もし、運命の番になれたのなら。

天井つむぎ

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エピローグ

夫夫だけの時間。(R18)

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(……熱い)
 汗が滴る目蓋を上げ、中が暗めの巣からひょっこり顔を出すと新鮮な冷たい空気を吸える。二、三度呼吸を繰り返すも匂いがまた恋しくなり巣に戻った。太陽のぽかぽかさと甘く悶えるフェロモンが包む空間。汗を噴き出しながら、パーカーや下着をこれでもかと強く抱き締める。
 番になったオメガはヒートになると相手のフェロモンや匂いのついたものを集める傾向があり、体全体を覆うような「巣」を作る。
──ぐぅ。
(お腹が減ったな。下手に出て行ったら心配かけちゃうし)
 ヒートとはもう長い付き合いだが、未知数なところもあってまだ上手く扱えない。例えば突発的なヒートとか。
(……健康管理、もっときちんとしない……と)
 視界が少し滲み鼻を啜る。広がる髪は背中にべったり引っ付く。額に浮かぶ水滴を拭うが腕もベタベタなのであまり効果はなかった衣類を汚すよりはマシだった。
──じゅくん。
「……っんう!」
 尻の方から生暖かい液体が漏れると徐々に広がり、指をそこへ移動させ慰めた。洗濯カゴから拝借した下着を口で噛み、膨らんだ前立腺を避けながらじゅぽじゅぽと動かす。ヒート時のオナニーがあまり好きじゃない水樹だが、体はかなり正直に反応しパンツの中で射精を迎える。
(……早く会いたい)
 現在、彼方はどうしても外せない用事ができ、家を留守にしていた。『絵を描くのは専ら家ですね。賑やかではありますがそこにいると心が落ち着く。自然とアイディアも笑みも浮かびます。僕の大好きな空間なんです』と先日、雑誌のインタビューで答えていたが、水樹は仕事の忙しさに家のことを任せがちだった。
(だから午前の休みは……家事やろうとしたのにな)
「そこにいるの?」
 くぐもった優しい声が外から聞こえ、屈めた体を解いた。胸の内側がむずむずする。「失礼するね」と巣の入り口を割られ、昼間の温かな陽光が届く。雛鳥が卵からかえる時はこんな感じなんだろうか。
「か、ひゃ……た。お帰り、なさい……」
「ただいま、水樹。急なヒートにすぐ駆けつけなくてごめんね」
 救出したべしゃべしゃな体を抱き寄せてくれ、濃厚な香りに嗅ぎ付く。首と鎖骨の間が水樹のお気に入りスポット。沿うように流れるシルバーのペンダントを見て鼻を埋めると幸せな気分になれた。
(甘いお花を直接嗅いだような匂い。体に広がるぽかぽかは嫌いじゃない……。ん?)
 それらに混ざった不思議な香りは存在を消せない。
「取り引き先の人がコーヒーとタバコを嗜む人でさ。……臭う?」
「そう、なんだ……。俺の知らない彼方がいるのかと思って、ドキドキした」
 『デビュー早々に母国で個展を開いた画家のタマゴ』や『青とモデルの男をこよなく愛する若きアーティスト』などと呼ばれた彼方と暮らし始めてもう五年経つ。自分自身さえ気づかない窓があるのだから、彼方のことをとやかく言う筋合いもないし、知らない側面を見つけるのもまた楽しさがある。未知の宝探しだ。
 彼方の手が汗ばんだ背筋をなぞり、全身がピクピクと震えた。そんな水樹に「ふぅ……」と一呼吸。
「僕の旦那さん、年齢重ねる度に可愛くなっていくからほんと困る……」
「……お、俺……今年で三十だよ? 三十路のおっさんだ。可愛いはもっと別の……ひゃんっ!」
 背筋をなぞったはずの指が項の産毛をさわさわと掻く。数年前に噛んだ跡をしっかりと確認するように。身を捩って気持ち良さを耐える。
 それから右耳朶をふにふにしながら「そういうとこも」と息を含んだ囁きをされ、下腹部に熱が溜まっていく。
──じゅるるっ。
「あっ、あぁ……や……!!」
 耳の中をたっぷり吸われ、強くしがみついてしまった。両耳も顔の中心も赤くなり、いたたまれなくなる。
「彼方……あ、あの子達に聞こえちゃ……」
「さっき、お義母さんが子供達連れて行ってくれたから大丈夫だよ。『今夜はばあばの家にお泊まり会する』って大喜びさ。どんなに喘いでも可愛い姿になっても僕しかいないから安心して」
 水樹は彼方との間に三人の子が産まれた。天使と言っても過言ではない、それはそれはとても可愛い息子達が。
「ヒート、辛い?」
 潤んだ涙を拭う指が熱い。頭がくらくら、目眩で倒れそうになった体を彼方は支えてくれた。
「あ、あんま……家のことも仕事もできないダメダメなのに、俺、幸せ感じてる……。すごく馬鹿で最低だ……」
 彼方がいて、愛しの天使達がいる。突発的なヒートを起こし、守らなきゃいけない家族、仕事仲間である羽生やアフレコメンバースタッフにも迷惑かけて親としても声優としても全然ダメだった。
 顎をくいっと親指と人差し指で持ち上げられ、涙の飛沫があがった。
「そんなこと絶対ない。水樹が頑張り屋さんで何事にも一生懸命なのはきちんと伝わってる。もちろん、周りも理解してくれているよ」
「で、も……」
「水樹が幸せだと感じたように、家族を頼れたり、周りに仲間がいることをちゃんと喜ぶべきだ。背負っている責任は大きいかもしれないけど、大丈夫。あと、僕ら家族はもれなく水樹の味方だ」
(……味方)
 真剣な表情と優しい笑顔を向けてくれる。息子達が優しい子へ育ったのも、彼方のこういうところが影響しているのだろう。
 ひっひっ、と浅くなる呼吸が落ち着くようにか、背中を撫でられた。ただでさえ緩みやすい涙腺がぶっ壊れる。
「今はヒートのせいにしちゃえばいい」
「ぐっ……ふぁ、……ヒー……トの?」
「ああ。ちょっとは気が楽になるんじゃないかな」
 ヒート自体にいい思い出がない水樹にとって、別の捉え方を勧めてくれるのはありがたかった。
「……い、いのかな。甘ったれてない……?」
「心が軽くなれば充分だよ。それに、僕はヒート時の水樹も大好きだ。苺みたいで桃みたいな香りを濃くさせる匂いも、いつもよりたくさん感じちゃう体も」
 ヒート好き。十年付き合って初めて知った水樹に彼方は微笑む。
「特に僕の夫は甘えるのがまだまだ苦手だからさ。不安定になりやすいヒート時はそんな番を存分に甘やかしてあげたい」
 優しく食むようにキスをしながら髪を耳にかきあげてくれた。イヤーカフを付けた耳に、自分の左手薬指にも輝くシルバーのリングが触れる。心臓がきゅんきゅんしまくって苦しい。
「愛する相手が少しでも幸せと感じたのなら、こんな嬉しいことはないよ。たまには夫らしく、運命の番らしい格好良いことさせて?」
 ヒート時、彼方の声が普段以上にとびきり優しく聞こえる理由がわかった。
(ぽーっとする。これもヒートのせい?)
 歳を取っても中身はあの頃と同じ、彼方に恋する青年のまま。
(俺の宝物がどんどん増えていく。入りきれるかな)
「ありがと……う。でも、これ以上、メロメロにされたら困る。心臓とか持たなくなっちゃう……」
「無理な相談かな。僕が何年耐えてきたと思うの? これからももっとメロメロにしてあげるから覚悟しておいて」
 項の噛み跡が疼き、吐息さえ吸われるようなキスに彼方のことで頭がいっぱいになる。唇同士が触れるくらいまで離れ、終わりを感じるとまたキスをされた。結婚式でなかなか止めなかった誓いのキスとそっくり。
「う、うん……っ」
 守谷 彼方は遊佐 彼方として水樹の伴侶になった。
「今のうっとりした顔、すごく可愛い……。スケッチしてペンダントの中に収めちゃダメ?」
「だ……ダメ。彼方の絵、大好きだけど……こんな蕩けた顔、は、恥ずかしいよ」
「なんでえ? あ、あぁ~。キャンバスにならいいんだ」
「そういう問題じゃないってば……!」
 彼方の冗談か本気か区別のつかない意地悪に頬を膨らませる。ぽかぽかと叩く代わりに鼻と唇を埋めた素肌をちゅうと吸い付いた。
「……んっ」
(唇を窄め、強めに吸う)
 顔を離してみると、桜の花弁みたいな跡が見える。苦手なことを頑張った子供を褒めるように頭をよしよしとされ、水樹は幸せと安心に浸る。
「よく出来たね。じゃ、水樹も噛んで?」
「え、どうし……」
 顎を持ち上げれば、こてんと首を傾げる旦那様。
「水樹の、という証を僕の体にたくさんちょーだい?」
 まさか仕返しが逆効果だったとは。
 相手ももうすぐ三十歳を迎えるのに、胸のきゅんきゅんが暴れちゃうほど発言や仕草が可愛い。毎日、毎時間……毎秒……。そんな場面に出会わせば持たない。
「彼方……好き」
「知ってる。僕も好きだ」
 額へキスをした彼方は水樹を落とさぬよう、ベッドに寝っ転がせ、まずは自分の衣服を一枚一枚脱いでいく。
(脱ぎたてほかほかの服……。彼方……の……!)
「あれ。本物はここにいるんだけどな。そんな大事そうに衣類を抱き締めて嗅がれちゃうと……妬けるなあ」
 畳まれず放ったらかしにされた衣類をかき集め、「ふう……すぅ……!!」と激しく吸う。汗や嗜好品、番のフェロモンに春の太陽を感じさせる匂いに脳の後ろがビリビリと甘い痺れを起こし、股を隠す足が滑る。勃起した陰茎が見えてしまう。
(好き……、彼方が好き……っ)
 全身がとろとろになる手前、巣の材料でもある衣服を奪われた。思わず手を伸ばすが、糸一本も纏わない彼方の体が全身を包む。こりっと胸元でペンダントが転がる。
「匂いが濃くて変になる……っ!」
「変になっちゃおうね。ほら、ボタンも全部取っちゃえ」
 少々乱雑に片手でぷちぷち取られ、パシャマから上半身が剥き出しになる。絹のように白く滑らかな肌には存在感のあるピンク色の花がぷっくりと二輪咲く。まだ隠された下半身の衣服にはぽっこり目立つ男性器があった。
「最高にエッチで今すぐ抱き潰したい。なんでBL部門の攻め役ランキング殿堂入りなのかな。抱かれる水樹はこんなにも可愛いのに」
 「ま、知らない方がいいけど」と付け足され、熱と快楽に浮かされる水樹は粘液のある口を開いた。
「彼方が……誘っちゃダメだって……」
 「僕が?」と自身を指さす彼方に頷く。
『僕以外にそんな殺し文句言うの禁止ね。水樹の誘惑はただでさえ破壊力抜群なんだから……』
「……あっ」
 どうやら思い出したみたいで、キョトンとした顔がみるみる赤くなっていく。
「相手が彼方以外だと……か、かなり下手くそなんだ。周りが『どうしたの』って心配するくらいには。攻めを演じる時は彼方だったらどうするかとか考えて……」
「ま、待て待って。冷静にならせて、情報過多だし鼻血出そう」
 一旦、顔を手で覆う彼方を見上げて不安になる。受け役も鍛えれば良かったのかもしれない。
「ごめ、許ひ、て……んんっ……きゅ……!」
 唇を割り入った熱い舌が水樹の不安を溶かす。
「……っは、許してるよ? あー、そっかそっか。天然で純粋な水樹だもんなあ……。こりゃあ、堪んないわ」
 余裕なく笑う彼方がどう納得したのかは定かじゃないが、たらたらと垂れ流れる銀色の糸を全て飲むと、喉の奥まで焼けたように熱くなり、これから起こる行為に体が震えた。
「ほんと、僕以外にこんな可愛い水樹を知られちゃ困る」
 目元は柔らかいが獲物を食らう気気満々だ。
 今はお天道様が昇る時間、夫夫だけの愛ある時間。
(なんだかとっても、いけないことしてるみたいだ……)

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