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二章
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しおりを挟む(‥パライバトルマリン、みたいだな‥)
前世で婚約指輪を選ぶために宝石店で様々な石を見せてもらった。その時「これはお見せするだけになりますが‥」と言ってパライバトルマリンのルースを見せてもらったことがある。今では取れない鉱山から産出したもので、ルースの状態で三千万はするものだと言われ、婚約者と二人で顔を見合わせたものだ。
その時の石に似たものが、今ジュセルの前で掲げられていた。
「たっ」
高いんじゃねえの、と言いそうになって口を噤む。何を言ってもこの場にそぐわない気がした。
そんなジュセルの様子に気づくことなく、ケイレンは嬉しそうにその石を受け取り、ジュセルの目の近くに掲げた。実際のジュセルの瞳の色と比べ合わせているようだった。
「‥うん!これがいい、これがジュセルの瞳の色だ!」
「いやそんなきらきらしい目をしている覚えは‥」
ない、と言いたかったが、浮かれているケイレンの耳には入らず、シンリキシャには何やら圧のある笑顔で押し切られ、黙り込むしかなかった。
「あとは、ケイレン様の瞳のお色ですね。黒輝石はそこまで色に種類はございませんが、きらめきという点での違いがございまして‥」
シンリキシャがそう言いながら黒輝石の石をざらざらと並べていく。どれも大粒できらきらしいものばかりだった。
「どれが俺の瞳に近いと思う?ジュセル」
そう言って顔を覗き込んでくるケイレンに、ジュセルは冷や汗が出るのを感じた。
まずい、正直どれも一緒に見える‥ていうか違いが判らない‥全部同じ黒輝石に見えるんだけど‥
そう思いながらきょろきょろと石を見ていたのがわかったのか、シンリキシャが助け船を出してきた。
「お客様がご覧になっておられたのはこちらとこちらですね」
そう言って大粒の黒輝石を二粒、指先でつまみ上げジュセルの掌にそっとのせてくれた。
「う、うん‥」
「ジュセルはこれがいいのか?すごいな、輝石の等級が高い石だ。‥俺の目がこんなに輝いてると思ってくれたんだな‥」
何やらケイレンが嬉しそうなので、思わずジュセルは「ウン、ソウダナ‥」と呟いてしまった。
するとシンリキシャが先ほどのパライバトルマリンのような青輝石と黒輝石を見比べて、一つをつまみ上げた。
「こちらがよろしいかと思います。石の大きさのつり合いがとれておりますから」
そういうシンリキシャにケイレンも笑って答えた。
「じゃあそれにする。ピアスに仕立ててくれ。ここで待ってる」
「かしこまりました。お仕立ての間、お茶をお持ち致しますので少々お待ちくださいませ」
シンリキシャはそう言って石をのせた盆を取り上げ奥に去っていった。入れ替わりのように別の店員が来て二人の前に香りの高いお茶と小さなお茶菓子を置いた。
ジュセルは心の中で
(あの石どれも値段書いてなかったんだけど‥ていうか、わざわざ石を選んでピアスに仕立てるなんて、金持ちしかやらないことだよな‥)
と、またケイレンに返すべき借金が増えたとばかりに頭を抱えていた。
そんなジュセルの気持ちなど全く想像もしていないケイレンは、ジュセルを抱きかかえながら満足そうにお茶を飲んでいた。
出来上がったピアスは金色の地金にそれぞれの石を嵌め込んだシンプルなものだった。とはいえ、石の大きさが親指の先ほどもある。随分と高いのだろうと思ったがさすがに店員の前で値段を聞くわけにもいかない。すぐにそれぞれの右の耳につけてもらって、ケイレンは満足そうだった。
「うん、ラリリの店で頼んでよかった。また頼むよ」
そう言われたシンリキシャ‥ラリリはまたあの柔らかい微笑みを浮かべながらお辞儀をして言った。
「伴侶の指輪をお作りの時には、またお越しいただければ幸いでございます」
「ああ、わかった!」
幾らなんでも気が早えよ、と思ったジュセルが言葉を差し挟む暇もなくまた抱えあげられ、小型機工車が待っている場所まで運ばれた。当分この市場通りにはこっ恥ずかしくて来れないな‥と思ったが。いずれにせよ自分はしばらく勝手に出かけられないのだ、ということに思い至り複雑な気持ちになった。
機工車の運転手は、「いい買い物はできましたかい?」と軽く声をかけてくれた。ケイレンは喜びを隠そうともせず、微笑みながら「ああ」と答えている。
‥やはり、本当に自分を愛していてくれるのだな。とその時ジュセルは思った。
あんなに不安に駆られていたのが嘘みたいだ。お揃いのピアスを身につけたくらいでこんなに喜んでくれるなんて。
ケイレンは照れくさそうな顔をしながらジュセルを見て、その耳朶に優しく触れた。指先でつるりとした黒輝石を撫でる。
「ジュセルが俺の色を身につけていると思っただけで‥嬉しいよ」
「あ。ありがとう‥」
また頬に血がのぼるのを感じてジュセルは下を向いた。いくら恥ずかしいとはいえ、ここは自分も何か言うべきではないか。そう思ったジュセルは何とか言葉をひねり出した。
「あの、俺も‥恋人のピアス、をつけたのは初めてだし、嬉しい、かな‥」
ガン!という激しい音が聞こえて驚いたジュセルはすぐに顔を上げた。横にいるケイレンが後頭部を小型機工車内の壁に激しく打ち付けていたのだ。天を仰ぐ形になっているケイレンは目を瞑りながら、
「初めて‥初めての恋人‥」
とぶつぶつ呟きながら何度もガンガンと後頭部を壁に打ち付けているので、ジュセルはドン引きして少し身体を引いた。
その後も食料品や雑貨屋など、このところ外出のできなかったジュセルのことを思ってか、ケイレンは色々なところに小型機工車で連れて行ってくれた。ただどこに行ってもジュセルを抱き上げて移動するのには閉口した。負ぶってくれと頼んでも聞き入れてくれない。‥確かに身体の軋むような痛みはひいておらず、なかなか自分で歩くのは難しい状態ではあったが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
そんな恥ずかしい思いをしながらも、機工車での移動ということもあり色々と大きなものも買い込んで屋敷に戻れば、もう馬の方が先に帰ってきていた。
ケイレンはジュセルを抱えあげて部屋まで運び、寝台の上に横たえた。横になってほっとしたジュセルの横に腰かけて、じっとジュセルの顔を見つめてくる。
「‥?どうした?」
「ジュセル、‥俺のこと、好きなんだよな?嘘じゃないよな‥?」
不安そうに黒い瞳を瞬かせながらケイレンが苦しそうにそういうのを聞いて、ジュセルは思わず手を伸ばして背中を撫でた。
「‥口づけてみれば‥?」
ぼそりと呟いたジュセルの言葉を聞くや否や、ケイレンはジュセルの上に覆いかぶさって深く口づけてきた。
「んんっ」
両手で顔を挟まれ深く舌が挿し入れられる。舌の奥を擦られ舌先でつうっと全体を辿られれば下半身までぞくぞくとしたものが奔った。無論、交わされる唾液はこの上なく甘い。
ジュセルも痛む腕を伸ばしてケイレンの首にしがみついた。お互いに離れるまいと抱きしめ合いながら唇を貪る。ちゅ、ちゅっという淫らな音が部屋に響いた。
そして唇からケイレンのそれが離れ、するりとジュセルの首筋へと動かされた。柔らかい首の皮膚をなぞる柔らかな唇と舌先に身体が大きく震えた。
「あ、ああっ」
思わず零れた喘ぎを聞いたケイレンは、そのままちうっと強く首の皮膚を吸い上げた。ちくっとした微かな痛みが、ジュセルを正気に戻した。
「っ、ストップ!」
「すとっぷ‥?」
耳慣れない言葉に、ケイレンが首筋から唇を離してジュセルの顔を見つめた。その隙に身体をずらしてケイレンから少し離れる。
「やめてってこと!ここまで!‥うう、もう‥」
「‥‥ごめん、怒った?」
少ししょげた顔でジュセルを見ているケイレンの顔が、愁いを帯びてたまらなく美しく見える。
(~~~~っ、顔がいいんだよ顔が!!)
「‥怒って、ない。でも、俺の気持ちは、わかっただろ‥?」
ふいと顔を背けてそう言ったジュセルをケイレンはまた後ろからぎゅっと抱きしめてしまい、「だからもうやめてって!」とまた怒鳴られた。
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