森蘭丸の弟、異世界に渡る<本能寺から異世界へ。文化も人体も違うところで色々巻き込まれ、恋も知る?>

天知 カナイ

文字の大きさ
29 / 44
三章

覚醒のために

しおりを挟む
ジャイラ列島国。
褐色の肌を持つジャイラ人が住む百を超える島々からなる島嶼とうしょ国だ。幾つかの島から代表者である島主が選出され、島主会議という統治機関が国を治める方式をとる国である。島主は5年任期で替わるが、大島主は島主会議で罷免されない限り、任期が終わらない名誉職であり、会議を束ねる重要な存在でもある。
そしてその大島主の座を、この50年守り続けているのが大島主ムルファである。偉大なシンリキシャで、他国からもムルファを頼って治療を願うものが少なくない。だが、大島主という立場から、治療へ割ける時間は限られており、何年も待たなければならない状態が続いている、というのは有名な話である。

「ムルファ様の治療は今頼んですぐお願いできるものではない。ランムイ、お前それを頼める勝算はあるのか?」
ヤルルアはまた胡乱気な目でランムイを見た。見られた方のランムイはすました顔で答える。
「私はできないことを約束したりはしません。約束は守ります」
言われて、ヤルルアもアヤラセも、確かにランムイは色々腹黒いところも狡いところも持ち合わせているが約束を反故にしたことはない、と考え着いた。
「‥では、リキを連れてジャイラへ向かうのか?」
「いえ、これは本当に偶然ですが、ムルファを迎えての外交経済会議が十四日後に予定されています。ですからその時にアキツマに連れてきてくだされば、診てもらえるでしょう。ムルファに頼むのは私が責任を持ってやります。その時に約束を取り付けられなくても、何とか外交ルートを使ってでも頼みます」
そうはっきりとランムイは言い切った。

アヤラセは、こくりと頷きランムイを見た。その目にはこの二か月半失っていた光が少し戻ってきていた。
リキのために、自分にもできることがある。そのことはアヤラセの心に小さな希望の光をともしてくれた。
「リキが、心を取り戻せたら、アキツマへ行って魔力統主になる努力をする。それでいいか?ランムイ」
「そうだね。じゃあ、取引は成立かな。もうライセンがアキツマにくることもないだろうし、そこは安心していいよ」
そういうランムイの顔には一瞬、恐ろしげな翳が浮かんだがアヤラセは気づかなかった。ヤルルアはそれを見て初めて、(こいつはライセンを殺す気だ)とわかり、その心情を思った。きっと自分のためなのだろう。ランムイにそんな決心をさせる自分は本当に罪深いとヤルルアは思ったが、だからといってランムイに何か言うことはしなかった。
それが自分たち伴侶のあり方だと思っていた。


ヤルルアは再びリキの部屋へ向かった。ユウビにこの事を伝えるべきだろうと思ったからだ。ナガエにも伝える必要があると思ったが、先にあの不思議な生き物に伝えたいと思った。
薄く扉が開いているリキの部屋に戻り、その扉を大きく開こうとした時、部屋の中から物音が聞こえた。ちゅ、ちゅという何か濡れたような音。そして少し早い呼吸音。
そっと中を覗き見ると、ユウビがリキの身体を半裸にして唇で全身を愛撫していた。顔に、唇に、首筋に、そして胸の上にある乳首へ。そう言えばこの生き物が口を開けているところを初めて見たように思った。ちゃんと口は開き、そこから赤い舌が覗いている。
その舌を、唇をリキの身体中に這わせ愛撫している。右手は見えない下半身の中に挿し入れられ、あやしく動いている。リキは半分目を閉じたまま、浅い息をしながら「あ、はあ、」と喘いでいた。緩やかな快楽を与えられているようだ。

この生き物は、そういう意味でリキの事を守り、世話をしていたのか、とヤルルアは思った。アカーテが、ユウビにリキを愛しているのか質問をしたが、リキは自分の全てだ、という答えだったという。
そんな質問をあの生き物にしたアカーテにも驚いたが、ユウビの答えにも驚いた。ユウビはそこまで感情をあらわにすることはなかったし、そもそも喜んだり怒ったりしているところを見たことがなかったからだ。
だが、今部屋の中でウツロなリキの身体に愛撫を与えているユウビの顔は、穏やかで慈愛に満ちた表情をしている。
愛おしいものを見つめる目だった。

ヤルルアは思い切って中に入り、「ユウビ」と声をかけた。ユウビはちら、とヤルルアを見たが、特に気にすることなくリキの乳首をぢゅっと吸ってからヤルルアの方を向いた。だが特に何も発してこない。
ヤルルアはため息をついてから言った。
「まだ意識が朦朧としているリキに、何をしているんだ?それはリキが望んでいることなのか?凌辱の記憶が身体から呼び覚まされたらどうする」
厳しいヤルルアの指摘にもユウビは怯むことなく、まっすぐヤルルアの目を見つめた。 
<こんなに動かないままだと、主の身体は萎えてしまう。快楽を与えて身体に力が行き渡るようにしている。凌辱の記憶が呼び覚まされそうならわかる。お前は心配しなくていい、退異師>
きん、と頭の中に響く声にユウビの苛立ちを感じた。
(気のせいでなければ、ユウビは少しずつ"ヒト”らしくなってきている気がする‥)
少しずつ感情が出てくるようになり、リキに対する態度も、「仕える者」から「愛おしむ者」に変わってきているようにヤルルアには思われた。
リキの心が戻ってきたとき、ユウビの存在をリキはどのように捉えるのだろうか。
アヤラセの事を思えば、ヤルルアは何とも言えない気持ちになった。だが、とりあえず今はリキの事を伝えなければなるまい。

「ユウビ、ランムイではだめだったが、ジャイラ列島国の大島主ムルファならばリキを治せるかもしれないということだ。あと十四日後までにリキをアキツマへ連れていく」
ユウビはリキに掛け布をかぶせ、ヤルルアからは見えないようにしながら、その布の下でゆっくりリキの胸を撫でていた。目線はリキの方に向けたままだ。
「お前は、その時は行くのか?」
そう尋ねたヤルルアに、ユウビは顔も見ずにいった。
<主が行くところには必ず私は行く>
「‥そうか。では出発するときにはおまえにも知らせる。リキにあまり負荷をかけるなよ」
<お前に言われることではない。お前は片割れの事を気にしていればいい>
ユウビの声は冷たく響いてきた。


今一つ、ユウビがアヤラセの事をどう思っているかはわからない。今のリキには絶対に会わせようとはしないが、リキがいないところでアヤラセとすれ違ったりしても時に気にする様子も、避けたり疎んだりする様子も見られない。最近の様子を見れば、ユウビは明らかにリキを情愛の対象としてしてみているようだし、リキと愛し合っていたアヤラセに対して何か考えたりするところがあるのではないかとも思うのだが、そのような様子も見えない。

そもそもヒトとは違う生き物なのだから、ヒトの考えや当たり前は通じないのかもしれない。ユウビが「何」なのかはいまだにわからないままだ。リキが心を取り戻せばわかるのかもしれないが、ハリ玉や子果樹のことを知らなかったリキの事を考えるとその可能性も薄い。

とにかく今は、リキの心を取り戻すことが大事だ。ユウビやアヤラセの事は、それから考えてもいいしな、と疲れた頭でヤルルアは思った。


「ヤル、私はアキツマへ戻ります。一緒に来てくれるんでしたよね?」
リキの部屋を出たところでランムイが待ち構えていた。そっとヤルルアの手を取って、親指ですりすりと手の甲をさする。そう言えば随分ランムイと身体を重ねていない。こんなに長い間、身体を重ねなかったことはないな、とヤルルアは思った。
ヤルルアにひどく執着しているランムイの事を考えると珍しいことだ。それほど、今回の件はランムイにも色々な影響を与えたのだな、とヤルルアはぼんやり考えた。
飛艇場へ向かう小型機工車の中で、ランムイはそっとヤルルアの豊かな胸に顔をうずめた。すう、と息を吸って満足そうにしている。仕方なくヤルルアはランムイの頭をなでた。
「‥ヤル、もう怒っていませんか?」
「‥お前が知っていたのなら伴侶を解消していたところだが、知らなかったようだからな。今は怒っていない。‥ライセンの手綱はもっと絞めておいてほしかったが」
そう言うとランムイは顔を上げて、ヤルルアにちゅ、と触れるだけの口づけをした。
「よかった。この事件が起きた事に関しては、私の認識不足もありますからできうる限りのことはするつもりです。・・だからヤル、・・私の傍にいてください。ずっと」
こんなに素直で、弱気なランムイを見たのは初めてで、内心ヤルルアはかなり驚いた。思わずランムイの顔を両手でぐいと挟んで引き寄せ、深く口づけをした。軽く開かれた唇を吸って、その中に舌を挿し込みランムイの舌を撫でる。甘いそれを音を立ててぢゅっと吸い上げてから唇を離し、ランムイの頭を抱きしめた。
「‥仕事をしている時に、あんなふうに乗り込んで悪かったよ。・・私にも余裕がなかったんだ。もっと、お前を信じるようにする」
「‥ありがとう、ヤル」


ランムイはヤルルアの深層心理の奥にかけておいた、基本的に自分を信じる暗示が解けていないことを確認して安堵した。
鋭いヤルルアにかけておける暗示はほとんどない。ようやくかけられたのがこの一つだけなのだ。これが解けてしまったら、ヤルルアがいつ自分のもとから去ってしまうか不安でたまらないランムイは、こうして時折確認をするようにしている。能力抑制の腕輪は、そっとその発効を切っていた。
ヤルルアが好きだ。愛おしすぎて本当は誰にも見せたくないし、自分の腕の中から離したくない。四六時中寝台の上で、あの狭い孔に自分の肉棒をうずめていたい。ヤルルアの絡みつく媚肉を思うと陰茎がいつでもギチギチに硬くなる。ずっと犯し続けて喘がせていたい。
だが、空を舞う鳥のようにヤルルアは自由を好み外へ出る。そうでなければヤルルアは輝かないというのを知っているから、ぎりぎりのところで我慢しているだけだ。
そんなランムイの思惑も知らず、頭をなでてくれるヤルルアの胸に顔を押しつけ、唇でその胸をぱくぱくと愛撫しながら今日明日はきっと、ヤルルアの中に陰茎を挿入したままで過ごそうと考えていた。


「アヤラセ様。‥思い切った決断をなさいましたね」
そういってナガエはアヤラセの前に温かいお茶のカップを置いた。
ランムイとヤルルアがアキツマへ戻って三日が経っていた。アヤラセから大島主ムルファにリキを診てもらう条件を聞いたナガエは、お茶のカップを持ち上げながら、大きくため息をついた。
「ランムイ様がお子様に統主をやらせたい、という話は有名でしたので、その申し出自体を意外とは感じませんが‥。アヤラセ様は本当によかったのですか?」
アヤラセはゆっくりとお茶を飲んだ。リキが好きだと言っていた、苦みの中にもすっきりとした甘みの残るお茶だ。
「‥今、おれがリキにしてあげられることがそれしかないんです。‥あんな状態のリキは、もう見ていられない。早く心を取り戻して、笑って過ごしてほしい。そのためには、ランムイの条件くらい、何でもない」
そう、淡々と語るアヤラセを見ながらナガエは問いかけた。
「ですがアヤラセ様、それではせっかくリキ様が心を取り戻してもともにいられることが少なくなるかもしれないんですよ。‥それでも、いいのですか?」
「リキが今の状態でいることより、マシです」
迷いなく、そうはっきり言い切るアヤラセにナガエはそれ以上かける言葉を持たなかった。そして、カベワタリが能力を倍増させる、という何となくの情報が確定してしまったことにも不安を覚えた。
これはおそらく、ランムイも掴んだ情報だ。ヤルルアがいるならそれほど無体なこともさせまいが、利用される可能性がないとは言えない。また、リキが心を取り戻したとしても、今後リキの力を狙ってやってくるものは後を絶たないだろう。

このような事態を予測して「ユウビ」が生まれたのだとしたら、そのように仕向けたものは何なのだろうか。‥そこまで考えるとナガエの頭に浮かんでくるのは「神」でしかなかった。

世界トワには、はっきりとした「神」の概念はない。ただ、世界トワを見守ってくれるもの、調整をしてくれるものとしての「神」として、何となく人々の心の中に畏敬と崇拝の心があるだけだ。だから特に「神」を祭る神殿もなければ神事もない。だから「神」には名前もついていない。他に「神」はいないのだから、個体識別する必要がないのだ。どちらかといえば自然を「神」のように扱って尊崇する傾向が庶民には強かった。大きな天候の変化や山、森、海、川などに対して畏敬の念を抱く。
それがこの世界トワの信仰概念である。

ナガエも「神」に対して何かを願ったり思ったりすることはなかったのだが、リキというカベワタリの存在、ユウビの誕生などを目の当たりにしてみると、何者かが何らかの意図を持ってこのようなことを引き起こしているのではないかと考えてしまう。
この世界に生まれて世界トワの理を疑ったことはなかったが、ひょっとしたら自分は何か大きな変化のさなかに立ち会っているのではないか、という感覚がどうしてもぬぐえなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。

かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

異世界に転移したら運命の人の膝の上でした!

鳴海
BL
ある日、異世界に転移した天音(あまね)は、そこでハインツという名のカイネルシア帝国の皇帝に出会った。 この世界では異世界転移者は”界渡り人”と呼ばれる神からの預かり子で、界渡り人の幸せがこの国の繁栄に大きく関与すると言われている。 界渡り人に幸せになってもらいたいハインツのおかげで離宮に住むことになった天音は、日本にいた頃の何倍も贅沢な暮らしをさせてもらえることになった。 そんな天音がやっと異世界での生活に慣れた頃、なぜか危険な目に遭い始めて……。

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

処理中です...