贖イノ旅路

茶呉耶

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禁忌

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旅人は酒場を出るとミハイのいる宿場の部屋へと戻った。例の噂話について確認するためであった。部屋のドアを開けるとそこにはまだ『奴』によって傷つけられたミハイがそこにはいた。ミハイは未だなお自力で立ち上がれず、腕にまだ深い傷が残ったままであった。

そんな状態のミハイに旅人はこう聞く。

「体調は大丈夫か?」

「ああ、傷以外は全快だ。ただまだ立とうとするとものすごい激痛が俺を襲って・・・・・・」

「もう立とうとしていたのか! ヒトの傷はそうすぐに癒えるものではない! もう少しおとなしくしていなさい!」

そう言って旅人が叱るとミハイはこう返した。

「だってルーラにもし何かあったらって思うと・・・・・・」

「ルーラに何かあったらあの修道女がどうにかしてくれるだろう。今はそう思うしかない。」

「でも・・・・・・」

「お前にはまだルーラを守る義務はない! お前は今ひどく傷ついている。人助けはその人が無傷でなければ始まらないのだ。お前はまず今は自分を守れ・・・・・・」

旅人は深く息を吸い込んで話をつづけた。

「君のような子供がまだ守る側に立っていてはだめだ。お前はまだ守られる側の年齢なんだからな。」

その言葉を聞いた少年はベットの布団をかぶるように深くうずくまってこのような愚痴をつぶやいた。

「守られる側って言ったって・・・・・・こんなことを犯してしまった俺を守ってくれる奴など誰もいない・・・・・・」

「ならば、私が引き受けよう。」

「え?」

「お前の二重人格を解決するまでは、私が引き受ける。と言っているのだ。それでいいか?」

少年は旅人の言葉に困惑した。そして深く考えた。少年は深い傷のついた自分の腕を数分間じっと見つめ続けた。自分は守られる存在。その言葉が少年の頭の中で何度も過った。少年はその時少し冷静になった。自分の立場をすべて理解して少年は旅人にこう言った。

「分かった。今はあんたの言葉に甘えよう。」

少年の言葉を聞いて旅人はほっとした。旅人はさっきから部屋のドアの前でずっと突っ立っていたが。少年のベッドの隣を通って椅子へと向かった。

「良かった。では話を変えるが・・・・・・」

旅人は椅子に座ると少年にこう聞いた。

「お前は前に禁忌を犯してはいないか?」

少年は旅人のその言葉を聞いたとたんに鬼のような形相に豹変した。

「今・・・・・・あんた・・・・・・禁忌って言ったよな・・・・・・」

「そうだが」

旅人は当然のように答えた。

「あんた・・・・・・それがどういう意味かを知ってて言っているのか?」

「禁忌の意味か? 事のファクター、としかとらえていないが。」

「ファクター!?そんな平易なものなんかじゃない!『禁忌』ってのはそれこそ神をも裏切る大罪人たちが行う決してやってはならない事なんだ!」

「・・・・・・そうなのか。」

少年はその旅人の普通の返事の後に大きく唾を飲み込んでこう聞いた。

「もしや俺がその『禁忌』を犯したとでも言うのか!?」

「そうだ。」

即答であった。少年はさらに怒り狂った。

「冗談じゃない!何故俺が禁忌を犯さないといけないんだ!?訳が分からない!」

少年の過剰なまでの反応に旅人は少し戸惑いを見せながらもこう聞いた。

「ならばお前は『ヤコブの呪い』を知らないのか?」

「ヤコブの・・・・・・呪い・・・・・・」

少年は口ごもってしまった。

「何だ?何か思い当たることでもあるのか・・・・・・?」

「あんたその言葉をどこで拾ってきた・・・・・・?」

「近くの酒場からだ。何か思い与える節でもあるのか?」

「あることには・・・・・・ある・・・・・・」

「そうなのか!?」

「だか、言えない。」

「何故だ?」

「今は思いだせない・・・・・・思いだせたとしても言ってはならない・・・・・・」

「それは何故なんだ?」

「それを言うこと自体が『禁忌』だからだ。」

旅人はそのことを非常に驚いた顔で迎え入れた。旅人にとって事の肥大化は衝撃的なものであった。

「そうか。また言えそうな機会が出来たら言ってくれ。とりあえず今は絶対に安静にしていろ。そのベットから絶対に出るな。今のお前の体は半分死にかけた状態だからな。」

旅人がそう言って部屋の外から出ると少年はそれを阻む。

「ちょっと待ってくれ!」

「何だ」

「一つ思いだしたことがある・・・・・・全く関係のないことだが・・・・・・」

「前置きはいい。何でも教えてくれ。」

「一回目にあんたと『奴』として出会ったときのことを思い出した。俺、いや『奴』は炎の魔法であんたに抗おうとしたが、あんたが素早い速度でそれを回避して、ほんの僅かな剣術だけで『奴』を隅っこまで追いやった場面が・・・・・・鮮明に今頭をよぎったんだ。」

「それがどうしたんだ?」

少年は数秒の間をあけてこう言った。

「俺にその剣術を教えてくれないか・・・・・・?」

旅人はすぐさま返答した

「駄目だ」

少年は憤怒するかのように椅子に座った旅人に近づいてこう喚いた。

「何故だ!?何故なんだ!?それさえあれば俺は大切な人を守れる筈なんだ!俺は強くなりたいんだ!強くならなくてはいけないんだ!・・・・・・それなのに何故あんたはそれを阻むんだ!?」

「駄目だ!何としてもこの術群はヒトに教えてはならぬ代物なのだ!」

少年はさらに憤怒する。

「どうしてだ!」

そうすると旅人は少年の肩を揺すりながらこう語った。

「強さはヒトを不幸にすることしか出来ないからだ!」

少年はその言葉に愕然とした。

「人を・・・・・・・不幸にする・・・・・・・」

「お前はその火炎の魔法を手に入れて何を手に入れた!?唯々代償の二重人格によってお前自身が苦しみ、『奴』の登場によってより多くの人々が恐怖に支配された・・・・・・・! この剣術もそれと同じだ・・・・・・強さを手に入れた先にあるのは永遠に続く逃れられない苦しみだけだ・・・・・・」

旅人のその言葉に少年は並々ならぬ恐怖を感じた。そうした中で旅人は部屋を出ようとした。その時であった。少年はこんな言葉を発した。

「あんたには守りたいものがないのか!?」

少年のその問いに旅人は何も答えずに旅人は部屋を出ていってしまった。部屋を出た後に旅人はこう呟く。

「守りたいものか・・・・・・」

旅人の目に見えたものは数日前に見たあの悪夢であった。村は焼けただれ、人々は炎火に苛まれる。それに対して主は何も出来ずに唯々そこにいる。そんな悪夢で朝を迎えたことを思い出した。

「・・・・・・あったさ。」

旅人は吐き捨てるようにその言葉を発し、宿屋を後にした。
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