上 下
66 / 76
第5章

66 不協和音の中の邂逅

しおりを挟む
 僕の意識は突然覚醒した。

「お待ちしておりましたよ。山中愛兎様。いいえ、ウサギ様」
「お待ちしておりましたわ。山中愛兎様。いいえ、ウサギ様」

 白髪でおかっぱ頭の小さな女の子が2人、僕の目の前に現れた。
 ステレオチックに心地よい声が目の前の少女から響き渡った。
 息ぴったりで顔もそっくり。この事から瞬時に双子の姉妹だと理解した。

 そのまま双子の少女は、丁寧にお辞儀をして僕を迎え入れてくれている。
 迎え入れてくれていると言っても、僕は迎え入れられる覚えはない。
 最近物忘れは多いのは置いとこう。

「わかったぞ。これは夢だな……」

 僕は今、雲の上にいる。双子の少女に意識がいっていたので全く気が付かなかった。
 雲の上にいるのにもかかわらず浮遊感を感じない。
 それどころか地面に立つかのように当たり前のような感覚で浮いている。

「あれ? こんな服着てたっけ?」

 服装を見ると明らかにおかしい。
 着ていたはずのスウェットパジャマではなく、見知らぬ白い服を着ている。
 いつの間に着替えたのだろうか。

「だよな。やっぱり夢だ……」

 非現実的な光景と場所。そして白髪頭の幼い双子の少女。
 この事から総合して僕は夢を見ているのだと答えを導き出した。
 という事は僕は数日ぶりに眠りにつくことが出来たと言うことになる。
 こんなリアルな夢を見るほど僕は眠っているというのか。
 いや、夢を見ていると言う事は眠りは浅いのか?
 眠りが浅くても寝れた事に対して素直に喜ぼう。嬉しい。

 お辞儀していた双子の姉妹が同時に顔を上げて口を開いた。

「■さ■様がお待ちですよ」
「う■■様がお待ちですわ」

「え? なんて? 誰が待ってるって?」

 聞き取れなかった。名前の部分だけ不協和音のような感じで脳に刺激が伝わり聞こえなかったのだ。
 でも誰かが待っているらしい。行ってみようかな……。
 どうせ夢なんだから何が起きても大丈夫だろう。悪夢に変わるのは嫌だけど悪夢だとは限らない。

「こちらへどうぞ」
「こちらへどうぞ」

 双子の姉妹は翼もないのに空を飛んだ。正確には浮いたが正しい。

 夢なんだから空だって飛べるだろう。僕も飛んでみたい。

「ねー! どうやって飛ぶの?」

 双子の姉妹に聞こえるように大きな声で叫んだ。
 久しぶりに大きな声を出したが、喉への不快感は全く感じられなかった。
 すんなりと声が出たことに対しては違和感を感じる。
 違和感などを感じたら『夢だからだろう』と一言で片付けてしまえばいい。
 それよりも今は飛ぶ事に挑戦したい。

「歩くのと同じですよ」
「歩くのと同じですわ」

「歩くのと同じって……信じていいの? 怖いんだけど……」

 歩くのと同じと言われても飛んだ事がない僕にとっては全くの別物だ。

「意識するだけで自由に移動する事が可能ですよ」
「意識するだけで自由に移動する事が可能ですわ」

 なるほど。イメージして体を浮かせればいいんだな。
 何事もとりあえずやってみようだ!

 空に浮かぶ僕の体を一歩意識を集中させて移動した。
 階段を登ようなイメージで……

「って……す、すごい……」

 体が違和感なく思い通りに浮く事ができた。

「本当に浮いた! じ、自由自在だ。ジェットコースターとかの浮遊感がない!」

 夢でも崖から落ちたりする夢では落下感や浮遊感のようなものを感じる。
 それなのに宙を飛び回っても全く浮遊感を感じない。
 本当に変わった夢だ。

「現在、■■ぎ様はここにはいらっしゃいませんよ」
「現在、■さ■様はここにはいらっしゃいませんわ」

「なので、う■■様がいるところまで案内しますよ」
「なので、■■ぎ様がいるところまで案内しますわ」

 語尾だけは違うが一言一句タイミングを外さずに言葉を合わせる双子の姉妹に舌を巻いた。

 そして何度も出てくる名前だが、不協和音が邪魔をして全く聞き取れない。

 そんな僕に気にせず双子の姉妹は、その人がいる場所へ案内するために移動し始めた。
 僕は双子の姉妹の後ろを追う。もちろん浮かびながらだ。


 自由に空が飛べるのは面白い。それに雲の上は気持ちがいい。久々に見た夢だけどいい気分だ。

「って、下すげー」

 雲の上から見る景色は絶景だ。飛行機の上から見る景色の何十倍も素晴らしい。
 ビルが立ち並ぶ大都会。自然いっぱいな森。どこまでも広がる海。本当にすごい。


 しばらく飛んでいると森の中にある1軒の神社が見えて来た。
 どうやらその神社が目的地らしい。

「到着しましたよ。こちらですよ」
「到着しましたわ。こちらですわ」

 ゆっくりと地上に降りていく。空から神社の大地に降りるなんて宇宙人になった気分だ。

「ここからは歩いて移動しますよ」
「ここからは歩いて移動しますわ」

 浮いて移動したい気持ちを堪えながら歩いて移動する。
 先ほどまで宙に浮いていたのに突然歩いても違和感を感じない。本当に不思議だ。

 足音すらも聞こえてこないのは夢だからだろうか。それとも僕の体は地面から数ミリだけ浮いているとか?

 それにしても本当にリアルな夢だ。
 野鳥や虫の鳴き声。それに木々が揺れる音。匂いだってリアルすぎる。

 浮いたり非現実的な事もあるけれど、それ以外は本当にリアルだ。現実って感じがする。

「■さ■様。ウサギ様をお連れしましたよ」
「う■■様。ウサギ様をお連れしましたわ」

 また名前の部分だけ不協和音が響く。なんなんだ。この不協和音は。
 それに僕を待っていた人物の姿が霞んで見えない。いや、白い服を着ているのだけは薄ら見える。

 白い衣装に身を包み髪色までも白い……。でも目をどんなに凝らして見ても顔が見えない。
 双子の姉妹も白髪頭だし、もしかしたら親か? それとも兄弟とか?

「ありがとう。アンナ。カンナ」

「当然の事をしたまでですよ」
「当然の事をしたまでですわ」

 白い男は双子の姉妹に礼を言った。

 そういえば名前を聞いてなかった。双子の姉妹はアンナとカンナと言う名前なのか。
 名前からしてやっぱり双子の姉妹らしくて良いな。微笑ましい。

「それにしても久しぶりだね。ウサギくん」

「え?」

 久しぶりだって? 顔が霞んで見えないから誰だかわからない。でも声は聞いた事ないぞ。
 人違いじゃないか? いや、僕の名前を知っているし……。あ、これは夢だ。
 僕の夢だから知らない人物が僕のことを知っていてもおかしくない。

「2年ぶりくらいかな。キミが来るのを待ってたよ」

「は?」

 よくわからない。話が掴めない。この男は一体誰なんだ?
 そうか。そうだった。これは夢だ。夢じゃないとおかしい。

 目の前には全身白い人物。顔はボヤけて見えない。
 そして白い人物の横に姿勢良く立っている双子の姉妹アンナとカンナ。
 その双子の姉妹が機械のように同時にお辞儀をして口を開いた。

「う■■様。お伝えするのが遅れましたがウサギ様には金■■■に関する記憶がございませんよ」
「■■ぎ様。お伝えするのが遅れましたがウサギ様には■■■霊に関する記憶がございませんわ」

 僕の記憶がない? どういうことだ? それにまた肝心なところだけ不協和音が響き渡って聞き取れなかった。
 記憶がないと言われて「あぁ、あの記憶ね」って事にはならないだろうが僕には心当たりが一切ない。
 どこまでも変な夢だ……。

「そうか。記憶を失ってからここに来たんだね。せめて記憶がある時に来てほしかったものだけど……。本当に災難だね。僕はともかく■ナや■イ■そしてリ■の事も覚えてないのかい?」

「え? な、なんて?」

 なんと言ったのだろうか。やっぱり頭の中で流れる不協和音が邪魔をして聞き取れない。
 どうやら目の前の全身白い人物の他にも誰かの事を忘れているらしい。誰のことを忘れているんだ?
 どうせ夢なんだからどうでもいいか……。

「どうせ夢だからとか思ってないかい?」

「ギクッ」

 ズバリ心を読まれた。しかし心を読まれたからこそ余計に夢のような感じがする。

「とりあえず記憶を戻すのが先決だろう。記憶を戻す事に関しては僕じゃ役に立たない」

 お手上げ状態の白い人物。表情は見えないがため息を吐いてそうな表情をしていそうだ。

「アンナ。カンナ。見張りご苦労様。そして彼を連れて来てくれてありがとう。このままカ■かレ■■か■ナのところまで連れていってあげてくれないかい? 記憶を戻すヒントがきっと見つかるはずだからさ」

「かしこまりましたよ」
「かしこまりましたわ」

 アンナとカンナの声がハモった。そして丁寧にお辞儀をしている。
 本当に息ぴったりで双子よりも機械なんじゃないかと思うくらいだ。

 そして白い人物が放った言葉を僕は小声で呟いていた。

「見張り……記憶……」

 夢と分かっていてもどこかで焦っている僕がいる。
 記憶喪失だからこそ、この状況を夢だと思い込んでいるのかもしれない。
 それでも夢の中でしかあり得ない空中浮遊の説明ができない。やっぱり夢か。
 でも大事なものを忘れているような……。何か大事な、とても大事なものを……。

「ッ……いてっ」

 大事な何か思い出そうとすると頭全体に痛みが走る。不協和音といい何なんだこれは……。


「キミが悪霊にならなくて本当に良かったよ」

「は、はい?」

 頭痛に苦しんでいるところでいきなり話しかけられて驚いてしまったがちゃんと聞き取れた。『悪霊』って何だ? どういうことだ。いつの間に僕の世界はホラーになったんだ?

「どうもキミは世の中に恨みや妬みそして憎しみを抱え込んでいるからね」

 当然だ。世の中悪人だらけ。僕を苦しめる人間だらけだ。誰も僕を癒してくれやしない。
 僕自身も何のために生きているのかわからない。

「それでも元気そうでよかったよ。キミも■縛■■の素質があると僕は思っているよ。このまま■■り■になるべきだ。まあ、僕が言わなくても自分から金■■■になるだろうけどね」

 また不協和音が。何に僕はなるって? 大事なところだけ聞き取れない……。

「本当は僕がキミを見張っておくべきだったんだけどね。ちょうど『■さ■神社』の神主様の体調が悪くなってしまったからさ。僕はそれを治すまではここにいなきゃいけないんだ。でもキミの見張りをアンナとカンナに頼んで正解だった」

 ここの神社の名前すらも聞き取れなかった。そもそもここの神社はどこだ?
 神主様が病気? それなら目の前の白い人物は医者か何かか?
 僕が精神病だから変な夢を見ているのか。それで白い人物は精神科の先生か?
 そういえば2回くらい行った精神病院の先生の顔も覚えていない。
 それなら無意識に僕は診察しに来たと言うのか? 
 空中浮遊や不協和音、そして頭痛は僕の精神不安定な状態が引き起こした幻覚のようなものなのか?

 わからないわからない。何なんだ一体……。

 俯きながら悩む僕の耳が『パチンッ』という音を聞いた。その音は一拍手の音だと直ぐに理解した。
 そしてその音が鳴った白い人物の方を見ると僕に背中を向けている。
 そのまま立派な神社の建物の中に入って行った。

 双子の姉妹アンナとカンナを見ると、白い人物の方へ深々とお辞儀をしていた。
 先ほどの一拍手は話を終えた合図だったのだろうか。
 そうなると僕はこれから、不協和音で聞き取れなかった人物の元へと向かう事になる。

「ではウサギ様。こちらですよ」
「ではウサギ様。こちらですわ」

 双子の姉妹が浮かび上がった。予想通り移動するようだ。
 僕自身も大事な記憶なら思い出したい。だから何も言わずについて行こう。

 それにしても長い夢だ。夢ならとっくに覚めてもいいはずなのに。
 やっぱり夢じゃないのか……。

「カ■様のところに向かいますよ」
「■ナ様のところに向かいますわ」

 浮かびながら双子の姉妹は僕に声をかけて来た。
 それでも肝心なところは不協和音が邪魔をする。

「■ナ様に会えば何か思い出すかもしれませんよ」
「カ■様に会えば何か思い出すかもしれませんわ」

 何度聞いても不協和音が邪魔をして聞き取れない。
 名前だという事はわかる。わかるけど聞き取れないせいで誰なのかもわからない。


 しばらくは移動の時間が続いた。来た道をそのままきれいに戻って行く。
 そして僕が住んでいた地域にまで戻ってきた。


「このまま■界にお連れしたかったのですが■縛■■以外は立ち入り禁止のところもあるんですよ」
「このまま霊■にお連れしたかったのですが■■■霊以外は立ち入り禁止のところもあるんですわ」

「2時までにはこちらに来られると思いますよ。なのでこちらで■ナ様たちをお待ちください」
「2時までにはこちらに来られると思いますわ。なのでこちらでカ■様たちをお待ちください」

 僕が住んでいる家の真上で待たされている。
 そういえばここは目の前の白髪のおかっぱ頭の双子の姉妹と初めて出会った場所だ。
 自分の家の真上なら自分の家に戻りたいが雲の上にいるのも悪くない。
 それに戻る理由もないので言われた通りここで待機しよう。
 2時までに誰か来るらしい。
 生憎時計などを身につけていないので時間はわからない。
 けれど車のライトが付いてイルミネーションのようになっている道路から推測するに今は19時~21時くらいだろうか。
 4つの星が見える夜空からでもそのくらいの時間だと言うことがわかる。

「浮いてるし、夢も覚めない……」

 この状況から察するに、僕は特別な力を手に入れたんじゃないか? スーパーヒーローとかその類の。
 さっきの白い人物だって何かの役目があるように思えた。スーパー戦隊で言うところの担当カラーは白だな。
 でも僕の服も白いし双子の姉妹も白い。もしかしたら白をテーマにしたスーパー戦隊とかなのか?

「うん。白レンジャーか。悪くない」

 こうやって自由に浮いている時点で現実的にあり得ない。
 でもこれが夢じゃないんなら『特別な力』を手に入れた以外考えられない。

「ヒーローがいるってことは悪役もいるんだよな……」

 だから妬みや恨みとかあの白い男は言ってたんだ。僕が敵側の悪の組織の一員にならないために。
 素質があるとか言ってたな。
 そんな言葉はヒーローになる前の決まり文句のようなものだ。絶対にそうだ。

「これから僕の人生は変わるんだ……」

 特別な力を手に入れてヒーローになったのならやることは一つだろう。
 悪の組織を倒す。

「でも悪って何だ?」

 悪は……この世界か?
 そうだ。僕はこの世界が憎い。僕をここまで苦しめた世界が恨んでいる。
 迷惑な酔っ払い、不良、いじめっこ、その他大勢の人間が憎い。嫌いだ。

 僕が得た力は何なのかわからないが悪を倒すしかない。

「倒す……いや、違うな……」

 倒すなんて生半端なことはしない。これは復讐だ。
 僕をここまで追い詰めた世界に復讐をする。悪に復讐をするんだ。
 僕は選ばれた人間なんだ。だから今こうして特別な力で浮いているんだ。

「どんどん力が漲っている気がする」

 僕の異変に真っ先に気付いたのは僕の目の前で浮かんでいる双子の姉妹だった。

「う、ウサギ様?」
「う、ウサギ様?」

 双子の姉妹は驚いた表情で僕の名前を同時に呼んだ。

「力が……すごい……いい……何だこれ……」

 僕の全身が黒く輝き出した。白い衣装もいつの間にか黒い服装にチェンジしていた。
 僕はヒーロー戦隊の黒担当になったんだと理解した。

 どんな闇よりも漆黒の黒だ。

「この感覚どこかで感じたことが……」

 あぁ、わかった。眠る時のあの意識がなくなる感じだ。
 意識が闇に吸い込まれいつの間にか眠っているあの感覚だ。

 そうか。僕はこの闇に飲み込まれて世界に復讐をするための力を得るんだ。
 そして復讐を果たすんだ。

「この世の全てが憎い。僕を苦しめた世界が憎い」


「いけませんよ。ウサギ様。このままでは悪霊になってしまいますよ」
「いけませんわ。ウサギ様。このままでは悪霊になってしまいますわ」


 僕の体は完全に黒い魂へと姿を変えた。手も足も頭も無い。完全に黒い球体だ。
 これが悪霊というものなのだろうか。それとも悪霊に生まれ変わるための第一段階。
 言うならばタマゴみたいな状態か?

 悪霊でもなんでもいい。このすっぽり空いた心を埋められるのなら。
 僕は、僕は……誰だっけ? もう誰でもいい。自分が誰かだなんて忘れるくらいどうでもいいことだ。
 忘れていったものも全てどうでもいいことだろう。
 覚えているのは憎しみだけだ。この世界に対する憎しみだ。


「すぐに■界に連絡を入れますよ。落ち着いてください■サ■様」
「すぐに霊■に連絡を入れますわ。落ち着いてください■■ギ様」


 もう落ち着くことなんてできない。僕も僕自身を止めることはできない。
 力が溢れ出る。最高の気分だ。
しおりを挟む

処理中です...