唐揚げの山に、宝物あり。

天井つむぎ

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山盛り唐揚げ

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──ジュワジュワ、パチパチ。
 油跳ねが苦手だからといい、揚げ物が嫌いなわけない。
「出来たよー」
 今日の料理担当・高橋宝たかはしたからの元にルンルンと向かうと、インパクトのある山が聳え立っていた。
 唐揚げの山だ。頂には青々としたパセリが乗り、麓にはマヨネーズやレモンなど味変するためのものが揃っている。
「ふふ。早く食べよ」
 呆然と立ち尽くしていると笑いながら着席を促され、棚から二人分の皿と箸を取り出して座った。
 改めて、積み上げられた唐揚げを目の前にすると凄い。宝の顔や姿が隠れるほどだ。たしかに華奢な体で、福善ふくよしより二十センチ低い百六十センチ台の男だが、まさか唐揚げに姿を消される日が来ようとは。
「「いただきます」」
 箸で一つ掴んでみるとかなり大きい。黄金色をした皮はまだジュワジュワ鳴っており、ずっと持ち続けていると右手が痛くなってくる。冷めないうちにいただこう。
 一口噛むとジュワッと肉汁が零れる。慌てて小皿を持ち、あふあふ。薄い皮はパリパリなのに中はプリプリだ。
(あぁ、鶏肉食ってるって感じがする。唐揚げうんまあい)
 肉が柔らかいのは塩麹のおかげだよ、と宝が前に話してくれたことがある。
 醤油ベースなので他に味を足さなくても十分美味しく、白米と交互に食べるのが堪らなく好きだ。
(本当に美味いな。俺なんて炒め物、炒め物……あ、昨日も炒め物か)
 申し訳ないと思いつつも、あまりの美味しさに食欲が増進し、幸福に包まれる。
 食卓に用意されてある炊飯器を開ける。ふわふわ白い湯気が浮かび、丼の中によそっていく。こんもり盛ってまた食べ始めた。
 上から順に食べていくと、金色の綺麗な頭部が見え隠れする。そのまま何個か唐揚げを小皿に取ったら、眉目秀麗な男が顔を表した。宝だ。
 宝は何も言わずただ笑っている。柔らかな口元、シャープな顎、目尻の長い瞳……。
──ごくん。
「僕、福ちゃんのもりもり食べるとこ見るの、好きなんだよね」
 笑みを深められ、福善はつい唐揚げを落とした。小皿の上に落ちたので食べられるが、箸が止まってしまい視線を斜め下に逸らす。唐揚げ丼が視界に入った。いつの間に。
「……見ても面白くないだろ」
 半分は羞恥心、もう半分は本音だ。
 自分は、ある意味で面白い鑑賞対象なのかもしれない。
 巨漢な見た目に反し、心はガラス細工と例えられるほど繊細だ。しかも感情が面に浮き上がることは滅多になく、口下手。学生時代は部活で成果を上げても先輩後輩、同級生から遠巻きにされていたし、初恋の人にも鼻で笑われて振られる始末だ。
 がっつき過ぎただろうか。大好物の唐揚げを前に、歯止めが効かなかった。
(食べ盛りな子供じゃあるまいし。微笑ましさの欠片もない。所作が美しい宝に比べると……)
「あー……また変な方向に勘違いしてるな、福ちゃん」
「別に勘違いなんか」
「お米ついてるよー」
 宝は自分の頬に指をとんとんと当てている。顔の中心に熱が溜まったが、伸びてくる手には抵抗しなかった。
 ぷにっ。滑らかな指が触れたのは下唇だった。
「ここ、てかてかだね。夢中になるほど食べてくれてありがとう。とっても嬉しい」
 口の端から端まで。なぞられる度、心臓のドキドキが大きくなる。
 何度か往復すると、席を立ち上がった宝がキスをしてきた。無抵抗でされるがままだった俺は、キスが終わってからも二の句が継げず、代わりに涙が溢れた。
「えっ、ええ!?」
「お、俺まだ……歯磨きしてないのに……」
 普段キスする時は、歯を綺麗に磨いてからだ。
「宝の唇……ごめん。俺のせいで油ぽくなった」
 高橋宝は今をときめく若きモデルだ。大学の時、シェアハウスに入らなければ出会うことなかった違う世界の人で、特別な関係になったからにはそれ相応の礼儀と節度が必要だと思った。
 だから揚げ物やニンニクが効いているもの、そうじゃなくても美味しく食べ終えた後は、入念に歯磨きするようになった。
 テッシュを渡すが宝は首を横に振る。そしてまたキスをされた。舌で唇についた油を拭くように、どこか味わうように。
 優しくて柔らかいのに、どこかガツガツしている。付き合い始めて抱いた印象をキスからも感じ取った。
「唐揚げ味のキス、美味しい」
 てかる唇と艶やかな赤い舌。福善が眉根を寄せたとしても、赤面の涙目では上手く怒りが伝わらないだろう。
「お、俺や食べ物で遊ぶなあ!!」
「えへへ。いっぱい食べる福ちゃん大好きだよ?」
「日本語が通じてない……」
 どうしてこうなってしまったのか。告白される前はもう少し……。
「もう少し?」
 顔を近づけてくる宝の口に唐揚げを押し込む。
「勝手に人の心を読むな。お前も一生懸命作ったんだからちゃんと味わえ。食べ物に感謝」
「ほほあんほら、ほーんほほさへた」
 口をもごもごさせているので全くわからないが、嬉しそうに食べているので良しとしておく。
 頭で色々考えても結局宝にはバレてしまう。美味しいという感想も、ネガティブな思考も、何もかも筒抜けなのだ。
満井みつい君が物事に対して真剣にたくさん考えてるってこと、実は無断でこっそり読んでいました……』
 シャアハウスを退去する日、最後の朝ご飯を作り終えた宝が謝罪をしてきた。何のことだが最初はさっぱりだったが、幾度となく彼に助けられた覚えのある福善は『むしろ感謝している』と返した。
 それから恋人同士になるまで数年有した。主に福善が宝の好意に疎く、気付いた後も一度は相手のことを想って断ったせいもある。
「……作ってくれる料理も好きだけど、宝のことも大好きだぞ」
 もぐもぐ頬張っていた宝の動きが止まり、白い肌が一瞬にして赤く染まる。その移りようを眺めていた俺も釣られ、恥ずかしさを隠すために唐揚げを食べるのを再開した。
 しかし、冷めた唐揚げでさえ美味しい。
 両親が共働きで、福善の夕飯は電子レンジで温めたコンビニ弁当が多かった。あの時は何も思わなかったが、毎日食べるなら絶対宝の料理がいい。
(きっと、愛情を込めて作ってくれているからだな。明日の弁当も楽しみだ。それに一緒に食べる時間も幸せだ)
 「あっ」と声を上げた時にはもう遅い。
 勢いよく抱き着かれ、現在高校の体育教師を勤めている福善もさすがによろけた。片足で踏ん張らなければ揃って床に転がっていたかもしれない。
「……無理強いはしないけど、そういう大切なことはちゃんと口から伝えてよね?」
「う、ん……。すまなかった。毎日、心も腹も満たしてくれてありがとう」
 宝への感謝を込めたら、自分でもびっくりするほど自然と笑えた。
 というより、宝と一緒にご飯を食べるようになってから表情筋がかなり解れた気がする。自分基準にはなるが。
 恋人は「ふふっ」と笑い、箸で取った唐揚げを差し出してきた。
「あーん」
「あ、あー……ん」
 やっぱり、大切の人が作った料理をその人と一緒に食べると格別だ。
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