媚薬魔法の優しい使い方

りりぃこ

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大仕事⑤

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 一方オーブを追いかけていったジャスは、荷物は重いしオーブの足が意外に早いしで、完全に息を切らして座り込んでしまった。

「あーもう、疲れた…」

 地面に座り込んでゼーハーしていると

「大丈夫?」

 突然後から話しかけられた。驚いて振り向くと、後ろには初老の男性が立っておりジャスに手を差し伸べてきた。

「あ、大丈夫です。ちょっと疲れただけなんで」

 ジャスは慌てて立ちあがった。

「随分と重そうな荷物だね。旅行者かな?」

「あー、旅行者っていうか…」

 何と答えるべきか迷って言い淀んでいたその時だった。

「先生!」

 少し離れたところからオーブが現れて、男性の元に駆け寄ってきた。

「先生、まさかもう?」

「ごめんねオーブ。君達を見捨てることになってしまって」

「本当に、本当にこの村を出ていくんですか?」

「申し訳ない」

「そんな……」

 オーブは先生に縋り付くようにして言った。

「もう少し、もう少しだけ待って下さい!私説得します!病院なくさないでって」

「ありがとう。でも多分もう無理だよ」

 先生は、始終困った顔をしていた。

「もう会議で決定もされたしね。病院の備品も売りに出されたし」

「じゃあ、妹は……」

 オーブは声を詰まらせて、それ以上は何も言えないようだった。

「妹、病気なの?」

 恐る恐る、ジャスがオーブに尋ねる。オーブは少しジャスを睨んで答えた。

「北部型細菌性栄養失調症。もう長いことマトモに起き上がれないでいるわ」

「あぁ、北部型か」

 ジャスは、薬売りの息子としての知識をフル動員させて思い出す。北国でよくある病だ。確かに体は弱り、苦しい状態が続く病だが……。

「十分に栄養を取れれば、すぐに治る病気のはずだけど」

「そうよ、十分に栄養を取れればね」

 オーブの言葉に、ジャスは自分の失言に気がついた。


 北部型細菌性栄養失調症は、すぐに治る病気だが、死者数も多かった。その多くは、貧困層で十分な食料の無い地域の人々だった。栄養を取れればすぐ治る。しかし取れなければどんどん悪化していく。

 恐らく、オーブの妹も十分に栄養を取れていないのだろう。


「先生がこの村にお医者様として来てくれたのはついニ年前で。先生に見てもらえた時にはもう症状が進んでしまって…」

「ああ」

 ジャスはかける言葉が見つからず、口をつぐんだ。

 先生は申し訳なさそうな顔をしたまま、オーブの顔をのぞき込んだ。

「ごめんね。これ、最後にお薬一週間分だけどあげるから」

 そういって粉薬の束をオーブに握らせると、先生はその場を立ち去って行った。

 オーブは薬を握りしめ、下を向いたままだった。



 しばらくオーブは動かないでいたが、すぐに「帰らなきゃ」と呟いて歩き出した。ジャスはとりあえずオーブの後を追った。

「何で付いてくるのよ」

「いや何となく……」

「私は帰って妹に薬飲ませなきゃいけないの。お前にもう用はない」

「僕も一緒に行ってもいいかな?僕、家が薬売りだからちょっと妹さんの様子を見せてもらえたら」

 ジャスの言葉に、少しオーブは考え込て、そして「勝手にしたら」とだけ言ってまたあるき出した。ジャスはそれを肯定と捉えて、付いていった。


 オーブの家は小さくてオンボロな家だ。

「あそこにみえる真っ黒になって根本だけになっちゃってる大きな木、あるでしょ?あれが御神木」

 オーブは吐き捨てるように御神木を指差した。

「あれが…」

 あんなに真っ黒になっているのに、生き返らせることなんてできるのだろうか。ジャスがそう思いながらボーッと御神木を見つめていたその時だった。


「テメェ、どこ行ってやがった」

 後から怖い顔をしたアウルが声をかけてきた。

「荷物持っていきやがって」

「ああ悪い。てか、自分で持てばよかっただろ。こんな重いもん」

 ジャスはブツブツ言いながら荷物をアウルに渡す。アウルは荷物を受け取るとジャスを引っ張った。

「すぐに取り掛かるから、テメェも来い」

「え、すぐにって、仕事に?」

 ジャスは少し慌てた。

「いや、調べるだけだ。調べてから依頼を受けるかどうか決める」

 アウルの言葉に少し安堵し、そして急いで言う。

「彼女、オーブの妹さんが病気なんだ。それで、今回の依頼料支払いのために病院を潰したりするとあんまり良くないことになるみたいで……」

「あ?病気?」

 アウルはオーブをギロリと睨んだ。そして少し考え込んでから、荷物をガサゴソと探り、小さな瓶を1つ取り出してオーブに押し付けた。

「は?何?」

 オーブはポカンとしてその瓶を見る。

「これは……」

「魔法薬。これを摂取すればどんな病でもすぐ治る、最高級の治療魔法薬だ」

 アウルは自慢げに説明する。

「今日は一瓶しか持ってこれなかったが、特別にテメェにやる。感謝するんだな」

「治癒魔法薬……」

 オーブは目を輝かせて瓶を大事そうに握りしめる。

「あ、ありが……」

 オーブがアウルにお礼を言いかけたその時だった。

「全く、村の未来がどうのこうのとか言っときながら、結局は自分の都合じゃねぇか。大騒ぎしやがって」

 アウルの言葉に、オーブは顔を真っ赤になった。そして治癒魔法薬をアウルに押し付けるように返した。

「馬鹿にしないで!!!」

「は?」

 アウルはオーブが怒り出したのが理解できなかったようだ。

「なんだよ、いらねえのか?テメェらみたいな一般の人間には出回らねぇ品だぞ」

「いらない、そんな施しなんて!!」

 そう言ってオーブは走って自分の家に入ってしまった。


「今の言い方はねぇだろ…」

 ジャスは呆れたようにアウルに言う。

「今のはさすがの俺でも引いたよ」

 どこからともなく現れたクロウも、ジャスに同意する。

 二人に呆れられたアウルは不満そうな口調になった。

「んだよ。本当のことじゃねぇか」

「本当とか、そういうことじゃねぇって」

「そうだよ。正論言えばいいってもんじゃないんだよ。薬あげるとこまではカッコよかったのにさー」

「あー!もううるせぇ!この話はこれで終わりだ!サッサと行くぞ」

 アウルは乱暴に治療魔法薬をカバンにしまうと御神木に向ってあるき出した。


 ジャスはふと、オーブの家の方を見た。きっとあんなに怒っていたらジャスの事も家には入れるつもりはないだろう。これ以上何も出来そうもない、とジャスは思った。

「おいテメェ何ボーッとしてんだ。テメェも一応来い」

「僕必要なわけ?」

「必要とか、そういう問題じゃねぇよ。勝手にウロウロされても迷惑だろうが」

 そう言ってジャスをまた魔法で引っ張る。

「だーからその引っ張るのやめろってば」


「さっきまで、仕事中はどこ行っててもいいみたいなこと、言ってたくせに」

 クロウは少し呆れたように言う。アウルったら、あの女の子に嫉妬でもしたかな?そう、誰にも聞こえないように口の中だけで呟いた。
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