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第二章 格好のつけ方

朝が嫌いだった。

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 一日の時間帯の中で、水樹は朝が嫌いだ。
 長い眠りから覚めた途端、ゆめであって欲しいことは大抵、現実だ。クリアじゃない思考の癖にはっきり「奏斗はもうお前の恋人じゃない」という事実を叩きつけ、月のクレーター並にぼこぼこの心に苦痛を伴わせる。
(……辛いな)
 ため息と一緒にそんな感情が浮かぶ毎朝。眠ったら忘れられるのに。ずっとないヒートに侵されているみたいだった。
 暗い一人部屋で四角いものが光る。『彼方君』の横には『遊佐君、おはよう!』とメッセージが。
『おはよう、彼方君』
 すぐに既読がつき、『朝ご飯もう食べた? 僕は時間がなかったから目玉焼きをパンで挟んで口に収めてきた』と、なぜかオムレツのスタンプが送られてきた。彼方は電車通学のため、水樹よりも起床時間は早い。
『これから食べるところだよ』
 ポコン。
『遊佐君も僕みたいに慌てて食べちゃダメだよ~。めっちゃ、お腹減ってきた』
 今度はメッセージと空腹の顔文字。電車の中で腹の虫を鳴らす彼方を想像し、『朝でも購買部は空いてると思うよ』と送ったが、我に返る。
(お節介かな。彼方君も一週間経って購買部の空き時間は把握してるだろうし……しょ、消去消去)
 ポコン。
『その手があったかあ! コンビニも行列だから助かったよ。今日もお互いに頑張ろうね』
 相手の顔も声も一切わからないのに、彼方の笑顔と明るい声が全面に溢れていた。
 友達になった翌朝──遡れば当日の夜から彼方とメッセージのやり取りをしている。今朝も七時から挨拶と自分の身に起きた出来事が送られ、必ずといってもいいほど『今日もお互いに頑張ろうね』の一文を最後に添えてくれる。
 彼方の返信はとてつもなく早いが、水樹に急かすようなことはしない。初日のメッセージにどう返すのがいいか悩んだ挙句、既読をつけたまま放置したのを悔やんでいたら、
「返事は遊佐君の好きな時でいいよ。会話の終了もそっちで決めていい。僕のは……ほら、癖みたいなものだからさ」
 少ない情報で相手の胸中を察し、想いや考えをきちんと伝える彼方はとても聡い。文章にしろ音声にしろ言葉の端々から嫌味は微塵も感じられなく、筆談での返事もいつもゆっくり待ってくれる。
(前世でも徳を積んだ凄い人なんだろうな。俺にはもったいない友人だ)
 不得意な分野をカバーしてくれる初の友人に、水樹は感謝し切れない。
 カーテンの隙間から陽の光が差し込む。体も自然と起き上がり、お腹が鳴った。
(今日も学校……楽しみだな)
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