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005:灰のように飛び散り煙のように消える

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 やばいやばいやばいやばいやばいやばい――!!!
 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ――!!!

「ギャァーーーースッ!!!!!」

 ぎゃぁああああ――!!!
 火吹いた! 火吹いたよー!
 オスドラゴンさん本気で怒ってるよー!!

「グァァアーーーースッ!!!!!」

 メスドラゴンさんも本気だー!!!
 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ――!!!

 な、なんとか弁明しなければ!

「キィィイイイイイイイイ!! (ドラゴンさん、あれは事故だったんですよ。ハプニングと言いますか、決してわざとじゃないんです!)」

「ギャァーーーーズッ!!!!!」

 だ、ダメだ。話が通じない。
 そりゃそうだよね。だって私もドラゴン語全然わからないもん!!!
 同じモンスターとして伝わるかと思ったけど……伝わったとしても許してくれないよね?

「グァァアーーーーズッ!!!!!」

 うおっ! 危ないっ!
 オスドラゴンだけじゃなくてメスドラゴンにも注意を払わないとっ!
 じゃないと私死んじゃう!
 せっかく転生したのに死んじゃう!
 それだけは嫌だー!!!!

 くそー!
 ガシャガシャ跳ね回って逃げ続けることしかできないだなんて。
 魔法の一つや二つ使えたら全然違かっただろうに。
 誰でもいいから助けてくださーい!

「キィイイイイイイー! (誰か助けてー!!)」

 って、ここの洞窟、虫の1匹すら、蝙蝠こうもりの1匹すらも居ないんだった!
 そ、そうか。洞窟に生き物が居なかった理由がわかったぞ。

 ドラゴンカップルがいるからだ!

 つまりここはドラゴンカップルの縄張り。
 謂わば〝愛の巣〟ってことね!
 そりゃ誰も近付かないし、近付毛ないよねっ。
 私も知ってたら近付いたりしなかったもんっ!!

 って、そんなことよりも、そろそろ疲れてきたぞ。
 足というか底もだんだん痛くなってきた。
 このままだと可燃ゴミになるのがオチだ。
 どこかにドラゴンが入れないくらい小さな穴とか小道があれば……。

 ガシャガシャと飛び跳ねながらドラゴンの炎の息吹いぶきかわす。
 その隙に穴や小道を探すが……

 あるわけないよねっ!
 うん! 知ってた!
 だってここは私が来た道だもん!
 一本道! 真っ直ぐな一本道!

 ということは……
 やばいやばいやばいやばいやばいやばいぞ!!!
 私が転生した場所! 薄暗くてジメジメしてたあの場所!
 あそこは行き止まりだったはず!!
 このままだと袋のねずみだ!!

「グギャァーーーースッ!!!!!」
「グルァァアーーーースッ!!!!!」

 うわぁー!!
 同時に火を吹いてきた! 熱っ! 熱い! 熱いっ!!
 なんて火力だっ!
 かろうじてかわせたけど、本気で死を覚悟したぞ!
 それになんてコンビネーション!
 息の合ったカップル感を見せつけられたわ。
 阿吽あうんの呼吸ってやつね!

 というか私、よく今のかわせたよな。
 ミミックって意外と俊敏しゅんびんに動ける感じ?
 って、感心してる場合じゃないぞー!!!
 早く打開策だかいさくを考えないと!!
 命のタイムリミットが迫ってる!!

 考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ。

 そ、そうだ!
 このまま進めば宝石の壁の場所に辿たどり着く!
 壁一面に出た宝石だ。きっとドラゴンも見惚れるだろう。メスのドラゴンもいるから尚更なおさらだ!
 そのすきに逃げればいいんだ。エスケープ! エスケープ!

 ドラゴンカップルが交尾こうびしてたあの場所に。
 あの場所の奥に道があった。のぼり坂の道が!
 ふふふっ。私だってちゃんと観察かんさつしていたのだよ。
 ドラゴンの交尾だけ見ていたえっちなミミックちゃんではないのだ!

 よしっ!
 この作戦でいこう!
 ドラゴンカップルが宝石に見惚れているその隙を見て、奥へと逃げる。
 そして上り坂を上って洞窟の外へ出る!!
 外なら一本道じゃないはずだからきっとうまく逃れるはずだ!!

 やってやろうじゃないかー!!
 OL時代から根性こんじょうだけは自信があるんだ。
 私ならできる。できるぞー!

 外に出たら冒険者に助けを求めてドラゴンカップルをやっつけてもらおう。
 そしてその冒険者と私が恋に落ちて、ロマンチックな異世界ラブコメが始まるー!!!
 私の〝初めて〟もその冒険者に奪われてハッピーエンドよー!!!

 ぐへへへっ。ぐへへへっ。

 そのためにもドラゴンカップルには犠牲ぎせいになってもらうぞ!
 恨まないでくれよ。
 私だってあなたたちみたいに経験したいんだから!
 その幸せを今度は私が受ける番よ!!!
 私の幸せのために死になさい!

「グギャァーーーーズッ!!!!!」

 う、うわぁあああああー!!!!
 熱い熱い熱いあついあついあついッ!!!
 やばい当たった! ドラゴンの火が当たった!
 燃える燃える燃えるもえるもえるもえるッ!!
 熱い熱い熱い熱いあついあついあついッ!!!

 ――ジタバタジタバタゴロゴロジタバタッ!!!!

 や、やばい!
 全然火が消えてくれない。
 それどころか次の火がくるぞ!

「グルァァアーーーーズッ!!!!!」

 ぎやぁあああああああああ!!!

 熱い熱い熱いあついあついあついッ――!!!
 痛い痛い痛い痛いいたいたいいたいッ――!!!
 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬしぬしぬしぬッ――!!!

 死んでしまいそうになるほどの激痛と灼熱の炎を受けながら、私はいつの間にか光輝く世界に到着していた。
 最初は天国かと思ったけど、見覚えがある場所だったから、天国じゃないと理解するのに時間は掛からなかった。
 もしかしたら天国も一度だけ見たことがあるかもしれない。だって私は前世で階段から落ちて死んで、ミミックに転生したんだから。
 でもそんな記憶は一切ない。だからこそここがどこなのか理解できたのだ。
 そう、ここは――

 宝石の壁の場所!!!!
 ジタバタ転がってたらいつの間にか着いてた!
 これで作戦通りドラゴンが宝石に見惚れてくれれば、私はまだ生きることができる……かも。
 まだ希望はある! 微レ存 (微粒子レベルで存在する)だけど……。

 体は焦げてボロボロだし、なんならまだ燃えてるけど……。
 でも体は動く。あと少しだけならこの痛みにも耐えられる。

 さあ、ドラゴンカップルよ!
 この宝石の壁に見惚れるんだっ!!!

「ギャァーーーースッ!!!!!」
「グァァアーーーースッ!!!!!」

 うわぁああああああー!!
 全く見惚れてないー!!
 というか見向きもしてないじゃん!

 そ、そうか。
 ここはドラゴンカップルの愛の巣なわばり
 この宝石の壁にも見慣れてるはずだ。
 というか、この宝石全部ドラゴンのものだったりして……。
 え? 私って知らないうちに覗きと窃盗の両方の罪を背負ってた感じ!?
 あわわわわ……。
 そ、そりゃ怒りますわ。逆鱗に触れちゃってますわ。

「グギャァーーーースッ!!!!!」
「グルァァアーーーースッ!!!!!」

 うぉおおおおっ、あっぶねー!!!
 さっきよりも炎の威力が増してる気がする!
 それに顔ももっと怖くなってる。鬼の形相だよ!
 この場所に連れてきたことによって、余計に刺激しちゃったのかも。

「グギャァーーーーズッ!!!!!」
「グルァァアーーーーズッ!!!!!」

 ま、また火が!
 それもさっきよりでかい!
 避けられ――

 ――うああああああああッ!!!!

 熱い熱い熱いあついあついあついッ――!!!
 痛い痛い痛い痛いいたいたいいたいッ――!!!

 あぁ……も、もうダメだ……殺される……。
 痛みも熱さも感じなくなってきた。
 それに体ももう動かないや。

「グルルルルルッ」
「グガルルルルルッ」

 見逃してくれそうにないよね。
 せっかくの箱生はこせいが。
 この体にも慣れてきたのに。
 まだまだ楽しいことが待っているはずだったのに。
 まだ異世界の男にも会ってないのに。

 私ってばかだ。
 何一人ではしゃいで宝石なんて着飾って……期待して……。
 もっと絶望するべきだった。
 もっと慎重になるべきだった。
 はしゃいで浮かれて……私ってばかだ。

 どうせ死ぬなら最後に宝石を食べてから死のう。
 それぐらいはしてもいいよね。神様……。
 だってこの世界に転生して一番の思い出がこの宝石なんだもん。
 忘れられない味ってこのことか。

 私は残りの力を振り絞って、体に埋め込まれている宝石に舌を伸ばした。
 舌が近付くと宝石は体から離れる。理屈はわからないがそういった体の仕組みなのだろう。
 舌で掴んだ宝石をそのまま口の中へと放り込む。

 口の中に入った宝石、あれは私のお気に入りの宝石。
 他の宝石よりも青くて綺麗で形もよくて……一番のお気に入り。
 ああ、神様、ありがとう。
 最後にお気に入りの宝石を食べさせてくれて……。

 宝石をかじった直後、私の体が炎に包まれた。ドラゴンが火を吹いたのだろう。
 咆哮ほうこうが聞こえなかったのは、既に聴覚がやられてしまっているからだろう。
 この体のどこから音を聞いていたんだろう。そんな疑問が一瞬だけぎったが、そんなことはもうどうでもいい。
 私は死ぬんだ。この体ともお別れだ。


 ――私の意識は灼熱の炎の中、灰のように飛び散り煙のように消えていった。
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