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002:ボードゲーム購入

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「ゼェゼェ……ハァ……ゼェ……ウグッ……ゼェゼェ……」

 翡翠ひすい色の瞳を曇らせ、檸檬れもん色の髪を乱し、全力疾走する少年。
 彼は息を切らし胸を押さえている。
 その場に倒れ、地面というベットで己の胸の痛みを回復しようと考えたが、心がそれを許さない。

「ま、まだだ……ウグッ……まだ、ハァハァ、走れる……」

 倒れるのを何とか堪えた少年の名は『金宮キンタロウ』だ。
 キンタロウは、茨城県立兎島うさぎじま高等学校に通う2年生。
 身長は177㎝、体重は60kgと少し細身な体格をしている。

 目つきが悪く、口も悪い。そして頭も悪い。ファッションセンスも最悪だ。

 少年が着ている黒いパーカーには大人気ボードゲーム『ウサギの人参で世界を救う』に登場するキャラクター『勇者ウサッギー』の顔が中央に大きくプリントされている。
 ズボンは黒色のジャージ。金色で『ウサッギー』という文字が右足側に大きく書かれている。
 おまけに『勇者ウサッギー』のサンダル。走るのならちゃんとした靴を履いてもらいたい。
 この顔とこの服装、ただのヤンキー。否、『勇者ウサッギー』好きのヤンキーだ。

 祖母と二人暮らしの家を飛び出し、目的地まで全力で走ること15分。
 キンタロウはボードゲーム部に所属しており運動とは無縁だ。
 なので運動不足で肺が胸が心臓が悲鳴を上げているのだ。苦しい。今にも吐きそうになっている。
 しかし、そんなことはお構いなしに急ぐ理由がキンタロウにはあった。


「本日発売の『神様が作った盤上遊戯ボードゲーム』最後尾はこちらになりまーす」

 巨乳ヘソ出しそしてバニーガールのコスプレをしているキャンペーンガールが最後尾を教えてくれている。

「うほっうほっ」

 鼻の下を伸ばし、キャンペーンガールの尻をずっと見ているおっさん。

「いいですね。いいですね」

 キャンペーンガールの豊満な胸から見える谷間を見てにやけ顔が止められないおっさん。

 用事もないのにキャンペーンガールに「アルバイト?」「どのくらいかかる?」「お姉さんいくつ?」などと聞いているおっさん。

 エロじじいしか並んでいない。
しかしこのエロじじいたちの目的はキャンペーンガールではない。『神様が作った盤上遊戯ボードゲーム』だ。

『神様が作った盤上遊戯ボードゲーム』はSNS上やテレビなどで話題になっているボードゲーム。通称ボドゲだ。
 先行してプレイした人たちからは絶賛の嵐。テレビ番組では毎日のようにボドゲの楽しさ、魅力を紹介する番組が増えボドゲを広めようとしている。
 しかしテレビで紹介するのは『神様が作った盤上遊戯ボードゲーム』以外のボドゲばかりだ。販売促進のための作戦かもしれないが『神様が作った盤上遊戯ボードゲーム』がどのようなものなのか気になって仕方がない。
 そんな日本中いや、世界中が注目するボードゲームの発売日が今日だ。
 絶賛の嵐と説明したが明かされている情報は最大プレイ人数8人、サイコロを2つ使いゴールを目指す。いわゆる双六や人生ゲームの類のボードゲームという情報だ。
 そして先行プレイヤーの「人生で一番楽しいゲーム」「始めたらやめられない」「嫌なことを全て忘れられる」などという声だけが明かされている情報になる。


「ゼェゼェ……はぁ……はぁ……」

 息を切らしようやく檸檬色のボサボサ髪の少年キンタロウは目的の場所についた。

 オレンジ色で3階建ての大きな建物。屋根は緑色をしている。この建物のモチーフはおそらく、いや、紛れもなく『ニンジン』だろう。
 CD、DVD、ゲーム、本、服に玩具、化粧品など、なんでも揃っている『ラビットゴー』という店だ。
 看板には、ニンジンを右手に持ち元気よく走っているウサギのキャラクターがいる。この店のマスコットキャラクターだ。

 そんな『ラビットゴー』の入口から駐車場まで長蛇の列ができている。この列は先ほどのエロじじいたちが並ぶ列だ。
 この列に並んでいる人たちの目的は『神様が作った盤上遊戯ボードゲーム』。もちろんキンタロウも同じ目的でここに来たのだ。

「め、めちゃ……くちゃ、並んで……やがる……くそ……ハァ……」

「最後尾はこちらになりまーす」とキャンペーンガールが息を切らし文句を言うキンタロウに声をかけてきた。

 キャンペーンガールに言われた通り最後尾に並んだキンタロウ。息を切らしながらもキャンペーンガールの溢れんばかりの胸をチラチラと見た。というよりはガン見状態だ。

「お姉さん、どのくらい……かかりますか……?」

 息切れはまだ続いている。息を荒くしながら胸を見ている姿はエロじじいたちとは変わらない。
 キャンペーンガールは「1時間くらいになりまーす」と慣れたように営業スマイルで答えた。

「ハァハァ……ありがとうございます……ハァ……」

 感謝の気持ちは問いの答えに対してなのか、キャンペーンガールの胸になのか。
 息が荒いのも、もしかしたら巨乳のキャンペーンガールに興奮しているだけかもしれない。
 キンタロウは高校2年の男児。思春期だ。仕方がない。


 そして時間は過ぎ、キンタロウは目的の『神様が作った盤上遊戯ボードゲーム』を手に入れた。

「ついに! ついに! ついに! ゲットしたぞ!」

 手に入れた瞬間、頭の中ではゲームなどでよく聞く『アイテム入手音』が流れていた。ゲームのやりすぎだろう。

「早くやりてぇ! 今すぐやりてぇ! このシュリンクを今すぐにでも破きたい」

 キンタロウはよだれを垂らし興奮状態だ。やりたい気持ちを抑えきれずにいる。

 キャンペーンガールのお姉さんには『1時間くらいになりまーす』と言われていたが、実際のところ2時間もキンタロウは並んでいた。

 その原因は先に並んでいたお客さんエロじじいがレジの店員と揉めていて時間が押してしまったからだ。
 揉めた理由は『店員の態度が悪い』だとか……。なんとも迷惑な客エロじじいだ。

 シュリンクの角の部分に手をかけた瞬間、キンタロウの理性は戻った。

「ダメだ。みんなとやるんだった……。それに一人でできねぇし……」

 キンタロウは再び走り出した。『神様が作った盤上遊戯ボードゲーム』を袋に入れず裸のまま大事に抱え走り出したのだ。
 購入するのが目的ではない。購入してから遊ぶのが目的だ。
 その目的を果たすためにひたすら走る。走り続ける。

「待ってろよ、みんな。今、持っていくからな!」

 キンタロウは跳ねるように走っている。誰がどう見ても嬉しそうに走っているように見える。
 それほど胸を躍らせながらボドゲ部が待つ『兎島うさぎじま高等学校』を目指して走っていたのだった。
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