少年少女

雪路よだか

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僕が憧れた彼女は

実家

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 実家の最寄りのバス停に着くと、俺は料金を払って降りた後、全速力で実家へと走った。
 このあたりにはしばらく来ていなかったが、今の俺には景色を懐かしむ余裕なんてなかった。
 走りながら、リュックを降ろし、リュックの横についている小さなポケットの奥に手を突っ込んだ。冷たいものが手に触れ、俺はそれを掴んで引っ張り出した。
 それは実家の鍵だった。やはり、ここに入れっぱなしだった。
 インターフォンを鳴らせば鍵を開けてくれるだろうが、その少しの時間さえ惜しかったのだ。
 家の前へたどり着くと、鍵を鍵穴に差し込む。手が震えてうまくはまらず、焦燥感が募る。ようやく鍵を開けることに成功すると、俺はドアを蹴破らんばかりの勢いで開け、家の中へ転がり込んだ。
「なんだ……早かったな」
 親父が驚いたような顔で言った。俺は肩で息をしながら、家の中を見た。
 俺が出ていく前と、なんら変わっていなかった。
「……弘樹……」
 廊下の奥から、おふくろが姿を現した。散々泣いたのだろう、目が真っ赤に腫れている。
 おふくろは俺を見た途端、また泣き出した。
「……どうして弘樹が生きてるのに……春樹は……」
 おふくろはそう言った。
 春樹が死んだのに、どうしてお前が生きているのだ──
 ──言い換えると、つまりそういうことだ。
「……兄貴は、本当に死んだのか」
 俺はおふくろの言葉を聞こえないふりをして、親父に向かってそう言った。
「そんなくだらん嘘なんてつかん」
「自殺ってのは本当か?」
「……警察はそう言っている。雨継商事本社の屋上から飛び降りたそうだ」
 雨継商事というと、全国でも名の通った大企業だ。確かおふくろは、兄貴をそこに就職させたがっていた。
「嘘よ、春樹が自殺なんてするわけない!」
 ヒステリックぎみらしいおふくろがそう叫んだ。
「俺だってそう思っている……。だが、春樹は遺書も何も残していない。連絡も、俺たちに寄越したのは半年以上前だ。春樹の近況も何も、俺たちは知らなかった……」
「あの子は忙しいんだと思って、連絡をしなかった。あたしが、あたしがもっと連絡をしてあげていたら……」
「やめろ。たらればを言ったって、春樹が戻ってくるわけじゃない」
 親父の言葉に、おふくろはまた激しく泣き出した。
 両親に連絡を寄越したのは、半年以上前──
 ──俺が最後に兄貴からの連絡を受け取ったのも、半年前。
 俺はなんだか胸騒ぎを覚えて、長らくチェックしていなかったスマホのメールアプリを開いた。
 そして、下の方へと画面をスクロールする。
 大量のスパムメールの中に、ひとつだけ、兄貴の名前を見つけた。
 送信日は──一昨日。全く気づかなかった。
 俺は嫌に脈打つ自分の心臓の音を聞きながら、慌てて家を出た。なんとなく、親父たちの前では開きたくなかった。
 玄関のドアをバタンと強く閉め、そのドアの前に座り込む。そして、震える指先でメールを開いた。
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