12 / 137
一章
11
しおりを挟む思わず大声を上げて叫んでしまった、そのジュセルの声が聞こえたのかバン!とドアが開く音がして「ジュセル!?どうした!?」というケイレンの声が聞こえた。
は?
今、お前どこから出てきた‥?
「おい」
「ジュセル、どうした?何かあったのか?」
「何かあったのかじゃねえ、お前今どこから出てきやがった」
あ、という顔を、明らかにケイレンがした。それを見逃さなかったジュセルは素早くケイレンが出てきたと思しき方向へ走った。案の定そこにはドアがあり、そこを抜けると‥
「ここ、お前の部屋だよなあ!?」
「‥‥‥はい」
後ろの方で、しょぼんとした声で答えるケイレンを、振り返ってぎろりと睨んだ。
イケボもしおれてると台無しだなおい!
「‥‥お前、‥伴侶用の居室を俺にあてがいやがったな‥?お前の部屋からも俺の部屋からもここの主寝室に来れるってことはそうだよな?」
「‥‥‥はい‥」
大きな身体を縮めるようにして俯いたケイレンが力なく答える。
油断も隙もあったもんじゃねえ。
ケイレンの部屋らしきところからさっき入った主寝室に戻る。ここは今使ってはいないようだ。寝台にも寝具はかかっていないし、何しろ部屋が汚い。
ケイレンの部屋に通じるドアと、自分の部屋に通じるドアを確認すると鍵穴があった。
「おい、鍵はないのか?」
ケイレンは俯いたままぼそぼそと答えた。
「え~と‥引っ越した時に多分もらったんだけど、どこにあるかはわからないんだよな‥」
何だとこの野郎。
いつでもお前が俺の部屋に来れる状態で、俺に寝ろとか言ってやがったのか?
今日一日色々とつきあってもらったり食事に連れて行ってもらったりして、悪かったな、見直したな、と思っていた心が全部どこかに吹っ飛んだ。
ジュセルは主寝室をざっと見渡した。広い部屋だが汚れてもいるし家具も少ないのでがらんとして寂しげな様子だ。家具は大きな寝台と大きめの飾り棚しか置かれていない。
仕方ない、寝台にするか。
「おい、手を貸せ。お前の部屋から通じる扉をこの寝台で塞ぐから」
「えっ‥」
塞いじゃうの?と顔で喋っているケイレンにまたいら立ちが募った。
「早く!」
二人がかりでもこの大きな寝台を動かすのはなかなかの大仕事だった。何とかケイレンの部屋からは入れないようにできてほっとする。額に滲んできた汗をぬぐった。せっかく湯を浴びたのに台無しだ。
そして忘れてはいけない、この部屋自体の出入り口もある。そこは飾り棚を動かすことで塞ぐことにした。
「まあ、使うときになったら、また動かせばいいしな‥」
「その時、俺はいないだろうけどな」
この期に及んで呆れたことを抜かすケイレンの方を見ずにジュセルは言い放った。多分またしおしおとしてるんだろうが知ったことではない。
ドアを塞いだので、仕方なく自分の部屋に一度ケイレンを入れ、その扉から外に追い出した。ケイレンは素直に従ったが、扉の外に出たときジュセルの腕を弱々しくつかんだ。
「‥‥何?」
「ごめん、ジュセル。そんなに怒ると思ってなくて‥もちろん黙ってお前の部屋に入るつもりなんてなかった。でも‥いつか一緒に主寝室を使えるようになったらいいなって思ってたのは本当だ、‥‥言い訳にしかならないけど‥」
がっくりと肩を落としてぽつぽつと話すケイレンを見ていると、少しずつ胸の中に逆巻いていた怒りが鎮まってくるのを感じた。
大きい身体を縮めるように、背を丸めて廊下に突っ立っているケイレンの姿を見ながら、なぜこんなに自分が嫌な気持ちになったのか、怒りが込み上げてきたのかを考えた。
「‥あのさ」
「何だ?」
少し、口ごもってからジュセルは言った。
「俺、‥怖いんだ。あんたみたいな大きいヒトなら、俺のことなんて容易く組み伏せられるだろ?今は色んな薬とかもあるしそういうのやられたら俺は‥抵抗できない、多分。でも、俺の意思関係なくそう言うことをされるのは怖いし、嫌なんだよ。そういう気持ちがあったから‥部屋が繋がってるのを黙っていられたの、頭に来たんだ」
話しながら自分でも頭が整理できてきた。きっと、キスされた時からこういう気持ちがあって、自分の中で消化しきれていなかったんだな、ということもわかってきた。
ケイレンは真剣な顔で聞いていた。そして改めて膝を折って謝罪をした。
跪いて謝意を表すのは、サッカン十二部族国では最上級の謝罪である。日常生活ではめったにお目にかかる光景でもない。膝をつかれたときジュセルはぎょっとして対応が遅れた。
「‥すまない、ジュセル。俺は本当に初対面の時から失敗してしまってたんだな‥」
「い、いいからもう、立って!」
慌ててケイレンの肩に手を置いて立ち上がらせようとする。するとケイレンは少しためらってから、そっとジュセルの手の上に自分の手を重ねた。
そしてジュセルの顔を見上げる。精悍な顔が愁いを帯びた様子は色気にあふれていて、ジュセルはかあっと顔が赤くなるのを覚えた。
ずりいな、イケメン‥
「許してくれるのか‥?」
「‥もう、黙って色々しなければ、それでいい‥」
「わかった。ありがとう。あなたの心の寛容さに感謝する」
謝罪を受け入れてもらった時の慣用句を口にしてから、ケイレンは立ち上がった。
「じゃあ、もう寝るといい。よい夢を、ジュセル」
「‥よい夢を」
就寝の挨拶をしてすぐに自室に引っ込んで扉を閉めた。内鍵をかちゃりと回して息をつく。
三十五歳で死んだ記憶があるから、自分は大人だと常々思っていた。だが、やはり自分はこの世界で生まれてまだたったの十六年しか経っていない若造なのだ、ということを今日はしみじみと思い知らされた気がする。
自分の感情や気持ちをしっかり掴み切れていないなんて、いかにも十代じゃないか‥と額に手を当てた。
自分を見上げてきたケイレンの端正な顔を思い出しても、心がもぞもぞする。
「やっぱ、イケメンずるいよな‥」
そう呟いて、思わぬ力仕事で汗をかいた身体をもう一度清めよう、と浴室に向かった。
翌朝、少し早めに起床して身支度をし、朝食の準備をした。と言ってもまだ台所がまともに使えそうにないので、昨日買ってきた材料でスープを作っただけだ。
材料を切って鍋に入れ、煮込んでいる間に台所の掃除に取りかかった。食事室は普段ケイレンも使っているようでそこまで埃まみれではなかったから後回しにする。
大きな窯は、使えるようになればパンも焼けるし窯焼きの料理も作れるようになる。そんなことを考えながら掃除をしていると、ケイレンが起きてきた。
「いい朝だな、ジュセル」
「ケイレン、いい朝だね」
「朝食を作ってくれたのか?」
「うん、まあスープしかないけど。もう食べる?」
「顔を洗ってくる」
起き抜けのケイレンは、髪も下ろしていて目も眠たげで、その様子がまたすごい色気を放っていた。これで恋人がいないなんて嘘だろ‥と思いながらスープの味を見る。まあまあの出来だな、と断じて皿に盛り付け、朝のお茶を淹れた。茶葉は昨日、ケイレンがいいものをいくつも買ってくれた。香りが立ってとてもいい匂いがする。
ケイレンが戻ってきてテーブルに着いた。まだ髪は下ろし寝間着のままで首元がよく見えている。色気の溢れるその姿を、あまり見ないようにして「いただきます」と手を合わせた。
「?ジュセル今なんて言ったんだ?」
あ、しまったまたやってしまった。日本人の性で、ついつい食事前には「いただきます」と言ってしまうのだ。家族にも何度か聞きとがめられたことがあるのに、つい出てしまうのである。
「ああ、俺の癖。食べる前にいただきます、って言っちゃうの。気にしないで」
「どういう意味で言ってるんだ?」
真面目に言葉の意味や理由を聞いてきたのはケイレンが初めてだったので、ジュセルは少し驚いてケイレンを見つめた。ケイレンは茶化すこともなくこちらを見ている。
「‥まあ、食べ物や、作ってくれた人とかに対する感謝みたいなことかな‥癖だから気にしないでくれると助かる」
「へえ‥いいな、それ。俺も今度からいうことにするよ。いただきます」
ケイレンはそう言ってスープを食べ始めた。一口食べて咀嚼し、のみ込んでから顔を輝かせた。
「ジュセル、すごく美味しい!ありがとう!いただきます!」
「‥いただきますは一回でいいんだよ‥」
そうなんだ、と言いつつ恐ろしい勢いでスープを掻っ込むケイレンを、ジュセルはなんとなく温かな気持ちで見つめていた。
16
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
目が覚めたら宿敵の伴侶になっていた
木村木下
BL
日本の大学に通う俺はある日突然異世界で目覚め、思い出した。
自分が本来、この世界で生きていた妖精、フォランだということを。
しかし目覚めたフォランはなぜか自分の肉体ではなく、シルヴァ・サリオンという青年の体に入っていた。その上、シルヴァはフォランの宿敵である大英雄ユエ・オーレルの『望まれない伴侶』だった。
ユエ×フォラン
(ムーンライトノベルズ/全年齢版をカクヨムでも投稿しています)
過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される
中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」
夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。
相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。
このお話はムーンライトでも投稿してます〜
僕に双子の義兄が出来まして
サク
BL
この度、この僕に双子の義兄が出来ました。もう、嬉し過ぎて自慢しちゃうよ。でも、自慢しちゃうと、僕の日常が壊れてしまう気がするほど、その二人は人気者なんだよ。だから黙って置くのが、吉と見た。
そんなある日、僕は二人の秘密を知ってしまった。ん?知っているのを知られてしまった?が正しいかも。
ごめんよ。あの時、僕は焦っていたんだ。でもね。僕の秘密もね、共有して、だんだん仲良くなったんだよ。
…仲良くなったと、そう信じている。それから、僕の日常は楽しく、幸せな日々へと変わったんだ。そんな僕の話だよ。
え?内容紹介が内容紹介になってないって?気にしない、気にしない。
ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします
ランド犬
ファンタジー
異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは
――〈ホームセンター〉
壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。
気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。
拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
幻獣保護センター廃棄処理係の私、ボロ雑巾のような「ゴミ幻獣」をこっそり洗ってモフっていたら、実は世界を喰らう「終焉の獣」だった件について
いぬがみとうま🐾
ファンタジー
「魔力なしの穀潰し」――そう蔑まれ、幻獣保護センターの地下で廃棄幻獣の掃除に明け暮れる少女・ミヤコ。
実のところ、その施設は「価値のない命」を無慈悲に殺処分する地獄だった。
ある日、ミヤコの前に運ばれてきたのは、泥と油にまみれた「ボロ雑巾」のような正体不明の幻獣。
誰の目にもゴミとしか映らないその塊を、ミヤコは放っておけなかった。
「こんなに汚れたままなんて、かわいそう」
彼女が生活魔法を込めたブラシで丹念に汚れを落とした瞬間、世界を縛る最凶の封印が汚れと一緒に「流されてしまう。
現れたのは、月光を纏ったような美しい銀狼。
それは世界を喰らうと恐れられる伝説の災厄級幻獣『フェンリル・ヴォイド』だった……。
たとえば、俺が幸せになってもいいのなら
夜月るな
BL
全てを1人で抱え込む高校生の少年が、誰かに頼り甘えることを覚えていくまでの物語―――
父を目の前で亡くし、母に突き放され、たった一人寄り添ってくれた兄もいなくなっていまった。
弟を守り、罪悪感も自責の念もたった1人で抱える新谷 律の心が、少しずつほぐれていく。
助けてほしいと言葉にする権利すらないと笑う少年が、救われるまでのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる