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建国神話
しおりを挟む「ふう、なんとか間に合ったな」
俺は席に着くと深呼吸をし、家から学校まで走ってきたことで乱れた呼吸を整えた。
そうして呼吸を整えていると、教室の扉が開き貴婦人然とした妙齢の女性が入ってきた。
「皆さんおはようございます。ではこれより、歴史の授業を始めます」
そう言うと歴史の授業の担当である、斎藤先生は授業を始めた。
「今日は、この国の成り立ちについて学習していきます。では始めに大和国がどのようにしてできたか、分かる人はいますか?」
「はい」
最上がいつものように、誰よりも早く挙手した。
「では、最上さん。お願いします」
「はい。大和国は、妖魔によって人々が常に生きるか死ぬかの生活を送っていたことを嘆いた神が、東家の初代当主である東朔太郎様に神術を授け、東朔太郎様がその圧倒的な神術によって、この地に巣食う妖魔を一掃したことで生まれました」
「素晴らしい回答です最上さん」
生まれてから今日に至るまでに、もう何度も聞かされた建国神話を改めて聞き、俺はふと違和感を覚えた。
「では皆さん、今日はもう少し具体的にこの国がどのように作られ、今の形になったのか教えていきます」
斎藤先生が授業を進める中、俺は先ほど感じた、喉に小骨が突っかかったような違和感について必死に考えていた。
――あっ! そういうことか!
そうして、授業も終盤に差し掛かった頃、俺はようやくその違和感の正体を突き止めた。
違和感の正体。それは、巫女の一族の初代が男であるということだ。
もし本当に建国神話通り、東家の初代が男であったのならば、巫女の一族と呼ばれるほど女系の当主が続くのは謎だ。
何故なら、この国では男系男子が当主を継ぐのが決まりだからだ。
それにも関わらず、東家の女系女子が当主を継ぐのは、神術の力が女にしか受け継がれないからである。
周りの神術者の家系は男女関係なく神術を継承しているにも関わらず、東家だけ神術が男には継承されず、女だけが神術を継承する。
もしこれが、東家の初代が女だったのであればまだ納得できるが、残念ながら東家の初代は男だ。
そもそも、人に神術を授けた神が猿神ではないことは、犬神の証言から明らかだ。
これは、いよいよ大和国の長い歴史の中で、大和国の上層部が猿神の妖術によって操られ、歴史が歪められた可能性が高い。
ここまで考え、俺はある可能性に気づき愕然とする。
こんな簡単なこと、大和国の長い歴史の中で誰一人気付かないなんてことはありえるだろうか。
いや、ありえない。
俺より頭のいいやつなんて、過去いくらでもいたはずだ。
しかし、現実にはこのおかしな出来事が指摘されたという話は聞いたことがない。
つまり、既にこの国の上層部は完全に猿神によって操られている、もしくは、猿神が国民全員に対してこの事実に違和感を抱かないよう洗脳の妖術を掛けているかのどちらかだろう。
もしそうだとしたら、やはり俺自身の手で猿神を倒す以外に、香月を救う方法はないのかもしれない。
そこまで考えて、やけに周りが騒がしいのに気がついた。
辺りを見回すと、みんなそれぞれ友達と話したり読書をしたりと自由に過ごしていた。
どうやら考えに熱中しすぎて、授業の終わりを告げる鐘の音を聴きそびれていたようだ。
「おーい、透。今日は遅刻ギリギリだったな」
声を掛けられ振り向くと、そこには竜彦がいた。
「竜彦か。ちょっと昨日色々あってな。その疲れで眠りすぎたらしい」
「へぇ~、お前が遅刻ギリギリまで起きないなんて珍しいな。昨日なにがあったんだ?」
「誰にも言わないなら話してやってもいいが、ここだけの話だぞ。絶対他のやつには言うなよ?」
「言わない、言わない」
竜彦は大きく首を縦に振り、肯定の意を示した。
「実はな、魔の大深林で熊の妖魔に襲われた。あと犬の妖魔と従魔契約した」
「えええ――」
驚きのあまり、叫び声を上げた竜彦の口を慌てて手で塞ぐ。
恐る恐る周りの様子を伺うと教室中の生徒の視線が、俺と竜彦に注がれていた。
「この馬鹿!」
俺は小声で怒りながら、竜彦の頭に拳骨を落とした。
「悪かったって。だからもうちょっと詳しく教えてくれよ」
俺の拳骨などちっとも聞いてないようで、竜彦はけろっとした表情で話の続きを促す。
「ったく、次はないぞ」
「分かってるって」
竜彦も落ち着いたようなので改めて詳しく、人に話すようの嘘の設定を伝える。
「昨日、魔の大深林で熊の妖魔に襲われてな。必死こいて逃げてる最中に犬の妖魔と出会ったんだ。で、このままじゃお互い熊の妖魔にヤられるだけだってことで結託して、熊の妖魔を倒したとさ。めでたし、めでたしってわけだ」
「いやいや、色々とおかしいだろ。さっきのは幻聴かと思って念のためもう一度聞いたけどよ。確認するが本当にお前が熊の妖魔を倒したのか?」
「ああ、本当だって。犬の妖魔と契約したことでどうやら神力量が上がったらしくてな。そのお陰もあってなんとか熊の妖魔を倒せたんだ」
「はぇー、そんなこともあるんだな」
竜彦は、最初は少し疑っていたようだが、二度目の説明ですぐに納得してくれた。
自分から嘘の内容を話しといてなんだが、真琴に伊吹、竜彦などの俺の周りの人間は、簡単に人のことを信じすぎな気がして、少し心配になる。
だが、ここで本当のことを言うわけにもいかないため、真実を伝えたい、という気持ちをぐっと堪える。
もし、真実を話せば、竜彦も真琴たちも俺と一緒に戦ってくれるかもしれない。
でもだからこそ、こいつらを巻き込むわけにはいかない。
猿神と戦うということは、この国をも敵に回す可能性があるということ。
それもかなりの確率で。
そんな危険な橋、こいつらに渡らせるわけにはいかない。
「まあ、そういうわけだ。納得したか?」
「納得ははしたけどよ。よく犬の妖魔と従魔契約できたな。従魔契約ってかなり難しいって話じゃないか」
そう。実は、従魔契約というのは、主人が従魔となる妖魔をいつでも殺すことができるという、いわば奴隷、いやそれよりも更に酷い契約を結ぶなければいけないのだ。
そのため、ほとんどの妖魔はそんな契約受けいれない。
しかも、知能の低い妖魔は頭が悪すぎて従魔契約を結ぶことが出来ない。
つまり、高知能な妖魔としか従魔契約は結べないのだが、高知能の妖魔は基本的にかなり強い。
それもそれのはず、高知能というのはそれだけ長く生きた証。そして、長く生きれば生きるほど、より戦う回数は増えるわけで、何度もその死闘を潜り抜けてきた妖魔が弱いはずがないのだ。
「あー、それはな、そいつ夜光って言うんだけどさ、夜光もどうやら熊の妖魔に結構やられててな。このまま殺されるくらいならってことで、従魔契約してくれたんだ」
「じゃあ、漁夫の利みたいな感じでお前が、いいところ全部持ってったわけだ」
「まあ、そんなところだ。運がよかったよ」
「それはもう、運がいいなんてもじゃないぞ! めちゃくちゃに運がよかった、だろ!」
竜彦は、俺の運がいかによかったのかを両手を広げ、体全体を使いながら表現した。
「はは、まあ確かにそうかもな」
「そもそも命があるだけでも――」
「分かった、分かったって」
「本当に分かってんのか? まあ、これも神様の思し召しってやつだ。神様にちゃんと感謝しないとな」
「……」
竜彦の言葉から猿神の顔が思い浮かび、思わず黙ってしまう。
「透? どうしたんだ?」
俺がなにも言えず黙っていると竜彦が俺の顔を覗き込んでくる。
「あ、ああ。すまん、すまん。ちょっと別のこと考えてたわ」
「おいおい、大丈夫かよ。熊の妖魔にやられた後遺症じゃないだろうな?」
「大丈夫だって。それより、そろそろ次の授業始まるし自分の席に戻った方がいいぞ」
「大丈夫ならいいんだけどよ。じゃあ、またあとでな」
「ああ」
そうして竜彦は自分の席に戻っていき、橘先生が教室に入ってきたのはそれから暫くしてのことだった。
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