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《2学期突入編》
013:紫色の〝ときめき〟
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今日は日曜日――待ちに待ったご当地アイドルIRISのイベントの日。
僕の推しの〝くまま〟に会える日だ。
イベント会場はいつものショッピングモール――地元に唯一ある小さなショッピングモールだ。
この日をどれだけ待ち焦がれただろうか。やっとくままに会えるぞ!
と言ってもくままこと小熊さんには毎日学校で会っている。
そして毎回欠かさず普通のツーショット写真を求めてくる。その度に誘惑されていたわけだが……。
思い返せばよく耐えてきたと思う。
お互いの肩がくっついたり、腕に抱きつかれたり、顔と顔の距離が消しゴム一個分だったり……とにかく耐えた。耐え続けた!
耐え続けたせいで今日のチェキ会は爆発しそうだ。
反動がやばいぞ。
金なんてあっという間に消えるんだろうな。
音響機器のすぐ横で僕はお金の心配をするのだった。
この場所ももはや僕の定位置になりつつある。
一番落ち着く場所でもあるし、音響機器から流れるくままの声を全身で浴びることもできる。
最高の定位置だ。
「――よっ! 隼兎! やっぱり来てたのか」
音響機器を見つめている僕の背中に声がかかる。
「――純平!?」
声をかけてきたのはクラスメイトで親友の猿田純平だ。
「どうしてここに? それにやっぱりって?」
「最近クラスで小熊とイチャイチャしてるだろ? 親友をほったらかしてよ~」
「いや、あれは違う! あれは小熊さんが一方的に……イチャイチャなんてしてない!」
「誰がどう見てもあれはイチャイチャだ。まあ、そんなことは置いといて……」
「置いとかないでくれ……誤解だって……」
イチャイチャしているように見られていただなんて。
僕はただ写真を拒んでただけなのに。
今度からそう見られないように気をつけなければ。
何が炎上の火元になるか分からないからな。
「それでよ、もしかしたらイベント見に行ってるんじゃないかって思ったんだわ。そしたら案の定だ」
「純平はどうしてここに? 僕のこと確認するためだけじゃないよね? まさか純平もご当地アイドルに興味が!?」
「あ? 俺か? 俺は姉貴のお使いだ」
そう言った純平の両手は買い物袋で塞がれている。
今日もまた友達が押し寄せてきたのだろうか。
きっとそうだろう。大量のペットボトル飲料とお菓子がそうなのだと告げていた。
「残念ながら俺はアイドルとかには興味ねーよ」
「そ、そっか……」
「本当に残念そうだな」
「うん。だって仲間ができればペンライトとか振ったりできるなーって思ってさ。応援してるよってライブ中にも伝えたいし。でもさすがに独りでやるのは恥ずかしいからさ」
くままのイメージカラーの黄色に光らせたペンライトを振って、くままを全力応援することは一人でもできる。
だけどここでは『一人』ではなく『独り』だ。
僕以外にペンライトを握る人なんて誰一人として存在しない。
そんな『独り』の状況では恥ずかしくてペンライトなんて振ることすらできない。
臆病者でごめんよ、くまま。
「一人でペンライト振ってるの誰かに見られたら恥ずいもんな。ステージよりも注目浴びるぞ」
「まあ、あながち間違ってないかもね。でもいつかペンライト振ってみたいな。その時はよろしくね」
「よろしく、って言われてもな……俺はアイドルとかには興味がな――」
「え? 何? ごめん、聞こえない!」
純平が何かを話している途中で音楽が鳴った。
ここは音響機器の近く。日常的な音量での会話がかき消されてしまうのは当然だ。
そして音楽が鳴ったということは――
『みなさ~んっ、こんにちは~!!!』
――くままの登場だ!
黄色の衣装は毎度のことながら似合いすぎている。天使だ。
ひらひらと揺れるスカートに目が釘付けになってしまう。妖精さんだ。
そして太陽のように明るい笑顔。眩しい。眩しさが全て可愛さに還元されていく。女神だ。
それに音響機器から響くくままの声――これも最高すぎる。
全身に響く。内臓にまで届く。
心だけでなく、体までもがくままの登場に喜んでいるのがわかる。
『久しぶり。帰ってきたよ』
『れおれお~! おかえりー!』
くままと一緒にステージに壇上したクール系の美少女は〝れおれお〟だ!
ご当地アイドルIRISのもう一人のメンバー。イメージカラーは紫。
写真では見た事あるけど、実物は写真以上にかっこいいな。
男の僕ですら惚れてしまうくらいだ。
それにチラッと見えるチャームポイントの八重歯がものすごく可愛い。
れおれおは、かっこいいと可愛いを同居させた天使だっ!
いやいやいや、いかん。惚れてしまってはダメだ。
僕の推しはくままだけ。くまま一筋だ。
『れおれおが帰ってきたという事で、この曲から始めるよ~』
『うん。始めよう』
『聴いてください――』
1曲目が始まった。
地元をテーマにしたオリジナルソングだ。
前回も聴いた曲だけど、二人で歌ってるのは初めて聴いた。
太陽のように元気いっぱいのくままと夜の静けさを感じさせるクールなれおれお。
真逆の系統と言っても過言ではない二人だけど、息もリズムも何もかもがピッタリだ。それでいて心地良い。
朝と夜が――太陽と月が同じ時間に存在する世界。このステージは幻想的すぎる。
天国がこの世に存在するとしたらここだろう。そう思わせるくらい本当に幻想的だった。
『ありがとっ~』
『ありがとう』
――パチパチパチパチッ!!
拍手によって気付かされた。あっという間に1曲目が終わってしまったことに。
ステージが幻想的すぎて僕の魂がどこかへ行ってしまっていたらしい。きっとそうに違いない。
そうじゃなきゃ、こんなにも時間感覚が分からなくなるはずがない。
「すごかった……」
心の底からすごいと思った。
だから心の声が漏れてしまった。
「ああ、本当にすごかった」
「あ、あれ? まだいたの?」
純平が隣にいることすら忘れてしまうほど、くままのステージに夢中になっていたということか。
というか純平はパシリの方は大丈夫なのだろうか?
怖いお姉さんに怒られなければいいけど。
「なあ、隼兎……」
「ん? 何?」
神妙な面持ちで声をかけてきた。
小学生の時からの付き合いだけど、こんな表情の純平を見たのは初めてだ。
「紫のペンライトってどこに売ってる?」
「え? ペンライトならネットで探せばいくらでも出てくるよ。逆にここらへんの店舗だと見つからないね」
「そうか。ありがとう。次のイベントは一緒にペンライト振ろうぜ」
「さっきまでアイドルに興味ないとか言ってたのに?」
「あぁ、何だろう。胸がなんかこーう、わからないけど、すごかった。だから少しだけ興味が湧いた」
どうやら純平も〝ときめき〟に充てられたらしい。さすが僕の親友だ。
紫って言ってたから純平は、れおれおが気になるのか。
たしかに純平が好きそうなタイプではある。
「それじゃ来週のイベント、一緒にペンライト振って応援しよう!」
「おう! って、やばい! 早く帰らないと姉貴に殺される! じゃあな!」
純平は小走りでイベント広場を後にした。
その後ろ姿は夏休みの時に見た時と比べて楽しそうにも見えた。
小走りなのにスキップを踏んでいるかのような。
僕もあんな楽しそうな背中をしていたのかな?
そんなことを思いながら純平を見送った。
僕の推しの〝くまま〟に会える日だ。
イベント会場はいつものショッピングモール――地元に唯一ある小さなショッピングモールだ。
この日をどれだけ待ち焦がれただろうか。やっとくままに会えるぞ!
と言ってもくままこと小熊さんには毎日学校で会っている。
そして毎回欠かさず普通のツーショット写真を求めてくる。その度に誘惑されていたわけだが……。
思い返せばよく耐えてきたと思う。
お互いの肩がくっついたり、腕に抱きつかれたり、顔と顔の距離が消しゴム一個分だったり……とにかく耐えた。耐え続けた!
耐え続けたせいで今日のチェキ会は爆発しそうだ。
反動がやばいぞ。
金なんてあっという間に消えるんだろうな。
音響機器のすぐ横で僕はお金の心配をするのだった。
この場所ももはや僕の定位置になりつつある。
一番落ち着く場所でもあるし、音響機器から流れるくままの声を全身で浴びることもできる。
最高の定位置だ。
「――よっ! 隼兎! やっぱり来てたのか」
音響機器を見つめている僕の背中に声がかかる。
「――純平!?」
声をかけてきたのはクラスメイトで親友の猿田純平だ。
「どうしてここに? それにやっぱりって?」
「最近クラスで小熊とイチャイチャしてるだろ? 親友をほったらかしてよ~」
「いや、あれは違う! あれは小熊さんが一方的に……イチャイチャなんてしてない!」
「誰がどう見てもあれはイチャイチャだ。まあ、そんなことは置いといて……」
「置いとかないでくれ……誤解だって……」
イチャイチャしているように見られていただなんて。
僕はただ写真を拒んでただけなのに。
今度からそう見られないように気をつけなければ。
何が炎上の火元になるか分からないからな。
「それでよ、もしかしたらイベント見に行ってるんじゃないかって思ったんだわ。そしたら案の定だ」
「純平はどうしてここに? 僕のこと確認するためだけじゃないよね? まさか純平もご当地アイドルに興味が!?」
「あ? 俺か? 俺は姉貴のお使いだ」
そう言った純平の両手は買い物袋で塞がれている。
今日もまた友達が押し寄せてきたのだろうか。
きっとそうだろう。大量のペットボトル飲料とお菓子がそうなのだと告げていた。
「残念ながら俺はアイドルとかには興味ねーよ」
「そ、そっか……」
「本当に残念そうだな」
「うん。だって仲間ができればペンライトとか振ったりできるなーって思ってさ。応援してるよってライブ中にも伝えたいし。でもさすがに独りでやるのは恥ずかしいからさ」
くままのイメージカラーの黄色に光らせたペンライトを振って、くままを全力応援することは一人でもできる。
だけどここでは『一人』ではなく『独り』だ。
僕以外にペンライトを握る人なんて誰一人として存在しない。
そんな『独り』の状況では恥ずかしくてペンライトなんて振ることすらできない。
臆病者でごめんよ、くまま。
「一人でペンライト振ってるの誰かに見られたら恥ずいもんな。ステージよりも注目浴びるぞ」
「まあ、あながち間違ってないかもね。でもいつかペンライト振ってみたいな。その時はよろしくね」
「よろしく、って言われてもな……俺はアイドルとかには興味がな――」
「え? 何? ごめん、聞こえない!」
純平が何かを話している途中で音楽が鳴った。
ここは音響機器の近く。日常的な音量での会話がかき消されてしまうのは当然だ。
そして音楽が鳴ったということは――
『みなさ~んっ、こんにちは~!!!』
――くままの登場だ!
黄色の衣装は毎度のことながら似合いすぎている。天使だ。
ひらひらと揺れるスカートに目が釘付けになってしまう。妖精さんだ。
そして太陽のように明るい笑顔。眩しい。眩しさが全て可愛さに還元されていく。女神だ。
それに音響機器から響くくままの声――これも最高すぎる。
全身に響く。内臓にまで届く。
心だけでなく、体までもがくままの登場に喜んでいるのがわかる。
『久しぶり。帰ってきたよ』
『れおれお~! おかえりー!』
くままと一緒にステージに壇上したクール系の美少女は〝れおれお〟だ!
ご当地アイドルIRISのもう一人のメンバー。イメージカラーは紫。
写真では見た事あるけど、実物は写真以上にかっこいいな。
男の僕ですら惚れてしまうくらいだ。
それにチラッと見えるチャームポイントの八重歯がものすごく可愛い。
れおれおは、かっこいいと可愛いを同居させた天使だっ!
いやいやいや、いかん。惚れてしまってはダメだ。
僕の推しはくままだけ。くまま一筋だ。
『れおれおが帰ってきたという事で、この曲から始めるよ~』
『うん。始めよう』
『聴いてください――』
1曲目が始まった。
地元をテーマにしたオリジナルソングだ。
前回も聴いた曲だけど、二人で歌ってるのは初めて聴いた。
太陽のように元気いっぱいのくままと夜の静けさを感じさせるクールなれおれお。
真逆の系統と言っても過言ではない二人だけど、息もリズムも何もかもがピッタリだ。それでいて心地良い。
朝と夜が――太陽と月が同じ時間に存在する世界。このステージは幻想的すぎる。
天国がこの世に存在するとしたらここだろう。そう思わせるくらい本当に幻想的だった。
『ありがとっ~』
『ありがとう』
――パチパチパチパチッ!!
拍手によって気付かされた。あっという間に1曲目が終わってしまったことに。
ステージが幻想的すぎて僕の魂がどこかへ行ってしまっていたらしい。きっとそうに違いない。
そうじゃなきゃ、こんなにも時間感覚が分からなくなるはずがない。
「すごかった……」
心の底からすごいと思った。
だから心の声が漏れてしまった。
「ああ、本当にすごかった」
「あ、あれ? まだいたの?」
純平が隣にいることすら忘れてしまうほど、くままのステージに夢中になっていたということか。
というか純平はパシリの方は大丈夫なのだろうか?
怖いお姉さんに怒られなければいいけど。
「なあ、隼兎……」
「ん? 何?」
神妙な面持ちで声をかけてきた。
小学生の時からの付き合いだけど、こんな表情の純平を見たのは初めてだ。
「紫のペンライトってどこに売ってる?」
「え? ペンライトならネットで探せばいくらでも出てくるよ。逆にここらへんの店舗だと見つからないね」
「そうか。ありがとう。次のイベントは一緒にペンライト振ろうぜ」
「さっきまでアイドルに興味ないとか言ってたのに?」
「あぁ、何だろう。胸がなんかこーう、わからないけど、すごかった。だから少しだけ興味が湧いた」
どうやら純平も〝ときめき〟に充てられたらしい。さすが僕の親友だ。
紫って言ってたから純平は、れおれおが気になるのか。
たしかに純平が好きそうなタイプではある。
「それじゃ来週のイベント、一緒にペンライト振って応援しよう!」
「おう! って、やばい! 早く帰らないと姉貴に殺される! じゃあな!」
純平は小走りでイベント広場を後にした。
その後ろ姿は夏休みの時に見た時と比べて楽しそうにも見えた。
小走りなのにスキップを踏んでいるかのような。
僕もあんな楽しそうな背中をしていたのかな?
そんなことを思いながら純平を見送った。
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