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《ドキドキの文化祭編》

024:ご褒美回〝ナース服姿のくまま〟

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「じゃじゃーん。どうかなっ?」

 想像していたナース姿よりも本物は何億倍――いや、何兆倍も可愛かった。
 そんなことはわかってたはずだ。
 でも、それでも想像の何兆倍も可愛かったんだ。
 想像を遥かに超える可愛さに本気で死を悟った。

「ナース服だよっ」

 ピンク色を基調としたナース服。コスプレ用のナース服で真っ先に思い浮かぶナース服だ。
 スカートの丈はミニスカートのように短く、見えてはいけないものが見えそうなほど際どい。
 それに小熊さんの雪のように白い生足が露わにな離すぎている。ご当地アイドルIRISアイリスの衣装よりもだいぶだ。
 そしてナース服は体のラインがわかる作りになっており、華奢な小熊さんの体の線が丸わかりだ。
 スタイルがいいからこそ、暴力的な可愛さが目の前にある。
 実際に小熊さんのようなナースがいたら、緊張で血圧が上がりまくってしまうだろう。
 ナースコールも一晩に100回は押してしまうかもしれない。

 あぁ、ダメだこれ。
 可愛すぎる。尊すぎる。

「あっ、大変。隼兎くんが死にかけてる。こうなったらナースくままが隼兎くんを救わねばっ!」

 ダメだよ。ナースくまま。
 これ以上何かしたら……本当に死んでしまう。冗談抜きでガチで。尊死してしまう。

「こういう時は注射を打てばいいのかな? それとも心臓マッサージ? もしかして人工呼吸~?」

 じ、人工呼吸だって!?
 僕を殺すきか!?

「ううん。隼兎くんには〝くままポーズ〟が一番の治療方法だよねっ」

 おいおいおいおい、嘘だろ。
 ナース服姿でくままポーズって、体がいくらあっても持たない。

「せーの! くままポーズ! ナースバージョンっ!」

 小熊さんは両手の拳を頭の上に載せてクマのような耳を作った。
 さらに腰を軽く捻り、片足を前に出す。これでくままポーズの完成だ。
 世界一可愛いポーズと言っても過言ではないくままポーズを前に、僕の死が確定した。

「がはッ!!!」

 ナース服でくままポーズとか……反則級に可愛すぎる。
 このポーズひとつで世界が平和になるぞ。
 むしろ可愛すぎて地球吹っ飛ぶんじゃね?
 富士山とか噴火待ったなしだぞこれ!

「あー! 大変っ! 悪化しちゃったー! こうなったらもう一回! せーの! くままポーズ!」

「がはッ!!!!」

「もう一回! くままポーズ!」

「がはッ!!!!」

 ダメージを受ける僕の視線の端に引きつった表情をした純平が映った。

「お前ら本当に仲がいいなっ」

 純平のこの台詞もセットでお決まりのやり取りになりつつあるが、僕は至って真面目だ。
 真面目にくまま の可愛さを全身で受け止めている。

巫女みこの衣装は初めてでな。少し手こずった」

「ガハッ!!!!」

 れおれおと純平のこれもお決まりになりつつあるな。

 ――サッサッサッサ!!!

 れおれおはお祓いの時とかに使う先端に白い紙が付いている棒を純平に振り始めた。
 文字通りお祓いするつもりなのだろう。本当にノリがいい。

「って、純平! ダメだ! 成仏しちゃダメだー!!!」

 僕の声はもう純平の耳には届かなかった。
 純平からの返事の代わりに仏具の『チーン』という効果音が聞こえたのは気のせいだろうか。
 そんな幻聴が聞こえてしまうほど、純平の姿はまさにそれそのものだった。
 このままだとまずいと悟った僕は、満身創痍の体を引きずって純平の元へ歩み寄り、肩を貸した。

「このままだと僕と純平の屍を晒すことになる。ここは神のみぞ入れる領域だった。僕らなんかが入ってはいけなかったんだ」
「そんなことはないよ。キミにもお祓いをしてあげようか」
「ぬぅうううう!! 僕にもお祓いを……だ、ダメです。僕はくまま一筋。れおれおのお祓いで成仏するわけにはいかないんだ」
「成仏はするんだね」
「します。なので僕は純平を連れてあっちのベンチで休んでますね。では……」

 ふぅー。ギリギリだった。
 なんとか生き延びることができた。
 きっとこのあとはチャイナドレスだ。
 絶対に耐えられるはずがない。

「次はチャイナドレスだったのにー」
「奇遇だね。私もチャイナドレスにしようと思ってたところだよ」

 くままとれおれおのダブルチャイナだとぉおお!!!!

「隼兎……チャイナを……最期に……」
「ダメだ純平。僕たちはここで死ぬわけにはいかない」
「純平は推しのチャイナ姿を見たくないのか?」
「見たいに決まってるだろ」
「だよな。それなら見よう。それで人生の幕を閉じよう」
「ダメだ。それだけはダメだ。これから先、もっと素晴らしい2人の姿を拝められるはずだから。だから今日のところは休憩しよう。ここで死ぬのはもったいない」
「そう……だな」

 僕たちはまるで戦場から離脱する戦士のようだった。
 実際は戦場じゃなくて小さなショッピングモールの中にある小さな専門店なんだけどね。
 それでも僕たちは戦った。
 可愛さという銃弾を何度も浴びながら……蜂の巣になりながらも生還したんだ。

「あーあ、行っちゃった」
「面白かったのに残念だ」
「ねー、残念だよね」

 戦場を離脱する僕たちの背後から、天使たちの惜しむ声が聞こえた。
 一瞬だけ足を止めそうになってしまったが、僕は純平に肩を貸しながら足を止めなかった。

「ガチで休もう」
「ああ……休もう」

 2人とももう本当に限界だったから。
 この後も小熊さんとれおれおは試着を続けたが、それを遠くから見るほどの体力が残ってなかったため、どんな衣装を試着していたかはわからない。
 でもいずれ――9月30日の文化祭でわかることになるだろう。
 その時を楽しみに待ちながら、僕は回復に専念した。
 れおれおは同じ学校じゃないから、文化祭でもその姿を見ることができないのが、ちょっとだけ残念だ。
 いや、嘘を吐いた。ちょっとだけなんかじゃない。ものすごく残念だ。
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