伏喰童子

七転ヤオキ

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伏喰童子

ジキル邸へようこそ

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 日本の妖怪『ざしきわらし』、そして天界と地獄を脅かした元『災厄の鬼』であるフク。
 霧の中では、やべぇ神に追いかけ回されたり、いきなりチューされたりと散々だったが、キョウに連れられてきた場所が、異世界であることを知り、霧の中の不幸は興奮で飛んでいってしまった。
 キョウに抱えられたまま、フクは周囲を見回す。空には大きな城が、目印のように浮かんでいる。
 まるで自分の家を紹介するかのように、キョウは自慢げに街を紹介する。
「ここは『ユニット』という場所で四つの地区で構成されていマス。そのうちの一つがココ、商業地区デスネ。本当はちゃんと⚫︎⚫︎⚫︎(聞き取れなかった)って名前があるんですケド、まあ意味は同じなんでこの説明でいいデショウ」
 ずっと上を見上げているフクの歩みが遅くなってしまったので、キョウは抱きかかえて連れて行く。抱えられた腕は少し硬く、少しひんやりと体温の低さを感じられる。
「君には、私がお手伝いしているお屋敷で過ごしてほしいと思っていマス」
「お屋敷?」
「ええ・・・といっても君が思い浮かべるようなものではないと思いマスガ」
「?」
 キョウのはっきりしない物言いに、フクは首を傾げる。一体どんなお屋敷なのだろうかと、半分期待、三割不安、残りは疑問といった気持ちだ。それでも誰かがいる場所に行けるのであれば、フクはなんでもよかった。
 誰もいない、何もない、気持ち悪さしか感じられないあの場所は、もうごめんだ。
「フク、君はご家族ハ?」
「・・・」
 キョウが腕に抱いているフクの顔を覗き込むと、彼は少し考えるそぶりを見せた。
「えっとね、おじいちゃんとおばあちゃんがいたの!おうちはね、とっても扉があってね、たまに上下に開くのとかあったり、回転するのがあるの! おじいちゃんは『昔は忍者の家だった』っていってた! 前のお家にはそんな面白い扉はなかったから、僕あのお家とても好きだった!」
「へえ・・・日本にはサムライやニンジャがいたとは聞いてイマスが、そんな文化財レベルの家があったとは・・・もし私が君をご自宅に帰すことができたら、ぜひ拝謁したいものデスネ」 
「うん!でも、もう家には・・・」
「・・・」
 残してきた家族を思い、フクはまたじんわりと目が熱くなる。『座敷童』は家に憑く妖怪だ。
 フクもそれは変わらない。
 だが、いつか離れると言っても、何も言わずに離れることに、何も思わないわけではない。
(大した幸運は持ってこれないけど、僕は、みんなといるの、嫌いじゃなかった)
 
 そんな複雑な感情に気がついたのかキョウは、優しくフクの頭を指の腹で撫でた。撫でられてますます寂しくなって、キョウの胸にしがみつくと、何も言わず背中を撫でてくれた。
 キョウは見ず知らずのフクを、新しい家へ連れて行ってくれる。
 それがどんなにありがたいことか・・・。
 キョウはふと足を止めて「ちょっと寄りますネ」といって、ある屋台の方へ向かった。
 店は多種多様な形の飴細工が売られていて、赤い花をかたどったものがあれば、煎餅のように平べったく、絵が描かれている飴もあった。その中にはフクが知る動物も花もあれば、何を模っているのかわからないものもあった。キョウは店主に人差し指を立ててから、店主に金銭を手渡すと、ひまわりのように黄色い花弁の花の飴をとった。飴の店主は笑顔でキョウに片手を出して、金を受け取った。
「ドウゾ」
「ありがとう」
 フクは差し出された飴を眺める。食べるのが勿体無いほど、みずみずしく咲く花の飴だ。全体が透明で先端にかけて花弁の黄色が色づいている。花の茎はフクの小指よりも細いのにしっかりとした硬さを保っていて、フクが舐めたぐらいでは折れそうにもないことがわかる。ちろり、と花弁の先端を舐めると、フクの湿った舌先に染み込むように飴の味が広がった。普通の飴の味だ。
「飴だ」
「美味しいでショウ?」
 キョウが満足そうに聞いてフクは「うん」と頷いた。
 キョウは飴屋台の店主にお礼と別れを告げて、先へ進む。空はまだ青いが、遠くの空が少しだけ茶色が混ざったような雰囲気があった。
 フクはここで新しい家についてキョウに聞いてみた。
「僕の新しいお家ってどんなの?」
「そうですネ・・・まず住んでいるのが私と旦那様のヘンリー・ジキルというお方デス。旦那様は研究者で、薬の開発をしてイマス」
「お薬?頭いい人なんだね」
 子供ながらの感想にキョウはくすくすと笑う。
「ふふふ・・・、私の仕事は彼の、身の回りの世話デス。執務、来客の応対、手紙の代筆など行なっていマス。フクには屋敷の掃除とか、お願いしたいと思いマス」
「・・・僕にできるかな」
「大丈夫デス。困ったことがあれば、私も手伝いますし、今後使用人を増やす予定なので・・・それに」
 キョウは言葉を区切る。なんだろうと、フクは彼の顔を見つめた。
「君にしかできない仕事があるんです」
 その言葉を聞いて、フクの心臓はどきりとした。キョウは多分そんなつもりではないと思うが、なにぶんまだ会ったばかりだ、用心に越したことはない。
(昔、座敷童が陰陽師に捕まったって聞くし・・・)
 以前、他の妖怪から「座敷童が陰陽師に捕まって、地主に献上された」という話を聞いた。自由に行き来する座敷童を家に縛りつけて富を永続的に得たかったのだろう。
 結局、その地主と座敷童はどうなったのかはわからない。
(でも、フクを捕まえても、富はあげれないんだよなぁ・・・)
 自分の『ざしきわらし』としての欠点で、術師も怒って、逃がしてくれるかもしれない。
「さあ、着きましたヨ」
 そうこう考えているうちに、いつの間にか住宅地らしき街道を抜けて、木々の生い茂る土地についた。
「お屋敷デス」と言ったキョウ。
「わあ・・・」
 フクの目の前にあったのは、鉄格子で囲まれた柵と、大量の葉をお生い茂らせているツタだ。あまりの茂みに鉄格子というより緑の壁になっている。その壁の向こうには、確かにお屋敷と呼ばれるものがあるが、それもまた草木に覆われて今にも雷と悲鳴が聞こえるような見た目になっている。フクは昔友達の家で見た、テレビの子供騙しのホーンテッドな映画を思い出した。あの時は子供騙しだと思っていたけれど、こうも外観が荒れていると、幽霊よりも、中にいる人たちの方が怖くなってくる。
「趣があるでショウ」
 キョウが怪しい笑みを浮かべているので、負けじとフクも口の端を釣り上げる。
「素敵だね、もしかしたら悪の組織の溜まり場かも」
「私も特撮映画とか好きデスヨ」
 そんなことをふざけて言い合いながらも、僕はキョウに抱えられたまま、門をくぐった。
 門をくぐった後、なんとなく背中の方を振り返る。
 ツタの茎部分が見えていて、表を見る大勢の人の背中姿を見ているようだ。
 表は陽の光を吸収するために葉が表に出てはいたが、反対に茎の部分が黒くなっているので色味が、全然違った。
 きっと冬になると、葉が枯れた部分が出てきて、もっと不気味になるんだろうと思うと、まだ働かないうちから苦労を感じてしまう。
 遠くなっていく門構えに、心の中で別れを告げ、再び正面を向くと今度はお屋敷が近くなってきていた。
 煉瓦造りのお屋敷は元はエンジ色や白色が混じっていたのだろうか、何か黒く変色していて全体に汚く見える。
 昔、東京駅でレンガ造りの建物を見たけれど、それとは違うもので作られている。だが元は綺麗に積み上げられた石、レンガであったとして、それが何で作られているのか、子供のフクが知るはずもない。
 フクは日本で生まれ、外の国の家などみたことがない。
 だが、これが異世界であってもこんなにつたが巻き付いて、おどろおどろしい外観は決して、手入れされた家ではないことは確かだ。
 趣があるとキョウは言っていたが、趣の埃っぽさを通り越して一度火事があって焦げたくらいの色になっているし、わずかに見える白地の部分から、苔が蒸している。
(完全にお化け屋敷だ)
 そうして思っていると屋敷の玄関に着いた。フク達を飲み込もうと待ちかねているのは、表面の木を漆で塗って重たそうに見える両開きの扉だ。
 キョウはなんの迷いもなく、扉を開けて中に入ると、屋敷の中は少し暗く、窓から火の光が差し込んでいた。光に照らされた埃がキラキラと舞っていた。
 フクは階段の踊り場に窓からの光に照らされているのを見て、劇場の舞台のようだと思った。
「まずは旦那様へ挨拶の前にお着替えしてきまショウカ」
 フクはコクリ、とうなづいた。
 フクの格好は、上がフードのあるオレンジのスウェット、下が膝丈のカーキ色の半ズボンだ。ところどころにさっきの雑木林の葉っぱや泥がついていて、小汚い。
 前の世界の格好としては子供らしいといえばらしいが・・・、あまりにも適当な格好で、本当に身一つできたのだと改めて実感した。
 流石のフクでもこれから奉公する館の主人に、挨拶するには失礼だとわかる。キョウの腕に抱かれたまま、屋敷の中を進んでいく。
「私の部屋で良いデスカネ・・・適当に準備しましょうカ」
 フクはそれを聞いて、また、こくん、とうなずく。
 外は夕方が近づいているらしく、赤めの日差しが廊下の窓から差しこんできていた。
 廊下はキョウの肩にフクが乗ったら、手が届きそうな高さだ。
 天井は2階の床の土台になっているようで、廊下の進行方向と垂直に太い木の梁が3本ある。
 また床はえんじ色と白の格子状の絨毯が敷き詰められていて、靴で絨毯の上を歩く、外国のような行動に、フクは心を震わせた。
(まるで外国みたいだ!異世界だけど!)
 廊下の壁には、部屋の扉の横に絵が飾られている。その絵は人の顔だったり、花の絵だったり、翼の生えた人の絵だったりしていた。
(天使の絵?にしては、かっこいい服を着ているなぁ)
 フクが通り過ぎた天使の絵を見て、違和感を思ったのはそれだ。
 絵の中の天使は白い衣をかっちり着こなして、さらに武具や武器を身につけていた気がする。
 自分が住んでいた場所では描かれた天使というのはだいたい裸か、薄い羽衣を纏っただけのものが多い。キリスト教の類の絵画でそういったものを頻繁に見ることがあるが、それでも服装に関して、自由すぎないだろうかと思う。
 ただ、それを言ってしまうと、日本の絵画も女性の胸を出したり、でっかいイチモツを曝け出した狸の置物が売られていたりするのを思い出し、この件については深く考えないようにした。
「つきました。ここが私の部屋です」
 キョウが連れてきてくれたのは、廊下の突き当たり、つまり屋敷の一番奥だった。
 扉の横には白い水に浮かぶ、黒い花が描かれた絵画が飾られている。ちょっと不思議な絵だ。
「ここが、キョウさんのお部屋?」
「ええ、と、言っても寝る以外は、ほとンド入れませんが・・・」
 あはは、と笑うキョウ。彼は部屋をお構いなしにドアノブを回して入る。だが、開けた扉の先は深淵だった。じゃない、真っ暗で何も見えなかった。
 ふわっとお香の匂いが部屋から漏れ出す。仏壇で嗅ぐような匂いとは少し違うが、すっきりするような甘い匂いだ。
 だけれども、フクにはそれとは別に、酸っぱいような、しょっぱいような匂いがする。ほんの少しだけ、唾液腺がピリ、と弛んだ。
「ああ、そうだった、雨戸閉めっぱなしダッタ」
 キョウは慣れた様子で、真っ暗な部屋の中に入っていく。
「フク、ほんの少しだけその場で待っててくださいネ」
 キョウが真っ暗な部屋に入ってしまって、彼が何をしているのか全く見えない。部屋を除き込んでも、フクには部屋のどこでキョウが窓を探しているのか見当もつかない。
「キョウさん、大丈夫?」
「ええ、大丈ブですよ」
 キョウは明るい声で返事をするが、いまだに雨戸が開けられる様子はない。
 もう少ししたら手伝ってあげようと扉の奥の真っ暗な部屋に視線を向ける。
 突然、霧の中に瞬間移動したときのことをフクは思い出した。あのとき思い出せるのは、キシ姐のお使いに出て、お釈迦さまのところに辿り着けたときだ。
 部屋を開けたら、お釈迦さまは鼻紙を片手に机に伏して、フクに気が付かない様子だったので、お使いで渡された本を彼のいる机とは違う机に置いたのだ。
 きっと、何か嫌なことがあったのだろう・・・ワクワクして買った漫画のラストが主人公だけが死ぬエンドだったとか。人気のゲームに自分が出ていると知って、やってみたら自分が美少女になっていたとか。
 いや、彼はそんなことでは落ち込まないな・・・むしろノリノリだと思う。だとすると多分前者か・・・。
 フクは保護者のキシ姐について考える。彼女はとても子供思いだ。実の子供でもないフクを、愛情深く世話をし、いつも抱きしめてくれた。
(きっと、今頃探してくれているだろうな・・・)

 フクがいなくなること自体は初めてではない。
 時折、何かの拍子に何も言わず、彼女の元を離れてしまうこともあるが、どのときでも彼女は血眼になってフクを探す。
 草の根どころか、森の木を全部引っこ抜いたり、上司を張り倒したり、占いの神様に頼ったりとやることが無茶苦茶なのだ。
 それほどまでに彼女の子供への愛は深いのだが、必ず彼女はフクに口を酸っぱくして伝える。
『いいね、フク? たとえどんな状況でも、知らない人に甘い言葉でついて行ってはいけないよ』
(キシ姐、きっと怒るだろうな・・・)
 不安のあまり、フクは見知らぬ、出会ったばかりのキョウについて行っている。たとえ、霧の話が本当だったとしても、フクにはそれを確かめる術がない。
『自分にいいことを言って誘う人は、その人にメリットがあるんだからね!』
『わかってるよ!』
『ほんとにね!気をつけるのよ!』
「今思うと、自分は何てちょろいんだろうか・・・」と、今の自分を責めた。
 もしかしたら、フクのこの状況は誰かが仕組んだことなのかもしれない。フクは自分のことを振り返る。
 フクは目的を持って行動することはほぼない。
 せいぜい、後ろから人を驚かせたり、寝ている人の布団と敷布団をひっくり返すような、子供じみたイタズラぐらいだ。
 もし、誰かの悪意で、フクをこんなところに連れていくとすれば、それはフクに脅威があると感じた人だろう。
 フクには毛頭そんな気は起きないが、相手はそうは思わない。そのことを、フクは重々自覚していた。
(そういえば、なぜキョウさんはフクを見つけることができたのだろう・・・)
 フクは霧の中にいて、疲れて寝ていた。周囲は何も見えず、真っ白な煙みたいな霧が、フクを取り囲んでいたので寝息とか聞こえるわけがない。そういやあの場所にはフク以外に、誰かの視線がフクを取り囲んでいた。
 あのときの視線は、てっきりあの黒い神様だけかと思ってたけど・・・
 キョウはあのとき、偶然フクが寝ているのを見つけたと言っていた。
 それは、本当だろうか?
『行きたい場所を思い浮かべることで、どんなに離れていてもその場所に数分で連れていってくれる』
 キョウのことばを思い出す。
 あの霧は言ってしまえば、(遠回りだけど)願望を叶えてくれる霧だ。だとすると、少なからずキョウはフクのようなモノを欲していたのではないだろうか?
「・・・」
 うすら寒さがフクの全身を包む。
 部屋はまだ窓が開かれておらず、キョウの姿も見えない。フクは一歩、一歩と部屋から遠ざかるように足を動かす。
 もし、キョウが、フクを欲しているのならば、なぜ、それを隠そうとしているのだろうか。フクは人の感情には人一倍敏感だ。子供だからというわけでない。
 彼には、フクには、親しい者か、古い神々でしか知り得ないような秘密がある。それはかつて天界の神々すら事件に巻き込んだ鬼である『伏喰童子』の力、『食指』の影響だ。
(そうだ、この部屋から漏れ出した匂い、絶対嗅いだことある!)
 それがなんなのか思い出そうと、目を瞑って頭の中を探そうとした。
「哇,好疼!」
「うひゃあっ!」
 突然、部屋の奥から悲鳴のようなものが聞こえた。
 キョウの声だ。
 それに驚いてたまらず、大きな声をあげてしまったフク。
「キョウさん!?大丈夫?!」
「疼...ええ!大丈夫!・・・じゃないですね!フク、こっち来て助けてもらってもいいですか?」
「う、うん!」
 フクは慌てて部屋の中に入る。痛そうなキョウの悲鳴に、先ほどまでの悪い考えは残っていたけれど・・・
(本当に困ってたら・・・)
 近くに困っている人がいれば、先に体が動いてしまう。お釈迦さまやキシ姐の教えはこんなところでも行き届いていた。
 慌てて入った部屋は暗い、だから目をゆっくり慣らしながら、キョウの元へと急ぐ。
ギィ・・・
 部屋に踏み入った途端、後ろの扉が動く音が聞こえる。フクが振り返った途端、扉は閉まってしまい、完全に部屋が暗闇に包まれる。
 部屋が密閉されると、外に流れて出てきていたお香の匂いが強くなる。
 同時に、この匂いが何を隠しているのか、途端にわかった。
 ・・・わかってしまった。
 部屋の壁に、それが、ぎっしりと並べられ飾られている。

 人 人 人 人 人・・・・

 物言わぬ人形が、壁一面に首吊り人形のように飾られている。いや、人形だったらどれほど良かっただろう。部屋から漂っていた香りは、死臭だ!
 人形から滲み出た『死』を、お香で消していたのだ!
「っ!ひっ!」
「もう遅い」
 低い、男の声が部屋に響く。
 途端に、足元が青白く光って、光の鎖がフクの足をがんじがらめに縛られる。
「何っ!?」
 踏み込んだ足に力を入れれば入れるほど、鎖が余計にギチギチと、きつく、きつく、首を折る蛇のように巻きつく。
「いっ!」
 バチバチバチと、電気が走るように幾つもの鎖がフクの脹脛から、太もも、腰と絡まった。そして、とうとう右腕に絡みつき、フクの小さな体が地面に引っ張られる。我慢できずに膝をついてしまう。
(・・・しまった、これは捕縛陣だ!)
 フクが踏んでしまったのは、人が妖怪を捕まえるための陣『捕縛陣』。陣の中に入った妖魔を封じることができると、言われているものだが、実際に体験したのはフクは初めてだ。
 「ごめんなさい、フク。君に落ち度は何もない。タダ・・・」
 キョウが右手を地面についているフクの前に立つ。先ほどのたどたどしい日本語とは違い、流暢に発音している。初めから、演技だったのだ・・・。
 フクは左手で全身のバランスをとりながら、目の前の男を見上げた。
「キョウさん・・・なんで」
 彼の顔は先ほどの人の良さそうな笑顔とは違って、表情が抜け落ちている。フクを見る瞳が赤く光った。
「『座敷童』・・・君の力がどうしても必要なんです」

 『座敷童(ざしきわらし)』、日本の岩手県を中心に存在する妖怪。見た目は人間の子供だが、住み着いた家に富を招き寄せる力がある。その正体は、口減しに殺された人間の子供か、河童であるとされる。
 『福敷童子』は一千年前から、『ざしきわらし』として日本中を闊歩している。だが、彼自身には幸運や富と財力を増やすような力はない。
 故に、周囲の座敷童や妖怪にはかなり疎まれていた。
 千年前、フクは「鬼を倒した」と、周りからもてはやされた。
 フク自身は力がないことを自覚していたのだが、周囲と神々には、「この世の邪気を喰らい、力にするという『伏喰童子(ふくじきどうじ)』を、座敷童の清浄なる力で倒した」と噂された。
 だがフクに向けてくるありすぎる信頼と、好奇心は長くは続かず、いつしか誰も彼を見なくなった。
 彼が宿る家と人にはなんの幸運も富も入って来なかったからだ。周囲の者は、彼に興味をなくし、ただゴミ喰らいの鬼を倒しただけの子供の妖怪として見ることとなる。
 真実を知るのは、彼の保護者のキシと、フクをざしきわらしとして見出したお釈迦さまだけだったが、『ざしきわらし』としてのフクにとっては、人に幸運を届けることができない、それが実のところ、大きな悩みだった。

 自身が『ざしきわらし』であることに、正体を暴かれている。フクはもう一度キョウに尋ねた。
「・・・なんで」
「初めから、君が人ではないことはわかっていました」
 キョウは、フクを見下して、淡々と言った。
「あの霧は、人間を出してくることは、これまでにありませんでした。君が霧にいた理由はわかりませんが、私と君が出会えたのは、私が君のような存在を欲したからです」
 キョウは一度言葉を区切り、はっきりと言った。
「つまり、私のせいです」
 キョウが説明するのだが、フクには理解が追いつかない。
というか、それどころじゃない!
(なんなの?!この鎖!)
 足元を捕縛している陣は、フクが昔出会った陰陽師や退魔師が、使っているものと全く形が違っている。もしかしたら中国だと、正体と名前だけでここまで縛ることができるのかもしれない、とフクは嫌な予想を立てる。
 捕縛陣は陣だけでは、ここまでの強制力はない。弱い子供の霊ならば別だが、フクのように仮にも千年以上存在する妖怪だ。せいぜい、その場から離れにくくするだけだ。
 だが足元の陣は、フクを『座敷童』であることと、『フク』という名前だけでここまで縛り付けている。
(一千年の間に技術が進歩したのか!)
「ごめんなさい、フク。君は家に住み着く、と言っても、本来はもっと自由な子供です」
 キョウの言葉は、ほんの少しだけ、フクは彼が悲しそう、申し訳なさそうに眉を顰めているのがわかった。彼の右手には黄色地で赤字の札を持っている!
(貼られたら動けなくなるやつ!!)
 フクは陰陽師など、術について全く詳しくない。
 だが、これまでに遊んできた子供たちの漫画から、力を封じたり、意識をなくしたりする類の札であることは、考えなくてもわかる。
「君には、私の人形になってもらいます」
 フクの額に、札をゆっくり近づける。
「だめ!やめて!」
 フクが顔を恐怖に歪ませながら、キョウに懇願する。だが、離れようにも足と体は、術の鎖がフクの足に食い込んで離れない。チキチキチキ・・・と鎖が音を立ててフクの足を縛り上げる。
 ゆっくりと額に近づく札を、フクは残されていた左手で、キョウの右手を払おうとした。
 そんな抵抗もキョウにとっては、赤子の手を捻るように、簡単に左手で押さえて彼の額に札を張ってしまった。
「ひっ!」
 額から黄色の髪がひら、と垂れた。
バチン!
「え?」
 大きな音が部屋中に響いた。貼り付けた札は粉々に砕け、霧散する。
 同時にフクは額からの衝撃に耐えきれず、捕縛の鎖も縫いとどめられないほど、部屋の壁に飛ばされてしまった。
「わっ!」
 普通の壁ならば、石壁に叩きつけられてしまうだろうが、幸い、死体の壁がクッションになって、思いっきりぶつかったがそこまで痛くはなかった。

 キョウは何が起こったのか、全く理解できなかった。
 理解できたことといえば、『従僕の札』を貼ったら、フクに耐えきれず弾けてしまったことだ。
 これは自分とフクの実力差が武不相応であることを示している。
 札に起こる影響は術師の力量に影響されることはある。
 キョウはこれまでに妖魔を従僕させたことは、何回かあった。池に住むオオナマズの妖怪や、人喰い鬼など、それなりの妖魔に貼ると、濡れたり、火花が散ったりすることがある。
 だが、これまでに子供の妖怪ごときに、札が破れたり、消滅することはなかった。
 ・・・つまり、フクは自分よりもずっと強力な妖なのだ。 
 青白く光っていた陣が段々と黒い電光を走らせながら、硬く握られた泥団子が水に溶けるようにボロボロとぐずれていく。
 フクはゆっくりと顔を上げる。その顔は、今も不安げで、キョウを警戒している。
「何をした?」
 フクを睨みつけるその目に、フクはビクッと体を縮こませる。
 はじめに手を出したのはキョウだ、恨む筋合いはない。
 だが、座敷童というのは戦闘力はほとんどない。
 なら、どうして・・・どうして自分の術が効かなかったのか・・・。
「・・・ええっと」
 フクは何も言えなかった。ただ困ったようにこちらを見ている。
 キョウは、札の無くなった右手でパチンと指を鳴らすと、周囲からワラワラと人が動き始める。それらが一斉にフクを囲った。
 自ら動く人型のそれは全て人間の死体だ。
 キョウが自ら腐食処理をして、丁寧に術をかけた動く死体。
 中国ではそれをこう呼ぶ。『キョンシー』と。
 鎖から解放されてすぐに、動く死体に取り囲まれたフクは、ゴクリ、と唾を飲む。
 周囲のキョンシーたちは10人、両手を前に出し、ゆらゆらと頭が揺れ、体のバランスをとっている。
 一体、一体、全員がフクを焦点の合わない瞳で見ている。
「・・・もうやめて」
 フクは周囲のキョンシーよりも、キョウをじっ、と見つめている。
 その顔は、怒りでも、恐怖でも悲しみでもない。かといって自分の運命に諦めて笑っているわけでもない。
 キョウはフクを見て、ほおを引き攣らせてしまう。
「・・・なんですか?その顔」
 キョウは陣の僅かな光で薄暗い部屋の中で見えた。目の前の幼子は、口を左右に広く開き、留めなく湧き水のように涎が溢れさせ、その眼は・・・『食欲』に満ちていた。
 キョウを獲物だと認識し、すぐに首元に飛びかからんとする獣・・・いや、もうあれは化け物だ。
 今までこの職業でこういったものは、見たことはあったが、こんな、悍ましい化け物ははじめてだ。
 フクは口側から垂れているよだれを気にするでもなく、キョウにもう一度、静かに強く警告した。
「もうやめて、キョウさん!」
「・・・」
 キョウは首を横に振り、その提案を拒否した。たとえ目の前の幼子が自分よりも強い化け物相手でも、キョウには譲れない理由があった。
「いいえ、私には・・・救わなければならない人がいる!」
 その号令と共に、フクの周りにいたキョンシーたちが一斉に襲いかかった。

 生前、一番足の早かった召使の青年がフクの足を捉え、一番力の強い庭師がフクの上半身を抑える。そして残ったキョンシー7人でフクを、戦闘不能になるまで攻撃する。2、3人は使用不可になるかもしれない。それでも、目の前の彼の動きを止める、それだけの力はある。
 狙い通り、キョンシーの一人がフクの足に倒れるようにしがみつく。彼はフクの太ももに肉が食い込むほど、つかみ、これでもかと言わんばかりに、脇腹に噛み付いている。
 庭師もすぐに、フクの小さな体を押しつぶす勢いで両肩を掴む・・・・はずだった。
 ぶわり、背筋に凍るような悪寒が走った。それは目の前の少年から発せられたものと、気づくのに時間は掛からなかった。
 ゆ ら
「は」
 一瞬、フクの姿が揺らいだかと思うと、キョウのそばでコチラを見上げているではないか!
 今、何が起こった?何が起きている?目の前になぜ、小さな少年が立っている?
 彼はあの拘束と包囲網からどうにか抜け出せるわけがない。
 だが、キョウの目の前に立っているのは紛れもない事実だ。
 少年はキョウに、戯れ合うように、友達の背中を押すように、呼びかけるときみたいに、トンと、キョウの左側の腹を押した。
 3トントラックに轢かれたかのような、衝撃を受けた。
 なす術もなく壁まで飛ばされてしまった。背ボネが軋み、壁にぶつかった衝撃で意識が一瞬で途切れた。
「ぐっっふぅう!!」
 ブツン、と太い糸が切れるように、フクを襲うように命令したキョンシーたちへ繋いでいた霊力が途切れたのを感じる。だが、彼らが倒れる姿を見ることは、なかった。
 キョウの人形は、ほとんどが膝から上がなくなっていたのだ。
 今まで繋がっていたのは、わずかに残った体か、それとも・・・
 霞む視界の中で、キョウは近づいてくる少年を睨みつけた。フクがキョンシーたちに何をして、破壊したのかわからない。
 今、彼がどんな顔をしているのか、なぜだんだん影が大きくなるのかも、捕えるために部屋を暗くしたのは間違いだった。
バキ、パキっ、クチャ、ぷち・・・
ポリン、ポリ、ポリ、ぼり、ぼ、り、ボリボリボリ・・・!!
 何かが折れる音や、湿った音が聞こえる。おそらく、血も吹き出しているのではないだろうか・・・
 フクの本当の力が、一体全体どういう仕組みなのかもわからない。だが、どう考えてもただの座敷童ではないのは確かだった。
 どうにかして傷んだ体に鞭を打ち、上体を起こす。左側の内臓はおそらくどこか傷ついているし、背中から腰にかけてはどこか、ヒビが入ったかもしれない。満身創痍というやつだ。
「・・・負けました」
 ははは、と乾いた声を漏らす。それでもフクの足は止まらない。ゆっくりキョウに向かって伸ばされる右手に、キョウはあのキョンシーたちと同じような消滅を覚悟した。
 これはもう、覚悟決めるしかない。
 すっ、と痛みに備えて息を止めた。
 キョウの作ったキョンシーは、一体、一体を丁寧に常温でも腐らない処理や硬直を防ぐ薬品を血管や筋肉に注射している。キョウの手がけた人形たちは、同じ術を習得しているの導師からも操作性が良く、美しいと評判の導師だった。
(いつだって私の作る『人形』の完成度は高かった)
 だがキョウの導師としての実力は、キョンシーを作り、死体操作の技術よりも、それらをすべてをまとめる管轄力だった。
 彼はその一体一体の状態、骨格、特性を全て把握しているために、ほとんどキョウの体の一部として操作できる。
 だからこそ、こんな見知らぬ世界で、お粗末な薬や道具で制作しても、目の前の『座敷童』に遅れをとる心配はなかった。
(これはもう、無理そうですね・・・)
 自分は体がいうことを聞かない、そんな獲物を目の前の化け物が捕えられないわけがない。
 「自身の力を過信しすぎるな」そんな言葉が頭の隅をよぎった。
 がたっ
「わ」
 あとわずか1mも満たないところで、ごっ、と、足元で場違いな音が聞こえる。
 「あっ」と、幼い子どもの声が聞こえたかと思うと、フクが、キョウに向かって倒れてきた。
 フクもバランスを取ろうとしているが、どう頑張っても、地面と顔面がお友達になるのは免れない。
 咄嗟のことで、ボロボロのキョウも体を動かせない。
 フクは前に出していた右手を地面に出すが、それも前に滑ってグシャ、と鼻から地面にぶつかった。
 ゴン、と鈍い音と、固いものがぶつかったような音が、キョウの耳に届いた。
「・・・・・・・・・」
 倒れたであろうフクに、困ったようにキョウが先に「・・・・えぇっと」と呟く。
 フクはおそらくキョウの足の間で倒れている。今なら反撃のチャンスだとは思うのだが、全身がまだ思うように動かない。
「ふぐ、」
フクの顔から、空気を吹き出す音が聞こえた。
「ひっ、ひっ、ひっ・・・」
 ビクビクと小刻みにフクの体が揺れた。
(全く、勘弁してくれ、これだから子供は苦手なんだ!)
 本日何回目か、全身を震わせるような痙攣の音が、キョウの頭を木槌で叩くような鈍痛が響いた。
「あ~、よしよしよし・・・私が悪かったから泣かないで!」
「うわああああ!」
 部屋の中に子供の泣きじゃくる声が充満した。

 泣きじゃくっていた子供が落ち着きを取り戻してから、キョウは蝋燭を灯し、部屋の中を明るくしたことによって、今の状況がある程度わかるようになった。
 部屋の中に保管してあったキョンシーは、ほとんどが破壊されており、残された『部品』は至る所に散らかっている。その破壊され方は、おそらく・・・上から顎で挟み、食われたのだろう・・・
 下にあった、フクを捉えるための陣は、黒い泥のようなものでかき消されており、そのほとんどが溶けて使い物にならなくなっている。
 改めて目の前にいる少年を観察する。
 一見、普通の日本人の子供だ。今も、ひぐっ、ひぐっ、と目を腫らして、たくさんの涙をこぼしている。
 だが、先ほどまで感じられた、悪寒は間違いなく彼から発せられたものだ。それが跡形もなく、感じられない。
 だが、少年が異様な存在でも、とてもじゃないが、大人二人がかりの拘束を解き、七人のキョンシーを破壊したとは思えない。さらに彼は、キョウ自身を簡単に2m離れた壁まで、押し飛ばした。
「・・・君は」
 直前になって、キョウは聞くのを我慢した。
 もともと、自分が招いたモノだ、それを騙して人形にしようとした挙句、バケモノ扱いするのはどうも違う。目の前にいるのが、醜悪な見た目の化け物なら言ったかもしれないが、7、8才くらいの見た目をした小さな子供だ。
 まずは・・・
「フク、美味しいジュースでも飲みませんか? !たくさん泣いて疲れたでしょう」
 食べ物で釣った。
 そもそも、泣かせたのはキョウなのだが、そんなことは考えないようにして提案する。
「花の香りのするジュースをいただいたんです!他にも昨日焼いたクッキーもあります!お詫びの印で、さっきの屋台の飴以外にも美味しいものはたくさんこの世界にあって、その案内やご馳走だってします!」
「・・・」
「あ、もしかして、おもちゃとかの方がいいですか?」
「・・・」
「他にも・・・」
 考える限りの詫びの提案をする。
 フクは困ったようにキョウを見ているが、関係ない。ひたすら提案する。
 もし、フクの正体がざしきわらしじゃないにしても、これまでに彼は、キョウの話を他の妖魔と比べて聞いてくれていた。もし、彼が、自分を傷つけた恨みがあるならば、もうすでにキョウは死んでいる。
(とにかく、この体を破壊されなければなんでもいい!)
 つまりは全力の命乞いだ。
「あとは・・・」
「・・・」
 思いつく提案を述べて、なんの反応もないフクに、いいよどむキョウ。
 今できる最大の覚悟を決める。
 「・・・日本の妖怪は、その正体と名前を把握できれば、その魂を握ることができると聞きます」
 息を静かに、深く、吸い込む。
「私の名前は『秋風(チュウフェン)』。中国の湖南省出身、死体の人形、キョンシーを操る導師でした」
 目の前の少年はいつの間にか泣き止み、真っ直ぐにキョウを見つめている。意味がわかっているのか、それともわかっていないのか、フクは薄く口を開けて、キョウの言葉を待っている。
「先ほどの非礼をお詫びします。どうか、御命だけはお助けください」
「・・・・・・・・・」
 15秒の沈黙。
 その間にキョウは内心、冷や汗でいっぱいだった。
 ・・・こんなので許すなぞ、虫が良すぎる!
 自分だったら、全ての財産を奪い取り、家族にも見捨てられるように策を打って、奴隷商にでも売り飛ばしてやる!
 キョウは過去に国のお抱えの術師として働いていた過去がある。もちろんそのほとんどが戦争のための道具としてしかないが、それなりの地位を築き、軍だって動かせた。
 気に入らないものは殺して人形にしたし、研究に勤しみすぎてしなかったが、望めば美女と寝ることだってできた。
 決して清廉潔白な人物なわけがない。だからこそ他人からたくさん恨まれもしたし、軍を抜けた後も、人と関わり合いなく山奥でひっそりと過ごしていた。
『いつかお前を地に引き摺り下ろして、惨めな姿で命乞いをさせてやる!』
 そう言ったのは敵の武将だったか、それとも自国の重鎮だっただろうか・・・
(おめでとう、今その願い、叶ったよ)
 だが、仮に自分が殺されるにしても、その前にどうしてもしなければならないことがあった。
「・・・もっと」
 目の前の子供は、腫れた目を擦りながら、「もっと」と、か細く言った。
「もっと、優しいことばでゆって」
「えっ・・・と」
 これにはキョウも戸惑った。
『やさしいことば』・・・とは?
 キョウは日本語の難しさを改めて感じた。だが、やるしかない!
 フクと出会った時のように笑顔を貼り付けて、声色を高めに言った。
「んん・・・、なかなおりして一緒におやつ、食べてよ⭐︎」
 昔見た美少女アニメのセリフを一部改変した。
 フクはどうやら今まで混乱していたのか、よく話がわからなかったらしい。顔を思いっきり顰めた。
「・・・うわあ」
「うるさいですヨ」
 不服そうなフクの柔らかいほっぺをむに、と摘んだ。
 
「・・・いいよ」
 返答は簡単なものだった。拗ねたように口を尖らせるフク。
 キョウは意外だと言わんばかりに、目と口を丸くした。
「良いのですか?私がいうのもなんですが、軽すぎまセン?」
「・・・『ヤッ』、って言っていい?」
「フク様、ありがとうございマス!」
 すぐさまに頭を地面に付している大人に、フクは少し引く。
(正直、僕より大人の人にこんなことされたくない)
 フクは一千年以上存在しているが、実のところ内面はほとんど変わっていない。
 だから見た目だけで、彼は人を判断しやすい。自分より成長した姿であれば、それはもうお兄さんで、大人なのだ。
 だからこそ、フクにとっては彼の存在は必要だったのだ。
「あなたが必要だから・・・この世界のこととか」
「ああ、それでしたら、いくらでも・・・私のことが済めば、私の知る限りのことをお伝えしマス」
 キョウは地に付していた頭を上げて、フクと正面に向かい合った。
 フクもまた、怪訝そうにキョウの方を向き、首を傾げた。
「さっきから思ってたけど、キョウさんの『やらなきゃいけないこと』ってなぁに?」
「・・・」
 キョウが先ほどから口走っている言葉には「(フクの)力が必要」や「救わなければならない」と言っていた。
 目的が、ただ「救いたい」ではなく、「異世界を征略したい」とか、「この国の頂点になりたい」とかだったら、フクの『食指』も動いただろう。
 キョウが命をかけてまでしたいこととは一体なんなのか。
 そこまでボロボロになってまで解決したい問題とは・・・
 利己的な考えを持ちそうなキョウが、それほどまでに救いたい人をフクは興味を持った。
「どうか、お手伝い、いただけませんか?ジキル様を」
そのときだった。
どた、どた、どた、どたっ!
この部屋にわざと大きな音を鳴らして、やってくる足音が1人。フクは振り返り、それがくる前に、キョウの後ろに隠れた。
 キョウも緊張しているのか、フクを隠して、扉との間に立つ。
 やがて、足跡が部屋の前にとまり、力いっぱい、叩きつけるように扉が開いた。
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