キシ殿、少し落ち着いてください、まずあなたのお子さんの誰がいなくなったのですか?そもそもなぜ、私のところに来たのですか?ここは迷子センターではありませんよ」
「しらばっくれて!もうすでにフトダマ様や稲荷様のところに行って、探してもらったわよ!そしたらアンタのところから、形跡がないのよ!だったらアンタにもう聞くしかないじゃない!!」
「いや、でもここにくる人は結構限られてますし、私も今日来た人なら覚えてますけど、あなたのご子息は誰も来てませんよ!?」
「じゃあ、フクはどこに行ったのよ!ここにあの子に頼んだ本があるわよ!!」
「え」
 キシが持ち上げたのは、確かに少し前に彼女にかした本だ。綺麗な桃色の風呂敷に包まれている。どうやら彼女の子供は、間違いなくここに来た。これが動かぬ証拠だ。
 だがそれよりも、彼女の子供の正体がわかった。
 いや、そもそも彼女の子供ですらない。
「あの・・・フクってあの、フクですよね?」
 フクというのは『ざしきわらし』のことだ。かつて伏喰童子を倒した英雄として、有名な子だ。
 彼は、この天界でもかなりの古参だが、その力は一般の座敷童よりも劣っており、福を招くことはない。
 ただ邪を払うのに長けているため、鬼や貧乏神に狙われやすい。
 彼を守るためにも一時期、キシ殿に預けていたことがあり、それ以来フクも彼女も交流がある。
「他に誰がいるってのよ!他の子供の守神して長いけれど、自分の子供の居場所くらい、目をつむったってわかるわよ!」
「そろそろ子離れしてください・・・というか、フクはあなたから離れたはずでは?」
「誰のせいよ!アンタが昔、私の子供をどこかにやったりしなければ・・・ッああ!この話じゃない!とにかくあの子はどこにやったのよ!」
「ですからわからないんですって!」 
 釈迦もフクが来たとあれば、気づかないわけがない。
 なぜなら、釈迦自身がフクをはじめに見つけたからだ。それなりに思い入れがある。

むず、

「・・・・・・・・・・・・・は」
 彼女に答えを返そうとしたところ、濡ていた鼻先が風で少し乾いた。その刺激で鼻がむずむずしだす。

「ハックシュン!!」
 大きな声量とともに、くしゃみが部屋の中に吹き渡る。吹き荒れるティッシュ、崩れる本の山、痛むアバラ、一瞬にして消えるティッシュ箱。
「・・・」
「あー、すみません。花粉症が辛くて・・」
 釈迦がキシに謝罪を入れるが、彼女は目を丸くして指を彼に向けている。その指先は若干震えていて、信じられないものを見たかのように、開いた口が塞がっていない。
「あ、あ、アンタ」
「え?何です?ハックシュン!」
 またくしゃみが出た。今度は鼻紙を口元に当てていたので、そこまで吹き荒れなかった。
 はずだったが・・・。
「・・・・」
「・・・・」
 鼻紙がどこかに消えた。確かに口を押さえていた鼻紙が、一瞬にして、どこかに消えてしまっていた。
 短い沈黙が2人の間に流れる。
 吹き飛んだのだろうか?いや、手元に、確かに手で掴んで覆っていたので、そんなはずはない。
 目の前の彼女が、こちらをじッ、と見つめていた。
 消えた鼻紙、花粉症、くしゃみ、そして、消えたフク。
 彼らは、バッ、と立ちあがり、部屋から天界から出て行った。

 世界のどこかで、一陰の座敷童が消えた・・・その原因が、お釈迦さまの花粉症であったとは、誰一人思いもしなかったのである。
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