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天才

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 七条はこちらの出方をうかがっているのか、攻撃を仕掛けてくる様子は無い。
 そのため、こちらから挨拶代わりの攻撃を仕掛けた。

 「くらえっ!」

 まずは、小手調べに札を七条の足元に向かって投げつけてみる。
 七条はそれに気づき後退ろうとするが、それよりも早く札が七条の足元にぶつかった。
 俺はそれと同時に神術を発動させる。
 すると、七条の足元から無数の植物の蔓が生え、七条に絡みつこうと襲い掛かった。

 「え、えいっ」
  
 七条は、掛け声とともに自身に襲い掛かってくる蔓に札を投げる。
 七条の投げた札は蔓に当たると、その姿をどろどろとした紫色の毒の塊へと変え、逆に蔓に襲い掛かった。
 植物の蔓は、毒の塊が触れた瞬間煙を上げ、溶けて消えてしまった。

 「ははっ、相変わらずでたらめな神術だな」

 「い、いえ、そんなことはないです」

 「謙遜するなって。お前の神術はすごいよ。前までの俺なら相手にすらならなかっただろうな」

 「い、今は違うんですか?」

 七条は首を傾げ、心底不思議そうな表情で聞いてくる。

 「こ、こいつ……言ってくれるな」
 
 「す、すいません。私、思ったことを正直に話しちゃっていつも怒られるんです」

 七条にとっては、俺なんていつでも簡単に倒すことができる相手という認識なのだろう。
 だが、それも仕方のないことかもしれない。
 事実、夜光の力がなければ、七条を倒すなんて俺には一生かけても無理だったのだから。
 それほど俺は弱かったし、七条は強いのだ。

 しかし、今は違う。
 夜光と契約して力を手にした今、これから神のごとき力を持った存在に挑もうというのに、いくら天才といえどたかが学生に負けるわけにはいかない。

 「お前は悪くない。実際、俺はめちゃくちゃ弱かったしな」

 「そ、そんなこ――」

 「だが、今回は俺が勝たせてもらうぞ」

 「そ、それは駄目です!」

 珍しく七条が声を荒げたので、少し驚く。
 しかし、七条はいつもおどおどしているがその実、極度の負けず嫌いで自信家だったことを思い出し、一人納得する。

 「このまま話し合っても決着はつかないし、そろそろ戦いを再開するか」

 「は、はい」

 ついつい戦闘そっちのけで話し込んでしまったが、これからまた一段と集中しなければならない。
 少しでも油断したら、たちまちのうちにやられてしまうだろう。
 七条はそれほどの相手だ。

 「こ、今度は私から行かしてもらいます!」

 七条は先ほどの会話でやる気を出したのか、試合始めのころと比べるとすごい変わりようだ。

 「来い。今度は俺が返り討ちにしてやる!」

 七条は俺の頭上めがけて札を投げた。
 七条の投げた札は、俺の頭上に到達すると同時に大きな毒の塊となった。

 「毒の塊をそのまま落とすつもりか? そんな単調な攻撃は効かないぞ!」

 「ち、違います」

 「何が違うん……だ!?」

 毒の塊を避けるために場所を移動し上を見上げると、そのまま落ちるかと思われた毒の塊が大きく弾け、毒の雨として試合場全体に降り注いだ。

 「これは反則だろ……」

 圧倒的な神力量と繊細な神術操作技術があってはじめて成せるその技を見て、俺は一瞬固まる。
 だが、直ぐに固まっている場合ではないと動き出した。

 自身の周りに札をばら撒き、魔の大深林で見た、全ての栄養を吸い尽くさんばかりの巨樹の根を想像して神術を発動させた。

 今までの試合では、これほど大規模な神術を発動させるほど追い詰められることはなかったため、今回が初の試みとなったが、神術は上手く発動した。

 地面から生えた巨大な木の根は、幾本も折り重なりお椀状になって俺の身を毒の雨から守る盾となった。

 毒の雨は、木の根に当たると煙を上げ数センチの穴を開けたが、直ぐに木の根に吸い込まれ、毒の雨を栄養素として吸収した木の根は開けられた穴が元の状態に戻った。
 これを繰り返していると毒の雨は止んだ。

 「そ、そんな!?」

 神術を解除し、外に出ると七条が驚きの余り言葉を失っていた。
 しかし、それも当然のことだ。
 今まで眼中にすらなかった奴が、天才と持て囃され、同年代からは殆ど止められたことのない自身の神術を受け止めたのだ。
 その衝撃は大きいだろう。

 俺は、下を向き俯いている七条に声をかける。

 「どうした七条、攻撃はもう終わりか? 七条家の神童も案外大したことないな」

 ここで強気にいけば、もしかしたら七条の長くなっている鼻が折れて弱気になってくれるかも知れないと思ったが、その考えは甘かったらしい。

 「ま、まだです!」

 俺の声を聞き顔を上げた七条の瞳は、決して折れることなく依然として強く輝いていた。
  
 「っち、そう上手くはいかないか」

 俺は、小言をポツリと漏らし、七条の追撃に備える。
 七条は、懐から今まで使っていた札とは明らかに異なる、神力が強く込められた札を七枚取り出した。

 「これは私のとっておきです」

 そう言いながら七条は、落ち着いた様子で自身の前方に札を漂わせると神術を発動させた。
 すると札は、頭が七つある毒々しい大蛇へと変化した。
 
 「おいおい、何だよそれは……」

「こ、これは私のご先祖様が、かつて討伐したとされる七股の大蛇をモチーフにして作ったもので、その毒は神をも殺すと言い伝えられています」

 「ははっ、これが本物か。凄えな」

 熊の妖魔に出会した時よりもさらに圧倒的な危機に瀕しながら、俺の心は何処か浮ついていた。
 何故ならあの天才が、七条家の神童とまでいわれるあの七条菜摘が、今まで同じ土俵にすら立てていなかったこの俺のことを、奥の手を使わなければ倒せない強敵と認識したことがとても嬉しかったのだ。
 たとえ七条が認めてくれた力が、本来の俺の力ではなかったとしても。

 「いきます!!」

 「来い!!」

 七条は、ゆっくりと大蛇を前進させる。
 大蛇が通った後の地面は、毒に汚染されドロドロに溶けてしまっていた。
 
 大蛇に対抗すべく、俺も札を七枚取り出し神術を発動させる。
 イメージするのは、古来より最強の妖魔と名高き龍。
 相手が七股の大蛇なら、こちらは木でできた七股の龍だ。

 今俺が扱える最大限、いや限界を超える妖力を必死で操作し神術を発動させた。
そうして俺の目の前には、七条の生み出した七股の大蛇に勝るとも劣らない巨大な木龍が佇んでいた。

 「す、すごい……。でも、負けません!」

 俺が生み出した七股の木龍を見て、七条は一瞬、感嘆の声を上げるも、すぐに気を取り直して大蛇を操作し攻撃を仕掛けてきた。

 大蛇は、七つの頭から一斉に毒玉を発射した。
 それを見て俺は木龍を操作し、木龍の目の前に巨大な樹木の壁を作り上げる。
 七つの毒玉は勢いよく飛んでくると巨樹の壁に着弾した。 
 巨樹でできた壁は、毒玉が当たった箇所だけドロリと溶けて穴が空いてしまったが、木龍までは届かなかった。

 「今度は俺の番だ!」

 俺は、巨樹の壁からいくつもの杭のような木を生やし、大蛇に向かって発射した。

 勢いよく飛んで行った木々はそのまま大蛇に突き刺さるかに思われたが、大蛇の体に触れた瞬間にドロドロに溶けて消えてしまった。

 「なッ!?」

 「こ、この子は全身がとても強力な毒でできているので、こ、攻撃は効きません!」

 七条は、オドオドしながらもその顔は自信に満ち溢れていた。
 このまま戦っても俺の攻撃は全て大蛇に阻まれ、七条まで届くことはないだろう。

 七条が、次の攻撃を仕掛けてこようとするあいだに、俺は必死で何か起死回生の案がないか考える。
 そんなことを考えているうちに、七条の準備は終わっていた。

 「これで終わりです!」

 七条がそう言うと、全ての大蛇が大きな口を開き、先ほどよりもさらに巨大で凶悪な色の毒弾を発射した。

  ――どうすれば、どうすればい!?

 毒弾が大蛇の口から放たれる刹那の瞬間、ようやく俺は一つの案を思いついた。
 もし失敗すれば、その瞬間負けが決まってしまうが仕方ない。

 「上手くいくか分からんが、これしかない……か」

 俺は覚悟を決め、作戦を遂行すべく動いた。
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