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第5章

60 金縛りちゃんにまた会うため、金縛りちゃんノートを作成する

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 僕は専属霊を憑けずに全員を選んだ。
 それによって二度と金縛りにかからない体質になってしまったらしい。その実感はまだない。

 大好きな金縛りちゃんたちと会える時間は、金縛りにかかっている間だけだ。
 つまり金縛りにかからないという事は金縛りちゃんに会えないという事になる。
 逆を考えれば、金縛りにかかりさえすれば金縛りちゃんに会えるかもしれないという事だ。


 大好きな金縛りちゃん。カナ、レイナ、リナ。
 そして兎村の金縛り3姉妹。ハナ、フナ、フナ。

 彼女らには、また会う約束をしている。約束は絶対に守りたい。

 最終的には『お星様になって会う』というロマンティックな事を信じているが、現実的に考えて妄想の範囲に過ぎない。
 それにそんな遠い未来を想像できない。
 だから僕は今すぐにでも金縛りちゃんたちに会いたいと思っている。
 だって僕にとって金縛りちゃんたちはだ。
 だから遠い未来に会うのだとしたら、今会ってもいいではないか。


 僕は金縛りにかかる方法を探すため、いろんな事に挑戦する事にした。
 居酒屋のバイトは1月9日水曜日まで休みだ。
 バイトが始まったとしてもまだまだ時間はある。
 この休日の間に金縛りちゃんたちに会えるように試行錯誤しよう。


 まずはのか知りたい。
 もしかしたら霊界に帰ったカナたちがユーさんに説得して、金縛りにかかるようにしてくれているかもしれない。
 3人一緒に金縛りにかけるのがダメなら1日1人の契約で。もしくは週1回でもいい。月1回でもいい。
 少しでも望みがあるのならそれに縋ろうではないか。


 その望みはカナたちが頑張ってくれれば叶う。だから他に僕が出来る事は僕がやろう。
 バイトが休みのせいで疲労を溜める事は難しい。でも精神的ストレスはすぐに溜められる。
 前もやったように学生時代の思い出を蘇らせたらいいんだ。
 嫌な事を思い出したり、恥ずかしかった事を思い出したり、迷惑な酔っ払いの事も、虐めっ子たちの事も、嫌いな人たちを思い返そう。
 それならすぐにでも精神的ストレスが溜まる。
 心が苦しくなった僕は自殺を考えるかもしれない。
 でも自殺さえすればきっと、金縛りちゃんたちは助けに来てくれる。
 自殺する勇気は僕にはないけど……。


 精神的ストレスが多い人には金縛りにかかりやすくなると言われている。
 実際のところは、金縛り霊が金縛りをかけにくるから精神的ストレスが要因で金縛りにはかからない。
 それでもという噂があるなら僕は試すしかない。
 金縛りちゃんに会うためならどんな事だってやってみせる。自殺以外は。


 そして食生活も重要だ。
 不摂生な生活を送る事によって金縛りにかかりやすくなると言われている。
 今まで通り、いや、もっと不摂生な生活を心がけよう。
 ラーメンでも焼肉でも毎日食べてやる。好きなものを好きなだけ。健康のことなんて考えない。
 体をどんどんと悪くして病気にでもなれば、きっと助けに来てくれる……。


 今すぐにでも金縛りちゃんに会いたい。だけどその気持ちを今は忘れよう。
 確実に金縛りちゃんに会うために今日は寝ない。
 それに今日は12月31日だ。寝たくない僕にとっては都合がいい日だ。

 テレビは特番ばかりやっている。
 だから飽きる事はないだろう。
 途中で寝落ちしないようにさえ気をつければ大丈夫だ。

 1日寝ない事で相当な疲労や怠さが蓄積されるだろう。
 疲れ切った僕の体は金縛りちゃんにとって栄養たっぷりの健康食。スペシャルフードだ。
 金縛りにかかりやすくなるだけじゃなくて、金縛りをかけたくなるような体に変化するだろう。


 この際、金縛り霊なら誰でもいい。
 ユーさんでもワカナさんでもオカマのユウナさんでも、知らない金縛り霊でも誰でもいい。
 誰かに接触する事ができれば得られるものも大きいはず。まだまだ説得の余地もある。
 だから金縛りにかかりさえすればこの状況を打破する事が可能かもしれない。
 金縛りにかかりさえすれば……。



 この日は一睡もせずに過ごした。そして1人寂しく年を越したのだ。
 本来なら金縛りちゃんたちに『あけおめ』『ことよろ』なんて言葉をかけていたのかもしれない。

 スマホを覗いても年越しの祝いの連絡を送ってくれているのは家族とバイト先の人たちだけだ。
 もしリナが生きていたらこのLINEにメッセージが送られていたかもしれない。
 かもじゃない。絶対送られてきていた。
 いや、もしかしたらメッセージは送られてこないかもしれない。
 だって年越しは一緒にいる可能性もあるから。
 リナがもし生きていたら……。僕の人生も変わっていたかもしれないな。


 一睡もしていない僕は正月の特番を見ながら好きなお菓子を好きなだけ食べて過ごした。
 他人が見たら、だらだらと過ごし幸せそうに見えるかもしれない。
 最高の正月休みを過ごしていると思われるかもしれない。
 でも僕は金縛りちゃんに会うために必死だ。
 好きなものを好きなだけ食べても嬉しくないし楽しくもない。むしろ苦だ。苦行でしかない。


 金縛りちゃんがいない世界なんて僕の生きる意味がない。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 ついに体の限界が来てしまった。

 今寝ても金縛りちゃんに会える時間は過ぎている。
 だからもう1日睡眠を取らずに起きていたい。
 どうせ寝るのなら金縛りにかかる時間帯に寝たい。

「でも、金縛りちゃん面接の時は1日中金縛りにかかってた……」

 毎回2時に金縛りにかかるが、別の時間でも金縛りにかかる可能性はあるのではないだろうか?
 朝でも昼でも関係ない。寝ている人間なら時間に関係なく金縛りにかかるかもしれない。

 勝手にそう思い込んだ。
 そう思い込んでしまわないと、今から僕がやろうとしている事が無駄になってしまうと思ったからだ。

 僕は一瞬、ほんの数秒間だけ目を閉じた。それだけで意識が遠のいていくのが分かる。
 いつも以上の暗闇だ。引力が凄まじい。気を緩めたら吸い込まれてしまいそうになる。

 そんな事を考えていたが僕の意識はすでに暗闇の中にあった。
 暗く静かで冷たい。そんな暗闇だ。

 金縛りちゃんに会いたい。そんな思いが僕の意識を呼び戻そうとしている。

「仮眠だけ……」

 僕は右手で目覚まし時計に手を伸ばしたが掴んだのは目覚まし時計の側に置いてあった『座敷兎人形』だった。
 その座敷兎人形を掴んだ瞬間、諦めてしまった。『寝てもいいよ』と言われたような気がしたからだ。

 僕は座敷兎人形を掴んだまま、意識が暗い暗い闇の中へと吸い込まれてしまった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 ピピピピッピピピピッ

 目覚まし時計の鳴る音で僕の意識は覚醒した。

 この時間に起きたという事は、願いも虚しく金縛りちゃん達は誰も来なかったという事になる。

 虚しい。そして寂しい。悲しさもある。

 金縛りちゃんが来なかったので体に溜まった疲労はそのままだ。怠い。

「うぅ……」

 僕の意識は、再び暗い闇の中へと吸い込まれていく。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 僕は二度寝をかましてしまった。
 時計を見るとバイトが始まっている時間だったので軽く焦った。

「休みだ……危なっ……」

 バイトが正月休みで本当によかったと思った。

 そもそも休みだから一睡もしなかったり二度寝をしたりしたのではないか。

 僕が寝たのは6時くらいだ。一度起きてしまった分をカウントしなければ、約11時間も寝た事になる。
 我ながらこんなに長く睡眠を取った事はない。それほど体が疲れ切っていたという事だ。
 今でも疲労は全て回復し切れていない。さらには長時間睡眠のせいで体が痛い。特に腰。

 もしかしたら毎日、金縛りちゃんたちに疲労を吸われ続けた僕の体は変化しているのかもしれない。
 少しの事でも疲れてしまい自己治癒力が低下している可能性がある。
 金縛り霊の不思議な力に慣れてしまった反動。いや、副作用のようなものだろうか。


 二度寝をかました後でも金縛りちゃんたちは、僕の前に現れなかった。
『現れなかった』という言い方は語弊があるだろう。『現れる事ができない』が正解だ。

 となると今夜も来れないと思ったほうがいい。
 それに11時間も眠っていたせいで頭が痛い。そして目が冴えている。
 起きたばかりだが全く眠れる気配はない。今夜も夜更かし確定だ。

 幸い眠れなくても正月の特別番組で時間を潰せる。
 それに寝れない時間は、金縛りちゃんに会うための作戦を立てられる。

 10日からバイトが始まるのだ。それまでにできる事をできるだけ多くやろう。

 テレビのチャンネルを適当に回す。面白そうなお笑い番組にチャンネルが定まりリモコンを定位置に置いた。
 テーブルの上にノートとペンを用意した。そして取り憑かれたかのようにメモを取りはじめる。

 今まであった金縛り霊の事を書き殴る。記憶を辿り細かく書いていく。些細な事でもなんでも。
 何かヒントになる手がかりがあるかもしれない。乱暴な文字に優しさを乗せてノートの一面を黒く塗りつぶす、

 カナの言葉……レイナの言葉……リナの言葉……。
 リナのことに関しては生前の頃とごっちゃになっているがそれでも気にせず書き続けた。

 ユウナさんの言葉……ユーさんの言葉……ワカナさん……の言葉はない……。

 僕は集中した。ひたすらノートに書き続けた。
 ペンは止まっても脳は動いている。そしてまたペンが動き出す。

 このノートは『金縛りちゃんノート』と名付けよう。
 相変わらずのネームングセンスだがそんな事は気にしない。

 気付けば10ページも書いていた。
 文字は汚いが、几帳面な性格もあって1ページ1ページしっかりと書いている。

「終わったー」

 書き終えたときの達成感は物凄い。

 適当に流していたお笑い番組も変わっていた。
 何回変わったのかわからない。そもそも集中し過ぎてテレビで見た内容なんて覚えていない。
 いや、何度も同じCMが流れていたのだけは覚えている。

 機械のように書き続けること8時間。時計を見てみれば時刻はちょうど2時を差していた。
 何因果だろうか。僕が金縛りにかかる時間だ。


 ノートを書き終えて集中が途切れた瞬間に激しい頭痛が襲いかかってきた。
 頭痛は書いている時からあった可能性もある。集中し過ぎて気が付かなかったのかもしれない。

 お腹も空いてきた。流石に何も食べないのはダメだろう。途中で食事を挟むべきだった。

 ここでまの集中力と執着心は今までなかった。それほど金縛りちゃんたちに本気だという事だ。


「霊界と人間界を繋ぐ……」

 言葉にしてようやく分かった。僕は無謀な挑戦をしていることに。
 でも実際は、霊界と人間界は繋がっていた。あの日、あの時、確実に繋がっていた。
 必ずできる。そう信じて挑まなきゃいけない。

「あとは……」

 僕は書き終わった『金縛りちゃんノート』の表面を見ながら頭の中を整理した。今後のやるべきことについてだ。
 書いていたからこそ気付いたことが山ほどあった。だからそれをこのバイトの休み中にやるしかない。
 そのために準備をしよう。

 僕はダウンジャケットを羽織り家を飛び出した。

「腹が減っては戦はできない」

 空腹を満たすためにコンビニへ足を運ぶ。
 家にはカップ麺などが置いてあったが味気ない。もっと贅沢なものを食べたい気分だ。

 僕が選んだ夜食は『ビーフカレー』だ。贅沢というほどではないが何故かカレーが食べたい気分になっていた。

 昔どこかで聞いたことがある。カレーが無性に食べたくなる時は体調不良の前兆だ。と言う事を……。

 もしかしたら風邪でも引いてしまうのだろうか? それだけは避けたい。

 金縛りちゃんがいれば風邪なんて引かなかっただろう。いやいや、そんな事を考えても仕方ない。
 風邪を引かないためにも不規則な生活をちょっとだけ改善する必要がある。
 完全に規則正しい生活にしてしまうと金縛りちゃんに会うチャンスを逃すかもしれない。
 だから体調不良にならないギリギリの不規則な生活を続けなければならない。

 家に帰った僕はビーフカレーを頬張った。お腹が膨れた途端、睡魔が襲ってきた。
 寝れないと思っていたが人間というのは不思議だ。お腹もすくし眠くなる。

 寝る前に僕はやりたいことが一つある。

 おもむろにスーツケースを取り出して必要なものを詰め込み始めた。

「準備完了と……」

 スーツケースに荷物を詰め終わり、小さな達成感を得た。

 明日、目を覚ましたら『兎村の旅館』に電話をしようと計画している。
 なので今詰め込んだ荷物は旅行のための荷物だ。
 兎村に行くのは早すぎるかもしれない。けれど、もしかしたら金縛り3姉妹に会えるかもしれない。
 帰るかどうかこの目で、この体で確認しなければならない。

 いても立ってもいられなくなり荷物を先に準備してしまったのだ。
 普通は予約の電話を入れてから準備するだろう。


 そして兎村に行くときに確認したいことがもう一つある。
 それは『金縛りちゃんノート』を書いていて気付いた事だ。

 僕は金縛りにかからない体質になってしまったのは事実だ。もしかしたらこので金縛りに掛からなくなった可能性がある。
 他にもカナ、レイナ、リナの3人だけが僕に金縛りをかけられないという可能性もある。
 憶測に過ぎないが兎村の旅館に行って試してみるしかない。試す価値は十分にある。


 年始で旅行客も多いだろうが、兎村のあの旅館なら大丈夫だろう。
 お化け屋敷のような旅館だ。旅行客も少ないはず……。


 とりあえず体を暖かくして寝よう。初っ端から風邪なんて引けない。


 部屋中に残ったカレーの匂いを嗅ぎながら僕の意識は暗い暗い闇の中へと消えていった。
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