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幽霊旦那のお願い事

バイトの女子大生

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「あれ? 中部くん、それに店長も! 何してるんですか?」
「おー、鈴ちゃん。奇遇だね」
 少女に着いて柑吉と詩京が見慣れた町並みを歩いていると、反対側から見知った人影が見えた。
「げっ、水森……」
 柑吉は思わずそうこぼす。
「げっ、て何よ! 相変わらず失礼ねっ」
 彼女の名前は水森鈴みずもりりん。彼女はふくろう堂でバイトをしている女子大生で、艶のある黒髪を後ろでひとつに結ったお団子ヘアがよく似合う、世間一般的に見れば間違いなく美人の類に入る女性だ。
柑吉は、鈴のことが嫌いではなかったが、顔を合わせるとやれ服装が乱れているとか、やれタトゥーは隠せだとか、栄養バランスのとれた食事をしているかだとか、とにかく小言を垂れられるため、極力顔を合わせたくないと思っていた。
 しかし狭い田舎町、こうしてふと歩いているだけでも会うことは珍しくない。いつも柑吉は鈴を見つけると慌てて道を変えるのだが、今は仕事中だからそうもいかない。
「やあ鈴ちゃん。僕らは今、何でも屋の仕事中なんだ」
「何でも屋? 珍しいですね、半年ぶりくらいじゃないですか? あなたが依頼人?」
 鈴は屈んで少女にそう聞いた。少女は、そうなの、と元気よく言う。
「おばけをね、みんなで助けに行くの」
「おばけを? あなた、おばけが見えるの?」
 鈴は目を輝かせてそう言った。ああ面倒なことになった、と柑吉は一人頭を抱える。
 鈴はオカルトのたぐいに興味があって、幽霊だとか妖怪だとかが大好きだ。そういった話にはすぐに飛びつく。この前なんか、幽霊が見えるようになるとかいう怪しい水晶を高額で買わされそうになっていたところを目撃したこともある。玄関先で鈴があまりに大きな声で話していたものだから、たまたま通りかかった柑吉がつい気になって止めに入ったものだ。
「うん、見えるの。信じてくれるの?」
「もちろん! 信じない人なんていないわ。ああ……いるとしたら中部くんくらいかしら。彼には夢がないから」
「……悪かったな」
 聞えよがしに鈴がそう言ったので、柑吉もわざとらしくそう返した。詩京は相変わらずの感情が読めない笑顔で二人のやり取りを見つめている。
「鈴ちゃん、良ければ君も一緒に来るかい?」
「はい! 駄目って言われても着いていきますよ~」
 鈴は楽しそうにしている。面倒なことになった、と柑吉は溜息をついた。
 その溜息を聞いてか聞かずか、鈴は楽しげに鼻歌まで歌い始めた。柑吉は再び深い溜息をつく。
「私は水森鈴! よろしくね。あなた名前はなんていうの?」
「わたしは星見れいんっていうの!」
「ああ、そういえば僕たちも名乗っていなかったね。僕は福楼詩京、よろしくね。はい、中部くんも自己紹介してね」
「はあ? なんで俺まで……。客にフルネーム名乗る義理なんか……いでっ」
 鈴が柑吉の頭を小突いた。小突く、といっても、かなり力が入っていたのだが。
「あんた見てくれが厳ついんだから、せめて愛想くらい良くしなさいよ!」
「ぐっ……」
 外見のことを言われては何も言い返せない。柑吉はしぶしぶ名乗った。
「……中部柑吉だ。好きに呼べ」
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