苦労人気質の東宮大夫は今日も皇太子さまに振り回される

オーガスト

文字の大きさ
1 / 1

本編

しおりを挟む
 次代の天皇たる皇太子とその家族を支える宮内庁東宮職。その長である東宮職大夫を務める野中のなか弘信ひろのぶは東宮御所の事務室部分にあるトイレに籠っていた。

 しばらくして出て来た彼の頬はややこけており、目にはクマが出来ており明らかに体調に優れていないことが伺える。

 (ああ...元々行動がアレな方ではあったが...とうとうここまで来てしまったか...)

 そう思いながら、野中は自身のストレスの原因となった出来事を振り返っていた。それは彼が長年に渡って支えてきた皇太子慈仁しげひと親王しんのう(25)から告げられた事であった。

 ◇◇◇

 「野中大夫、実は折り入って相談があるんだ。」

 「はあ、皇太子殿下。改めましてどうなさいましたか?」

 「実は結婚を考えている女性がいるんだがどうも両親が難色を示していてね...大夫にも説得に協力して欲しいと思っていたんだ。」

 「その様な女性がいたとは...殿下、その様な重大事は前もって私共にご相談されればよろしいでしょうに...」

 「すまないね...自分が生涯を共にしたい女性だから、できれば自分で選びたかったんだ」

 「それは構いませんが...しかし、両陛下が難色を示されるとは心穏やかではありませんな...御二方はいかなる場合においても殿下の御意向を尊重あそばされておられたというのに...」

 「それでね、相手の女性についてはもう来てもらっているんだ。今は応接間にいる。」

 「なるほど、一度お伺いしても?」

 「そのつもりで呼んだんだよ。」

 そう言って慈仁は野中を応接間に案内する。そこには1人の女性が座っていた。

 肌は雪のように白く、肩まで伸びた艶やかな黒髪を持ちぱっちりとした二重瞼にやや高い鼻、M字リップの可愛らしい唇。

 大勢の男性が惚れそうな絶世の美女がそこにはいた。

 「随分とお美しい御方ですな...お名前は?」

 「キム・ソヨンさんだ。」

 「...は?」

 野中は一瞬自分の耳を疑った。何故なら今慈仁の口から出た名前は明らかに日本人の名前ではなかったからだ。

 「だから、キム・ソヨンさんだって」

 「いや分かりますよ?まさか殿下...殿下の結婚したい相手と言うのは...」

 「ああ、そのまさかだよ。」

 すると、ソヨンと紹介された女性が口を開く。

 「初めまして...ソヨンです」

 少したどたどしいが日本語で挨拶をするソヨン。

 「初めまして。東宮職大夫の野中弘信と言います。以後お見知りおきを」

 「あ、あの...どうしても私達の結婚を認めて頂けませんか?」

 ソヨンはそう野中に訴えかける。

 「それについては色々と議論の余地がありますのでこの場で申し上げる事はできません。」

 「そうですか...」

 そう言って泣きそうな表情を浮かべるソヨン。

 「大丈夫だよ。一緒に説得する方法を考えよう」

 「うん...」

 そう励まし合う2人に野中は声を掛ける。

 「えーと...2人の出会いのきっかけについて教えてもらえますかな?」

 すかさず慈仁が応える。

 「ああ...あれは今から1年前、アメリカの大学にまだ留学していた頃の事だよ」

 そう言って彼はソヨンとの馴れ初めを話し始めた。

 ◇◇◇

 アメリカ合衆国某州・とある大学のキャンパス

 慈仁は護衛を振り切って現地のハンバーガーショップを訪問しTHE・アメリカンな巨大なハンバーガーを食べてご満悦であった。

 その後の授業に向けてキャンパスを歩いていると、広場の一角に『従軍慰安婦像』と『徴用工像』が設置されており、その近くに数十人の人だかりができていた。

 気になって彼が近付くとそこでは1人の女性がマイクを手に必死に訴えかけていた。

 『日本政府は今もなお加害の事実と向き合う事なく、慰安婦のおばあさんの尊厳を踏みにじっています!彼らの中にはおばあさんに対し『自分の意思で売春を選んだ』等と残酷な事を吐き捨てる人さえいます!このような事が許されて良いのでしょうか!?』

 この時慈仁が見かけたのがソヨンだった。彼女はアメリカの大学にて所謂『反日学生運動』を行う『日帝犯罪追求学生委員会』なる団体の幹部を務めている。

 韓国人の留学生を中心に構成される同団体は慈仁の大学でも最近学生団体として結成され昨日像が設置され、今日は演説が行われていた。

 慈仁の留学開始時点では同委員会は存在していなかったし、結成が早ければそもそも留学自体別の大学か国に変更となっていただろう。

 慰安婦像の前からすぐ隣の徴用工像の前に行くと今度は徴用工についてソヨンは熱弁を振るう。

 『かつて、悪しき日帝は私たちの国を植民地とし労働力として過酷な労働に従事させました。そうした企業は今もなお彼らに謝罪する事も、反省する事もありません!こんなことで良いのでしょうか!』

 そして鉄板のフレーズが放たれる。

 『今このキャンパスより!日本政府に対し従軍慰安婦や徴用工だった方々に対する謝罪と賠償を求めようではありませんか!』

 そうソヨンが声を張り上げると会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。

 慈仁は遠目にそれを眺めていた。主張自体については「最終的かつ不可逆的に解決してるんじゃないの?」としか思っていないが、彼女の美しさに彼は見惚れていた。

 彼は会場に近付くと勝手に壇上に上がりソヨンの前で跪いていた。

 「どうか私と結婚を前提にお付き合いをお願いしたい!」

 いきなりの展開に( ゚д゚)ポカーンとした表情を浮かべるソヨン。その直後、彼女の顔は一瞬で真っ赤になった。

 「いきなり何言うのよこの変態!」

 真っ赤な表情でいきなりビンタをかますソヨン。そして彼女は彼の顔を見るなりその正体に気付いた。

 「あなた日本の皇太子でしょ!?まさか自分の先祖の罪を忘れて私にセクハラしたんじゃないでしょうね!?」

 「先祖の罪は知らんが君の美しさを知った。どうか我が手を取っていただきたい。君に惚れたんだ」

 「知らないって何!?日帝のボスの子孫のくせに無神経すぎない!?」

 「日帝は滅んだ!だが私の胸には君に対する燃え上がる恋心が誕生した!どうかこの手を取ってくれ!」

 「やかましいわこの変態!」

 その直後だった。血相を変えた護衛が壇上に上がってきた。

 「何やってるんですか殿下~!!寄りにもよってこんな集会に護衛なしで来るなんて!何かあったらどうするんですか!?」

 そう言って両肩を掴みぶんぶんと振る護衛。

 「落ち着け。私の心は今、かつてない高鳴りと共に熱い炎が灯ったんだ。」

 「こんなとこにいたら最悪リアルで燃やされますよ!さあ、離れますよ!」

 「ああ。ちょっと待ってくれ!」

 そう言って慈仁はソヨンにある紙を渡す。

 「僕の連絡先だ!君への想いは本物だから!連絡をくれ!」

 「だからもう行きますよ!」

 日本人よりも体格に恵まれている護衛はやや痩身の慈仁をヒョイッと片手で持ち上げると速やかにその場を後にした。

 その場には連絡先が書かれた紙を手に呆然とするソヨンと集会に参加していた委員会の面々が残されていた。

 ◇◇◇

 「...って言うのが最初の出会いだったんだ」

 「それで授業も一緒だったことが分かって段々一緒にいる内に結婚したいなってなって...」

 「で、両親に紹介したら反対されて今に至るというわけだ」

 そう2人に告げられた野中は叫んだ。

 「そんなの結婚が認められる訳ないだろうがこの馬鹿タレがぁ!!」

 普段の礼儀正しさはどこへやら。そう絶叫する野中。

 無理もない。ただでさえ外国人、それも何かと気まずい関係になっている韓国人との結婚自体皇族として認められるわけがない。

 ましてや日本政府が解決済みと判断している諸問題で日本に対し敵対的な言動を取る人物など猶更である。

 野中は幼少期から慈仁の突飛な行動に振り回されていたがこれは別次元過ぎる。

 「しかし人は過ちを繰り返すものだろう?改善しようとしているのなら良いではないか」

 「まあ間違っているとは思ってないけどね今でも」

 「あ、そうなの?まあ別にそれはいいや。」

 「後独島ドクトも韓国だから」

 「まあそれも今は置いておこうよ」

 「本当に結婚する気があるのか?」と言いたくなるようなソヨンの言葉に、本心では結婚したくないからわざと話が拗れる様な事を言っているのでは?と思いつつ野中は声を張り上げる。

 「帰れぇ!今のところはもう帰れぇ!」

 そう言って野中はソヨンを東宮御所から帰宅させる。

 「大夫、それで彼女とのけっk「認められる訳ねーだろがボケ!ド突き回すぞゴラァッ!」...え~」

 珍しくキレ散らかしている野中に慈仁はドン引きしながら答えた。

 そしてあまりの衝撃の強さに胃痛に悩まされ一晩中満足に寝られなかった結果冒頭に至るのである。

 ◇◇◇

 その後、何度か話し合いの席を設けたが当然認められる訳がなく結局2人は破局となった。

 腹いせにソヨンは彼の連絡先と交際中のメッセージのやり取りを英国のダブロイド誌にリークした。

 その結果、慈仁は機種変更を余儀なくされた挙句日本中からもバッシングされ「こんな奴廃太子しろ」という署名まで行われた。

 この署名は彼の従弟に当たる貞仁さだひと親王しんのうの東大進学反対署名約1万2千人の50倍に当たる約60万人の署名が集まった。

 しかし、それでも既に宣明が為された慈仁の立太子は覆されることはなかった。

 その後、慈仁は宮内庁がセッティングしたお見合いで旧宮家の御令嬢と結婚。2男2女の子供達の父親として、皇太子として育児や公務に奔走する日々を送る事となる。

 家庭を持った事で幼少期から野中を悩ませてきた問題児な部分は徐々に鳴りを潜めるようになった。

今では「若気の至り」「誠に恥ずかしい限りである」と幼少~青年期にかけての自身の振る舞いやソヨンとの騒動を振り返られる程度には落ち着いた。

 しかし、彼の問題児気質は子供達に遺憾なく受け継がれており、野中の苦労人生活はまだまだ当面は続きそうである。

 ~完~

あとがき

余談ですが日帝犯罪追及学生委員会は内部分裂やら「大学に直接関係ない問題を持ち込むんじゃねえ」という大学当局の意向やらで程なく解散となりました

ソヨンは慈仁との破局後、韓国に帰国し熱心なフェミニストとして活動。ジェンダー平等を推進する韓国のある行政機関で幹部候補職員として活躍。韓国国内の男女対立を深刻化させ少子化を促進する結果となるが本人は「女性達の自立を実現した」と得意げになっているそうです。
 尚、本人は韓国の最難関大学を卒業し、財閥系企業で出世コースに乗った男性と結婚し2女を儲けております。(パートナー男性の家庭内での地位はお察し下さい)

最後に、この物語はフィクションです。筆者は韓国及びフェミニズム、皇室に対し侮辱したり揶揄する意図は一切ございません。ご了承下さい。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

田吾作
2025.11.06 田吾作
ネタバレ含む
2025.11.07 オーガスト

田吾作さま、感想ありがとうございます😊

野中大夫はじめ歴代の東宮大夫を務めた方々の回想録は概ね加工されず、今回の騒動の様な洒落にならなそうな場合は黒塗りにして公表されたものと設定します

ソヨンは今回の結婚騒動で裏切り者として批判されましたが、ラディカルかなフェミニストとして頭角を表し韓国国内の男女対立を激化させた結果そっち方面で裏切り者認定されております(韓国の未婚と少子化を進める一方、自分はハイスペ男性と結婚して子を儲けたことでも裏切り者認定されています)

また、SNSの皇室ウォッチャーは...それはそれはとんでもない地獄絵図を展開しておりました(笑)

侍従長の選定については落ち着いていたとはいえメチャクチャ嫌がる人が続出したので見兼ねた生前退位して間もない先帝が必死頼み込んでようやく決定されました

子供達の問題行動については妃が代わりに叱りつけております。当初は叱ろうとしていましたが妃から「説得力がない」とバッサリ切り捨てられションボリしたとか(笑)

楽しんでいただけて何よりです!

解除

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
恋愛
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。