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IFストーリー

もしもあの日、兎村に行っていたら 前編

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 今夜が専属霊を決める最後の日。
 この日、専属霊を選ばなかったら一生、金縛りにかからない体質になってしまう。
 金縛りにかからなければ金縛り霊に会えなくなってしまう。
 これは体質とかの問題ではない。だ。
 大好きな金縛りちゃんに会えなくなる呪いがかけられてしまうのだ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 僕はパンパンに膨らませたスーツケースと閉まり切れていないリュックを背負いながら、目的地の目の前に立ち思い出に浸っていた。

「ここに来ちゃうだなんて……正直、僕も驚きだよ……」

 目の前には旅館が今にも崩れそうな勢いで建っている。旅館の外観はどこからどう見てもお化け屋敷だ。作り物じゃない。リアルのお化け屋敷。
 ボロボロに腐敗した看板。看板の文字は一切読めない。看板の役目を果たしていないじゃないか。
 そして旅館の周りに立っている木からはツルが伸びていて旅館全体に巻きついている。蜘蛛の巣も大量に張ってあり雰囲気が出過ぎている。

 こんなお化け屋敷のような旅館を懐かしく見続けてしまった。胸が躍るそんな気分だ。
 しかし同時に罪悪感がしこりのように残っている。

「カナ達には相談せずに兎村に来ちゃったからな……僕のことを恨むだろうな。呪われても仕方ない。だって僕は……」

 独り言を呟いていた時に旅館の扉がガラガラと開いた。咄嗟に恥ずかしくなり独り言を辞めて何事もなかったかのように旅館の扉から出る人を確認する。
 その人物は腰を丸めながらこちらを見てニッコリと笑った。

「ふぉふぉふぉ、ようこそお越し下さいました」

 老婆だ。いや、この笑い方と丸まった腰。さらに丁寧に挨拶する姿は……この旅館の女将さんだ。

「ふぉふぉふぉ、6週間ぶりですかね。さあ中へどうぞ」

「は、はい」

 僕は案内されるがままに小さな丸まった背中に付いていくことにした。
 そのまま受付にまで案内させられたがチェックインするためではない。このまま僕は女将さんと共に受付の中へと入っていく。

 受付の中はあの頃のままだった。そこそこ広い空間だが荷物が散らばっている。壁には色とりどりのポスターが貼られている。演歌歌手のポスターや兎村関連のポスター、それに三姉妹の行方不明のビラもそのままだ。
 幼い金縛り霊のフナちゃんが同行者でかくれんぼをしていた時の事が頭の中で鮮明に思い出される。

「あの時は肩車してたっけ……」

「はて、何か言いましたかな? 最近耳が遠くて……ふぉふぉふぉ」

「あ、い、いえ、独り言です」

 受付に入った事を懐かしがっていたらおかしいもんな。不法侵入だ。
 あの時は旅館の中にいる人たち全員が金縛りにかかってて動けない状態だったから、僕が受付に入ったことを知らないんだ。

「こちらにどうぞおかけてくださいませ」

「は、はい」

 女将さんが用意してくれた椅子。この椅子にも見覚えがある。確か警備のおじちゃんが金縛りにかかって寝ていた椅子だ。あの時の警備のおじちゃんは唸ってて怖かった……

「し、失礼します」

 一応礼儀正しく挨拶してから座った。警備のおじちゃんの椅子だから敬意を払ったわけではない。なぜなら今日の僕は客ではない。面接をしに来たのだ。

「それで電話で言ってた内容は……ここでで働きたいでしたかな?」

「はい。約1ヶ月前、兎村に家族旅行で来ました。その時にここの旅館に泊まりました。すごく気に入ってこの旅館のことが忘れられません。この旅館がです。なんでもします。だからここでで働きたいです。働かせてください」

 せっかく座った椅子から身を乗り出して軽く土下座をする。
 目の前には小さな木製のテーブルがあって土下座ができないので頭を全力で垂れている状態だ。
 誠意が伝わればいい。でも本気で思っている。忘れられない人がここにいるんだ。

「…………」

 女将さんからの返事がない。返事があるまで顔を上げないつもりだったけど気になる……。
 なんで返事がないんんだ?
 もしかして寝てる。いや、そんな漫画みたいな展開ありえるか。
 考えてるんだ、きっと。そうだよないきなりだもんな。電話はしたけどそりゃ考えるよな。

「…………」

 なんで返事がないの。逆に怖いんだけど。女将さんは僕が頭を垂れているところをどんな気持ちで見てるんだ? 
 もう我慢できない。大体頭を上げないって決めたのは僕だ。その自分で決めたルールを破ればいいじゃないか。
 誠意が伝わらなかったら何度でも頭を下げるし何度でも言葉で伝える。

「あ、あの~」

 ゆっくりと頭を上げていく。僕の視界は座っている女将さんの腹、胸、首と徐々に顔に近付いている。
 顔を見たら表情がわかる。その表情で大体の答えがわかる。
 緊張で女将さんの表情を見る前に一度唾を飲み込んだ。
 自分を落ち着かせるためでもあるが緊張から喉が渇いてしまっていたのだ。

「いいですよ」

「え?」

「いいですよ」

 表情を見る前に女将さんの渋柿のように渋く老いた声が先に答えを出した。
 その突然の言葉に1回目は反応できなかったが、2回目でようやくはっきりと聞き取れた。

「いいんですか! こんなあっさり……」

「え、えぇ。だってこんなにウサギ様が集まってきたのは初めてですから。ふぉふぉふぉ」

「ウサギ様……?」

 頭を垂れていて女将さんが言うまで気が付かなかった。受付の中には大量の野生のウサギが入ってきていた。
 ウサギ好きには天国のような光景だろう。数はざっと20匹くらいいる。もふもふで可愛い生き物が20匹だ。
 愛くるしいつぶらな瞳とヒクヒクと動く鼻。そして長い耳と短い腕。どれもウサギの可愛いところだ。
 一番近くのウサギをとりあえずもふろう。これはもふりたくなる。ウサギ好きの両親から引き継いだDNAには逆らえない。

「ンッンッ」

「ンッ! ンッンッ」

「ンッンッ!」

 ウサギがこんなに集まると意外とうるさい。こんなにうるさいのに僕は気が付かなかったのか……。
 どれだけ女将さんの声にだけ集中していたんだ。

「働いてもらうのは明後日からにしましょう。ちょうど年越してからなら良い始まりでしょう」

「あ、ありがとうございます」

「住み込みということでしたよね。部屋はいくらでも空いてますので好きな部屋を使ってくださいませ。今日は旅行客もいませんのでお好きに選んでください」

「好きなところでいいんですか?」

「ええ、ふぉふぉふぉ」

 好きな部屋を使っていいと言われて真っ先に思い浮かんだのは1階の奥の部屋だ。
 あの部屋は家族旅行で来た時に泊まった部屋、そして金縛り三姉妹に会った部屋でもある。
 奥の部屋なら他の旅行客にも迷惑がかからないだろう。なんてラッキーなんだ。

「部屋は1階の奥の部屋でもいいですか? 以前泊まった部屋なので……」

「ええ、そこが山中様の住み込みの部屋でいいですよ。ウサギでも連れ込んで構いません。ふぉふぉふぉ」

「あ、あはは……」

 女将さんから下品な話が飛び思わず愛想笑いをしてしまった。
 僕の緊張をほぐすために軽い冗談を言ったのだろう。さすがだ。
 でも女を連れ込むってあながち間違いではないかもしれない。
 だって僕は金縛り霊三姉妹に会いに来たのだから。

「冗談はさておき、ここまで来るのに疲れたでしょう。部屋でゆっくりとおくつろぎくださいませ」

「は、はい。ではありがとうございます。失礼します」

 女将さんはウサギを膝の上に置いて優しく撫でていた。
 ウサギも満足そうな表情だ。自分も撫でてほしいとばかりに別のウサギたちも体を擦り付けている。
 そんな可愛いく癒される光景を最後に受付を出た。向かう先は家族旅行で泊まったあの部屋だ。
 今日から僕の住み込みの部屋になる場所。

 旅館の廊下を歩く。何度も恐怖を感じた廊下だ。暗闇の中歩いた記憶が蘇る。でも今はあの時とは違い明るい。恐怖など一切感じない。むしろ胸が躍る気分だ。

 このまま胸を躍らせ目的の部屋の前に到着。部屋の鍵を開け扉を開く。
 そこには清掃がしっかりとされたモダンな和室が僕を待ち構えていた。
 そのまま僕は部屋に吸い込まれるように入っていく。
 窓からは庭園が一望でき野生のウサギ達が見える。そして庭園での懐かしい思い出も蘇る。

「今日からここが僕の部屋か……。ここまではうまくいったな」

 ここまでは本当にうまくいった。
 あとは今夜現れるであろう金縛り霊三姉妹の誰かと専属霊の契約をするだけだ。
 相手は僕の中では決まっているけど、三姉妹の意見も尊重したい。

 僕は懐かしさと今夜の計画のことを考えながら布団を引いた。
 寝るためではない。横になった方が僕は考え事がまとまりやすくなるからだ。
 その分余計なことも考えてしまうけど……。

「お父さんにはまだ連絡しなくていいか……バイトも休むことは連絡したけど辞める連絡もしないとな……それに引越しもしなきゃいけない……やることはいっぱいだな……」

 兎村で生活することは今までの生活をガラリと変えなければならない。
 そのためには居酒屋のバイトも辞めなければならない。
 住み込みで働くからこの旅館の仕事も覚えなければいけない。
 大変になるが僕はこの道を選んだ。約束を守るため。
 忘れられない三姉妹のためにも、この先の未来を自分の手で掴み取るって決めたんだ。

「まずは今夜のことだよな……」

 今振り返れば金縛り霊三姉妹との最後の別れは暗く冷たい地下道だった。
 成仏したと思っていた三姉妹だったがを残し現世にとどまった。
 僕が三姉妹を専属霊に選ばなかったら彼女達はどうなるんだ。
 一生未練を残し彷徨い続けてしまう。それこそ残酷すぎる。
 未練は時に恨みや怨念にも変わる可能性がある。三姉妹の悲しむ表情や恨む表情なんて見たくない。
 だから僕はカナ達を選ばずにここに来たんだ。

 布団の上で仰向けになり天井の木目をじっと見ながら思考していた。
 罪悪感というしこりを残したまま、ただひたすらに天井と睨めっこをする。

「山中様。今は大丈夫でしょうか」

「は、はーい」

 2回ノックしてから声がかかった。女将さんの声だ。
 何事かと思い布団から飛び起き、急いで部屋の扉を開く。

「夕飯はどういたしましょうか?」

「夕飯ですか……ってもうこんな時間……」

 部屋に置いてあるウサギのキャラクターの時計はちょうど20時を指していた。

「ええ、20時でございます。時間を忘れるほど考え事をしていたのですね」

 女将さんの言った通りだ。部屋に入ったのが14時くらいだ。6時間も考え事をしていたことになる。
 相当、集中していて時間のことなんて全く気にしなかった。
 夕飯の話と扉を開けた時に香った肉の焼かれた匂いを脳が感じ取った。
 目覚めたかのように腹の虫が悲鳴を上げる。

 ぐぅうううううう

「おやおや、お腹の虫様は元気にお返事をしましたね」

「あはは……お恥ずかしい……それじゃ夕飯お願いします。僕も手伝えることがあれば……」

「いいえ、山中様はまだお客様ですよ。明後日までは疲れを癒してくださいませ」

「そ、そうですか……。それならお言葉に甘えて」

 なんて女将さんなんだ優しいんだ。優しすぎる。
 考え事をしていて部屋を一切出なかった僕に気を使ってくれている。
 体だけじゃない心も休ませようとしてくれているんだ。

 しばらくすると夕飯が運ばれてきた。旅館で提供している海鮮丼とカニの味噌汁だ。
 新鮮なお刺身がふんだんに乗った海鮮丼。いくら、サーモン、マグロ、イカ、えび、海の幸の宝石箱だ。
 竜宮城か何かと勘違いしてしまうほどの豪華な夕飯に涙がこぼれ落ちそうになる。
 涙が流れるのは悲しい時や感動した時だけじゃない。人に優しくされた時も涙が出るんだ。

 ポロポロと涙をこぼしながら海鮮丼を食べたのは初めてだ。
 醤油がしょっぱいのか涙がしょっぱいのかわからない。
 それに美味い。美味すぎる。

「うぅ……美味しいよ……うぅう」

 外はすっかり日も落ちていた。庭園を照らす光だけが窓の外では輝いている。
 そして野生のウサギが、泣きながら海鮮丼を食べる僕を心配そうに見ていた。
 そのまま開けてくれとアピールしているかのように窓を激しく引っ掻いている。

「ちょっと、待って今開けるから……」

 涙を乱暴に拭い窓を開けて野生のウサギを中に入れた。
 するとウサギは真っ先に僕が食べていた海鮮丼の方へと向かった。

「僕の心配じゃなくて海鮮丼が狙いだったか!」

 やられた。
 最後まで残していた好物のプリプリのエビをくわえた。
 そのまま僕の隙を見て庭園に戻っていった。まさに策士。
 さすがにエビを食べることはないだろうけど、本当に悪戯が好きなウサギだ。

「それに忘れてたよ。ここのウサギが賢すぎるってことを。あぁ……僕のエビが……」

 涙は流れてこない。先ほどまで泣いていたからもう涙が枯れたのかもしれない。
 でも好物のエビを取られてもなぜかそこまで悲しくはならなかった。
 まあいいか、と気楽に受け止めることができた。

 そのまま丼の中に残ったワサビ醤油が付いて茶色くなった白米を流し込み海鮮丼を完食した。
 流石に丼をそのままにして女将さんに持っていってもらうのも申し訳ない。なので丼を片付けようと部屋を出た。

 消灯時間までまだ時間はあったので廊下を照明が明るく照らしていた。
 部屋の扉を開けるドアノブを握った瞬間、暗闇の中の廊下が一瞬のいう理に浮かんだので明るい廊下を見て安堵したところだ。
 そのまま開いた食器を持ちながら、かくれんぼの時の記憶を頼りに厨房へと向かう。

「女将さん……ご馳走様でした」

「あいよ」

 厨房の前に立ち声を出したが返ってきた返事は昭和くさい男の声だった。
 初めて聞く声。女将さんじゃない別の誰かがいる。
 食器を片付けるために恐る恐る厨房の中へと入る。どんな人がいるのか初対面の相手に緊張が走る。
 しかし目の前にいたのは初対面の相手ではなかった。

「警備のおじちゃん……ハッ」

 つい声に出してしまった。僕にとっては初対面ではない相手。しかし相手にとっては僕のことは初対面だ。
 でも今は板前の格好をしている。警備じゃなくて料理長だったのかもしれない。

「ん、なんだって?」

「あ、ご馳走様でした。食器を片付けにきました」

「わざわざ悪いね。それじゃそこに適当に置いといてくれ。どうだ美味しかったか?」

「は、はい。すごく美味しかったです。涙が出るくらい本当に美味しかったです」

 これはお世辞ではない。本当に先ほどまで泣いていたのだから。
 それほど女将さんの優しさと海鮮丼の美味しさが僕の心に響いたのだ。

「良かったよ。それじゃゆっくり休んでてくれ。明後日からはビシバシと指導していくからな」

「は、はい。よろしくお願いします」

 頑固で怖そうなおじいちゃんに見えたけどすごく優しい方だ。威厳もあるしかっこいい。
 警備員とか料理長よりも大将って感じの方が似合うおじいちゃんだ。

「それじゃ1杯飲むか」

 そう言って出してきたのはウサギ酒という銘柄の日本酒だった。
 瓢箪ひょうたんのような入れ物に透き通った透明の酒が入っている。
 お酒には良い思い出よりも悪い思い出の方が多い。居酒屋のバイトで迷惑な酔っ払いに嫌なほど絡まれてきた。
 そのお酒を僕は飲むかどうか迷った。
 僕は普段からお酒を飲まないから酔っ払ってしまったらどうなるのかわからない。

 僕が嫌いな人種に僕自身が豹変ひょうへんしてしまうかもしれない。そんな不安があった。
 しかし断ることもできない小心者の僕は差し出されたウサギ酒を手に取った。お酒の作法のようなものは今まで見てきたからわかっているつもりだ。このまま酒を杯に注げばいいのだ。
 僕がウサギ酒を注ぐと今度は大将のようなおじいちゃんが僕の杯にウサギ酒を注ごうとしていた。
 慌てて杯を持ちウサギ酒を注いでもらった。
 そのままおじいちゃんは一気にウサギ酒を流し込んだ。

「くぁああああ。最高だ。飲んでみろ」

「い、いただきます」

 少量の酒を一度口の中に入れてそのまま喉の奥に流し込む。
 なんとも言えないキツい味だ。味自体は悪くないのかもしれない。けど喉が焼けるような感覚を味わった。
 すぐに頭が痛くなりそうなそんな感じがする。普段から飲まない僕は当たり前だが酒には弱い。

「ほれ、もう一杯どうだ」

 頑張って飲み干してもおじいちゃんは空になった僕の杯にウサギ酒を注ぐ。
 このままでは今夜の金縛りに影響を及ぼすかもしれない。
 酔っ払って金縛りにかかりませんでした。一生金縛り霊に会えなくなりました。では話にはならない。
 なんのためにここにきたのか思い出せ。金縛り霊の中から専属霊を決めるためだろう。
 それで僕は大好きな三人から離れてまでここに来たんだ。
 これ以上は危険だ。飲むのはやめよう。

「こ、これで僕は最後にします。あまり強くないので……」

 そう一言言ってから一気に飲み干した。
 少量ではあるがこれで2杯飲んだことになる。
 2杯だけなのに少し酔った感覚に陥っている。どれだけ酒に弱いんだ……。

「いい飲みっぷりじゃねえか。それじゃこれが最後だ」

「う、え、あ、ちょ……」

 3杯目のウサギ酒が注がれてしまった。注がれたからには飲むしかない。でもさっきの一気飲みがかなり効いている。もう食道が焼かれた感覚だ。キツい。

「それで、どうしてここに来たんだ? 何か人生嫌なことでもあったのか?」

 笑顔だったおじいちゃんは真剣な表情になった。
 そして一気に空気が変わった。逃げることが許されない昭和の男の空気だった。

「言いたくなかったらいいが、ここの旅館のに話してみてもいいんじゃないか?」

「え、大将?」

 今なんて言った……。大将って、ここの旅館の大将って言わなかったか……。
 つまり女将さんの旦那さんでこの旅館で一番偉い人じゃないか! 
 まさか大将だったなんて、いや、雰囲気で一瞬大将だと感じたけど、やっぱり大将だったんだ。
 受付の時はで初めて見た時は警備員にしか見えなかったけど……やばい、僕は失礼な事してないか?
 この注がれた3杯目のウサギ酒を飲まないことが一番の失礼に値するぞ。

「……うぐっ」

「いい飲みっぷりだな。どうだ飲むか?」

 3杯目も我慢しながら一気に飲んだ。
 4杯目はさすがに避けたい。注がれたら飲むしかないから注がれないようにしないと。断らなきゃ。

「いいえ、もういっぱいなんで……」

「ああ、ね」

「あ、いや、ちが、う……」

 注がれてしまった。もう一気飲みしてすぐにこの場を立ち去ることなんてできない。
 それに大将なら住み込みで働く事情ってのを話してもいいかもしれない……。
 この4杯目をちまちま飲みながら事情を話そう。

「実は…………」

 僕は正直に話した。住み込みで働かせてくれる大恩人だ。
 嘘をつく必要がないし嘘なんてつきたくない。

「その中で専属霊をですね選ばないとダメなんですよ……」

「そりゃ酷ぇ話だ」

 信じてもらえるかどうかは別として今置かれている状況を全て話した。
 金縛り霊のことも専属霊についても全てだ。

「うぐ、決めろだなんて、うぅ、おかしいじゃないですか……僕はみんな大好きなのに……」

「選べねぇよな。わかる。わかるよ」

 酒が入るとこんなにも喋るのかと思うくらい僕は喋っていた。
 やっぱりお酒は人を変えてしまう。

「うぅ、ひ、どい、酷いよ……」

「でもこれから最高な人生にしていけばいいじゃねぇか」

 そして僕はウサギ酒を注がれること10杯目、いや、15杯目で限界を迎えようとしていたのだ。
 よくここまで飲めたと褒めてあげたい。そしてなんでここまで飲んだのだと叱りたい。

「う、ひっく……うぅ」

「飲め飲め。飲んで昔の女なんか忘れちまえ」

 酒の力を使ってしまったが全てを話した。
 大将は頷いてくれるし共感してくれる。話してて気持ちがいい。
 そして酔っ払ってきて気持ちが良くなってきた。もう眠い。とにかく眠い。

「もう……のべまへん、はやにおどって……うへぇまふ、ごちそふさふぁでひた……」

 部屋に戻るため立ち上がったがそのまま意識が消えかかった。
 そして僕の意識は渦巻いた暗い暗い闇の中へと流されていった。  
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