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瑞樹の話
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※紅葉視点
瑞樹くんが帰った後、会話を止めて少し沈黙した後私から言った。
「ねぇ皆、瑞樹くんの事どう思う?」
「…どうって?」
「俺は絶対に認めないからな!」
私はこんな格好を好んでいるが、別に女の子になりたいとかは思っていない…貴族の次男だって事はよく分かっている。
だけどお兄様は私がずっとこんな格好をしているから、たまに妹のような扱いを受けている。
だから男の友達にはかなり厳しい、私も男なんだけど…
普段は神崎家の次男なんだから女の格好を止めろとか言うくせに、弟がほしいのか妹がほしいのか分からない。
本当にお兄様は頭が硬いんだから…
過保護すぎるお兄様はほっといて、まともに会話が出来る紫音くんを見た。
「私的には瑞樹くんって優しくてカッコ良くて、理想の王子様だと思うの!」
「…あれ、それ去年は架院様じゃなかったっけ?」
「うぐっ……架院の話は良いじゃない」
苦い過去を思い出させるような紫音くんの発言に話題を戻そうと必死になる。
確かに私の初恋は架院で去年までは架院が一番理想の王子様だと思ってたけど……好みは突然変わるしね。
それに架院とは従兄弟だし、あれはただの憧れだって気付いたからもう終わった話。
瑞樹くんは容姿は架院に劣るが、あのニコニコ顔で信じてもらえないだろうけど身内にも優しくない架院と違い、瑞樹くんは初対面の私を庇ってくれるほど優しい。
お兄様は架院にも嫉妬してるが、さすがに相手が架院だから睨むだけで何も言わない。
でも瑞樹くんには遠慮なく敵意を向けている、私は二人共大好きだから仲良くしてほしいのに…
「…良いんじゃない?僕は彼の音は嫌いじゃない」
「私もそう!なんか優しい音色よね、上総とは大違い」
「……」
つい口が滑ってしまい皆無言になった。
上総は元メンバーでギターをやっていて、今現在姫の取り巻きになってしまった架院の弟。
架院に劣るが上総もかなりの美形なのに、残念過ぎる。
私としてはもっと瑞樹くんといたいから、このままでもいいんだけどね。
でも、やっぱりずっと一緒に喜怒哀楽を分かち合っていた相手がいないのは寂しい。
少なくとも紫音くんは瑞樹くんを気に入ってくれて嬉しかった。
なんか瑞樹くんがいるとぽかぽかした気分になる。
架院にも感じた事がないこれはなんだろう。
そろそろ私達も帰ろうかと立ち上がったら、タイミングよく音楽室の扉は開かれた。
「随分盛り上がってるね」
「架院、用事終わったの?」
いつもは練習場の中には来ない架院が珍しく顔を出していた。
そのせいでお兄様が直立したまま固まっちゃった。
お兄様は昔から架院が苦手だったからね。
紫音くんは架院に興味がないから自分の楽器のドラムの手入れをしていた。
架院はキョロキョロ周りを見渡していた。
あれ?私達に用事じゃなかったの?
「架院、今日はどうしたの?」
「…ん?いや…用事がなきゃ来ちゃいけないの?」
そんな事はないが架院の態度から分かるがそれは嘘だろう….だって用事がなきゃ架院は来ない。
私にあんなにライブをしてと言っていたが本当は興味がない事を知っている、ただローズ祭の余興にぴったりだと適当に選んだのだろう。
だから歌を聞きに来たというのは絶対にない、長い付き合いだから断言出来る。
架院って自分の事に関しても無関心だから、いったい何に興味があるのか気になる…興味という感情があるのかは分からないけど…
それに誰かを探している。
……此処にいない人なんて居たっけ?あ…まさか…
「もしかして瑞樹くんに会いに来たの?」
「…瑞樹……あぁうん、もう帰ってしまったの?」
「10分前くらいにね…瑞樹くんのギター凄いかっこ良くて聞き惚れちゃったよ!!」
「………そう」
さっきまでの熱いセッションを思い出して興奮気味に言うと架院は何故か複雑そうな顔をしていた。
私でさえ見た事がない貴重な架院の顔だった。
なんで架院がそんな顔するの?架院と瑞樹くんってまだ二回しか会ってないよね?
架院にとって印象薄そうに思えたが、なにがそんなに架院の感情を揺さぶるのだろう。
なんか気になってしまって、架院の顔をジッと見る。
名前が分からない感情がぐるぐると気持ちをざわつかせる。
「…架院はなんで瑞樹くんを探してるの?架院が人探しなんて珍しいね」
「いや……少し確認したい事があったんだけど、いないならいいんだ」
そう言って架院は音楽室から出た。
確認したい事って、なんだろう。
いつもなら従者を使いに出すのにわざわざ自分でなんて…
だけど架院は気まぐれなところがあるし、深い意味はないのかもしれないね。
だってあの架院が平凡な瑞樹くんに興味があるわけないよね。
私も架院と同じくらいしか瑞樹くんと会ってはいないが音を通して瑞樹くんを知れたから架院とは違う。
あ、そうだ…明日クッキーを差し入れに持ってこよう。
瑞樹くん、甘いものは好きかな?…そう考えるだけでもやもやした気持ちは晴れていった。
一人ですっかり暗くなった廊下を歩いていた。
俺の靴音が妙に響いて聞こえている、英次がいたら怖がっていただろうなと苦笑いした。
校舎を出て寮に向かう途中の事…飛鳥くんに今から行くと連絡してから、玲音に帰りもう少し遅くなる事を伝えようとカバンを開いて気付いた。
可愛らしい動物の小さなぬいぐるみや、全体的に可愛らしいものが入っている。
俺はぬいぐるみとかを持っていた記憶がないから俺のカバンじゃない。
そこで思い出すのは、可愛いものといえば紅葉さんだった。
もしかして間違えてカバンを持ってきてしまった?
校舎がある方を見つめて、走ればまだ校舎に残っているだろうか。
慌てて校舎に向かって走った、あれがないとお互い困るだろう。
携帯道具がないと誰にも連絡出来ない、勝手に紅葉さんのを使うわけにもいかないしな。
校舎に入り、息を切らしながらまっすぐ音楽室に向かって走った。
音楽室の窓は真っ暗だったが、少しだけドアが開いていたからまだ誰かがいると思った。
「…紅葉さん?」
音楽室は紅葉さん達しか使ってないと聞いたから他の誰かがいるとは一ミリも思ってなかった。
そして音楽室のドアを開けると、思ってもみなかった人物がいた。
僅かに部屋を照らす月の光がスポットライトのように窓に寄りかかる人物を包み込み、キラキラと輝かせていてフッと花が咲いたように笑いかけてくれた。
自然と「架院さん」と呼ぶ声が出てきて一歩中に踏み出す。
なんで此処にいるのか分からなかったが、架院さんが音楽室にいた。
そういえば紅葉さんの幼馴染なんだっけ、じゃあ紅葉さんに会いに来たのか?
でもこの場には俺と架院さんしかいなくて紅葉さん達の姿はない。
「架院さん、紅葉さんは何処に行ったか知ってますか?」
「……彼はもう帰ったよ」
架院さんは普通にそう言っているのかもしれないが、少し不機嫌なような気がした。
なにかあったのだろうか、そういえば練習前に会った時誰かと待ち合わせしていたんだっけ。
それが誰なのか知らないし、俺が図々しく聞く勇気もなく聞けないが気になる事は気になってしまう。
その人が架院さんをそんな顔にさせているのだとしたら余計に…
まだ二回しか会っていないのに、なんでこんなに気になるのだろうか。
架院さんは不機嫌な表情を隠して、俺に笑いかけて近付いてきた。
「紅葉になんか用があるの?」
「カバン、間違えて持ってってしまって…返そうと思ってたんですがもう練習が終わってるみたいですね」
「それなら僕から返しておこうか?」
「ありがとうございまっ…!?」
紅葉さんのカバンを架院さんに見せると、架院さんはさっきよりも不機嫌そうな顔をして、カバンではなく俺の手を掴まれた。
驚いてカバンが床に落ちて、拾う事を許されないほどの気圧に架院さんを見つめる事しか出来なかった。
強くないはずの手の強さだったが腕を引いてもびくともしなかった。
一応人よりは強くなった筈だったが、架院さんにとって俺はまだ弱いようだった。
それが何だか悔しくて抵抗すると、腕を少し引かれて顔が至近距離になる。
爽やかないいにおいが鼻孔をくすぐり、頭の思考を奪っていく。
「……君があの時の少年か確かめに来たのに、君は他の男を見るんだね」
「なに…言って………離して下さい」
「いいよ、離してあげる」
そう言うと架院さんは呆気なくすぐに手を離した。
ホッとしたのも一瞬で、バランスを崩し床に倒れた。
不意打ちで受け身も出来ず背中からぶつかり痛い。
しかも架院さんは何を思ったか俺の上に覆い被さった。
その瞳はなにかを探るように俺をジッと見つめていた。
そして静かだが俺にはっきりと聞こえる声で言った。
「君は昔、僕と友達になってくれたよね」
「……友達?」
友達、しかも今ではなく昔?何の事だろうか……
架院さんと昔会った?…こんな綺麗な人と一度会ったら忘れないと思うが俺にはその記憶はない。
でも冗談には見えず、思い出そうとしてみるとズキッと鋭い痛みが頭を駆け回り目を閉じた。
考えるな、考えちゃだめだと脳内が警報を鳴らしている。
気持ちを落ち着かせてから架院さんを見つめる。
俺がこの人と出会ったのは紅葉さんと初めて会ったあの時だ。
「……人違いじゃないですか?俺みたいな平凡、そこらにいっぱい居ますし」
「約束は?……僕とアイツと約束したよね!?」
本当に知らない顔をしていたからか、架院さんは不安になり声を荒げていた。
それにビックリしながらも頭の痛みの中…必死に思い出そうとしても、何故か記憶が一部欠けてるような不思議な感覚がある。
……なんでだろう、架院さんの悲しそうな顔を見てると俺まで悲しくなる。
でも、やはりいくら思い出そうとしても分からない。
架院さんはいつもみたいに笑っていてほしい…そう思うのは変な事だろうか。
罪悪感でいっぱいになり、架院さんの頬に触れようと腕を伸ばしたら…
「ちょっとー!!何してんだよ架院!!」
「……紅葉」
ガラッと勢いよくドアが開かれて、スカートがひらりと揺れた。
いつもの女口調ではなく、男言葉の紅葉さんを興味なさそうに見る架院さん。
紅葉さんは怒ってるようですぐに架院さんを立ち上がらせて俺達を無理矢理引き離した。
俺はまだ立ち上がる気力がなくて天井を眺めていた。
そして架院さんに掴みかかって説教をしていた。
聞いているのか聞いていないのか、架院さんはずっと俺を見つめていた。
「瑞樹くんのカバンを間違えて持ってきちゃったから瑞樹くん戻ってきてるかもと思って来てみたら、何してんだよ!!架院のバカ!!変態!!」
「…スカート穿いてる君に言われたくないよ、瑞樹くんの前なのに男言葉に戻ってるよ」
「っ!?」
まだまだ架院さんに言い足りなかった紅葉さんだったが、ハッと我に返り俺の方を向いた。
俺は左手を見てボーッとしてたからか紅葉さんが何を言ってたのか正直分からなかった。
……払われた手が熱を持ちジンジンと疼き熱くなる。
どう考えてもそれは完全に拒絶された事を物語っていた。
俺はこの学院に来て、俺を受け入れてくれる人達が出来て…俺を敵視する人は多いから拒絶だって初めてではない。
……でも、なんでだろう。
架院さんに拒絶されて、こんなに胸が苦しくなるのは…
「…瑞樹くん?」
「紅葉、これ…瑞樹くんから」
そう言って架院さんはしゃがみ、床に落としてしまったカバンを紅葉さんに渡した。
まるで何事もなかったかのような態度の架院さんに紅葉さんも戸惑っていた。
音楽室を出る直前に俺の方を振り返った。
架院さんの瞳に俺はどう写っているのだろうか。
架院さんは俺の目の前にしゃがんで、手を握って離した。
「……君は彼とは違うんだね」
「…………え」
それだけ言い残して架院さんは出ていった。
俺は何も言えず、ただ黙って架院さんを見る事しか出来なかった。
架院さんの言う彼とはいったい誰の事なんだ?
瑞樹くんが帰った後、会話を止めて少し沈黙した後私から言った。
「ねぇ皆、瑞樹くんの事どう思う?」
「…どうって?」
「俺は絶対に認めないからな!」
私はこんな格好を好んでいるが、別に女の子になりたいとかは思っていない…貴族の次男だって事はよく分かっている。
だけどお兄様は私がずっとこんな格好をしているから、たまに妹のような扱いを受けている。
だから男の友達にはかなり厳しい、私も男なんだけど…
普段は神崎家の次男なんだから女の格好を止めろとか言うくせに、弟がほしいのか妹がほしいのか分からない。
本当にお兄様は頭が硬いんだから…
過保護すぎるお兄様はほっといて、まともに会話が出来る紫音くんを見た。
「私的には瑞樹くんって優しくてカッコ良くて、理想の王子様だと思うの!」
「…あれ、それ去年は架院様じゃなかったっけ?」
「うぐっ……架院の話は良いじゃない」
苦い過去を思い出させるような紫音くんの発言に話題を戻そうと必死になる。
確かに私の初恋は架院で去年までは架院が一番理想の王子様だと思ってたけど……好みは突然変わるしね。
それに架院とは従兄弟だし、あれはただの憧れだって気付いたからもう終わった話。
瑞樹くんは容姿は架院に劣るが、あのニコニコ顔で信じてもらえないだろうけど身内にも優しくない架院と違い、瑞樹くんは初対面の私を庇ってくれるほど優しい。
お兄様は架院にも嫉妬してるが、さすがに相手が架院だから睨むだけで何も言わない。
でも瑞樹くんには遠慮なく敵意を向けている、私は二人共大好きだから仲良くしてほしいのに…
「…良いんじゃない?僕は彼の音は嫌いじゃない」
「私もそう!なんか優しい音色よね、上総とは大違い」
「……」
つい口が滑ってしまい皆無言になった。
上総は元メンバーでギターをやっていて、今現在姫の取り巻きになってしまった架院の弟。
架院に劣るが上総もかなりの美形なのに、残念過ぎる。
私としてはもっと瑞樹くんといたいから、このままでもいいんだけどね。
でも、やっぱりずっと一緒に喜怒哀楽を分かち合っていた相手がいないのは寂しい。
少なくとも紫音くんは瑞樹くんを気に入ってくれて嬉しかった。
なんか瑞樹くんがいるとぽかぽかした気分になる。
架院にも感じた事がないこれはなんだろう。
そろそろ私達も帰ろうかと立ち上がったら、タイミングよく音楽室の扉は開かれた。
「随分盛り上がってるね」
「架院、用事終わったの?」
いつもは練習場の中には来ない架院が珍しく顔を出していた。
そのせいでお兄様が直立したまま固まっちゃった。
お兄様は昔から架院が苦手だったからね。
紫音くんは架院に興味がないから自分の楽器のドラムの手入れをしていた。
架院はキョロキョロ周りを見渡していた。
あれ?私達に用事じゃなかったの?
「架院、今日はどうしたの?」
「…ん?いや…用事がなきゃ来ちゃいけないの?」
そんな事はないが架院の態度から分かるがそれは嘘だろう….だって用事がなきゃ架院は来ない。
私にあんなにライブをしてと言っていたが本当は興味がない事を知っている、ただローズ祭の余興にぴったりだと適当に選んだのだろう。
だから歌を聞きに来たというのは絶対にない、長い付き合いだから断言出来る。
架院って自分の事に関しても無関心だから、いったい何に興味があるのか気になる…興味という感情があるのかは分からないけど…
それに誰かを探している。
……此処にいない人なんて居たっけ?あ…まさか…
「もしかして瑞樹くんに会いに来たの?」
「…瑞樹……あぁうん、もう帰ってしまったの?」
「10分前くらいにね…瑞樹くんのギター凄いかっこ良くて聞き惚れちゃったよ!!」
「………そう」
さっきまでの熱いセッションを思い出して興奮気味に言うと架院は何故か複雑そうな顔をしていた。
私でさえ見た事がない貴重な架院の顔だった。
なんで架院がそんな顔するの?架院と瑞樹くんってまだ二回しか会ってないよね?
架院にとって印象薄そうに思えたが、なにがそんなに架院の感情を揺さぶるのだろう。
なんか気になってしまって、架院の顔をジッと見る。
名前が分からない感情がぐるぐると気持ちをざわつかせる。
「…架院はなんで瑞樹くんを探してるの?架院が人探しなんて珍しいね」
「いや……少し確認したい事があったんだけど、いないならいいんだ」
そう言って架院は音楽室から出た。
確認したい事って、なんだろう。
いつもなら従者を使いに出すのにわざわざ自分でなんて…
だけど架院は気まぐれなところがあるし、深い意味はないのかもしれないね。
だってあの架院が平凡な瑞樹くんに興味があるわけないよね。
私も架院と同じくらいしか瑞樹くんと会ってはいないが音を通して瑞樹くんを知れたから架院とは違う。
あ、そうだ…明日クッキーを差し入れに持ってこよう。
瑞樹くん、甘いものは好きかな?…そう考えるだけでもやもやした気持ちは晴れていった。
一人ですっかり暗くなった廊下を歩いていた。
俺の靴音が妙に響いて聞こえている、英次がいたら怖がっていただろうなと苦笑いした。
校舎を出て寮に向かう途中の事…飛鳥くんに今から行くと連絡してから、玲音に帰りもう少し遅くなる事を伝えようとカバンを開いて気付いた。
可愛らしい動物の小さなぬいぐるみや、全体的に可愛らしいものが入っている。
俺はぬいぐるみとかを持っていた記憶がないから俺のカバンじゃない。
そこで思い出すのは、可愛いものといえば紅葉さんだった。
もしかして間違えてカバンを持ってきてしまった?
校舎がある方を見つめて、走ればまだ校舎に残っているだろうか。
慌てて校舎に向かって走った、あれがないとお互い困るだろう。
携帯道具がないと誰にも連絡出来ない、勝手に紅葉さんのを使うわけにもいかないしな。
校舎に入り、息を切らしながらまっすぐ音楽室に向かって走った。
音楽室の窓は真っ暗だったが、少しだけドアが開いていたからまだ誰かがいると思った。
「…紅葉さん?」
音楽室は紅葉さん達しか使ってないと聞いたから他の誰かがいるとは一ミリも思ってなかった。
そして音楽室のドアを開けると、思ってもみなかった人物がいた。
僅かに部屋を照らす月の光がスポットライトのように窓に寄りかかる人物を包み込み、キラキラと輝かせていてフッと花が咲いたように笑いかけてくれた。
自然と「架院さん」と呼ぶ声が出てきて一歩中に踏み出す。
なんで此処にいるのか分からなかったが、架院さんが音楽室にいた。
そういえば紅葉さんの幼馴染なんだっけ、じゃあ紅葉さんに会いに来たのか?
でもこの場には俺と架院さんしかいなくて紅葉さん達の姿はない。
「架院さん、紅葉さんは何処に行ったか知ってますか?」
「……彼はもう帰ったよ」
架院さんは普通にそう言っているのかもしれないが、少し不機嫌なような気がした。
なにかあったのだろうか、そういえば練習前に会った時誰かと待ち合わせしていたんだっけ。
それが誰なのか知らないし、俺が図々しく聞く勇気もなく聞けないが気になる事は気になってしまう。
その人が架院さんをそんな顔にさせているのだとしたら余計に…
まだ二回しか会っていないのに、なんでこんなに気になるのだろうか。
架院さんは不機嫌な表情を隠して、俺に笑いかけて近付いてきた。
「紅葉になんか用があるの?」
「カバン、間違えて持ってってしまって…返そうと思ってたんですがもう練習が終わってるみたいですね」
「それなら僕から返しておこうか?」
「ありがとうございまっ…!?」
紅葉さんのカバンを架院さんに見せると、架院さんはさっきよりも不機嫌そうな顔をして、カバンではなく俺の手を掴まれた。
驚いてカバンが床に落ちて、拾う事を許されないほどの気圧に架院さんを見つめる事しか出来なかった。
強くないはずの手の強さだったが腕を引いてもびくともしなかった。
一応人よりは強くなった筈だったが、架院さんにとって俺はまだ弱いようだった。
それが何だか悔しくて抵抗すると、腕を少し引かれて顔が至近距離になる。
爽やかないいにおいが鼻孔をくすぐり、頭の思考を奪っていく。
「……君があの時の少年か確かめに来たのに、君は他の男を見るんだね」
「なに…言って………離して下さい」
「いいよ、離してあげる」
そう言うと架院さんは呆気なくすぐに手を離した。
ホッとしたのも一瞬で、バランスを崩し床に倒れた。
不意打ちで受け身も出来ず背中からぶつかり痛い。
しかも架院さんは何を思ったか俺の上に覆い被さった。
その瞳はなにかを探るように俺をジッと見つめていた。
そして静かだが俺にはっきりと聞こえる声で言った。
「君は昔、僕と友達になってくれたよね」
「……友達?」
友達、しかも今ではなく昔?何の事だろうか……
架院さんと昔会った?…こんな綺麗な人と一度会ったら忘れないと思うが俺にはその記憶はない。
でも冗談には見えず、思い出そうとしてみるとズキッと鋭い痛みが頭を駆け回り目を閉じた。
考えるな、考えちゃだめだと脳内が警報を鳴らしている。
気持ちを落ち着かせてから架院さんを見つめる。
俺がこの人と出会ったのは紅葉さんと初めて会ったあの時だ。
「……人違いじゃないですか?俺みたいな平凡、そこらにいっぱい居ますし」
「約束は?……僕とアイツと約束したよね!?」
本当に知らない顔をしていたからか、架院さんは不安になり声を荒げていた。
それにビックリしながらも頭の痛みの中…必死に思い出そうとしても、何故か記憶が一部欠けてるような不思議な感覚がある。
……なんでだろう、架院さんの悲しそうな顔を見てると俺まで悲しくなる。
でも、やはりいくら思い出そうとしても分からない。
架院さんはいつもみたいに笑っていてほしい…そう思うのは変な事だろうか。
罪悪感でいっぱいになり、架院さんの頬に触れようと腕を伸ばしたら…
「ちょっとー!!何してんだよ架院!!」
「……紅葉」
ガラッと勢いよくドアが開かれて、スカートがひらりと揺れた。
いつもの女口調ではなく、男言葉の紅葉さんを興味なさそうに見る架院さん。
紅葉さんは怒ってるようですぐに架院さんを立ち上がらせて俺達を無理矢理引き離した。
俺はまだ立ち上がる気力がなくて天井を眺めていた。
そして架院さんに掴みかかって説教をしていた。
聞いているのか聞いていないのか、架院さんはずっと俺を見つめていた。
「瑞樹くんのカバンを間違えて持ってきちゃったから瑞樹くん戻ってきてるかもと思って来てみたら、何してんだよ!!架院のバカ!!変態!!」
「…スカート穿いてる君に言われたくないよ、瑞樹くんの前なのに男言葉に戻ってるよ」
「っ!?」
まだまだ架院さんに言い足りなかった紅葉さんだったが、ハッと我に返り俺の方を向いた。
俺は左手を見てボーッとしてたからか紅葉さんが何を言ってたのか正直分からなかった。
……払われた手が熱を持ちジンジンと疼き熱くなる。
どう考えてもそれは完全に拒絶された事を物語っていた。
俺はこの学院に来て、俺を受け入れてくれる人達が出来て…俺を敵視する人は多いから拒絶だって初めてではない。
……でも、なんでだろう。
架院さんに拒絶されて、こんなに胸が苦しくなるのは…
「…瑞樹くん?」
「紅葉、これ…瑞樹くんから」
そう言って架院さんはしゃがみ、床に落としてしまったカバンを紅葉さんに渡した。
まるで何事もなかったかのような態度の架院さんに紅葉さんも戸惑っていた。
音楽室を出る直前に俺の方を振り返った。
架院さんの瞳に俺はどう写っているのだろうか。
架院さんは俺の目の前にしゃがんで、手を握って離した。
「……君は彼とは違うんだね」
「…………え」
それだけ言い残して架院さんは出ていった。
俺は何も言えず、ただ黙って架院さんを見る事しか出来なかった。
架院さんの言う彼とはいったい誰の事なんだ?
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