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047:都合よく洞穴があるじゃないですかー

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 ――ぬあ!?

 意識が覚醒した。それと同時に意識を失う寸前までの記憶が蘇る。

 クラーケンは――いない。

 自分が倒れている場所は全く同じ。
 瞳に映る光景もクラーケンがいないだけで全く同じ。

 意識が覚醒したこととクラーケンがいないことに私は心の底から安堵する。

 あっちも致命傷を負っていた。
 ここに戻ってとどめを刺すための時間が不十分だったんだ。
 それか本当に満足してもう私には手を出さないとか……?
 いや、それはない。きっといつかクラーケンとは決着をつける日が来るはずだ。
 その日をクラーケンも望んでいるはず。

 だとしたらこうしちゃいられないな。
 さっさとここを離れないと……。
 決着の日が今になっちゃうかもしれないから。
 さすがに全回復したクラーケンが目の前に現れたらゲームオーバーだぞ。
 触手プレイやらSMプレイやら好き放題、やり放題だ。
 それに……いや、これ以上考えるのはやめよう。
 変なフラグを立てかねない。

 ――うぐっ……。

 体が重い。動かない。
 眠ったことによって少しは回復したっぽいけど、それでも満身創痍なのは変わらないよね。
 レベルアップしなきゃ、このドロドロに溶けた体も、ボロボロに砕けた体も戻ってくれない。
 とりあえずは今できることをやろう。
 舌で届く範囲の石ころをかき集めて食べよう。
 動けるくらいに体力が回復すれば、あとはどうにでもなるからね。

 ――ガリガリボリボリッ!!!

 ところで私はどれくらい意識を失っていたんだろうか。
 この洞窟は時間を測れるようなものはない。
 太陽なんてミミックに転生してから一度も見ていない。
 だから何となくの感覚でここまでやってきた。
 感覚通りにいけば転生してから今日で10ヶ月と少しって感じよね。
 私は10ヶ月のピチピチの赤ちゃんミミックちゃんってことなのよ。

 まあ、その感覚も最初からズレてるかもしれないけど、今は自分の感覚を信じるしかないからね。
 だとしたら……私が眠ってたのはだいたい4時間くらいかな。5時間くらいの可能性もある。6時間の可能性も。
 つまり長い時間眠っていたってことよ。
 クラーケンが戻って来ないにしても、他の魔物が来る可能性は十分にある時間だぞ。
 急がなきゃ……。

 ――ガリガリボリボリッ!!!

 私は生きるために必死に石ころを食べ続けた。
 どんなに味がなくても、どんなにうるさい咀嚼音でも、文句ひとつ言うことなく食べ続ける。
 だってこれしか生きる道がないんだもん。
 文句なんて言ってられっかー!!!

 絶対に、絶対に生き抜いてやる。
 生き抜いて、生き抜いて、クラーケンに勝つ。
 そして洞窟を出てイケメン冒険者に会うんだ。
 だから絶対に死なない。
 死んでたまるか。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 うぷっ……食い過ぎた。

 体は這いつくばれるまで回復した。
 だけど石を食べすぎてお腹が重い。動きづらい。
 体に残ってる疲労感や傷と相まって苦しすぎる。
 それに移動しながらでもまだ石を食べ続けなきゃいけない。
 そうしないと燃料切れで体の自由が効かなくなっちゃうから。
 ここで動けなくなったら、魔物の格好の餌食よ。
 お腹を膨らませた獲物なんて魔物の大好物にも程があるわ。
 それにこんなに可愛いミミックちゃん世界中探しても見つかりっこないからね。
 絶対に止まっちゃダメだわ。

 でも……眠くなってきた。
 長時間も意識を失ってたのに、もう眠くなるだなんて。
 お腹がいっぱいになったから?
 それとも体の機能が睡眠で回復するように知らせてくれてるの?
 どっちにしてもここでは寝れない。
 どこか隠れられそうなところで……。

 狭い視界の中、辺りを見渡す。
 あたり一面、壁、壁、壁、岩、岩、岩。
 視界に映るものはどれも洞窟らしい光景ばかり。
 魔物の縄張りじゃない洞穴とかあればいいんだけど……
 そんな都合よくないよね……ん?

 んんん!?

 洞穴あるじゃん!
 しかも魔物のが居た形跡とか無さそう!!

 ラッキー!!
 私ってばめちゃくちゃついてるー!

 早速洞穴へレッツゴー……って、こんな都合よく洞穴があるわけなくない?
 もう少し疑うことを覚えて慎重に行かなきゃだよね。
 スケルトンの時もそうだった。魔物は普通に罠を仕掛けたりする。
 きっと洞穴と見せかけた罠に違いない。

 危ない危ない。騙されるところだったぞ。

 でも……せっかく見つけた洞穴だ。
 安全であることさえ確認できれば、使わない手は無い。

 まず、舌で石ころを掴み洞穴に向かって投げる!!
 今の私にとっては、貴重な貴重な石ころだけど……止むを得ないよね。

 ――コカッツンッ!!

 よしっ!
 ホールインワンだ。
 いや、こういう場合ストライクか?
 それとも無難にゴールとか?
 まあ、なんでもいいさ。罠じゃないことさえ確認できれば。

 ――コカッツンッ!!

 それから何度も何度も石を投げるが、罠の気配は全く感じられなかった。
 それと同時にこの洞穴を縄張りにしている魔物がいないことがわかった。
 お出かけ中ってんなら話は別だけど、今は1匹も魔物がいない。
 もし魔物がいたんなら、石を投げ込まれた時点で、怒って洞穴から出てくるはずだからな。
 寛大な心の魔物がいたとしても、様子を確認するはずだし。
 とにかく、この洞穴は安全だと確認できた。
 だから大丈夫だよね?
 私が使っても問題ないよね?

 そろりそろりと這いつくばりながら洞穴へ向かった。
 体は重い。身体的にも精神的にも。
 でもあと少し、もう少しで休める。

 ここが雪山とかだったら眠っちゃダメなんだろうけど、私は眠るぞ。
 だってここは雪山じゃないし、今の私は人間じゃない。ミミックだ。
 人間の貧弱な体とは訳が違うのだよ。
 きっと雪山で眠っても低体温症とかになったりしないはず。

 とにもかくにも、早く眠りたい。体を休ませたい。
 その一心が私の体を動かす。

 ようやく洞穴に入ることができたけど、まだ休むわけにはいかない。
 もっと奥まで行かなきゃ。

 この洞穴はそこまで広くはない。奥行きもそこそこだ。
 人間だったら7人が限界くらい? 10人は絶対無理ね。
 だからこの洞穴を覗かれてしまえば、簡単に私の存在がバレてしまう。
 なので少しでも奥に行かなきゃダメだと考えている。

 まあ、私の中身は可愛い可愛いミミックちゃんだけど、見た目はなんの変哲もない宝箱だからな。
 魔物に存在がバレたとしてもスルーされるのがオチ。
 それでも私の可愛すぎるオーラが、魔物をおびき寄せちゃう可能性があるからねー。
 だから一番奥の深いところまで行かなきゃならないの。本当に可愛いって罪よね。
 あっ、でもでも、イケメン冒険者には気付いて欲しいから、ちょっとだけ手前で寝るのもありかな?
 いや、運命の相手なら、たとえ洞穴の奥でも、洞窟の最下層でも、湖のそこでも見つけてくれるはず。

 きっと、きっと、私を見つけてくれるはず……。

 あぁ、まずい。
 だんだん意識がもうろうと……。

 洞穴に入れたことに安心して……いしき、が……。

 まだ、おくまで、いって、ない、のに……。
 もう、からだが、うごか、ない。うごき、たくない。
 もう、いい、か。



 私は意識を手放して、暗闇に落ちていった。
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