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幽霊旦那のお願い事
少女の来店
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『たったの五百円で、どんな頼みも引き受けます!(※犯罪はお断り)』
電柱に貼られたその一枚のチラシに、ある一人の少女が釘付けになっていた。
少女は鞄からがま口の財布を取り出し、百円玉を数えた。
一ヶ月に一度、三百円のおこづかい。普段ならば、友達と遊びに行ったときにジュースやお菓子を買って、すぐに使い果たしてしまうおこづかい。
それを毎月百円ずつ遣わずに貯めて、今日で五ヶ月。
ようやく、目標の金額が貯まったのだ。
少女は五枚の百円玉を握りしめ、とある場所へと走った。
「ごめんください!」
そんな言葉と同時にスライド式の木造ドアが大きく開け放たれた。立て付けの悪いそのドアは、ちょっとやそっとの衝撃で簡単に外れてしまう。勘弁してくれと思いながら、中部柑吉は店の奥から現れた。
「んあ、随分小さいお客さんで……」
幼い声だとは思ったが、予想外の小さな客に柑吉は戸惑いを隠せないでいた。おそらく小学校中学年、いやもしかしたら低学年かもしれない。
両親やきょうだいによほど愛されているのだろう、美しい黒のおかっぱの髪の毛には可愛らしいピンク色の花のデザインのヘアピンがついており、洋服は黒と赤のどこかイマドキなデザインのワンピースだ。もしかしたら、ブランドものの服かもしれない。
鞄は大きなリボンがついたベージュの肩掛け鞄。大人っぽいデザインで、高級そうだ。
少女は大きくてくりくりとした瞳を柑吉に向けている。
「店員さんですか?」
少女ははっきりとそう言った。柑吉は、そうだけど、と言葉を濁す。
「……譲ちゃん、俺が怖くねえのか?」
何でも屋というのはあまりありふれた商売ではないため、冷やかしに来る輩も一定数いる。しかしそんな輩は、一度店を訪れるとその後二度と現れることはなかった。
それは、柑吉の見た目のせいだ。
視線だけで人を殺せそうなほどの鋭い目つき、左目のまぶたにある大きなキズ、金髪のツーブロック、極めつけはタンクトップから覗く右腕にある龍のタトゥー。
柑吉を見た人間のほとんどが、柑吉をやくざだと思って店から出ていく。冷やかしでない、普通の客もそうやって逃してしまうことがしばしばあった。
俺は店番にしないほうがいい、客が逃げる。何度も柑吉は"店長"にそう相談していたが、店長は「いいからいいから、人と接するのも勉強だと思って」などと言って相手にしてはくれなかった。
「怖い? どうして?」
「いや、この目のキズとかさ……」
「お兄さん、左目、見えないの?」
「あ、ああ、まあそうなんだが……」
くそっ、調子が狂う。柑吉は舌打ちしたい衝動を必死にこらえた。
小さくて無垢な子供というのは、どうにも苦手だった。扱いに困る。甘やかすなどガラではないし、かといって冷たく接せばその子の親や周りの人からの圧力で面倒なことになる。ただでさえ、街を歩いているだけで警察を呼ばれそうになるのだ。
「……まあ、いい。本を買いに来たんだろう? ゆっくり選ぶといい」
ここ、ふくろう堂は小さな古書店だ。何でも屋は店長が副業のつもりなのか気まぐれかは分からないが半年ほど前に始めたもので、そちらの仕事は大して来ていない。たまにペット探しの依頼が来る程度だ。ゆえに、ふくろう堂を訪れる客は大半が本を買いに来た客なのだ。だから、この少女もそうなのだろうと思った。
しかし、それは違っていた。
「違うの! ご本じゃないの。何でも屋さんに、してほしいことがあって来たの」
少女は小さな手のひらに百円玉を五枚載せて、そう言った。
柑吉は反射的に百円玉を受け取ったが、その後慌てて少女に返そうとした。お金は依頼内容を聞いてからという決まりなのだ。
しかし少女はお金を受け取ってはくれなかった。ぶんぶんと首を横に振る。
「ダメ! お金払ったんだから、お兄さん、依頼、聞いてくれないとダメだよ?」
面倒なことになった、と柑吉は頭を掻いた。
「……はぁ、分かった分かった。で、何をしてほしいんだ」
「あのね。──おばけを、助けてほしいの」
「…………は?」
柑吉は、思わずそう声に出していた。
電柱に貼られたその一枚のチラシに、ある一人の少女が釘付けになっていた。
少女は鞄からがま口の財布を取り出し、百円玉を数えた。
一ヶ月に一度、三百円のおこづかい。普段ならば、友達と遊びに行ったときにジュースやお菓子を買って、すぐに使い果たしてしまうおこづかい。
それを毎月百円ずつ遣わずに貯めて、今日で五ヶ月。
ようやく、目標の金額が貯まったのだ。
少女は五枚の百円玉を握りしめ、とある場所へと走った。
「ごめんください!」
そんな言葉と同時にスライド式の木造ドアが大きく開け放たれた。立て付けの悪いそのドアは、ちょっとやそっとの衝撃で簡単に外れてしまう。勘弁してくれと思いながら、中部柑吉は店の奥から現れた。
「んあ、随分小さいお客さんで……」
幼い声だとは思ったが、予想外の小さな客に柑吉は戸惑いを隠せないでいた。おそらく小学校中学年、いやもしかしたら低学年かもしれない。
両親やきょうだいによほど愛されているのだろう、美しい黒のおかっぱの髪の毛には可愛らしいピンク色の花のデザインのヘアピンがついており、洋服は黒と赤のどこかイマドキなデザインのワンピースだ。もしかしたら、ブランドものの服かもしれない。
鞄は大きなリボンがついたベージュの肩掛け鞄。大人っぽいデザインで、高級そうだ。
少女は大きくてくりくりとした瞳を柑吉に向けている。
「店員さんですか?」
少女ははっきりとそう言った。柑吉は、そうだけど、と言葉を濁す。
「……譲ちゃん、俺が怖くねえのか?」
何でも屋というのはあまりありふれた商売ではないため、冷やかしに来る輩も一定数いる。しかしそんな輩は、一度店を訪れるとその後二度と現れることはなかった。
それは、柑吉の見た目のせいだ。
視線だけで人を殺せそうなほどの鋭い目つき、左目のまぶたにある大きなキズ、金髪のツーブロック、極めつけはタンクトップから覗く右腕にある龍のタトゥー。
柑吉を見た人間のほとんどが、柑吉をやくざだと思って店から出ていく。冷やかしでない、普通の客もそうやって逃してしまうことがしばしばあった。
俺は店番にしないほうがいい、客が逃げる。何度も柑吉は"店長"にそう相談していたが、店長は「いいからいいから、人と接するのも勉強だと思って」などと言って相手にしてはくれなかった。
「怖い? どうして?」
「いや、この目のキズとかさ……」
「お兄さん、左目、見えないの?」
「あ、ああ、まあそうなんだが……」
くそっ、調子が狂う。柑吉は舌打ちしたい衝動を必死にこらえた。
小さくて無垢な子供というのは、どうにも苦手だった。扱いに困る。甘やかすなどガラではないし、かといって冷たく接せばその子の親や周りの人からの圧力で面倒なことになる。ただでさえ、街を歩いているだけで警察を呼ばれそうになるのだ。
「……まあ、いい。本を買いに来たんだろう? ゆっくり選ぶといい」
ここ、ふくろう堂は小さな古書店だ。何でも屋は店長が副業のつもりなのか気まぐれかは分からないが半年ほど前に始めたもので、そちらの仕事は大して来ていない。たまにペット探しの依頼が来る程度だ。ゆえに、ふくろう堂を訪れる客は大半が本を買いに来た客なのだ。だから、この少女もそうなのだろうと思った。
しかし、それは違っていた。
「違うの! ご本じゃないの。何でも屋さんに、してほしいことがあって来たの」
少女は小さな手のひらに百円玉を五枚載せて、そう言った。
柑吉は反射的に百円玉を受け取ったが、その後慌てて少女に返そうとした。お金は依頼内容を聞いてからという決まりなのだ。
しかし少女はお金を受け取ってはくれなかった。ぶんぶんと首を横に振る。
「ダメ! お金払ったんだから、お兄さん、依頼、聞いてくれないとダメだよ?」
面倒なことになった、と柑吉は頭を掻いた。
「……はぁ、分かった分かった。で、何をしてほしいんだ」
「あのね。──おばけを、助けてほしいの」
「…………は?」
柑吉は、思わずそう声に出していた。
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